1999年度地震研究所公開講義(2)

マグマの動きと噴火の予測

火山噴火予知研究推進センター 渡辺秀文


1.マグマの動きと噴火の予知

火山噴火は地下深部で発生したマグマが地表まで 上昇することによって起こります.したがって,マ グマがどのようにして生まれ,どのようにして地表 まで到達するかを知ることが,火山噴火を理解する ための基本となります.これまで火山噴火予知の研 究では,噴火の前兆現象をとらえることに多くの努 力を払ってきました.その結果,普段から観測を続 けている火山で噴火が起こる場合には,ある程度の 予測をすることができるようになりました.しかし, 確実な噴火予知にはまだ程遠い現状です.その理由 は,マグマそのものや火山噴火のメカニズムをまだ 完全には理解できていないためです.

マグマができるのは,地下数十kmの深さのマン トルとよばれる場所です.マグマはマントルよりも 軽いためマントルの中を浮かび上がってくることが できますが,地殻をつくる岩石はマグマよりも軽い ことが多く,マグマはマントルと地殻の境付近か地 殻の真ん中あたりで動けなくなります.こうしてマ グマはしばらくそこにたまることになります.この ような,マグマが集まった場所をマグマだまりとよ びます.しかし,マグマだまりの大きさや形は,よ く教科書に書かれるように丸い形なのか,平たいの かすら本当はわかっていないのです.このことが, 確実な噴火予知が困難な理由のひとつです.

噴火を予知すると言ってもいろんな問題がありま す.まず,ある火山がいつ噴火するかという時期の 問題があります.さらに,その火山のどの場所から どのような噴火が始まるのかという,噴火の場所や 様式に関する問題があります.また,噴火が実際に 始まった後でも,今後噴火はどうなるのだろうかと いう噴火の推移に関する問題もあります.そして, いつ噴火が終わるのだろうかという問題もありま す.もしこれらのすべてに答えることを予知と言う ならば,噴火予知はまだ当分は不可能だといえます. しかし,上に述べたいろいろな予知のうち,今で も可能なものはあります.例えば,ハワイのキラウ エア火山や鹿児島県の桜島火山では,噴火の予報が 可能な段階になっています.噴火の数時間前には, 山体がごくわずか膨らみますし,小さな地震も起こ りますので,こういう噴火の兆候がキャッチされる と,これから数時間以内に噴火が起こりますという 予報が可能です.このように,噴火がもうすぐ起こ るかどうかを予知することを短期的予知といいま す.その火山で同じ様式の噴火が繰り返し起こって いる場合には,噴火にともなって発生する異常現象 を数多く観測して経験をつめば,短期予知はかなり の程度実用的になります.数百年に一回とか数千年 に一回噴火するような火山ではこのような経験を積 むことができません.しかし,このような火山でも, 観測体制がある程度整っていれば,噴火前に何らか の異常現象が捉えられるので,噴火が起こりそうだ と予測することが可能な場合があります.例えば, 雲仙普賢岳が1990年11月17日に198年ぶりに噴火 を始めたときには,その数ヵ月前から噴火しそうだ と分かっていましたし,一ヵ月前には,確実に噴火 するだろうと考えて,火山の研究者達はいろいろな 観測の準備をしていました.

しかし,今は静かな火山が十年後に噴火するか, あるいは十年間は噴火しないかどうかという,長期 的な予知については非常に困難です.噴火に前兆現 象があるとしても,その前兆がいつ発生するのか予 想できないからです.長期予測の方法としては,各 火山の過去の噴火の記録を解き明かして,何年毎に 噴火する特徴があるかなどを調べることが考えられ ます.また,どのようにして噴火に至るのかという 仕組みを理解する必要があります.

噴火の様式についての予知もかなりやっかいで す.ひとつの火山でもいろいろなタイプの噴火をす ることがあります.したがって,将来起こる噴火が どのような様式のものかを正確に予測することは大 変困難です.でも,過去の噴火の様式を詳しく調べ れば,その火山でどのようなタイプの噴火が多いの かは分かりますし,その場合に災害を減らすために はどのような準備をしておけばよいかも予測するこ とができます.

もうひとつやっかいな問題は,噴火が始まった後 で,今後どうなるだろうかという見通しに関する予 知です.残念ながら,現在のところこの予知はほと んど不可能です.それは,噴火を引き起こすマグマ が,地下にどのくらい用意されているのかというこ とが分からないからですし,たとえそれが分かった としても,その内どれだけが噴出してしまえば噴火 が終わるのかなどが全く分からないからです.これ らの問題に答えるためには,地下に蓄えられたマグ マの量を知るとともに,噴火がおこるメカニズムに ついてもっと理解を深める必要があります.

