JERS-1干渉SARによる活火山周辺の地殻変動の検出
           - 岩手火山・伊豆半島など -
Detection of Crustal Movements in and around Active Volcanoes Using JERS-1 SAR Interferometry; On Mt. Iwate Volcano and the Izu Peninsula.

小林茂樹(NASDA/EORC)・大久保修平(東京大学・地震研究所)
Shigeki Kobayashi1) and Shuhei Okubo2)
1) Earth Observation Research Center, National Space Development Agency of Japan,
shigeki@eorc.nasda.go.jp
2) Earthquake Research Institute, University of Tokyo

Abstract -- We have carried out the JERS-1 differential interferometry (DinSAR) researches combined with other geodetic and seismological observations (e.g. GPS network, precise gravity measurements, seismic activity and so on) in and around volcanoes in Japan. Potentialities of L-band SAR interferometry to detect subtle crustal movements even in mountainous region and its geodetic accuracy were evaluated. Recently we have succeeded in several cases. (1)volcano inflation followed by the shallow earthquake (M=6.1) in the geothermal field around Mt. Iwate Volcano in 1998 ; Two dimensional vectors of displacement were measured from the ascending and descending orbits and time sequence of  crustal movements can be shown as snapshots of differential interferograms. Volcano inflation in the west of Mt. Iwate has progressed rapidly during middle June to middle July, which can be modeled by a single pressure source (Mogi Model). On 3 September the Iwate-ken Nairiku Hokubu earthquake was caused by two reverse faults, whose fault parameters were well estimated from remarkable patterns of the differential interferograms observed from two orbits. Visible fringes with good coherence were obtained over steep slopes around the focal region under longer baseline conditions (more than 1200 m and 132 days interval). (2) dyke intrusion associated with earthquake swarms around the monogenic volcano area in the Izu Peninsula in March 1997 and April-May 1998; Patterns of crustal movements in both cases were explained by one major tensile fault and one left lateral fault induced by tectonic stress, which were modeled by other terrestrial observations. As compared with an optimal model, radar line-of-sight displacements even in dense vegetated areas were precisely measured by DinSAR with the accuracy of one or sub-centimeter when good correlated data in winter season were chosen. However, strong atmospheric effects, which appeared as phase undulation with 8 km in wavelength, were observed just after passing of developing front. Such wavelike patterns of phase noise may be caused by mountain wave (Lee wave) flowing over the Izu Peninsula.

はじめに
  我が国の地球資源衛星JERS-1は、92年9月の打ち上げ以来98年10月の運用停止まで、世界で唯一長期に渡って稼動し続けたLバンドSAR衛星であった。干渉SARによる地表面変動(地震、火山活動、地滑り、地盤沈下、氷床変動など)の検出は、人が容易にアクセスできない地域をも“面的に”かつ“定期的に”モニタリングできる意味で決定的に重要である。最初は比較的変動パターンの分かりやすいコサイスミックな地殻変動を抽出することから始まった干渉SAR解析も、その後多くの地域への応用(岩手火山・伊豆半島・雲仙・御前崎・神津島・桜島・富士山など)がなされ解析ノウハウの蓄積により様々な誤差要因の定量的評価も格段に進み、Lバンド特有の利点、問題点も具体化してきた。ここでは、Lバンドが最も威力を発揮する“火山周辺の地殻変動の検出”例をまとめながら、火山測地学的及び解析上の精度評価、地殻変動検出へのポテンシャル評価について議論する。

1. 岩手火山周辺の膨張変動と岩手県内陸北部の地震(1998年9月3日)

