田中宏幸教授らの論文がNature Communicationsに掲載

活動的な火山の内部を透視活写

―薩摩硫黄島のマグマの動きを動画で初めて捉えることに成功―

著者:Hiroyuki K.M. Tanaka*, Taro Kusagaya, Hiroshi Shinohara

Nature Communicationsに掲載
“Radiographic visualization of magma dynamics in an erupting volcano”
http://www.nature.com/ncomms/2014/140310/ncomms4381/full/ncomms4381.html

成果概要

火山の大規模噴火は時として社会のシステムに大きな影響を与えるため、高精度な噴火及び噴火推移の予測が重要である。これまでに、宇宙線に含まれる素粒子ミューオン(注1)を用いて物体を透視するイメージング技術(ミュオグラフィ)を用いて、浅間山、エトナ火山など世界の活動的火山の透視画像が得られてきた。しかし、これらは全て静止画像であり、流路内のマグマの時間変動をとらえることが不可能であった。

東京大学地震研究所の田中宏幸教授らは世界に先駆けてミュオグラフィによるマグマの上昇下降のレントゲン動画撮影に成功した。動画撮影には、火山の内部のマグマの動きを捉える検出器の信号対雑音比を100倍以上向上した、多層式ミュオグラフィ検出器の開発が鍵となった。新しく開発した検出器を用いて、2013年6月4日に噴火警報が発令された薩摩硫黄島内部のミュオグラフィ透視動画を撮影し、マグマ頭位(注2)の上昇と噴火が同期していることを確認した(図1)。

本研究の成果により、ミュオグラフィを用いたデータのリアルタイム動的処理による火山内部の3次元の高速可視化は、火山噴火の新たな噴火モニタリングシステムを提供するものであり、既存の噴火予測方法を高度化できると期待される。

成果内容

宇宙線に含まれる素粒子ミューオン(注1)を用いた固体地球のイメージング(ミュオグラフィ)は、1990年代に東京大学理学部で提案され、2006年に東京大学地震研究所の田中宏幸教授らが浅間山の透視を実現してから、急速に発展してきた。この研究は世界中の注目を集め、イタリアのエトナ火山、フランスのスフリエール火山、スペインのテイデ火山をはじめとする世界の名だたる活火山でミュオグラフィ観測が行われ、山体内部に潜むマグマの形状を視覚的にとらえるいわゆるレントゲン写真撮影において数々の成果が上げられてきた。しかし、火山の内部のマグマの動きをレントゲン動画として撮影するには、検出器の雑音レベルが高く、結果として時間分解能が低く、困難であった。

今回、田中宏幸教授らは雑音レベルを極限まで低減させるため、雑音となる放射線を選別・低減する多層式ミュオグラフィ検出器(カロリーメーター方式)の開発に成功した。検出器は6層の位置敏感検出器面とおよそ100放射長(注3)の厚みを持つ雑音遮蔽体(鉄、クロム及び鉛の混合体)から構成されており、粒子飛跡の再構築には検出器を直線的に通過した事象のみを取り出すアルゴリズムが採用されている。この検出器の開発により信号対雑音比が100倍以上向上した。

この低雑音・高感度ミュオグラフィ検出器を活動的火山に適用することにより、マグマ流路内の高い時間分解能でミュオグラフィを実施し、火山学的な対流・脱ガス・発泡を統一的に扱えることに成功した。2013年6月4日に噴火警戒レベルがレベル1からレベル2に引き上げられた薩摩硫黄島硫黄岳において、6月14日から噴火警報が解除される同年7月10日まで継続的にミュオグラフィ観測を行い、レントゲン動画を撮影した。ミュオグラフィ検出器がミューオンを受ける面積は約2平米、角度分解能は1.9度である。また、検出器は硫黄岳山頂からおよそ1.4km西に設置された。このような条件下で撮影された透視動画は気象庁による望遠観測(噴煙及び火映(注4))と比較された。結果、高さ400メートルの噴煙及び火映が観測された6月16日と200mの噴煙及び火映が観測された6月30日に顕著なマグマ頭位(注2)の上昇を撮影することに成功した。また、噴火が観測された両日から数日経た6月17日と7月2日にはマグマ頭位が200~300m下降し、火道内マグマ対流(注5)の定常状態に戻っていることが確認できた。

火山の大規模噴火は時として社会のシステムに大きな影響を与えるため、高精度な噴火及び噴火推移の予測が重要である。今回のレントゲン動画撮影の成功から、ミュオグラフィを用いてデータのリアルタイム動的処理によって火山内部を3次元で高速可視化することにより、火山噴火の新たな噴火モニタリングシステムへと進化する可能性を秘めていることが分かった。この結果を発展させることにより、火山浅部マグマの研究は大いに進み、火山科学のみならず固体地球科学に新たなパラダイムをもたらすことが期待される。

用語解説

(注1)ミューオン:素粒子の一種。電子と似たような性質を持つが、重さは電子の207倍、およそ100万分2秒で崩壊する不安定粒子である。
(注2)マグマ頭位:マグマ流路内におけるマグマ柱の先端部分をいう。
(注3)放射長:粒子が物質中で電磁波を中央の一点から周囲に放出することで自身のエネルギーをおよそ1/3に落とすまでに粒子が物質中を走る距離。
(注4)火映:火口中の火道上部に比較的高温のマグマまたは高温のガスが存在するとき、その上部に水蒸気や噴気があると、ふもとから見て火口直上が夜間、赤く映える現象。
(注5)火道内マグマ対流:地下深くのマグマだまりとマグマの出口である火口をつなぐ流路(火道)の間をマグマが上昇、下降を繰り返すことで対流が起きているような現象をいう。

図1 今回開発した多層式ミュオグラフィ検出器により撮影された、薩摩硫黄島内部の透視動画のサムネイル。マグマ流路が空の時は密度が低く(明るい色)マグマで満たされると、密度が高くなる(暗い色)。

図1 今回開発した多層式ミュオグラフィ検出器により撮影された、薩摩硫黄島内部の透視動画のサムネイル。マグマ流路が空の時は密度が低く(明るい色)マグマで満たされると、密度が高くなる(暗い色)。