伊豆半島群発地震で観測された前兆変動と 地震の直前予知について

─誰にでもわかる伊東の前兆変動と地震発生?─

東京大学地震研究所 石井 紘


1 .はじめに

日本は環太平洋地震帯に位置しており,世界でも 有数の地震・火山国であり,地震・火山による被害 は避けられません.1995 年1 月の兵庫県南部地震は 地震の恐ろしさを改めて認識させました.しかしこ の活発な地殻活動により美しい国土や栄養豊かな土 壌による多様な植物資源に恵まれています.日本に 生活する以上,地震のことをよく理解し対処してい くことが必要です.有史以来,日本は多くの被害地 震を経験しています.しかしながら地震の起こると ころは大体決まっており,繰り返し発生しているの です.日本付近で1994 年1 年間に決定されたマグニ チュード3 以上の地震の総数は約28000 個でマグニ チュード6 以上は31 個でした.これらはほぼ被害地 震の分布と同じ様な分布を示しています.

2 .地震とは何か

地震とは何でしょうか.地下の岩盤に応力が蓄積 し,岩盤の弱いところから急激な破壊が始まりある 面に沿って亀裂が生じる現象です.この発生した亀 裂を断層と呼びます.急激な断層の発生に伴い地面 の振動が発生しますがこれが地震です.また,同時 に地面の変形が生じますがこれが地殻変動です.物 が破壊するときに生ずる基本的なことは振動と変形 で,地殻内部が破壊した場合にはおもに地震波と地 殻変動となります.

3 .地殻変動とは

地殻変動という言葉は地学・地球物理ばかりでな く「政界を揺るがす地殻変動」などのように社会 的・政治的にもよく用いられています.辞書による と地殻の内部力により地殻に起こる運動などと書い てありますが,我々の住んでいる地球表面の変動を 地殻変動と呼んでいます.地殻の変形としては水平 変動,上下変動,傾斜,歪などいろいろな形で現れ ます.大きな地震が発生したときには必ず地殻変動 が生じます.特に海底に地殻変動が起きたときには 津波が発生します.

4 .なぜ地震が起こるのか

地球上はいくつかのプレートと呼ばれる厚さ 100 km 程度の堅い岩石の板に覆われています.プ レートの境界は地球内部から物質が湧き出ていると ころ(海嶺)とプレートが地球内部に沈み込むとこ ろ(海溝)があり,年に数センチ程度の早さで常に 移動しています.この動きのためにプレート運動に 伴う歪みの蓄積が進行します.例えば,海溝におい ては沈み込むプレートが他のプレートを引きずり込 みます.沈み込みが進行していくと引きずられたプ レートの反発力がプレート間の結合力以上になり急 激に元の位置に戻ろうとします.これが典型的なプ レート境界地震と呼ばれる地震です.典型的な地震 は関東大地震(1923 )や南海地震(1946 )など海溝 付近にたくさん起こっています.このようなプレー ト境界に発生する地震は大体100-200 年の時間間隔 で発生しています.内陸で発生する地震もプレート の沈み込みによる圧力の蓄積で起こりますがプレー トから離れているので歪みの蓄積が遅く発生の時間 間隔もより長くなります.海溝のプレート境界で発 生する地震は逆断層型が多く,海嶺では正断層型の 地震が多く発生します.

5 .兵庫県南部地震の特徴

兵庫県南部地震(マグニチュード7.2 )は1995 年 1 月17 日に発生しましたがプレート境界の地震では なく内陸の活断層に起こった地震です.関西におけ る活断層の場合は,太平洋沖の南海トラフからのフ ィリピン海プレートの沈みこむ圧力により蓄積され 続けた歪が破壊の限界に達し地震発生となったもの です.関西では長期間,活断層で地震が起こってい ませんでしたが,プレートから離れているため歪の 蓄積に時間がかかり,地震発生のくり返し間隔が数 百年から数千年となっています.地震断層が大都市 直下に生じたため被害が甚大でしたが,地震発生の 時間帯が通勤時間などの場合にはより深刻な被害が 想定され新たに地震の恐ろしさを認識させました. 兵庫県南部地震の地震発生は他の活断層における歪 の蓄積をも暗示しています.