1.1. 岩手火山周辺の地殻活動
  岩手火山では、1995年9月に東北大学の観測網で初めて火山性微動が観測されて以来断続的に地震活動が続き、1997年12月末より西側における火山性地震が顕著になった。その後地殻浅部の地震活動は1998年4月終わりから再び活発化し、国土地理院や東北大学のGPSでもこの頃から有意な地殻変動が観測され始めた。岩手山周辺の浅発地震数は6から7月にかけて一段と増加し、特に岩手山頂西方の三ツ石山直下では低周波地震活動が最盛期を迎えた(西村ほか1999)。そして9月3日、岩手山南西・葛根田川上流域付近を震源とするM6.1の岩手県内陸北部の地震が発生した。その後もやや低調ながらも地震活動・地殻変動を続け現在に至っている(東北大)。これら一連の岩手山周辺の地殻変動を捕らえるためにJERS-1差分干渉SAR解析が試みられ、異なる手法によっても岩手山西域の隆起変動が検出された(NASDA/名古屋大1999;国土地理院1999;防災科技研1999)。この隆起活動は水準測量大学合同観測班の結果(木股ほか1999)から推定される圧力源の(水平)位置ともよく一致していた。しかし、(最初に公表された)差分干渉SAR図(http://www.eorc.nasda.go.jp/)では、軌道間距離の推定誤差からくる残差地形縞の混在や水蒸気ノイズの影響の問題があり、隆起源の深さなどに関する定量的な議論は充分に進まなかった。また、この広域隆起がほとんどアクセス困難な山岳地域で進行したため、隆起域から外れた東部に多く設置されたGPSや傾斜・歪計が捕らえた地殻変動から推定される地殻変動モデルと干渉SARの結果との関係についても未解決のままであった。JERS-1の軌道方位角では南北に開口する変動は視線にほぼ直交するため、そのような変動があっても検知感度が小さいことなども考慮しなければならない。

  本研究では、初期にWWW上で公表されたJERS-1 Descending軌道からの差分干渉図(97年11月5日と98年9月9日のペア)だけでなくAscending軌道からの解析結果も含めて議論する。今回(JERS-1干渉SARについては)初めて2方位からの差分干渉SAR解析を行うことができ、広域隆起の最活動時期の特定、広域隆起とコサイスミックな変動パターンの分離、地震断層のパラメーター推定などでほとんど決定的な威力を発揮することが実証できた。

1.2. 岩手山西方の広域隆起活動
  図1に岩手火山周辺のJERS-1 の差分干渉図を示す。左の列はAscending(南から北への飛行)軌道(視線方向は方位W10S、入射角約40度)、右の列はDescending(北から南への飛行)軌道(視線方向は方位E10S、入射角約40度)からの観測結果である。これらの干渉画像から読み取れる地殻変動の時系列は以下の通りである。

Fig.1. Snapshots of differential interferograms around Mt. Iwate volcano. The left side of interferograms are from the ascending orbit, and the right side are from the descending orbit. Bp is the perpendicular baseline. Closed triangle represents the summit of Mt. Iwate. A character ‘L’ represents Lake Tazawa, which is located 30 km far from the summit of Mt. Iwate.

(1) 1998年6月中旬から7月中旬までに、岩手山頂西方約10km地点(三ツ石山南麓付近)を中心にして(視線距離変動)最大約10cmの顕著な隆起的活動があったのは間違いない(図A1,D2,D3,D4)。例えば図A1(980414-980711, Bp=131m, Bpは垂直基線長)で見られる同心円状のパターンからは、この活動が1つのソースによって比較的等方的に起きたことが強く示唆される。干渉SARから推定される圧力源の位置は両方位で一致し、茂木モデル(Mogi, 1958)を使って求めた圧力源の深さは約4km程度、体積変化量は1 〜 1.5×107m3となる。図D4(980613-980909, Bp=1242m)の変動パターンの微細構造を調べると、広域隆起に重なって、岩手山頂から南麓にかけて隆起もしくは東進を示す東西性のリニアメントも見られる。

  なお、このような広域隆起活動は4/30以前のデータ組み合わせ(例えば960412-980430, 980317-980430)では見られない。これは地殻浅部の群発地震活動が4月下旬から一段と活発化(田中ほか1999)したのと時期的に対応する。さらに4/30以降6/13まで(図D1: 98-430-980613, Bp=563m)では乳頭山北東域からうっすらと変動が観測され始めたようにも見える。さらに6月中旬から7月にかけての時期は、岩手山頂西域での長周期地震が活発になった頃(西村ほか1999)とも一致する。また、水準測量(木股ほか1999;土井ほか1999)によると、1998年7月中旬までに葛根田川上流域で最大約10cmの隆起が観測・モデル推定されており、干渉SARで観測された広域隆起の主な活動時期やその位置とよく一致している。

