同位体で火山現象を解明する

地球ダイナミクス部門 中井俊一


1.はじめに

平成9 年度より,地球化学的手法を用いて火山現 象の解明を目指して,地球化学実験室の整備を行っ てきました.昨年度末に,高精度の同位体組成測定 装置であるマルチコレクタ−型誘導結合プラズマイ オン源質量分析計(図1)が設置されたのを機 会に,研究の内容や目的の紹介を行います.



図1 地震研究所に設置されたMicromass社のマルチ
コレクター型誘導結合プラズマイオン源質量分析計IsoProbe.高
精度同位体比測定が可能なセクタータイプである.プラズマイオン
源のためイオン化効率が高く,従来の質量分析計でイオン化が難し
かった元素の同位体比測定が可能である.レーザー削摩装置と組み
合わせることにより局所同位体比分析が可能である.

2.同位体で何が解かるか

地球化学とは地球からの試料を分析し,化学組成 や同位体組成を調べ,試料の起源や生成過程などを 解明したり,試料の生成年代を調べる研究分野です. この中でも同位体の研究は重要な位置を占めていま す.自然界に存在する元素の多くは,陽子数が等し く中性子数が変化して原子核の重さが異なる,いく つかの同位体で構成されています.同位体の組成は, 蒸発などの物理過程や,天然に存在する放射性核種 の壊変により変動します.私達は主に放射性核種の 壊変による変動を研究に利用します.例えば原子番 号38 のストロンチウム(Sr)という元素は,質量 数が84,86,87,88の四つの同位体により構成さ れていて,それぞれの同位体の自然界の存在度はお よそ0.56%,9.86%,7.00%,82.58%となってい ます.自然界にはいくつかの放射性同位体があり, 235Uや238Uはよく知られていますが,ルビジウム という元素のうち87Rbという核種も放射性同位体 です.この核種は半減期488億年で87Srに壊変しま す.放射壊変起源の87Sr量を定量することにより 岩石の年代測定が可能になります.また87Sr/86Sr の同位体比をトレ−サとして利用することが可能で す.例えばマントルから直接得られた岩石では 87Sr/86Sr比は0.7025から0.7045程度ですが,地殻 物質の同位体比は年代効果により高く場合によって は0.730以上になることもあります.この差を利用 すれば,例えばマグマが地表に噴出する前に地殻物 質とどの程度相互作用をしたかを知ることが可能で す.

3.誘導結合プラズマイオン源質量分析計

ここで同位体測定のための質量分析計の原理を説 明します.元素を何らかの方法でイオン化し,生成 したイオンを真空中で数千ボルトの加速電圧で加速 します.加速されたイオンを,電磁石による磁場に 導くと,磁場中を通過する際に質量数によって異な る曲率で曲げられ質量分離され,各同位体によるイ オン電流の大きさの比から同位体比を測定すること ができます.

固体元素の高精度の同位体比分析には,これまで 表面電離型質量分析計が用いられてきました.この 装置は岩石などから分離精製した元素をレニウムや タンタルなどの金属フィラメント上に塗布し,真空 中で金属フィラメントに電流を流して加熱し,熱イ オンを作るものです.これに対して今回地震研に設 置された質量分析計はイオン源として誘導結合プラ ズマを採用しています(図2 ).この装置では 酸溶液にした元素を,テフロンチュ−ブによって吸 い上げ,霧状にしてプラズマ内に導入します.ここ で脱溶媒,原子化,イオン化が起こります.7000度 程度の高温のプラズマをイオン源とするためイオン 化効率がすぐれ,従来の表面電離型質量分析計でイ オン化が困難だった元素の同位体比測定が可能にな るという利点があります.このタイプの質量分析計 は1990年代になって開発され,タングステンやハ フニウムなどの元素の正確な同位体比測定を可能に しました.この結果,タングステン同位体比を用い 地球の核が形成した年代が従来考えられてきたより 遅く地球形成後6千万年以降であることを示す研究 が行われたり,ハフニウム同位体比により地球の初 期地殻のもととなるマントルが未分化なものだった ことなどが指摘されるなどの成果があがり,地球進 化史の研究に大きな貢献を果たしました(例えば Lee and Halliday,1995,Amelin et al.,1999).



