所長挨拶

藤井敏嗣

本年4 月より,引きつづき地震研究所長として2 期目をつとめることになりました.一昨年,はじめ て所長に就任した時期には,阪神淡路大震災後の地 震予知研究に対する研究者側の理解と一般社会の期 待感との間のギャップがクローズアップされてお り,そのような状況下で地震現象の解明とその予知 に関する研究を設置目的の一つに掲げる地震研究所 の所長職をつとめることに対するある種の不安と居 心地の悪さを述べました.居心地の悪さの大部分は 研究者の立場を離れて経営の立場にたつということ に由来するものですから,2 年経った今でも変わり ありませんが,地震研究所をとりまく状況はこの2 年の間に大きく変化しました.一昨年には測地学審 議会によるこれまでの30 年間の地震予知研究のレ ビューが公表され,地震予知の基本となる地震発生 場についての理解は大いに進んだものの,地震予知 の実用化という点では十分な進展は見られなかった という認識が示されました.このことをふまえた上 で,予知に向けて地震発生にいたる準備過程の検出 のための研究を積み上げていくことの重要性が指摘 されたのです.昨年7 月にはそのレビューの結果を うけて,「地震予知のための新たな観測研究計画の 推進について」という建議がなされ,それに基づく 地震予知計画がこの平成11 年度から発足します. 大学における地震予知研究も,地震調査研究推進本 部により全国に展開されつつある基盤観測網の存在 を前提に新しい展開を行おうとしています.地震研 究所は,この新しい予知研究を軌道に乗せるための 体制づくりを全国共同利用研究所として他の大学の 研究者とともに模索しつつあります.

地震研究所をとりまく情勢はそれ以外でも大きく 変化し,2 年前に予想したよりもはるかに流動的で 厳しいものとなっています.その一つは国立大学の 存立に関わる問題です.行政改革の一環として,独 立行政法人化への方向が示唆されているからです. 国立大学という機関は確かに行政機構の末端である かも知れません.しかし,そこで行われている教育 やわれわれ研究所が担っている研究は行政とは言い 難く,独立行政法人という単一の枠で他の行政機関 と同一視することに疑問を感じています.大学にお ける教育や研究は国民の税金でまかなわれていると はいえ,効率という尺度のみで測られるべきもので はないからです.特に,地震研究所が使命として掲 げている,地震および火山現象の解明とその予知に 関する研究といった基礎的研究は短期的な成果や効 率というもので評価できないものなのです.従って, 行政法人という枠の中にくくられて議論されること に大いなる危惧を抱いています.国立大学としては 2001 年初頭の省庁再編に連動して行政法人へ移行 するということはなくなったものの,2003 年まで にこの問題について結論を出すことを要請されてい るようです.国立大学の一部である地震研究所も今 後何らかの対応をせまられる可能性があります.ま た,2001 年の1 月には文部省と科学技術庁が合併し, 文部科学省として発足することは確定済みのスケジ ュールですが,これに伴って文部省傘下にある大学 としての,あるいは附置研究所としてのシステムに 対し何らかの変更が行われることも予想されます.

東京大学内部の動きとして,大学院理学系研究科 地学系専攻の合同問題があります.地震研究所がこ れまで協力講座として大学院教育に携わってきた地 球惑星物理学専攻と地質学専攻が,2000 年には地 理学や鉱物学の専攻と合併して地球惑星科学専攻と なろうとしています.このような動きの中で大学院 教育における地震研究所の役割も変化する可能性が あります.しかし,地震研究所は東京大学のどの部 局よりも多くの固体地球科学の研究者を抱えていま すから,研究の最前線における教育が重要視されて いる今日,その大学院教育における役割が少なくな ることは決してないでしょう.

また,地震研究所では本年6 月で共同利用研究所 に改組して5 年が経過する機会に,国内・国外の指 導的立場にある研究者等による外部評価を受けるこ とになっています.改組後5 年間のアクティビティ に対する評価と将来計画等についての助言をいただ く予定です.この外部評価を受けたあと,評価結果 を公表するとともに,評価結果と助言を考慮しつつ 研究所の運営を進めていくことになります.ところ で,2000 年11 月13 日には創立75 周年の記念日を迎 えることになります.我が国が関東大震災を経験し た際に,地震に関する基礎研究の必要性が痛感され て設立された地震研究所が満75 才を迎えることに なります.この節目にあたり,地震研究所としては 何らかの記念行事を行うことになるでしょう.行事 の内容については検討を始めたばかりですが,単な る記念式典ではないものを考えたいと思っていま す.