(2) 7月中旬以降8月下旬までに、岩手山西域に有意な視線距離変動を示す顕著な同心円状の差分位相パターンは検出されない(図A2:980711-980824, Bp=803m)。従って(1)で見つかった広域隆起活動は7月以降までにはほぼ収まっていた可能性が強い。このことは水準測量の結果とも矛盾しない。すなわち、7月中旬以降9月3日の地震の直前までは最大でも15mm程度の隆起しか観測されていない(木股ほか1999)。1cm程度の視線距離変動は、夏場の水蒸気を多く含むSARデータペアからの精密変動は難しい。図A2では、岩手山の南麓に2cm程度のレベルで視線距離が伸びるセンスの(沈降もしくは東進する)差分位相変化が認められるが、秋田駒ヶ岳南東斜面周辺にも同じようなセンスの位相変化が散在しており水蒸気の影響の可能性が強い。天気図や地上及び高層データによるとSAR観測の当日(8月24日夜10時ごろ)は朝鮮半島北部から低気圧が接近しており岩手山周辺では前線に向かって南から湿った風が吹きつけていた。そのためフェーン現象により南麓で水蒸気量が多く、北斜面で少なくなっていたためにこのように岩手山頂から秋田駒ケ岳への稜線を境に南北に勾配を持つような残差差分位相が観測されたと推測できる。また、図D4で岩手山頂から八幡平にかけての稜線の西側に見られる隆起センスの位相の急勾配は、図D5(980727-980909, Bp=1940m)や97/11/5-98/9/9のペアにも見られるので、少なくとも9/9のデータにこのような位相変化情報が含まれているものと推測できる。

(3) 8月から10月上旬までには、岩手山西域には有意な視線距離変動を示す同心円状の差分位相パターンは認められない(図A3、A4、D5)。また、図A3(980824-981007, Bp=333m), A4(980711-981007, Bp=1240)に認められる、秋田駒ケ岳東山麓から雫石平野西端・葛根田川にかけての3,4個の矩形状パターンと、図D4, D5で葛根川西域に集中して見られる4サイクル(すなわちDescending軌道からの視線距離変動11.8×4=47cm)もの同心円状のパターンが、岩手県内陸北部地震に伴うコサイスミックな変動パターンを示しているのは一目瞭然である。ほぼ南北走向の低角逆断層運動により、西の上盤側が東の下盤の上に押し出された様子が直観できるであろう。図A3, A4で秋田駒ケ岳(北北東側)周辺に見られる数km四方の最大矩形パターンは、上盤側が東に移動したために沈降した効果も重なって、Ascending軌道から視線距離が(最大約14cm)伸びたためと直観できる。図A.3, A4で矩形状パターンが複数見られることから、主な地震断層面を1枚の平面で表す簡単なモデルでは説明できず、複数の面が(地殻浅部で)複雑に変位したことまで直観できる。一方、(6月中旬以降の広域隆起を含むはずの)図D4(980613-980909)で見られる秋田駒ケ岳(北部)周辺にもゆるやかに広がる楕円状パターンのくびれは、一見するとすべて広域隆起による効果であるかのように連想させるがそうではない。(広域隆起の活動が弱まってから以降の)図D5(980727-980909)でも、秋田駒ケ岳周辺に同様なパターンが認められることから、図D4とD5の秋田駒ケ岳周辺から葛根田川上流付近にかけての楕円状パターンは本質的にコサイスミックな(主に東向き変位による)変動パターンであると断定できる


Fig. 2. Differential interferograms showing coseismic movements by Iwate-ken Nairiku Hokubu Earthquake (Sept. 3, 1998, M=6.1) observed from the ascending (a: 980824-981007) and descending (b: 980613-980909) orbits. Closed triangle represents the summit of Mt. Iwate. Thick solid line shows the track of surface fault generated by the earthquake.

