Lバンドのコヒーレンス解析と農業応用
L-band Coherence Analysis and an Agricultural Application

大塚 彰 (農業研究センター研究情報部)
Akira Otuka (National Agriculture Research Center)
E-mail: aotuka@narc.affrc.go.jp

Abstract: L-band coherence analysis in SAR interferometry was discussed in this paper.It was shown that magnitude of coherence as well as intensity of backscattering microwave are not affected by wet-delay of water vapor. That is, coherence analysis is free from the wet-delay. The paper also presented an agricultural application of coherence analysis:estimation of paddy field area. Its algorithm and coherence effect in the result were discussed.

1.はじめに

 合成開口レーダ(SAR)干渉法のコヒーレンス解析による地表面特性の解析は、地形図の精度とコヒーレンスの関係を議論することから始まった[1,2]。その発展としてコヒーレンスをSARの散乱強度とともに用いて森林の抽出とタイプ分類の可能性を示してコヒーレンス解析法が開発された[3]。さらにこの手法を用いて洪水の検出や農業用地のモニタリングへの応用が報告されている[4,5]。これらコヒーレンス解析の例はCバンドの結果である。Lバンドについては、熱帯林でマングローブとその他の森林が異なるコヒーレンスの値を持ちその分類の可能性が示唆されている例[6]が報告されているが、まだ研究事例が多くない。

 本論では、コヒーレンス解析を概観したあとで、JERS-1のLバンドデータを用いて日本の農用地のコヒーレンス-散乱強度特性について報告する。そしてこの結果をもとに、コヒーレンス解析の応用として水田面積の抽出手法の開発について述べる。

2.コヒーレンス解析

コヒーレンスγは同一地点を観測した、重ね合わされたSARの複素画像<I>S1とS2を用いて次のように定義される。
 


ここで<>は期待値を表し、これは実際には小領域での平均となる。コヒーレンス解析は、このコヒーレンスの大きさ|γ|と散乱強度とが土地被覆ごとに異なるため、その違いを用いて地表面の状態を知る手法である。

さて、差分干渉SARで地殻変動を検出すると特に大気中の水蒸気の影響を受けるが[7]、コヒーレンス解析ではどうであろうか。ここでコヒーレンスの大きさと散乱強度が、マイクロ波の伝播媒体である大気の状態から直接影響を受けないことを確認しておきたい。
まず大気の直接的な影響はマイクロ波の位相に現われる。SARの受信マイクロ波Siは
 


と表される。ここでk</I>は波数、ωは角振動数である。伝播経路(経路長x<SUB>i)におけるこのマイクロ波の位相<I>Φiは、真空での位相と大気による遅延との和で表される[8]。すなわち、
 


ここでλはマイクロ波の波長、Δx<SUB>iは大気による遅延項であり、気圧、水蒸気量、温度の関数である。したがってSiの大気遅延による影響は
 


と積の形に分離される。これをγの定義式に代入してその大きさ|γ|を求めると、大気遅延の項は複素共役を掛けるところで相殺される。同様に散乱強度|Si・Si*</I>|も大気遅延の項が残らない。したがってコヒーレンス解析は大気遅延による影響を受けないことが示された。

3.コヒーレンス解析の結果

ここでは関東平野北東部(つくば市、水海道市周辺)でのコヒーレンス解析の結果を示す。データはJERS-1の930408と930522のペアである。観測間隔は44日、ベースラインは955mであった。

最初の観測日は田植えの前で、この地方の水田は耕起してあるがまだ潅漑水は引かれていない状態である。一方後の観測日には田植えが済み、水田は冠水している。その中にまだ小さい水稲の苗が移植されているという状態である。河川周辺の低地では水田が広がり、高地では畑地で野菜がつくられていたり、芝 地が広がっている。その他の土地利用は森林と市街地、および水面である。

図1に各土地利用ごとのコヒーレンス-散乱強度特性を示す。最も顕著な特徴は市街地が他の分類と明瞭に分かれていることである。市街地のコヒーレンス、散乱強度ともに高い値である。また良くみると森林と、市街地を除いたその他の3分類がある散乱強度を境に分離している。すなわち森林の特性はコヒーレンスが中から小に、また散乱強度は中以上に分布しており、これによりLバンドのコヒーレンス解析でも森林の抽出が可能であることが示唆される。

残りの水田、畑地と芝地、水面は、コヒーレンスが中から小、散乱強度が小で分布しており、それらの分布はほとんど重なっている。したがってこれらの3分類を分離するためには、また別の情報が必要となることが分かった。

 
Fig.1 Interferometric signature of various land use.
 

4.水田面積抽出への応用

 水田面積は農政の重要資料の一つであり、毎年度の水田面積は現在膨大な数の標本調査を人手で行って統計的手法を用いて推定されている。現在、コヒーレンス解析を応用してこの水田面積を推定する手法を開発している。

抽出のアルゴリズムは次のようである。まずコヒーレンスと散乱強度の両方に閾値を設定して、水田と畑地芝地、水面を抽出する。前節で明らかとなったように水田をコヒーレンスと散乱強度のみを用いて抽出することはできない。付加的情報として衛星の光学センサーを用いること考えられるが、ここでは地形図を用いた。地形図から水面、畑地芝地のマスクを作成して、先の抽出画像に掛けてやることによって水田のみを抽出する。この手法を関東の3市町村に適用したが、統計データと比較したところ97%で一致した。正確な評価が残されているものの、良好な予備結果であった。現在市町村が所有する水田のトゥルースデータを用いて詳細な精度評価を行っており、早急に結論を出したい。

 

参考文献

* H. A. Zebker and J. V. Villasenor, "Decorrelation in Interferometric Radar Echoes", IEEE Trans. Geosci. Remote Sensing, Vol. 30, 5, 950-959,1992.

* H.A. Zebker, C.L. Werner, P.A. Rosen, S. Hensley, "Accuracy of Topographic Maps Derived from ERS-1 Interferometric Radar", IEEE Trans. Geosci. Remote Sensing, Vol. 32, 4, 823-836,1994.

* U. Wegm・ler and C. L. Werner, "SAR Interferometric Signatures of Forest", IEEE Trans. Geosci. Remote Sensing, Vol. 33, 1153-1161,1995.

* D. Geudtner, R Winter and P.W. Vachon, "Flood Monitoring using ESR-1 SAR Interferometry Coherence Maps", in proceedings of IGARSS'96, May 27-31, Lincoln, USA, 966-968, 1996.

* U. Wegm・ler and C. L. Werner, "Retrieval of Vegetation Parameters with SAR Interferometry", IEEE Trans. Geosci. Remote Sensing, Vol. 35, 18-24,1997.

* S. Takeuchi, C. Yonezawa, R. Suwanwerakamtorn, "A Trial for Applying InSAR Technology Using JERS-1 SAR in the Tropics", in Proceedings of SAR WORKSHOP '97 TSUKUBA, Nov. 18-20, Tsukuba, Japan, 137-142, 1997.

* 藤原智,飛田幹男,村上亮,”干渉SARにおける水蒸気情報の重要性”,気象研究ノート第</FONT>129号</FONT>,199-212,1998.

* H. Zebker, P.A. Rosen, S. Hensley, "Atmospheric effects in interferometric synthetic aperture radar surface deformation and topographic maps" J. Geophys. Res., 102, B4, 7547-7563, 1997.

 

SARのデータは宇宙開発事業団から提供いただいた。また本研究は科学技術庁総合研究「GPS気象学」から補助を受けて行われた。