このように,私の任期中に地震研究所をとりまく 環境や情勢に大きな変化が予想されますし,重要な 行事も予定されています.このような重大な時期に 引き続き地震研究所の舵取りを任されたことの責任 の重大さを思うと暗鬱たる気分ではありますが,微 力ながら全力を尽くしたいと思います.皆様方も, 地震研究所を励まし,育てることが日本における地 球科学を育成することにも通じることをご理解いた だき,これまで以上のご支援をお願い致します.


地震予知研究推進センター長挨拶

大中康譽

引き続きもう一期2 年間センター長を務めること になりました.地震予知研究は,いま漸くトンネル を抜け出しつつある状況にあるように思います.大 地震の予知は,容易だと考ているわけではありませ んが,しかし決して不可能ではありません.将来必 ず達成されるでしょう.地震発生場の地学的特性や 不均一性の理解,地殻変形過程の観測研究,地震発 生に至る過程についての物理科学的な理解などの近 年の著しい進展は,これまでの地震観の変貌を迫る ほどのものがあります.一時,「自己組織化臨界現 象」という考え方でプレート境界大地震までもが論 ぜられたときがありました.しかし研究の進展と共 にこのような無謀な議論は影を潜めつつあるように 思います.複雑系における相互作用が決定論的な地 震予測を不可能にするとの議論もありましたが,最 近の研究は,相互作用を重視してもなお大地震の準 備過程が存在することを示しており,準備過程が存 在する限り,これを何らかの手段で捕捉しモニター できれば,地震予知の可能性は依然としてあります. 大地震と小地震とは根本的に異なり,大地震は大き な特性的スケールに規定され支配されているという 最近の研究もあります.このように研究の最先端は 日々深化しており,最先端の学問的成果は,大地震 の予測可能性を否定していません.十分可能性があ ることを示しているといってよいでしょう.このこ とを,関係専門家以外の方々にまず理解して頂きた いと思います.

地震予知の最大の問題は,予知又は予測の科学的 手法が確立していないところにあります.このこと の故に,地震の予測可能性を否定する主張がスペキ ュレーションに基づいてなされてきたというのが真 相でしょう.予知・予測手法の確立が最重要課題で ある所以です.この確立のためには,最先端の研究 成果に裏打ちされた正しい地震観に基づく合目的な 研究がどうしても必要です.地震学或いは地震予知 科学は完成した学問ではありません.したがって, 地震予知手法の確立は,科学的にも技術的にも未開 拓の領域を開拓しつつ進めなければなりません.こ の点の認識は重要です.これは一見大変なことのよ うですが,このような研究こそ基礎研究に責任を負 う大学の研究者が取り組むに相応しい課題であり, 研究者の立場からは,本当にやりがいがありチャレ ンジしがいのある課題なのです.次世代を担う若手 の参加を求めること切なるものがあります.予知手 法の確立とは,結局のところ予測モデルを構築する ことに他なりません.もう少し分かり易いいい方を しますと,地学的環境条件の下で,地震がどのよう な経過をへて発生するに至るのか,その進展過程を 把握するにはどのような現象または方法があり,そ れは地震発生過程とどのように関係づけられるのか を具体的に明らかにし,最終的には観測,実験,理 論的成果を総合し集大成して,大地震に至る過程に ついてのシナリオを作ることです.思考実験をして みると容易にわかることですが,しっかりしたシナ リオなしには,仮に地震発生場の状態の変化や異常 先行現象と思われる観測事実を示されても,これら から来るべき地震の発生を予測することはできませ ん.

国民の期待の大きい予知研究を推進するにあた り,当センターの役割は益々重要になってきている と自覚しています.最近,大学関係の地震予知研究 全体に一貫性を持たせ,予知研究を一層強力に推進 するための望ましい体制作りの議論がなされていま す.これを受けて,当センターは近い将来整備拡充 する計画です.皆様の一層のご支援をお願いする次 第です.