1.3. 干渉SARから推定される岩手県内陸北部地震の断層モデル
  弾性体理論(Okada1985)に基づいて、2方位からの変動パターン(図2)を説明する断層モデルを求めようとすると、かなり強い拘束条件が課せられていることに気づく。推定された断層モデル及び隆起ソースモデルを図3に示す。そのモデルから計算される2方向の視線距離変動のパターンを図4に示す。大小(少なくとも)2枚の地震断層面(ほぼ平行に並ぶ、走向N約195度E)が存在する。東側の浅くて小さいもの(図3の断層2)が雫石平野西部の田んぼの中に現れたものに対応する。このような地表面近傍の小断層による細かく、複雑な変位の面的分布は、干渉SARによる空間分解能観測でなければ把握しきれないであろう。一方、西側のもの(図3の断層1)が主断層で、断層面の大きさ(約8×6km、西端の深さ4.5km)、傾斜角(約30 - 35度)、すべり量の逆断層成分(約1m)、さらに若干の右横ずれ成分(約40cm)の存在までがただちに推定される。南北走向で東西圧縮の逆断層運動を東西2方位から捉えたために断層パラメーター推定に関する感度が非常に高い。まず断層の走向は、干渉SAR画像を眺めるだけで直ちに分かることは言うまでもない(隆起源の位置についても同様)。断層面のサイズは、図3(a)のAscending図に見られる矩形パターンの大きさが如実に物語っている。傾斜角は、例えば45度では、Ascendingで捕らえた秋田駒ケ岳周辺の最大矩形パターン(図3(a))及びDescendingで見られる秋田駒ケ岳周辺のくびれた楕円状パターン(図3(b))を両方同時に説明することは不可能である。また、水準測量(木股ほか1999)でも地表断層(モデル断層2)の東側すなわち下盤側では顕著な上下変位が認められなかったことから、かなり低角の断層(モデル断層2の傾斜角は25度)であることが予測でき、実際干渉SARでも下盤側の大きな視線距離変動は観測されなかった。さらに図2(b)図で、秋田駒ケ岳(北側)周辺の楕円状パターンのくびれが葛根田川の北東側にまで伸びていることから、右横ずれ断層成分(による鉛直上向き変位の効果)が存在することが読み取れる。実は、Ascendingからの視線距離とDescendingからの視線距離を差し引きすることで変位の東西成分(と南北成分と上下成分が足し合わさったもの)を抽出することが可能である。その結果は、このモデルによる東西変位成分の分布図ともよく一致している。

  2方位の干渉SAR結果を用いると、GPS観測点の少ない山岳地域浅部の地震による地殻変動に対して、少なくとも静的な断層パラメーター推定に関しては、ほとんど決定的な情報が得られることが実証できた。

Fig.3. A fault model of Iwate-ken Nairiku Hokubu Earthquake. Parameters are as below; Fault 1: 8 x 6 km, depth ~4.5km, N195E, dip<35 deg., reverse slip ~1.0m, right lateral ~40cm, Fault 2: 8 x 2 km, depth<1.5km, N195E, dip< 25 deg., reverse ~0.3cm. Closed star ★ shows the epicenter. Two closed triangles ▲ are represent summits of Mt. Iwate (IW) and Mt. Akitakomagatake (AK), respectively. Close circle ● represents Mogi source (depth ~4km, volume change 1~ 1.5 x 107 m3).

Fig.4. Simulation of the radar line-of-sight displacement caused by Iwate-ken Nairiku Hokubu Earthquake using a fault model shown in Fig. 3. The left figure is displacement from the ascending orbit and the right is from the descending orbit. Unit is cm. .

1.4. ERS2/Cバンド干渉SARの結果
  我々はERS2衛星のCバンドSARデータを使った干渉解析も試みた。最も軌道条件の良かったものは、98年8月17日と98年9月21日の組み合わせで、35日間隔、垂直基線長約10mというものである(Descending観測)。これ以外にも97年9月から98年10月までの(35日ごとの)全データによるすべての組み合わせで干渉解析を行ったが、山岳地域でも満足に干渉しているものはほとんどなかった。波長の短い(5.6cm)Cバンドは、植生や地面の起伏の影響を受けやすいため、盛岡平野などの平坦部を除いてほとんど干渉しない(上記最も軌道条件のよい組み合わせでも、比較的なだらかな八幡平地域においてうっすらと干渉縞が得られる程度であった)。震源付近で、唯一干渉している領域は雫石平野から比較的なだらかな岩手山南麓の低部くらいで、雫石平野北西部に地形縞の向きとは異なるフリンジが1サイクル程度(=約3cmの視線距離変動に相当する)認識できる程度である。フリンジの位置と量から、これは地震による変動パターンを表しているのかもしれない。ERS2とJERS-1(の両方位からの観測)で鮮明な干渉画像が得られれば入射角の違いを利用して、(干渉SARだけで)3次元的な変動ベクトルの計測が可能となる。