6 .活断層とは

活断層とは昔地震の起こった痕跡で今後も活動す る可能性のある断層です.地震は地殻の強度の弱い ところに発生しますから活断層は地殻の壊れやすい ところとも考えられます.従って同じところで過去 に何度も繰り返し地震が発生しています.しかしな がらプレートの沈み込みにより間接的に歪みが蓄積 されるため発生間隔がプレート境界地震と比較して 長くなっています.活断層の繰り返し間隔を調べる には活断層のところを掘削し,地層のズレを直接観 察することによりわかります.例えば活断層の活動 周期が1000 年で約900 年前から地震が起こってない とするとそろそろ注意した方がよいということにな りますが活動周期などの決定には100 年程度のばら つきがあります.直前の予知は他の方法ですること になります.関西地方は活断層が多く見られます. 関東地方は堆積層が厚いため活断層がわからないと いうこともあります.

7 .マグニチュードと震度

マグニチュードと震度はよく間違われます.例え ば兵庫県南部地震のマグニチュードは7.2 でしたが 神戸における震度は7 でした.マグニチュードは地 震の大きさを表す量で,震度は観測点における揺れ の大きさを表すものです.従って,マグニチュード は地震に対して一つしかありませんが震度は一つの 地震に対して多くあり,観測点により異なるわけで す.兵庫県南部地震の場合東京の震度は1 で名古屋 の震度は3 でした.

8 .なぜ地震予知は難しいか

現在,地震予知が可能とされているのは東海地震 だけです.他の地震の予知は地震が現在ある観測点 の近くで発生し,前兆現象が大きく現れた場合には 可能になります.地震を予知するためには地震の大 きさ,場所,時期を知る必要があります.現在,大 きさと場所は大体見当をつけることが出来ますが時 期を正確に知ることがもっとも困難なことです.日 本のように社会システムが高度に組織化されている ところでは予知の失敗による社会的影響や経済的損 失が大きく精度が要求されるわけです.地震予知の ためのいろいろな観測項目の観測点数が十分でない ことおよび地震が10 km などの深さで発生するにも 関わらず観測が地表でのみ行われていることも問題 点です.人間の病気の兆候が人により違うように地 震の場合も場所により前兆現象の出現の様子が異な ることも困難にしています.

9 .地震の前兆現象とは

大きな地震の起こる前に地震と関連した異常な現 象が観測されることがあります.例えば地震の予知 に成功した中国の海城地震(1975 ,M =7.3 )の場 合には発生の1 日前から前震が増加しています. 1964 年の新潟地震(M =7.5 )の場合は地震発生の 数年前に異常な隆起が観測されています.1944 年 の東南海地震(M =8.0 )の場合は地震発生の数時 間前,掛川北方における測量において異常な隆起と 思われる値が観測されました.現在地震予知が可能 とされている唯一の地震である東海地震の場合はこ のことが有力な根拠の一つになっています.しかし ながら一般的には前兆現象の観測は困難です.震源 の十分近くに観測点がないことや人工的なノイズの ために信号が消されたりするからです.

地震は地殻内部の断層破壊ですが物質が壊れると きには必ず前兆的変化,特に変形があると考えられ ます.我々の身の回りにおいても物が壊れる前に前 兆的変化を知ることは多くあります.例えば割り箸 を曲げて折るときのことを考えます.箸に力を加え ると変形(曲がり)が生じミシミシと音がし始めて 最後にポキンと折れます.この曲がる状態が地殻変 動に対応し,ミシミシという音が微小地震・前震に 対応し,折れる前の前兆的現象とみなされます.し かしながらこの状態を遠く離れたところやスリガラ スをとおして見ると変形もよく見えないし音も小さ くなります.また雑音の大きいところで見ると変形 はわかりますが音はよく聞こえません.これが現在 前兆変化が観測されにくい状況に対応します.すな わち地震が発生している地殻内部の観測ではなく地 表で観測しているからです.

10 .首都圏における地震の特徴

東北地方の場合は太平洋プレートの沈み込みは海 岸から150 km 以上沖合の海溝から始まっているた め,プレート境界に発生する巨大地震は陸上から離 れた海の下で発生します.このような場合振動によ る被害よりも津波による被害が重大です.ところが 関東地方においては太平洋プレート,フィリピン海 プレートとユーラシアプレート(大陸プレート)が 陸地の下で衝突しており,日本でももっとも地震活 動の活発なところです.特にプレート境界で発生す る地震は巨大地震となる可能性があります.1923 年の関東大地震はこの様な地震でした.プレートの 内部で発生する地震はマグニチュードが6-7 程度の 中規模地震で震源もやや深いのですが都市の真下に 起こるのでかなりの被害が考えられます.活断層に よる地震に関しては首都圏直下では堆積層が3 km 程度と厚く地震はその下の岩盤で起こるため神戸の ように地表に活断層が出現しているところとは異な ります.活断層の分布図を見ると数は少ないのです が堆積層のために活断層が調べられていないという こともあります.

