特定共同研究B

「地震サイクルと大地震の準備過程に関する総合的研究」

横浜市立大学理学部 吉岡直人

東京大学地震研究所 大中康譽


最近の地震学の著しい発展の1 つに,「地震サイ クル」という考え方の導入があります.すなわち, 大地震の発生に至る過程にはさまざまな過程を含む 一連のサイクルが存在し,これらの過程を経て,最 終的な破壊,すなわち地震に至る,という考え方で す.また地震が発生したあとは,この過程が順次繰 り返され,次の地震に至ると考えます.このような 考え方は古くからあるにはありましたが,これら一 連の過程を総合的に捉え,一連のサイクルの各過程 をより詳しく解明しよう,という動きは最近になっ て意識的に行われ始めました.本共同研究は,これ に関心をもつ研究者の集団で構成されています.全 国14 の研究機関(東京大学地震研究所,東京大学 理学部,横浜市立大学理学部,東北大学理学部,京 都大学理学部,京都大学防災研究所,弘前大学工学 部,地質調査所,大阪大学理学部,金沢大学理学部, 名古屋大学理学部,建築研究所,気象研究所,防災 科学技術研究所)から28 名の研究者が参加してい ます.

さてこの一連の過程には,地震で一度破壊された 断層面の強度が,時間の経過とともに回復してゆく 過程(強度回復過程),広域的な応力がゆっくりと 蓄積されてゆく過程(テクトニック応力蓄積過程), 局所的な領域において変形が集中してゆく過程(大 地震の準備過程)などが含まれていると考えられて います.最後の大地震の準備過程では,「震源核」 と呼ばれる弱い部分が震源域付近で次第に成長する らしいことが分かってきました.このあたりまでは 多くの研究者のほぼ一致した理解ですが,それ以上 の細かい点になると,分かっていないことが多いこ とに気付かざるを得ません.たとえば,地震が発生 する場は構造的にも,物理的にも,化学的にもその 環境は極めて多様であり,上に述べたそれぞれの物 理過程はこの環境に大きく依存することは確実で す.したがって一連のサイクルにおけるそれぞれの 過程も一様ではないことが考えられます.また,大 地震の準備過程におけるさまざまな前兆的シグナル は,どのような環境条件のもとで,どの段階で発せ られるのかという問題も十分理解されてはいませ ん.

前兆的シグナルの発現の有無も地震が発生する場 の環境に依存するわけですから,ある地震の発生に 伴って発現した前兆的シグナルが,別の場所で起こ る地震に先行して必ず発現するという保証があるわ けではありません.したがって,大地震を科学的に 予知又は予測するには,地震発生場がどのような条 件を満たしているときにどのような先行現象が期待 され,それが地震発生に至る過程とどのような関係 にあるかを明らかにした上で,種々の可能な異常先 行現象と地震発生に至る過程との関係を地震発生場 の環境条件を考慮に入れて系統的に整理し,大地震 発生に至る過程について時間軸に沿ったシナリオ (予測モデル)を用意することがどうしても必要で す.このような研究は,地震発生にいたる過程を物 理化学的視点から,深く理解した上で達成されるも のですから,防災科学的視点からだけでなく純粋科 学的視点からも,極めてやりがいがありチャレンジ しがいのあるものです.

本特定研究は,以上のように,大地震のサイクル と,大地震発生の準備過程におけるさまざまな問題 を,観測,実験,理論の各分野から多角的に研究し, その時間軸に沿ったシナリオを,環境の多様性を考 慮しつつ明らかにすることを目標としています.ま た大地震の準備過程において,震源域における変化 や,震源核の成長過程などを検出し,大地震の発生 を予測する方法の確立を目指した研究を行っていま す.

やや専門的になりますが,本特定研究の研究計画 は以下の5 つの柱から成り立っています.

(1 )応力蓄積メカニズムの解明:地殻変動デー タのインバージョン解析によりプレート間相互作用 (カップリング)の時空間変化を明らかにするとと もに,応力蓄積過程の不均一性への理解を深める. この場合,地震波放出を伴わない変動にも着目す る.

(2 )初期破壊過程の多様性に関する研究:地震 発生場の不均一性にもとづく初期破壊過程の多様性 を,波形データのインバージョン解析や地震活動デ ータの時空間分布解析を通じて明らかにする.

(3 )地震発生場の環境と破壊構成則の確立:高 温,高圧条件下における破壊およびすべり実験をと おして,地震発生場の物理的環境下における物理法 則(断層の構成則)を明らかにし,数値シミュレー ションにおける基本パラメータを提供する.さらに 岩石破壊に伴う電磁気現象の理論的・実験的解明を も目指す.