図2 誘導結合プラズマイオン源.
プラズマ中心部は7000Kに達しイオン化効率が高い.

4.ウラン−トリウム放射非平衡

昨年度末に,所に設置されたプラズマイオン源質 量分析計で行う研究の中心課題のひとつには,ウラ ン−トリウム放射非平衡を用いて火山現象へタイム スケ−ルを付けることがあります.これは同位体の 変化から年代を決める研究の一例です.

最初に述べたように天然の岩石は放射性核種の 238Uや232Thを微量含みます.一般の火成岩ではウ ラン濃度は数ppm(1gの岩石中に数μg)程度です. 238Uは最終的には安定な206Pbに壊変しますが,途 中に234U,230Th,226Raなどの放射性核種を経る壊 変系列をつくります.ある岩石や鉱物が50万年以 上閉鎖系に保たれていると,これらの放射性核種の 放射能は等しくなり,これを放射平衡と呼びます. 図3には縦軸に(230Th/232Th)の放射能比を,横 軸に(238U/232Th)の放射能比をプロットしていま す.放射平衡にある物質は図3の傾き1の平衡線上 にプロットされます.放射平衡にある物質にマグマ の生成や結晶分化などの化学分化作用が働くと,ウ ランとトリウムの分別が起こり,分化した物質(A, B,C,D,E)は水平線上に分布します.新しく生 じた物質は放射非平衡状態にあり,放射性核種の半 減期の10倍程度の時間をかけて放射平衡の状態 (A'',B'',C'',D'',E'')へ戻ります.この間A'相から E'相の(230Th/232Th)と(238U/232Th)の放射能 比を測定してやりA'E'の傾きを求めると,化学 分別が起きた出来事の年代が判ります. (230Th/232Th)が均一なマグマから晶出した鉱物が A'相からE'相を構成すれば結晶の晶出年代を求め られます.230Thの半減期は7万5千年程度であり, この方法によって数万年から40万年程度の年代測 定が可能になります.この時間間隔は火山の活動史 を研究するうえで重要ですが,他の方法では測定が 難しい年代です.例えば炭素14法では古すぎ,カ リウム−アルゴン法では若すぎる期間で正確な年代 情報が得られませんでした.

230Th/232Th)と(238U/232Th)の放射能比は従 来放射線計測により測定されてきましたが,多量の 試料が必要で,この方法の普及の障害となってきま した.1980年代後半に質量分析計の性能の向上に より,[230Th/232Th]の同位体比測定が可能になり ました.(この章で(230Th/232Th)は放射能比を [230Th/232Th]は同位体比を表します.)測定され た同位体比は容易に放射能比に換算できます.質量 分析計を利用したほうが,少量の試料で分析が可能 になり,数百mgまで岩石試料の必要量を下げるこ とができました.今回設置されたプラズマイオン源 質量分析計は高いイオン化能力を持つため,トリウ ムの同位体比測定には有力と考えられ,従来の表面 電離型質量分析計よりも少量のトリウムが分析可能 になると期待しています.これまでの予備実験では トリウム数十ngで同位体比測定に十分な強度のイ オンビ−ムを得ることが出来ました.正確な同位体 比測定のためにはまだ解決すべき問題がいくつか残 っていますが,鉱物分離試料など少量のサンプルの 分析が可能になると期待しています.



図3 ウラン-トリウム放射非平衡による年代測定の原理

5.放射非平衡から得られる知見

前の節で説明したように,ウラン─トリウム放射 非平衡により数万年から40万年前の期間に起きた ウラン─トリウムの化学分別現象の年代を,決める ことができます.マグマが地表に噴出する直前に結 晶が晶出した場合には,放射非平衡は火山岩の噴出 した年代を与えます.しかしより複雑な場合もあり ます.例えばカリブ海セントヴィンセント島のスフ リエール火山のケースでは,放射非平衡の年代が火 山岩の噴出年代を有意に上回っています.この現象 について,結晶が火山岩の噴出より前に晶出して, マグマ溜りに滞留していたという解釈があります (Heath et al.,1998).もしこの考え方が正しいとす ると,マグマがマグマ溜りに長期間滞留していたこ とになり,噴火のプロセスやマグマ溜りの寿命など を考える際の制約条件となります.日本の各火山で このような情報を得ることは火山災害を予測する上 での基礎的なデータとなります.