  一般には、ERS2衛星の方が軌道もよく制御されており干渉ペアも(JERS-1に比べて)多いと噂されるが、Cバンドはそもそも平野、乾いた砂漠地域やフレッシュな溶岩地域(ガラパゴス島、ピトンデラフルネーズ火山など)でないとまず干渉しない。ほとんどの場合平坦な地域でしか干渉しないので、地形縞除去に関わる諸問題もあまり深刻にならないだけかもしれない。逆に、日本のように多雨で湿った、植生の著しい、地形の険しい領域では、波長の長いLバンドSARでないと十分な干渉性は期待できない。実際に、コサイスミックな変動を決定的に捕らえた図1D4などの事例では、88日間隔、基線長1200m以上であっても岩手山系全域に渡って十分に干渉している。また時期によって基線長が大きく変動しても、干渉が保たれる臨界基線長や臨界時間間隔が長いために複数のデータ組み合わせを使って連続的・相補的に地殻変動の時系列を捕らえることが可能なのもLバンドSARであるがゆえである。以上のように我が国のような多雨地帯の火山周辺ではLバンド干渉SARが唯一絶対的な観測手段であるといえる。

2伊豆半島東部群発地震に伴う開口割れ目変動
- GPS・水準さらに重力観測との結合 -

2.1. 1997年3月の群発地震に伴う地殻変動
  伊豆半島の東海岸周辺では1970年代からたびたび群発地震活動を繰り返しており、水準測量・傾斜計・光波測距離・精密重力測定などの様々な地球物理学的観測網が張り巡らされてきた。その結果、ダイク貫入を伴う地殻変動の定量的なモデリングも可能になり、地殻変動のメカニズムが明らかになってきた(Tada and Hashimoto, 1991;Okada et al., 1991; Okubo et al., 1991)。一方、このような活動域のJERS-1 SARを使った先駆的で精力的な研究も行われ、植生が多彩でかつ地形の険しい地域の地殻変動を検出する上でLバンドSARのポテンシャルの高さが実証された(飛田ほか1996;Fujiwara et al., 1998)。

  最近では1997年3月3日から10日程度、および1998年4月20日から20日程度の期間に顕著な群発地震活動が続いた。我々はこれらの活動期を挟むような複数のJERS-1 SARデータの組み合わせを使って地殻変動の検出を試みた。図5(a)は97年2/15と3/31の組み合わせ(44日間隔、Bp=380m、dh/dphi=130m)の事例で、(b)図は 1/3と4/1の組み合わせ(88日間隔、Bp=708m, dh/dphi=71m)による差分干渉図である(Bpは垂直基線長、dh/dphiは地形縞が2π変わるのに要する標高差である)。これらはDescending軌道からの観測結果である。図では網代から伊東にかけての海岸付近と川奈崎から天城山にかけての2つの地域に有意な差分位相変化のパターンが認められる。前者(北側)では視線距離が短くなる(東進のセンスの)差分位相変化、後者(南側)では逆に視線距離が伸びる(西進の)差分位相変化が見られ、伊東と川奈崎の中間からほぼ真西に向けて差分位相が0のラインが伸びていることが分かる。また図5(a)の組み合わせの方が図5(b)よりも時間間隔も基線長も短いために2枚の画像のコヒーレンスもよく、それゆえ位相誤差の小さななめらかな干渉画像となっている。いずれも冬から早春の天候のよい日の観測データであり水蒸気による目立った影響は認められない。


Fig.5. Differential interferograms showing crustal movements associated with the March 1997 earthquake swarm in the Izu Peninsula. Both interferograms are observed from the descending orbits.

2.2. 地上観測データに基づくモデリングと差分干渉SARの精度検証
  我々は群発地震活動期の前後で絶対および相対重力測定を実施し、さらに国土地理院によるGPS、水準測量の結果などを併せてモデリングを行った。その結果、川奈崎沖に位置する北西―南東走向(垂直)の1枚の開口断層(開口量30cm)と北北西―南南東走向(垂直)の1枚の左横ずれ断層(ずれの大きさ80cm)の組み合わせで表面変位がよく説明できることをグリッドサーチ法により明らかにした。水平変位に関してはGPSによる観測結果(国土地理院1997)と最適モデルによる理論値とを比較した。網代、宇佐美、伊東では左横ずれ断層による東南東への変位が、また川奈から南の地域では開口断層による南東への10cm以上の水平変位が顕著で、それらの特徴がモデルでよく再現された。鉛直変位に関しては、水準測量による観測結果(国土地理院1997)とモデルによる理論値とを比較した。川奈付近のBM9338で最大隆起があったのがモデルでよく再現された。

