三次元数値計算による実験試料の幾何形状が波動場に及ぼす影響の検討

吉光奈奈(1,2)・古村孝志(1)・前田拓人(1)

(1) 東京大学地震研究所 (2) スタンフォード大学

Journal of Applied Geophysics 132 (2016) 184–192,
http://dx.doi.org/10.1016/j.jappgeo.2016.07.002

地震発生のメカニズムを調べるために,岩石試料を用いて地震を模擬した破壊実験や摩擦実験がおこなわれています.外からは直接見えない試料内部の状態を,試料を破壊することなく調べる手段として,試料を透過させた波の速度や振幅が注目されてきました.実験に使われる試料のサイズは一辺が数センチメートル程度で,試料に入力された波は短い時間の間に何度も反射や変換を繰り返します.複雑な波形全体からより多くの情報を得るには,試料内で波がどのように伝播していくかを把握しておく必要があります.そこで我々は,このような実験を模擬した3次元差分法シミュレーションをおこない,小さな試料の中で波がどのように反射・変換しているかを調べました.

解析の結果,円柱形の試料の表面から入力された実体波が試料内で幾度も反射・変換する様子や,大振幅の表面波が試料の水平・垂直両方向に伝播していく様子が明らかになりました(図1).さらに,数値シミュレーションと実験室で得られた波形を比較したところ,両者はよい一致を見せました(図2).

本研究では,媒質の持つ不均質性と幾何形状の影響とを切り分けて評価するために,均質媒質であるステンレス試料を用いて解析をおこないました.試料の鉛直方向中央に体積力を与え,試料内部を伝播する70マイクロ秒間の波動場を,3次元差分法を用いて計算しました.図1に計算された波動場のスナップショットを示します.震源に力が与えられた直後は,P波,S波の直達波がまっすぐに試料の中を伝播していきます(図1a).この波は震源と反対側の試料表面で反射・変換し,震源の方向へと戻っていきます(図1b).この時,試料の周方向では振幅の大きな表面波が生成していました.さらに時間が経つと,試料の側面,上下端で何度も反射・変換を繰り返した波が入り交じり,波動場は非常に複雑になります(図1c).

試料の上下端と側面での反射・変換の効果を分けて評価するために,モデル媒質の上下端に吸収境界を入れて,同様に数値計算をおこないました.その結果,試料の上下端の角で表面波が生まれ,試料の上下方向に次々と伝播しながら重なり合っていく様子が明らかになりました.水平方向に関して円柱形試料の周境界を伝播する表面波についてはこれまでの研究でも報告例がありましたが,3次元的な幾何形状を数値計算に取り入れた本研究によって,上下方向に伝播する表面波も波動場に大きな影響を与えている可能性が示唆されました.これに加えて,上下端の試料の角があたかも第二の震源であるかのように次々と変換波を生んでいる様子も確認されました.これらの波は,元々の震源から生まれた波とは異なる方向に伝播し,波動場を複雑にしていました.

このように,数値計算によって実験室スケールでの波動場の時間発展を追うことができるようになました.数値計算を通じて,時間変化する媒質の波形後続部に含まれる位相から,試料内部や表面の変化を推定できる可能性が見えてきました.また,数値計算を応用することで,実験前に波動場の広がりを予測し,効率的な観測点配置や試料形状について検討することもできると期待されます.初めに挙げた地震の再現実験以外にも,透過波は,地中から回収したコアの物性や流体の影響を調べるために岩石試料に水やCO2を注入する実験など,様々な場面で試料内部の特性を推定するために利用されています.数値シミュレーションを上手に利用することによって,実験室で得られた波形データの幅広い利用が可能になると期待されます.

Figure1_NY2016
図1.数値シミュレーションによる試料内における波動伝播スナップショット.震源に力が与えられてから (a) 7マイクロ秒, (b) 14マイクロ秒, (c) 28マイクロ秒後の波動場.円筒軸と震源を含む鉛直断面,試料中心を含む水平断面を示す.赤はP波,緑はS波の伝播を表す.(d) 透過波形の一例.
Figure2_NY2016
図2. 震源と同じ水平断面内における,震源からの中心角が60度,90度,120度,150度,180度の位置で得られた 動径方向の速度波形.室内実験から得られた波形を赤色,数値シミュレーションによって得られた波形を黒色で表す.(a) 200 – 400 kHz,(b) 400 – 800 kHzのバンドパスフィルタを適用した波形.

地震波伝播のアニメーション【画像クリックで動画再生】
円柱形試料ないの3次元波動伝播シミュレーションの結果.

(Movie1) 試料中心を含む水平断面.

(Movie2) 試料中心と震源を含む鉛直断面.