(4 )巨視的すべりに至る過程のモニタリング手 法の確立:岩石実験を通じて,巨視的すべりに至る 過程における微視的な接触状態の変化や破壊(AE ) の発生を観測することにより,断層のモニタリング の手法,解析法の開発を目指す.さらにこれを実際 の断層に応用する手法の開発を目指す.

(5 )地震サイクルのシミュレーション:上記, 観測・実験で得られたパラメータおよび物理モデル に基づいて,地震サイクルに関する数値シミュレー ションを行い,大地震の発生に伴う前駆的地殻変動, 前震活動,その他さまざまな現象の定量的予測を試 みる.

これらの研究はそれぞれの研究機関でそれぞれの 研究者が具体的な研究目標を掲げて「分担研究」と して遂行しています.残念ながら,共同利用研究経 費資源が極めて限られていますので,具体的研究を 進めるにあたっては,必要研究経費の殆どを個々の 研究者が別途独自に調達しているのが現状ですが, それでも,その研究成果を持ち寄り,発表し,討論 を行うためのワークショップを開催する旅費の恩恵 は大いに受けています.ワークショップでは,学会 発表では時間の制約から議論しきれない密度の高い 議論を,徹底的に行うことができます.これによっ て,研究をより深く理解するとともに,研究方向の 修正や次の目標を定める機会としています.

先に述べたように,本研究に参加している研究者 の専門は多岐にわたっており,その手法も観測,実 験,理論の各分野におよんでいます.1 つの研究発 表に対して,それぞれの専門の立場からコメントを 述べ合い,議論を深めることも本特定研究の重要な 役割であると考えています.

98 年度は2 回の研究成果を持ち寄る機会(ワーク ショップ)を持ちました.以下にその講演の発表者 と演題を記します.

第1 回ワークショップ(98 年9 月17 ,18 日)

松浦 充宏:応力蓄積・解放過程としての大地震の 発生サイクル

鷺谷 威:プレート境界面におけるすべり分布の 推定について

川崎 一朗:間欠的非地震性スベリとプレート境界 ダイナミクス

武尾 実:不規則な地震の断層運動

福山 英一:初期応力の不均質分布がつくり出すす べり速度異常

佐藤 魂夫:初期破壊の震源モデルパラメータの推 定

北田和幸・梅田康弘:群発地震のなかで初期破壊の 観測される地震とされない地震につい て

芝崎文一郎:地震の始まり方─中地震から大地震ま で─

平松良浩・古本 宗充:三陸はるか沖地震の初期破 壊課程

飯尾 能久:長野県西部高精度地震観測網で見た微 小地震の始まり

第2 回ワークショップ(99 年3 月16 ,17 日)

柳谷 俊・加納靖之:2 次元実験すべり学事始め 雷 興林:岩石破壊実験による地震準備過程の研 究

川方 裕則:岩石の断層面形成・成長過程に伴う先 駆的ひずみ変化の検出

鈴木晃弘・吉岡直人:応力蓄積過程でのアスペリテ ィ接触の変形機構

山岡 耕春:ACROSS による淡路島野島断層のモ ニター

前田 憲二:余震統計モデルから得られる直前前震 の時間分布

池谷 元伺:前兆現象の先行時間

松田 智紀:応力変化時の岩石の電位変化

吉田 真吾:間隙水存在下での岩石破壊に伴う電気 信号

山本 清彦:岩石圧縮強度の試料寸法依存性に関す る考察

加瀬 祐子:複数の断層の相互作用を考慮した動的 破壊過程の数値計算

郭 智宏・藤本岳洋・牧野内昭武:断層の動的すべ り挙動のFEM 数値シミュレーション

飯尾 能久:下部地殻最上部は流動しているか?

村上 亮:南海トラフプレートカップリング急遷 地域で発生しているnon- secular な地 殻変動について

中西一郎・山根隆弘・神谷眞一郎:P 波トモグラフ ィーから見えるフィリピン海プレート の先端と南海トラフに沿ったセグメン ト構造

八木勇治:日向灘地域で発生する地震の多様な震 源過程とテクトニクスとの関係

加藤愛太郎:岩石破壊実験に基づく剪断破損構成則 の環境依存性

井出 哲:異なる周波数帯でみる1997 年山口県 北部の地震の震源過程

宮武 隆:断層構成則と強震動

大中 康譽:せん断破損構成則と破壊現象固有のス ケール依存性物理量のスケーリング


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2000/10/17