  一方、絶対重力測定と結合した精密相対重力測定を行うことで東伊豆周辺の20数点における絶対重力変化の空間分布を捕らえることにも成功した(Yoshida et al., 1999)。さらに地殻変動に伴う重力変化の理論(Okubo, 1992)を応用することで、主な開口断層内部を満たした物質の密度を求め、最適値0.0g/cm3の解を得ることができた。マグマなどの密度の高い物質の直接貫入はなかったことが示唆される。

  図6(a)は、GPS、水準測量、重力観測などから求められた最適モデルを用いて、地殻変動の視線方向成分の分布を求めたものである(単位はmm:視線距離がマイナスなのは衛星に近づくセンスを意味する)。宇佐美から伊東にかけての海岸地域を中心に視線距離が短くなるパターンと、大室山周辺を中心に川奈から天城山にかけて同心円状に視線距離が遠ざかるパターンが見られ、干渉SAR解析の結果(図5(a)(b))とよく一致している(小林ほか1999)。大室山周辺での水平変位は10cm以上に及んだが視線方向に直交する成分が大きかったために視線方向成には2cm足らずの変位量にとどまった。それでもGPS観測網の手薄な天城山地周辺の変動までが面的に検出されている点は注目に値する。

  差分位相値の精度をもう少し定量的に見てみよう。図6(b)は、図6(a)中に引いた網代から宇佐美、伊東、大室山にかけての直線上における1ピクセルごとの差分位相値(折れ線)とモデル計算値(曲線)の断面を取ったものである(図5(a)の、2/15―3/31の組み合わせの場合)。各点の差分位相値は、視線距離変化誤差の標準偏差を5mm程度にまで低減する条件で、コヒーレンスの大きさに応じて最大で約50m四方程度の移動平均を施した後の値である(小林1999)。この場合には時間間隔、軌道間距離、および水蒸気などの観測条件がよいために、急峻な地形にも関わらずコヒーレンスが平均で0.7程度以上はあるために理論値に対して1cm程度かそれ以下の精度が達成されていることが分かる。
 


Fig.6. (a) Simulation of the radar line-of-sight displacement associated with the 1997 earthquake swarm in the Izu Peninsula using by an optimal fault model (Yoshida et al., 1999) based on GPS, leveling survey, EDM and gravity change. (b) Profile of the radar line-of-sight displacement along A-B line shown in figure (a) . Blue broken line is InSAR observation value in case of figure 5(a) (970215-970331). Red curve indicates predicted value.

2.3. 1998年4-5月の群発地震活動に伴う地殻変動
  図7(a)は、図5の事例とは異なりAscending軌道からの観測結果(1998年3/7-7/17, Bp=730m, dh/dphi=69m )である。1998年4―5月の地殻変動は、規模はやや小さいながらも1997年3月のパターンと酷似しており1つの開口断層(開口量30cm)と1つの左横ずれの断層(ずれの大きさ40cm)で説明できる。図7(b)にモデルから計算される地殻変動のSAR視線方向成分のパターンを示す(単位はmm)。沖合いに位置する開口断層による(陸地内でフリンジが閉じていない)変動パターンであっても干渉SARによって正確に抽出できているのが分かる。国土地理院GPSによる水平ベクトルでは川奈から南の地点では南西方向へ10cm以上の水平変位が観測されており、これはAscending軌道からの視線方向成分に卓越するために明瞭な差分位相の同心円状パターン(衛星に近づくセンスで最大約12cm程度)となって観測されている。伊豆半島東部の地殻変動の場合には、テクトニックな応力の方向が一定であるために変動のパターンも似ていることが多く、Ascending軌道からのSAR観測の方が有利であろう。
 

Fig.7. (a) Differential interferograms showing crustal movements associated with the April-May 1998 earthquake swarm in the Izu Peninsula (980307-980717, Ascending). (b) Simulation of the radar line-of-sight displacement using by an optimal fault model based on GPS and leveling survey around East Izu area.

