房総半島沖で発生したスロースリップイベントの時間発展過程の多様性

福田淳一(東京大学地震研究所)

Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 123, 732-760, 2018.

https://doi.org/10.1002/2017JB014709

スロースリップイベント(SSE)は数日から数年の期間に亘って非地震性すべりが加速する現象であり、GNSS等の測地学的観測により、沈み込み帯を始めとする世界各地のプレート境界で多数検出されてきました。これらのSSEのマグニチュード、継続時間、繰り返し間隔、すべりの空間分布などの静的なパラメータは多くの研究で明らかにされてきましたが、SSEの時間発展過程を明らかにした研究は少数にとどまっています。しかし、詳細な時間発展過程を明らかにすることは、SSEの発生メカニズムやSSEによる地震活動の誘発メカニズムの理解につながる可能性があるため、重要です。そこで本論文では、房総半島沖で数年ごとに繰り返し発生してきたMw6.6-6.7のSSEの詳細な時間発展過程を推定することを試みました。

本研究では、1990年代半ばに国土地理院のGNSS観測網が構築されてから発生した1996, 2002, 2007, 2011, 2013-2014年のSSE発生時のプレート境界面におけるすべり速度の時間発展をGNSSデータを解析することによって推定しました。例として、2007年のSSEにおけるすべり速度の時間発展の推定結果を図1に示します。大局的に見れば、5つのSSEは全て房総半島の東方沖で始まり、すべりの加速とともに西に拡大・伝播し、その後すべりは減速しながら南東に伝播するという共通の特徴を持っています(図1)。しかし、より詳細な時間発展を調べると、5つのSSEにおけるすべりの加速や伝播のパターンはイベントごとに異なることが明らかになりました。すべりの加速の特徴は、推定されたすべり速度から計算されたモーメントレート関数に現れています(図2)。1996年、2013-2014年のSSE では、2002、2007、2011年のSSEに比べてモーメント(すべり)が緩やかに加速したことが分かります(図2f)。特に2013-2014年のSSEでは、すべりの開始後15~20日の間非常にゆっくりとした加速が継続するという特徴が見られました(図2e, f)。すべりの加速時に起きたすべり域の拡大・伝播についても、その伝播様式がSSEごとに異なることが分かりました(図3)。

5つのSSE全てに同期して、群発的な地震活動が見られました(図1, 2)。地震活動の震源分布と推定されたすべり速度を比較すると、地震活動はすべり速度が大きな領域の深部側の端付近で発生し(図1)、震源分布はすべりの伝播と共に移動したことが分かりました(図1, 3)。このような震源分布の移動とすべりの伝播の間の強い相関は、地震活動がスロースリップによる応力変化により誘発されたことを示唆します。

本研究の結果は、GNSSデータにより、SSEの詳細な時間発展を推定できることを示しました。今後、同様の解析により、他の地域のSSEについても、時間発展の詳細な描像が明らかになることが期待されます。また、このような解析で得られたすべり速度の時間発展を再現するような物理モデルを構築し、SSEの発生メカニズムの解明を進めていくことが今後重要であると考えられます。

図1:2007年のSSEを含む期間の1日ごとのすべり速度分布。紫丸は深さ40 km以浅の地震の震央を示す。
図2:(a) 1996, (b) 2002, (c) 2007, (d) 2011, (e) 2013-2014年のSSEのモーメントレート関数(赤実線)。赤破線は誤差範囲(±1σ)、棒グラフは深さ40 km以浅の地震の1日ごとの発生個数を示す。(f) (a)-(e)のモーメントレート関数を時間軸方向に拡大して示す。各関数は時間方向に任意に移動されている。
図3:(a) 1996, 2002, 2007, 2011, 2013-2014年のSSEの初期段階におけるすべりの近似的な伝播経路をそれぞれ青、赤、緑、紫、茶の実線で示す。(b-f) 各SSEに対する(a)の対応する直線上におけるすべり速度の時間変化。横軸は各直線の西端から測った距離を表す。紫丸は40 km以浅の地震の震央を各直線上に投影したものを表す。黒実線はすべりの近似的な伝播速度を示す。