地動の回転成分を観測する新しい地震計の開発

地震地殻変動観測センター 武尾 実


○何故,地震動の回転成分を計るのか

地面の動きをとらえることは地震学の基本であり り,1960年代以前の地震学では正に地震計の開発 が中心課題の一つでした.また,1960年代の世界 標準地震観測網の展開によるグローバルな観測によ り大地震の発生機構についての理解が深まり,他の 地球物理学的観測データと相まってプレートテクト ニクスによる地球の運動の解明が進むなどといった 例にもあるように,固体地球物理学上の重要な発展 が新たな観測手段の進展を契機として引き起こされ ることは,これまでしばしばありました.最近では, 広帯域地震計のグローバルな観測網の展開や海域 (海半球)における大規模な観測網の展開により, 地球のダイナミクスに対する新たな理解が進むこと が期待されています.このように,固体地球物理学 における観測の重要性は広く認識されていますが, 我が国では最近20年ほどの間,残念ながら新機軸 を開く様な新しい地震計の開発は行われてきません でした.

1995年兵庫県南部地震の際に神戸市内で記録さ れた強震動記録は,これまでの私達の予測を越えた 特異な波形で,大きな揺れの続く時間が短かったに も関わらず大変大きな被害をもたらしました.とこ ろで,現在,地震観測に使われている地震計はいず れも地動の並進成分(上下の揺れや横揺れ)を記録 するものですが,地面の動きにはこの並進成分の他 に,回転の動きがあります.水道管や鉄道などの長 大構造物が多いライフラインに対する影響を考えた 場合,地震動の回転成分がどの程度の大きさになっ ているかを正確に知ることは重要と思われます.し かし,これまでの地震学では地震時の地面の回転成 分はかなり小さいものと考えられて,観測の試みも ほとんど行われてきませんでした.私達の予測を越 えた地面の揺れは兵庫県南部地震の強震動記録の例 のように大いに起こりうることです.

最近の私達による一般的な塑性変形理論に基づく 地震波励起の理論的研究の結果,地動回転成分を地 動並進成分と併せて解析することで,地震の震源過 程や火山の噴火過程に関しこれまでのモデルの枠を 越えた現象の解明ができることが明らかになりまし た.一方,地球内部構造の研究においてはこれまで 地球自由振動の伸び縮みモードが主に用いられてき ましたが,捻れモードについてはノイズが大きいた めに十分には活用されてきませんでした.このノイ ズの原因は,広帯域地震計等の水平動成分が地動の 傾斜にたいしても感度があるため捻れ振動と傾斜を 分離できないことにあります.しかし,捻れ振動を 直接計測する回転地震計を用いれば,地球自由振動 の捻れモードを正確に観測できるので地球内部構造 に関しこれまでにない新たな知見が得られることが 期待されます.また,鉛直軸回りの回転成分は横波 に関する感度が高く並進成分よりも精度良く横波の 到達時刻を読みとれるため,この回転成分を観測す る事により横波に関してより高精度の速度構造を知 ることができます.

このように,地震動の地動回転成分を計測するこ とは,固体地球物理学の広い分野に渉って極めて学 問的に利用価値の高いものであるだけでなく,耐震 工学の分野でも,これまで考慮されてこなかった地 動の成分を正確に計測しデータを蓄積することで新 たな貢献をするものとなります.また,重力波検出 をめざす実験物理学の分野でも,その検出精度向上 のために地動の微弱な回転成分を正確に計測するこ とが求められており,高精度の回転成分地震計は自 然科学の広い範囲で活用される可能性を持っていま す.

○どの様に,地震動の回転成分を計るのか

これまでは微小な回転運動を検出するセンサーが 無かったこともあり地震動における回転成分の観測 は行われてきませんでした.群列観測(アレイ観測) 網のデータを用いて並進成分の空間微分から回転成 分を求めた例は極僅かありますが,この様な観測網 は大変規模の大きなものとなりどこにでも展開でき るものではありません.そこで,私達は航空機や人 工衛星,ミサイルなどの慣性航法や姿勢制御に用い られるジャイロ技術に注目し,この計測技術を地震 動観測へ活用して回転地震計の開発に取り組んでお ります.ここでは,回転地震計の開発とその到達点, 今後の見通しを紹介します.

ジャイロ技術には,古典的な独楽を使ったものや 水晶発振子に働くコリオリ力を計って回転運動を検 出するもの,リング状にした液体に働く慣性を利用 したもの等の機械式ジャイロと,光ファイバーやレ ーザー技術を応用した光学式ジャイロなど幾つかの 系統があります.この中で,最近では特に光ファイ バー技術を用いた計測方法の発展がめざましく,計 測原理,現時点での分解能レベルと感度向上の可能 性から判断して,この技術を活用した回転地震計の 開発が最も実現可能性の高いものと思われます.そ こで,私達は光ファイバー技術を用いたジャイロ開 発で高い実績のある(株)日本航空電子の技術陣と連 携して,地震や火山活動で励起される微弱な地震動 も計測可能で比較的取り扱いの手軽な可搬型の回転 地震計と,地球自由振動の捻れモードの観測を実現 する長周期用回転地震計の実用化をめざして開発を 行っています.それぞれの回転地震計の具体的な感 度の目標として,可搬型の回転地震計では数十ヘル ツの高周波までを10−9rad/secのオーダーの分解 能で観測することを,自由振動観測をめざした長周 期回転地震計では周期数秒以上の長周期で10−11 rad/sec のオーダーの分解能で観測することを設定 しています.