2.マグマの動きをどうとらえるか

以下に,マグマの動きを捉える方法について実際 の例を挙げてご紹介します.マグマの蓄積が進行し たりマグマだまりから上昇を開始すると,マグマや 火山性ガスの圧力によって,マグマだまりやマグマ の通路の周辺で地震が起こることがあります.まず, 震源の分布と移動からマグマの位置と移動経路を推 定した例についてご紹介します.図1は,雲仙普賢 岳の周辺で1989年11月〜1991年5月の期間に発生 した地震の震源分布を示したものです.最初,1989 年11月に雲仙普賢岳西方の千々石湾の地下11km付近 で地震が多く起こりますが,その後さらに東の 方でも地震がおこるようになり震源の深さも浅くな ります.そして,1990年11月17日に噴火が始まり, 1991年5月20日には溶岩ドームが地表に顔を出し ます.さまざまな観測結果から推定されたマグマの 位置と上昇経路が図下部に矢印で示してあります. 火山活動にともなう地盤の上下変動や伸び縮みの分 布にもとづいて,推定された上昇経路の途中3ケ所 にマグマの一時的なたまり場所があると考えられて います.

次に,桜島火山の個々の山頂噴火に対応して,マ グマの動きを高精度な地殻変動観測によって捉えた 例をお話しします.図2は,桜島火山の火口から約 3kmの地点で,トンネル内および地中深くに設置 された傾斜計によって捉えられた,山頂噴火前後の 地盤のわずかな傾きおよび伸び縮みを示したもので す.火道を上昇してきたマグマが火口直下のある深 さに蓄積してそこの圧力が次第に増加し,数十分後 に噴火が起こると圧力が減少していくようすが見事 に捉えられています.これらの傾斜と歪変化のデー タをもとにして,繰り返し起こる山頂噴火を自動的 に予測するシステムが開発され,平均70%以上の 成功率をあげています.

マグマが上昇してきて地表に近づくと,地震や地 殻変動以外にも異常現象が観測されることがありま す.高温のマグマや火山性ガスの熱によって引き起 こされる,地下岩石の電気抵抗や地磁気の変化がそ のひとつです.これは,岩石の電気抵抗と磁気(特 に,玄武岩質の溶岩は強い磁気を帯びている)は, 温度が上がると減少することによります.このよう な異常が最も顕著に観測されたのが,1986年の伊 豆大島火山の噴火です.三原山火口周辺での全磁力 (地磁気の強さ)および電気抵抗の測定は,1986年 噴火の10年程前から行われていましたが,1986年 噴火の数ヵ月前から異常な変化が観測されました. 観測開始以来増えていた全磁力は1981年頃から減 り始めますが,特に1986年に入ってから減り方が 急になります.また,図3の電極の組み合わせC (地下数百mの深さの抵抗を反映する)で測定され た抵抗値は,噴火の3カ月前から噴火直前までに5 割も急減しています.これらはいずれも,マグマが 火口地下浅いところまで上昇してきたことにより引 き起こされた現象です.

マグマが火口地下浅いところで移動したときに観 測される別の現象に,重力(地球の引力)の変化が あります.これは,マグマの移動にともなって,そ れが地表におよぼす引力が変化することで起こりま す.図4は,三原山頂上の火口から500mの地点で 観測された1986年噴火後の重力変化です.この地 点は,噴火後は,1年間に約5cmの割合で沈降して いることが分かっていますが,このような場合通常 は重力は増加します(地球の重心に近づくため). しかし実際は,図にみられるように,点線で示した 期間(1988年3月頃まで)重力は異常に減っていま す.これはまさに,火口地下の火道内でマグマが下 降している(観測点から遠ざかっている)ことを捉 えたものです.これらの観測結果から,現在では, 三原火口の地下2kmよりも浅いところでマグマが 上昇下降する場合には,その位置を重力変化から推 定できるようになっています.

以上,噴火が近づきマグマが移動を開始すれば, さまざまな異常現象が起こり,適切な観測によって これらを捉えることができるということをお話しし ました.しかし最初にも述べましたように,噴火間 隔の長い火山の長期的な予測や噴火の規模,様式お よび推移の予測は,現在のところ大変困難です.こ れらの課題に答えるためには,火山活動の仕組みに ついてもっと定量的に理解を深める必要がありま す.



図1 1989年11月〜1991年5月の期間に,雲仙火山周
辺で発生した地震の震源分布(馬越ほか,1994).



図2 傾斜計と伸縮計で捉えられた,桜島火山の爆
発前後の地盤変動(石原,1990).



図3 伊豆大島火山三原山火口地下の見掛け比抵抗変化
(行武ほか,1990).