11 .地下深部における地殻活動総合観測の必要性

地震は地殻内部の断層破壊ですが物質が壊れると きには前兆的変化,特に変形が必ずあると考えられ ます.研究室における岩石破壊の研究においても前 兆的変形が観測されていますし,われわれの日常生 活においても物の壊れる前に前兆的現象をほとんど 見ることができます.前述の割り箸の例で説明しま したが遠く離れたところや雑音の大きいところで観 測していることが現在前兆変化が観測されにくい状 況に対応します.一方,震源からの距離による地震 の波の減衰と地殻変動の減衰を比較してみますと地 殻変動の方が1 桁減衰がおおきいのです.これらの ことを考慮しますと地震が起こるのと同じ岩盤内の 地下深部(3 km 以深)における総合観測を確立す ることが必要です.また,現在地表近くにおける各 種観測においては気象の影響や地下水の影響を受け ているとみられるデータがありますが深部における 観測により,高感度の観測が可能になり非常に小さ な地震に関連した信号を観測できる可能性が増しま す.

12 .地震研究所で開発したボアホール地殻活動 総合観測計器

石井ほか(1992 )は従来の歪計(ひずみけい)と 原理を異にし安価で多成分の観測が可能な小型多成 分歪計を開発しました.この歪計はボアホール容器 の口径変化を測定するものですがテコの原理を適用 したメカニカルな拡大装置を開発し取り付けること により,口径変化を40 倍近く変位拡大し,マグネ センサーにより電気的な出力に変換するものです. 全長50 cm ,外径9 cm 以下の大きさで10 億分の1 よ り小さい水平3 成分以上の歪の測定を可能にしまし た.また,石井ほか(1993 )は震研93 型並行二枚 バネ式可搬型傾斜計の開発をしました.地震研究所 (1995 )ではこれらの計器を基にし,1 本のボアホ ールで多項目の観測を可能にするボアホール地殻活 動総合観測計器を開発しました.この計器は水平3 成分以上の歪計,2 成分の傾斜計,速度型の地震計 3 成分,加速度計3 成分,温度計などが組み込まれ ており,必要な成分のみの組み合わせも可能です. その上,この計器にはいままでの観測計器にはない 新しく開発したジャイロも搭載してあります.歪計 を搭載したボアホール計器は岩盤と一体化するため に膨張性のセメントにより固め,設置しますが設置 時の計器の方向を決定する必要があります.開発し たジャイロにより,1 度以内の精度で観測成分の方 向を決定する事を可能にしました.この計器は兵庫 県南部地震後,地震を発生させた野島断層の近傍の 深さ800 m のボアホールにも設置されています(石 井ほか,1998 ,藤森ほか,1998 ).また,この計器 は大学・気象庁や研究機関などに利用され,現在ま で40 カ所以上の場所に設置されています.ボアホ ールを掘削する経費は高価なのでこの総合観測装置 のように1 本のボアホールで多成分・多チャンネル の観測を実施し,効果的に利用する事が重要です.

13 .深部ボアホール総合観測の威力(伊豆半島 群発地震で観測された前兆変動)