2.4. 干渉SARにおける山岳波の影響
  1998年4-5月の群発活動に応用したDescendingの解析例を図8に示す。図(a)は1998年3/19―6/15の組み合わせ(Bp=484m, dh/dphi=105m)による差分干渉図である。伊豆半島を横切るように、北西―南東方向に伸びた差分位相の波状模様(波長約8km、視線距離に換算した振幅は約4cm程度)が観測され、地殻変動による差分位相パターンのみを抽出するのは困難である。同様のパターンは図(b)の5/2-6/15の組み合わせ(Bp=732m, dh/dphi=69m)でも明瞭である。このことから、両方の組み合わせで共通な6/15の観測時における大気擾乱の影響を反映している可能性が強い。すなわち、天気図や地上及び高層気象データによると、観測前に前線が発達しながら伊豆半島を東進・通過し、さらに次の低気圧が日本海から接近していた。これにより南西海上から強い南西風が伊豆半島に吹き付け、達磨山―天城山系の峰を乗り越える際に山岳波(Ronald, 1988)となって後方に大気境界層の振動現象を引き起こした影響と考えられる。そのために水蒸気量も空間分布に振動し、差分位相の波状パターンとなって観測されたものと考えられる。ゾンデデータと数値地形モデルを用いた大気運動シミュレーション(Otsuka et al., 1999)によると、高度約3kmの大気層が差分干渉図と同様のパターンで上下に振動する定常的な山岳波が再現された。上昇流(下降流)では下層(上層)の湿った(乾いた)大気が侵入するため水蒸気量が増加(減少)することで大気遅延量が大きく(小さく)なるメカニズムが初めて解明された。あるいはまた愛鷹山の南西斜面などでは、南西からの湿った風が吹き付け一種のフェーン現象を引き起こしたために水蒸気による伝播遅延の効果が顕著に現れているものと思われる。一般にこのような前線の通過に伴う水蒸気ノイズによる位相変化量は、GPSによる電波遅延量のモニタリング(例えば、島田誠一ほか1999)からも、視線距離変動に換算して10数cm以上にも及ぶことが観測されており、その本質的な補正方法の応用(Otsuka et al., 1999; 島田政信ほか1999)が不可欠である。
 

Fig.8. Examples of atmospheric effects on differential interferograms around the Izu Peninsula. Remarkable phase undulation with 8 km in wavelength, were observed by using data acquired just after passing of developing front (June 15, 1998) . Such wavelike patterns of phase noises may be caused by mountain wave flowing over the Izu Peninsula.

まとめ
  岩手火山の事例では、Descending, Ascendingの2方向からのSAR観測を応用すれば、観測回数を倍にできるだけでなく(2次元的な)表面変位ベクトルを面的に計測することが可能で、断層の静的なパラメーターを推定する時にほとんど決定的な拘束条件となることを示した。活火山のごく近傍のように人が容易にアクセスできない地域で、比較的ゆっくりと長時間進行する火山性の地殻変動を定期的にモニタリングするには衛星による干渉SARがうってつけである。伊豆半島東部の群発地震活動の場合では、SAR・GPS・水準測量さらに重力観測との統合運用による地殻変動のモデリングおよび差分干渉SARの測地学的精度評価について論じた。特に、唯一質量変化に敏感な重力観測との組み合わせにより、地殻内物質(マグマ・熱水)流動の検出を可能にできるという視点は重要であろう。JERS-1LバンドSARは干渉性に優れ、急峻な山岳地域であっても、44日の時間間隔なら2000m近い軌道間距離でも(図1D5)、88日間隔なら1200mの基線長でも(図1D4)、132日間隔なら750m程度の基線長でも(図4(c))、視線距離変動のパターンが十分に検出でき得ることを実証した。Cバンドでは決してこううまくはいかない。特に我が国のような多雨地帯の火山周辺ではLバンド干渉SARが唯一絶対的な観測手段である。一方で、水蒸気遅延の問題はより物理的な除去方法を必要とする(とにかく差分位相をフラットにしてしまえという根拠の希薄な、いい加減な解析方法のままでは測地学的な信用は得られないままであろう)。水蒸気遅延の問題はALOS時代になっても本質的に続くのは(GPS気象学の歴史からも)自明で、今から(JERS-1のデータをフルに活用して)その研究を進めておくことが肝要である。

参考文献

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