地震地殻変動観測センター長挨拶

金沢敏彦

地震地殻変動観測センターは,地震,地殻変動, および強震動の衛星テレメータ観測網あるいはダイ アルアップによる継続的な観測を核にして,地震予 知および災害軽減をめざして観測研究を進めていま す.観測所が10 所あります.大正10 年に震災予防 調査会が設立した経緯をもつ筑波をはじめ,和歌山, 広島,堂平,信越の地震観測所,油壺,鋸山,弥彦, 富士川,室戸の地殻変動観測所です.観測センター には教授4 名,助教授3 名,助手7 名,技術官14 名 が現在所属していますが,助手3 名と技術官10 名は 和歌山,広島,信越,油壺,富士川の観測所に勤務 し,関東甲信越から伊豆諸島地域,紀伊半島,瀬戸 内海西部地域に展開している約100 点の高感度地震 観測点を運営しているほか,伸縮計,傾斜計,ボア ホール3 成分ひずみ計による観測を継続していま す.駿河湾地域,伊豆半島地域および足柄平野に強 震動観測網を展開しています.繰り返し群発地震活 動が発生する伊豆半島東方沖には光ケーブル式海底 地震計3 台を設置して特に観測精度を高め,活動の 詳細な把握とその成因と考えられるマグマ活動の解 明を進めています.また三陸沖海底には120 km 沖 合まで光ケーブルを張って海底地震計3 台と津波計 (水圧計)2 台を設置し,歴史的に津波地震が発生 している三陸沖の地震活動特性の詳細な把握,海陸 プレート間相互作用の解明,津波高予測を東北大学 と協力してすすめています.関東甲信越地域では CMG-3 型広帯域地震計を併設して,地震の破壊過 程と構造不均質との関連の研究から地震発生にいた る過程の解明を進めています.

地震地殻変動観測センターは,地震データの全国 流通と機動的観測研究の高度化のために導入された 衛星通信テレメタリングシステムの全国運用のセン ターとしての機能も果たしています.

平成11 年度から新しい地震予知研究計画がスタ ートしました.観測センターはこれまでの継続的な 観測研究に加えて稠密な機動的観測研究や海陸境界 域における観測研究,海底地殻変動などの新しい観 測手法の開発に重点をおいて全国共同で新計画を推 進していきます.平成9 年4 月からセンター長の任 に就いていますが,新計画の目標とする地震発生に いたる全過程の解明に向けて努力していく所存で す.


地震予知情報センター長挨拶

菊地正幸

本センターは,全国大学の地震予知情報ネットワ ークセンターとしての任を負い,全国規模で得られ る観測データの収集,整理,提供を行うとともに, ネットワークやデータベースなどの情報流通基盤の 整備,広帯域地震計観測網の整備などを行っていま す.

スタッフの陣容は教官・技術官7 名,高度研究推 進委員,システムエンジニア各1 名です.教官・技 術官は,地震や津波の発生メカニズムの研究,国内 外の地震データを用いたリアルタイム地震学の研 究,インターネットを用いた地震情報提供システム の研究,歴史地震記象のデータベース化など,自然 地震学から情報科学までのいろいろな研究を行って います.また,大学院生・研究生4 名もここを基点 に勉学研究に励んでいます.

情報センターでは,昨年度,計算機システムの更 新を行いました.新システムは超並列型計算サーバ (CRAYOrigin 2000 )1 台,グラフィックスワークス テーション(Octane )10 台などから構成されます. これにより計算機の総合性能は,従来に比べ,約1 桁アップしました.更新にあたりまして利用者の皆 さまにはいろいろご不便をおかけしますが,よろし くご理解のほどお願い申しあげます.

ところで,あまり目立たないことですが,今回の 機種更新では磁気テープの使用が廃止されました. ある意味でコンピュータの時代の流れを象徴するも のと言えます.私個人は,かって,パンチカードの 利用がなくなるときほどの不安(未練?)はありま せんが,ひと頃,固定ブロック形式だとかレコード 長がどうのといったformat に悩まされたことを思 いだし,感慨ひとしおです.

