高周波数地震動により制約された2015年5月30日に 小笠原諸島西方沖で発生した深発地震(Mw 7.9)の発生位置

Geophysical Research Letters, 43, 4297-4302, doi:10.1002/2016GL068437

高周波数地震動により制約された2015年5月30日に
小笠原諸島西方沖で発生した深発地震(Mw 7.9)の発生位置

武村俊介1,2・前田拓人1・古村孝志1・小原一成11東京大学地震研究所, 2防災科学技術研究所)

2015年5月30日に小笠原諸島西方沖を震源とするMw 7.9の深発地震が発生し(図1a,赤い震源球),震央から遠く離れた日本全国の広い範囲に大きな揺れが伝わりました.震源の深さは680 kmと同地域でこれまでに発生した深発地震の震源(図1a,灰色丸)よりも100 km以上深く,660 km不連続面付近でした.深発地震の発生原因はまだ十分に解明されていませんが,この地震は通常の深発地震よりも深い位置で起こっており,過去の観測記録でも例がないものでした.震源の深さや既往研究による震源域の地下構造を考慮すると,沈み込む太平洋プレートの最下部,上部マントルの最下部,または下部マントル内のいずれかで地震が発生したと考えられます.この地震の発生位置を詳細に調べることで,沈み込む太平洋スラブや660 km不連続面などの不均質構造および深発地震の発生メカニズムの解明につながると期待されます.本研究では,日本列島に展開された地震観測網(防災科学技術研究所F-netおよびHi-net)の観測波形記録と地震動シミュレーションで得られた高周波数P波の波形の包絡形状(エンベロープ)に着目した解析を行い,この地震の発生位置を拘束することに成功しました.

図1b-dに小笠原諸島西方沖で発生した深発地震において太平洋沿岸のF-net観測点で得られた高周波数(1-8 Hz)の上下動成分のP波部分を示します.地球が均質な構造をしていれば,P波の波形はその到着直後にだけ大きな振幅をもつ単純なパルス状のエンベロープとなります.実際には,沈み込むプレート内で地震が発生した場合,プレート内の不均質構造による最大振幅の遅れ(ピーク遅延)が発生し,特に太平洋沿岸で観測される1 Hz以上の高周波数成分において,そのエンベロープが紡錘形となることが知られています(例えば,Furumura and Kennett, 2005).しかし,今回の小笠原諸島西方沖の地震(図1b)ではP波初動直後に大きな振幅が現れる単純なもので,紡錘形のP波エンベロープとなっていません.この特徴は同じ位置で発生したMw 5.6の余震(図1c)においてさらに顕著であり,P波到来直後に最大振幅を迎えるパルス状のP波エンベロープとなっています.また,パルス状のP波は関東から北海道にかけての太平洋沿岸をおおよそ12.2 km/sの速い見かけ速度で伝わりました.一方で,震央位置の近い深さ460 kmで発生した地震(図1d)では,2-5 秒程度のピーク遅延とそれにともなう紡錘形のP波エンベロープがはっきりと認められます.これらの波形エンベロープの違いから,680 kmで発生した地震のP波は太平洋プレート内を通ってきていない,ということが強く示唆されます.

観測された小笠原諸島西方沖で発生する深発地震の高周波数P波エンベロープ形状の成因を理解するため,図1aの赤線に沿って震源から東北日本・北海道までの太平洋プレート構造を数値モデル化し,さまざまな震源位置を仮定した2次元の地震動シミュレーションを行いました(図2).プレート上端付近または中央部に震源を仮定した場合(図2a, b),プレート内の不均質構造により地震波が閉じ込められ,顕著な後続波をともなった紡錘形のP波エンベロープが得られます.この結果は,400-500 kmで発生する通常の深発地震の観測波形の特徴をよく説明していますが,680 kmで発生した今回の地震の特徴をうまく説明できません.一方で,沈み込む太平洋プレートの下端に震源を仮定した場合,680 kmの地震で観測された速いみかけ速度(約12.2 km/s)で伝わるパルス状のP波エンベロープを再現することに成功しました.

このように,観測波形とシミュレーションによる詳細な検討から,2015年5月30日に小笠原諸島西方沖で深発地震は沈み込むプレートの下端で発生したことを明らかにしました。プレートの下端で発生したため,震源より輻射されたP波は下部マントルを主に伝播し,スラブ内の不均質構造の影響をあまり受けないまま単純な波形形状が保持されたものと考えられます.今回の一連の検討から,高周波数地震動を用いることで,相対的な深発地震の発生位置に制約を与えることできることも新たにわかりました.今後,高周波数地震動をより積極的に用いた沈み込むプレートと深発地震に関する研究がさらに進むことが期待されます.

図1. (a)観測点と震央の分布図,(b)2015年5月30日小笠原諸島西方沖で発生したMw 7.8の地震(地図中赤印)のP波波形,(c)2015年6月3日に発生した余震(Mw 5.6)のP波波形,(c)2010年11月30日に深さ460 kmで発生したMw 6.7の地震(地図中黒印)のP波波形.地震波形はいずれも上下動成分の速度波形に1-8 Hzのバンドパスフィルターを適用したものである.(b-d)の水色線はそれぞれの地震波形の包絡形状を示している.
図1. (a)観測点と震央の分布図,(b)2015年5月30日小笠原諸島西方沖で発生したMw 7.8の地震(地図中赤印)のP波波形,(c)2015年6月3日に発生した余震(Mw 5.6)のP波波形,(c)2010年11月30日に深さ460 kmで発生したMw 6.7の地震(地図中黒印)のP波波形.地震波形はいずれも上下動成分の速度波形に1-8 Hzのバンドパスフィルターを適用したものである.(b-d)の水色線はそれぞれの地震波形の包絡形状を示している.
 図2. シミュレーションからえられた地震波伝播のスナップショットと上下動成分の波形ペーストアップ.(a)深さ530 km,(b)深さ610 km,および(c)深さ680 kmの地震における計算波形と地震発生から60 s後の地震波伝播スナップショット.P波およびS波の波動伝播をそれぞれ赤色と緑色で,震源の位置を黄色い星で表している.計算波形についても1-8 Hzのバンドパスフィルターを適用したものである.
図2. シミュレーションからえられた地震波伝播のスナップショットと上下動成分の波形ペーストアップ.(a)深さ530 km,(b)深さ610 km,および(c)深さ680 kmの地震における計算波形と地震発生から60 s後の地震波伝播スナップショット.P波およびS波の波動伝播をそれぞれ赤色と緑色で,震源の位置を黄色い星で表している.計算波形についても1-8 Hzのバンドパスフィルターを適用したものである.

深さ680 kmの地震を仮定したシミュレーションによる地震波伝播スナップショット

謝辞 防災科学技術研究所のHi-net/F-netの波形データとF-netのMT解,気象庁の一元化震源を使用しました.また,海洋開発研究機構の地球シミュレータを使用しました.記して感謝いたします.図1a中の海底地形にはETOPO1 (Amante and Eakins, 2009),また地図と波形の描画にはGMT(Wessel and Smith, 1998)を使用しました。