では,どの様にして高感度の回転成分の計測を実 現するのでしょうか.光技術を用いたジャイロのひ とつにファイバオプティクジャイロ(FOG)とい うものがあります.光を使って回転運動を計測する 原理は1913年にSagnacによって発見されたもの で,Sagnac効果と呼ばれています.図1に計測原理 の概念図を示してありますが,その右端に光ファイ バのコイルが付いています.このコイルに右回りと 左回りにレーザー光を走らせておきます.この系に 回転運動が加わると右回りと左回りの光に光路差が でき,二つの光の間に位相差が現れます.この位相 差を検出して入力した回転運動を計ります.その分 解能の理論的限界はフォトンノイズによるもので明 らかになっていますし,感度の向上はファイバ長や コイル径を大きくする事と光量の増加,光電変換回 路の低ノイズ化により実現できます.この見通しに たって開発中の地震計の写真が図2に, センサーの構成が図3に示してあります.

Erbium-Doped Fiberを使った光源で光量の増加を はかると同時に,5kmの偏波面保持ファイバを内 径約35cmのボビンに巻いて感度を向上させまし た.このセンサーのノイズを確認するため入力のな い状態での出力スペクトルをシグナルアナライザー で解析した結果を,図4に示します.この結果から 分かるように,約1 Hz よりも低周波の領域では 10−9のオーダーのノイズレベルとなっており,分 解能の初期目標値をほぼ達成しています.このデー タは光量の増幅を行っていない状態のもので,光量 を増すことによりさらなる感度の向上が期待されま す.今年の9 月からこのセンサーを地震研究所の鋸 山地殻変動観測所や他の観測点に設置して試験観測 を開始します.この試験観測により,フィールドに おける器機の性能確認と改善点を明らかにして,最 終的な可搬型回転地震計の開発につなげていきま す.

一方,地球自由振動の捻れモードによる地動回転 速度を見積もると,M7.5クラスの地震のG3で5× 10−10rad/sec程度です.これまでに達成したFOG の分解能の到達点と光量増幅の潜在能力から判断し て,自由振動を観測するための目安となる10−11 rad/secの分解能は近い将来達成可能です.また, 捻れ振動の計測と合わせて地動の傾斜振動も観測で きるため,広帯域地震計記録の傾斜によるノイズの 除去が可能となり,これまでの広帯域地震計の活用 範囲を広げることにもなります.



図1 計測原理の概念図.Sagnac効果による右回りと左回りのレーザー光の位相
差で回転を計測する.



図2 開発中の回転成分地震計の写真.上が地震計の外観,下が内部
の様子.光ファイバの巻いてあるボビンの内側に電子回路等が組み込まれている.



図3 地震計の構成図.



図4 地震計内部ノイズの確認.入力のない状態での出力スペクトルをシグナルアナライザーで解析.1Hzよりも
低周波の領域では10−9のオーダーのノイズレベルが実現している.

○これまでの観測で何が判ったか

ここでは,現在開発中の回転地震計のセンサーに ついて紹介してきましたが,実は,私達は伊豆半島 において水晶発振子のジャイロセンサーを使った地 震動の回転成分観測を実施し,1997年3月の伊東沖 群発地震活動中に世界で初めて震源域近傍における 地動回転成分の観測に成功しました.観測された回 転成分はほとんどの地震で単純な食い違いモデルに 基づいてこれまで予想されていた値より大きいもの で,最大で2.6×10−2rad/sec という大きな値が記 録されました.この事は,回転成分の観測データを 蓄積する事が耐震工学上も重要であることを示して いるといえます.さらに,液体の慣性を利用したジ ャイロセンサーの高感度回転地震計を試作し,1998 年4月〜5月の伊東沖群発地震活動の際にも多数の 地震について地動回転成分の観測に成功しました. その結果,震央距離10km以内の震源域近傍でM1 以下の小地震でも4×10−6rad/sec以上の回転動が 記録されました.このセンサーは残念ながら2Hzよ りも高周波側にしか感度がないため,より広い周波 数帯域で感度のあるFOGを用いた回転地震計の完 成が待たれます.

僅か1観測点のデータしかないため,大きな地動 回転成分の成因を特定することは難しいですが,私 達が行った地震動回転成分励起の理論的研究の定式 化に基づいて,地震断層上でのすべり速度空間分布 の急激な変化を推定する事を試みました.その一例 として,1997年伊東沖群発地震活動の最大地震の 例を図5に示してありますが,観測され た大きな回転運動を説明するためには断層南東端で 急激な滑りの停止があったと考えればよいことが明 らかになりました.このように,地震動の回転成分 の観測は震源で起こっている現象をより詳しく理解 する上で大きな助けになります.



図5 1997年3月4日伊東沖地震(M5.7)の断層すべり空間分布
の推定.上が川奈崎での地動回転成分から推定された断層南東端で急激な滑り
の停止の様子を示す.下は,観測された鉛直軸周りの回転成分記録と,モデル
から計算された理論波形との比較を示す.

○まとめ

ここで紹介した回転地震計の開発は,関連する内 外の研究においてもほとんど行われておらず先駆的 なものです.そこで,この独創的な回転地震計が一 度実用化されれば,それは他に類似製品が全くない ため,世界中の地震学コミュニティーで採用される 可能性も高いといえます.

こうした実用化がもたらす科学的貢献度以外に も,社会に関連の深い分野で様々な貢献が想定され ます.例えば,1997年3月の伊東沖群発地震で初め て観測された震源域での地動回転成分は,これまで の予想を上回るものでした.これまで,地動回転成 分がどの様に構造物に影響するかという問題はあま り取り上げられてこなかったように見受けられます が,回転地震計の実用化により地動回転成分のデー タ収集・解析が可能となれば,このような問題の検 討が進むものと期待されます.この結果は,社会的 に見ればライフラインなどの長大構造物に対する耐 震設計に役立つものと思われ,災害軽減に役立つこ とが期待されます.


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2000/10/18