個々の火山を離れ,よりグローバルな視点で見る 場合,放射非平衡の情報と他の地球化学的情報を組 み合わせることにより,沈み込み地帯での物質循環 のタイムスケールに一定の制約を与えることが出来 ます(Elliott et al.,1997).

6.斑晶の局所分析

プラズマイオン源質量分析計のもう一つの特徴と してレーザーサンプリング装置と組み合わせて局所 同位体比分析ができるという特徴があります.レー ザーサンプリング装置は,常圧中で固体試料にレー ザーを照射し,生じたエアロジェルをアルゴンガス でプラズマへ導入するものです.後は溶液試料と同 様にイオン化し,質量分析計で同位体比分析をしま す.レーザーの波長により照射スポットサイズが変 わりますが,現在よく使われているNdYAGレーザ ーの4 倍波長の紫外レ−ザ−を用いると40μm程度 のクレ−タ−を開けることができます.この方法に より岩石中の鉱物の局所同位体比分析が可能になり ます(Christensen et al.,1995).

従来局所同位体分析には二次イオン質量分析計 (SIMS)が主に利用されてきました.プラズマイオ ン源質量分析計は,SIMS に比べ空間分解能が劣る 欠点はありますが,同位体比の測定精度はSIMS を しのぐものがあり,今後の装置の性能の向上に期待 がもてます.

局所同位体比分析が,何故必要なのでしょうか. 火山岩の斑晶はマグマ溜りの中に長い時間滞留した ものもあると考えられています.マグマ溜りは,よ り深部からマグマが流入したり,マグマが火成岩と なって地表に噴出するため,物質の出入りに関して 開放系になっています.従ってその中のマグマの化 学組成や同位体組成は時間を追って変化します.マ グマから晶出する斑晶はこの変化を記録し,斑晶の 中心部と外縁部では化学組成や同位体組成が変わっ てきます.これを分析すればマグマ溜りの化学進化 に制約を付けることができ,噴火過程の理解にもつ ながります.この種の研究は米国のカリフォルニア 大学ロサンゼルス校などで始められています. Davidson教授らはマイクロドリルを用いて斜長石 やサニディンなどの斑晶の微小部分を削り取り,化 学処理しSrを分離精製した後,表面電離型質量分 析計を用いて,斑晶の各部分のSr同位体比測定を 行っています.その結果から,マントルから上昇し たマグマが地殻物質と混合する過程を読み取ってい ます(Davidson and Tepley,1997).

プラズマイオン源質量分析装置をレーザーサンプ リング装置と組み合わせ,より空間分解能を上げた 議論が可能か挑戦する予定です.既存のレーザーサ ンプリング装置を,四重極タイプのプラズマイオン 源質量分析計と組み合わせて,岩石・鉱物中の微量 元素の局所濃度分析を行うことにこれまで取り組ん できましたが,この経験を新しい装置を用いた同位 体比分析にも応用することが可能です.

7.おわりに

ここでは放射非平衡と局所同位体比分析を中心に 紹介しましたが,誘導結合プラズマイオン源質量分 析計では,従来のネオジム,鉛などのトレーサーの 同位体比測定も可能です.また遷移金属元素の高精 度同位体比測定にも利用でき,新たな研究分野が開 かれる可能性があります.

参考文献

1 .Chrisensen, J. N., et al. (1995), Earth Planet. Sci. Lett., 136, 79-85.

2 .Davidson, J. P., and Tepley III, F. J . (1997), Science, 275, 826-829.

3 .Elliott, T., et al. (1997), Jour. Geophys. Res., 102, 14991-15019.

4 .Heath, E., et al. (1998), Earth Planet. Sci. Lett., 160, 49-63.

5 .Lee, D.-C., and Hallyday, A. N. (1995), Nature, 378, 771-774.


目次 へ戻る

地震研究所ホームページトップ

2000/10/18