地震研究所においては前述のようにボアホール地 殻活動総合観測装置を開発し,複数の観測点で観測 を行っていますが群発地震発生域にある伊東におい ても観測を行っています.観測は1995 年10月から 開始していますがその後発生した規模の大きいすべ ての群発地震の場合,すなわち1996 年10 月,1997 年3 月と1998 年4 月の群発地震において地震と関連 した前兆的異常データが観測されました.図1 は伊東観測点に設置されている地殻活動総合観 測装置およびボアホールの断面図を示しています. ボアホールは深さ150 m で観測計器は歪計(3 成分), 傾斜計(2 成分),加速度計(3 成分),温度計,ジ ャイロから成っています.図2は1995 年 から1998 年まで発生した4 回の群発地震の震源分布 で地震研究所(1998 )により決定されたものです. 伊東観測点の位置が示してありますが震源のすぐ近 くに位置しています.図3 は3 回の群発地震で観測 されたデータの一例として1998 年4 月10 日から5 月13 日06 時20 分までの3 成分の歪と傾斜のデータ です.群発地震発生に関連して異常な歪みと傾斜の 変化がみられます.地震に伴うステップが歪・傾斜 ともに見られます.この傾斜計はオイルダンパーお よびフィードバック回路を使用していないため傾斜 ステップも良好に記録しています.点のバラツキは 地震による振動です.他の2 回の群発地震において も同様な異常変化が観測されています(地震研究所, 1997 ).次に地震発生前後のデータを詳しくみてみ ます.図4は1996 年10 月,1997 年3 月と 1998 年4 月の群発地震発生前後の最大傾斜下降ベク トルと最大主歪の変化を示しています.最大傾斜下 降ベクトルとは傾斜が最も大きい方向と大きさの時 間変化を示しています.最大主歪の変化とは最も歪 みの大きい方向と大きさの時間変化を示したもので す.歪に関しては見やすくするために1 日ごとにず らして示してあります.傾斜も歪も群発地震発生前 から異常変化を記録しており,北北東ー南南西方向 に作用しているテクトニックなテンション(引っ張 りの力)の応力方向と同様な方向を示し密接に関連 しているように見えます.群発地震発生前から傾斜 には明らかに異常変化が見られます.すなわち群発 地震発生の2 日位前から通常の日変化のパターンか らはずれてテクトニックな応力方向に変化が加速し て群発地震が発生しています.歪変化に関しては群 発地震の発生が近づくと主歪が通常と異なりテクト ニックな応力方向に向かうとともに大きなテンショ ンを示し,岩石破壊実験に見られるように加速・停 滞して最初の大きな地震発生となっています.この 観測結果は実験室におけるデータと非常に類似した 変化を示しています.この観測点では観測された3 回の大きな群発地震すべてにおいて同様な変化を示 しており,今後も同じ変化で地震が発生するならば 誰でも地震の発生を予知することが容易と考えられ ます.しかしながら一層の事例の蓄積をして確実性 を高めることが必要です.

このような観測結果は震源に十分近いところで地 下深部の高精度観測を実施すれば前兆的な変動を観 測することが可能であることを示しています.伊豆 の場合には地下水や地下ガスの移動あるいはマグマ の貫入にともない地下岩盤が弱くなるとともに加わ っているテクトニックな力の方向に変形が進行する ために観測されたような前兆変化を示すと考えられ ます.それを説明するモデルは現在構築中です.

14 .今後の短期地震予知研究

短期地震予知研究の突破口として現在その可能性 のあるのは上述の例からも推測できるように地下深 部(3km 以深)と海底における各種観測,特に歪 変化の観測です.深部での地震・傾斜観測には実績 がありますが歪観測などの技術は確立しておらず開 発を早め,堆積層や人工的ノイズがなく直接地震が 発生する岩盤内で地震に関連した現象を観測するこ とが地震予知研究を加速する最も可能性のあること の一つです.胃の病気を調べるのに聴診器で調べる のと胃カメラで調べるのとの違いです.このような 観測は経費が現在よりはるかにかかりますが完全な 防災に要する経費などと比較すると桁違いに少ない 額です.大地震は都市の弱点をせめて来るし,完全 な防災都市建設には時間もかかり一度破壊された場 合の被害総額を考慮すると可能なことと考えられま す.



図1  地震研究所で開発した地殻活動総合観測装置の
概観(左)と伊東観測点におけるボアホールの断面図



図2  伊豆半島東部において1995 年から1998 年まで
発生した4 回の群発地震の震源分布(地震研究所,
1999 )と伊東観測点の位置



図3 伊東観測点で地殻活動総合観測装置により観測さ
れた1998 年4 月の群発地震と関連した歪と傾斜お
よび気象庁による群発地震の数



図4  3 回の群発地震すなわち1996 年10 月,1997 年3 月および1998 年4
月における傾斜下降ベクトルの時間変化(左)と最大ズレ歪の時間変化(右).
最大剪断歪はわかりやすくするため1 日ごとにずらしてある.


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2000/10/17