1999年度地震研究所公開講義(1)

活断層の深部構造と内陸地震の発生

地震地殻変動観測センター 平田 直


はじめに

1997年の秋から今年(1999年)の夏まで,内陸 の大地震の発生するしくみを調べるための大規模な 観測が東北地方で行われました.東は岩手県沖の太 平洋の海底から,奥羽山地,西側は秋田県沖の日本 海の海底までの地域で,全国の大学から50人以上 の研究者が参加し,数100台規模の地震計を用いた 大実験です.

研究の目的

「地震」とは,地下の岩石に力が加わることによ って,岩石が破壊し,その周りに地震波という振動 が発生し,その結果として地表がゆれる現象です. 地震以外の原因でも地表がゆれることがあります. たとえば,大型の自動車がそばを通ったり,道路工 事のための作業が行われると地面が振動します.し かし,このような,地表での活動による振動に比べ, 地震による振動は非常に広い範囲で感じられ,時と して,丈夫な建物が倒れるほど大きな「ゆれ」にな ります.これは,地震を発生させた力がけた違いに 大きいからです.このような,大きな力がなぜ生ま れ,地震が地下のどこで,どのようにして起きるの かを知るためには,地震の起こる地下の岩石の性質 を理解することが必要です.これからご紹介するの は,地震の起こる地下の様子を調べる研究です.つ まり,地震の発生する「場」の研究です.

地震の発生する「場」を理解するには,地下数 10kmくらいまで岩石の性質を調べる必要がありま す.このくらいの深さは,地殻(ちかく)と呼ばれ ています.地殻の深部で岩石に力が加わると,岩石 は「せん断破壊」します.これは,岩石がずれるよ うに破壊することです.岩石がある面を境にしてず れる,つまり,断層が生じる現象が,地震が発生す るということです.地震が大きいと,地下で発生し た断層が地表まで到達することがあります.地震は, ほぼ同じ場所で繰り返す性質があるため,地表に到 達した断層は,何万年,何十万年という長い年月を 経ると,特長的な地形を形成します.これが,活断 層地形です(図1).

活断層の分布や変位量は地表で詳しく調べられて います.私たちが注目しているのは,地表で観察さ れる活断層が,地下10kmでどのような3次元的な 形なのかということです.地下の断層と小さな地震 の分布の関係や,奥羽山地のような山脈ができるし くみを知ることも,内陸の大きな地震の発生を理解 するためには大事なことです.



図1 活断層によってできた地形

東北日本弧

東北日本は,日本列島の東半分を占める地学的な 単位になっています.東北地方には,その中央部に 背骨のように奥羽山脈が南北に連なり,太平洋側も, 日本海側も海岸線はだいたい南北に走っています. これらの連なりは詳しくみると北から南に向けて太 平洋の方へせり出す弓なりになっています.山脈や 火山の分布,海底地形の特徴などを見ても,太平洋 側にせりだした弓なりの形が観察できます.そこで, 日本列島は弧状列島あるいは「島弧」といわれてい ます.島弧は,世界的にみると太平洋の周りにたく さんあり,太平洋プレートが大陸のプレートの下に 沈みこむ場所,収束帯に存在します.東北日本は日 本島弧のうち特に島弧としての性質をよく備え,地 学的な構造がきれいに南北に配列しています.活断 層の分布も例外ではありません.三陸沖の太平洋の 海底にある巨大な溝,日本海溝もほぼ南北に連なっ ています.そこで,東北日本弧を東西に横断する測 線を設け,その周りで各種の観測や実験を行うこと で,東北日本弧の横断面をつくることができます (図2).



図2 東北地方での研究対象地域と東西断面図(概念図)

合同集中観測

1997年の秋から行われた観測は,これまでいく つか国内で行われてきた地震観測に比べて,大規模 かつ集中的な観測でした.観測の基本となるのは, 奥羽山脈の中央部,岩手県,秋田県を中心とし,宮 城県と山形県にもかかる領域で行われた「広域テレ メータ観測」です.これは,衛星通信を用いた臨時 地震観測点を約50ヶ所に設置した観測です.この 地域に既に設置してある気象庁や大学の観測点から のデータもリアルタイムで統合してデータベース化 しています.観測点は全部で80ヶ所程度になりま す.衛星通信を用いた観測は,全国の9つの国立大 学が共同で開発した新型の地震波収集システムで す.観測結果はリアルタイムで日本中のどこからで も参照することができます.この観測には,全国か ら多くの研究者が参加しているので観測の結果を日 本中から容易に見ることのできるこのシステムは研 究を進めるために大変役立っています.地震だけで なく,GPSを用いた地殻の変形の観測もこの観測 の一部として実施しています(図3).

合同観測のもう一つの柱は,火薬や起震車などの 制御震源を用いた地震探査実験です.1997年の10 月に,陸上に10カ所と日本海の海上に2カ所の火薬 の発破(薬量100〜500kg)を行い,東北日本弧を 東西に横断する約150kmの線上に約300カ所に小 型の地震計を設置して観測しました(図4).観測 点は道の途絶えた山奥にも設け,器材をリュックサ ックに詰めて沢を登って地震計を設置したところも ありました.岩手・秋田県境をはさんだ40kmの区 間では,特に詳しい測定が行われました.ここでは, 大型の起震車を用いた反射法探査を行い,50m間 隔に設置した約700カ所の地震計でデータを集め, 地下の構造を調べました.この区間には,1896年 陸羽地震(M7.2)で地表に現れた断層(千屋断層) があり,この活断層の地下への延長を調べることが 調査の目的の一つでした. さらに,1998年には,岩手県を中心とした地域 で,北上盆地の西縁の断層系を調べる実験が行われ ました.



図3 東北合同観測の概念図



図4 地震観測の配置図

これまでの成果

最終的な研究成果がまとまるにはもうしばらく時 間がかかりますが,現在までに分かってきた大事な ことは以下のようなことです.まず活断層の深部構 造です.地震観測によって,あたかも人体のX線 CT画像を撮るように,地下の様子がイメージング されてきました.その画像を図5に示します.1997 年の制御震源の目標とした千屋断層の深部延長は深 さ10km以深にまでおよび,深くなるほど低角度 (水平に近づく)になることが分かってきました. 断層の面は東ほど深くなり,地下深くでは,ほとん ど水平になって,上部地殻と下部地殻を隔てる面 (デタッチメント断層)になっていることが分かっ てきました.

また,秋田側の千屋断層と岩手側の上平断層は地 下10km程度でYの字の形に合わさっている様子が 描き出されました.Y字の二股の間が奥羽山地に対 応します.つまり,地表で観察される活断層は地下 深部でひとつの断層系を形作り,東西の圧縮力によ って,断層に沿うように山地が隆起したと考えられ ます.

これらの断層の深部での位置と小さな地震の発生 場所には,密接な関係があるようです.こうした情 報をもとに,地表の変形と地下深部での岩石の変形, すべりの関係を調べることが今後の課題となりま す.さらに,もっと深いところ(下部地殻)には, 地震の横波を能率的に反射する流体層の面があるこ とも分かってきました.



図5 反射法地震探査によってイメージングされた活断層の深部構造と微小地震分布

まとめ

大規模で総合的な地震観測が東北地方で実施され て,断層の深部構造が明らかになりつつあります. 秋田県の千屋断層と岩手県の北上低地帯西縁の断 層運動によって,東北地方の背骨である山地(奥羽 脊梁(せきりょう)山地)が形成され,1986年陸 羽地震タイプの内陸地震が発生したことが理解でき るようになってきました.


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2000/10/18