おりしも1 千年代から2 千年代へカウントダウン が始まったいま,今後1 千年の間にどのような情報 媒体が登場し消えていくのかと思い巡らしてしまい ます.大量のデータ流通や処理に便利な媒体が次々 に登場しますが,1 千年スケールでの保存という観 点からは,書類に勝るものはまだ出てきていないよ うに思われます.


火山噴火予知研究推進センター長挨拶

渡辺秀文

本センターは,火山やその深部で進行する現象の 基本原理を解き明かし,火山噴火予知の基礎を築く ことを目標としています.そのために,各種の観測 や調査,理論や数値シミュレーション,流体実験な ど多様な方法を用いて,火山の形成過程,噴火の発 生機構,マグマの動態,マグマの移動や蓄積と関連 した物理・化学現象などの諸研究を推進していま す.

センターに附属する施設としては,浅間山,霧島 山,伊豆大島に火山観測所があり,富士山,草津白 根山に常設観測網をもっています.また,三宅島に は現地収録のシステムを置いています.これらの火 山では,地震動,地殻変動,電磁気などのデータが 常時得られています.常時観測に加え,研究テーマ や火山の活動度に応じて,臨時観測や火山噴出物な どの調査も随時行っています.また,火山噴火予知 計画の重要な基礎研究課題である火山体の構造探査 や特定火山での集中観測等の全国の関連研究者との 共同研究を推進しています.

さらに,火山活動のしくみや噴火予知についての 研究の新展開をめざして,火山体の掘削,衛星を利 用した火口近傍での観測システムの開発,火山活動 の中・長期予測の基礎研究などの先駆的な研究計画 を推進しています.たとえば,伊豆大島火山カルデ ラ内の三原火口から1 km の地点に掘削した深さ 1 km の総合観測井では,カルデラの構造と噴火活 動史の調査研究,火口地下に上昇してきたマグマが 引き起こす噴火前兆現象の解明などをめざしていま す.また,雲仙岳では,なぜ爆発的な噴火ではなく 溶岩流出が起こったのかなど,噴火様式を規定する しくみを解明するために,溶岩ドーム地下の火道に 達するボーリングによって火道およびその周辺を直 接観察する計画が,当センターのメンバーが中心と なって国立研究機関や全国の大学研究者と協力して 推進されています.これらは,先進的な研究計画と して世界的にも注目されています.

これらの多様な研究によって,火山活動と噴火予 知の研究において先導的な役割を果たしたいと思っ ています.


海半球観測研究センター長挨拶

深尾良夫

海半球観測研究センターが設置されてちょうど2 年になります.このセンターの当面最大の課題は平 成8 年度に5 ヵ年計画として始まった科研費創成的 基礎研究「海半球ネットワーク:地球内部を覗く新 しい目」を全国共同研究として推進することです. このプログラムが現在どこまで進展しているかにつ いては,最近発行された地震研究所要覧 (1999-2000 )をご覧ください.本センターでは特に 海底地震観測・海底ケーブル観測に関しては地震地 殻変動観測センター・地震予知研究推進センターと 共同で,地震計開発については地震地殻変動観測セ ンター・地球計測部門と共同でプログラムの推進に あたっています.海半球計画を中心とするグローバ ル地球観測研究が本センターの看板であることは言 うまでもありませんが,実はもう一つ隠れた(?) 柱があります.それは地殻を固体・流体複合系とみ なし,地殻の複雑多様な諸現象を固体・流体の相互 作用の結果として理解しようとする研究で,いずれ は,地殻物理学といった分野にまで体系化されるこ とを目指しています.こうした方向に沿って,本セ ンターでは阿蘇火山において広帯域地震観測(京大 理学部と共同),伊東において地下水位歪同時観測 (東大理地殻化学実験施設と共同),油壺において, 地震波速度変化・比抵抗変化同時連続測定(山口大 工と共同)などを行うとともに,固相・液相系のミ クロとマクロな力学プロセスをつなぐ物理を求めて 理論的・実験的研究を行っています.本センターの 研究活動に興味をお持ちの方は,ホームページを覗 くか直接センターをお訪ねください.
目次 へ戻る

地震研究所ホームページトップ

2000/10/17