図4 三原山山頂での高度変化と重力変化の関係.
見かけ比抵抗

3.より確実な噴火予知をめざして

火山活動の仕組みについての理解を深め,活動予 測をもっと確実なものとするために,最近いくつか の新しい試みがなされています.ひとつは,火山体 の地下構造を詳しく調べることによって,マグマだ まりの位置,形,大きさや火道などを明らかにしよ うとする試みです.これらが分かれば,噴火前の短 期的な異常現象が観測されたときに,その意味を的 確に解釈するために大変役に立ちます.もうひとつ は,長期予測をめざして噴火の準備過程,すなわち 噴火と噴火の間に地下のマグマだまりでは何が進行 しているのかを明らかにしようとする試みです.

地下構造の探査は,地震波や電磁場,重力の異常 などを観測して行われます.平成6 年度から始まっ た第5 次火山噴火予知研究計画では地下構造の探査 が重点項目のひとつになり,初年度は九州の霧島火 山で,ダイナマイトを用いた人工地震探査や電磁気 構造探査,重力探査などを全国の関連研究者が協力 して行いました.図5 に示すように,6点で発破を 行い,その信号を約150点で観測しました.現在, さまざまな方法で観測データの解析が行われていま すが,地震波の速度や減衰構造を詳しくしらべるこ とによって,マグマだまりを捉えようとしています. 火山の地下構造を探査するために,このような大規 模な共同観測が行われたのは国内では初めてのこと です.その後,平成7年〜10年度には,雲仙火山, 霧島火山(2回目),磐梯山,阿蘇山で構造探査が 実施されました.

一方,地震の波を利用して地下構造を探査する新 しい方法も開発されつつあります.火山の周辺で起 こった地震の波が火山体を通って地表に到達するま でに,マグマなどまわりの岩石とは性質の異なる物 質が存在する領域を通ると,波の形が乱されます. この乱された波形を地表で観測して,その原因とな る地下構造の異常を調べる方法です.この方法では, 従来よく用いられている地震波速度の異常を調べる 方法に比べて,数倍の分解能で構造の異常を探査す ることができます.図6は,このような方 法によって求められた,大島火山の地下構造です. カルデラの地下約8〜10km付近に存在する強い散 乱体は,マグマだまりであろうと解釈されています. これほど詳しく火山の地下構造が捉えられたのは, 世界でも初めてのことです.

最後に,やや長期的な予測に関する試みについて お話しします.数十年おきに噴火する火山で,噴火 と噴火の間に地下では何が起こっているのでしょう か.ある程度規則的に噴火が繰り返す場合,全く偶 然に深部からマグマが上昇してきて起こるとも思え ません.地下では,次の噴火の準備が着々と進行し ているのではないでしょうか.これまでこの問題に 関しては,ごく少数の噴火頻度の高い火山(キラウ エア,桜島など)を除いて,実際の観測データがほ とんど得られておりませんでした.ここでは,大島 火山の1986年噴火前後の観測データにもとづいて, マグマ供給の仕組みについてどこまで分かっている かについてご紹介します.

噴火の数カ月前から三原火口周辺では,地磁気や 地下の電気抵抗が異常に減少し火山性微動が発生す るなど,顕著な前兆現象が観測されていました.し かし,火山学の常識として予想されていたマグマの 上昇に伴う山頂部の隆起や膨張は,噴火前の数年間 観測されませんでした.このことがその当時噴火予 知が必ずしもうまくいかなかった最大の原因でし た.これらの一見矛盾するように見える前兆現象の 特徴は,火道(マグマの通路)が発達していて,粘 性の低い玄武岩マグマが抵抗をあまり受けずに容易 に上昇できたためであろうと一応解釈されていまし た.しかし,マグマが上昇を開始するまえには,地 下(のマグマ溜り)でなんらかのマグマの蓄積があ るはずです.マグマはどこに蓄積していたのでしょ うか.これらの疑問は,噴火の10年以上前からの 観測データの再調査によって,最近解明されました. 噴火前の10数年間,大島周辺の地震活動,地殻 変動,地磁気および地下の電気抵抗は,図7に模式 的に示すように系統的に変化していました.これら の前兆現象は以下のように統一的に説明できます. まず,1980年頃までの大島全体の膨張変動は,大 島中央部のカルデラの地下約8kmの深さにマグマ だまりがあって,1970年以前から年間数百万立方 メートル程度のマグマが蓄積していたとすると説明 できます.また同時期の地磁気の異常な減少も,膨 張変形に伴い地下の岩石の磁気が減少するという効 果によって説明できます.1980年以降,大島の膨 張と地磁気の異常な減少が停止したのは,その頃か らマグマが地表へ向けて上昇し始め,地下深部から のマグマの供給量と流出量とが釣り合ったためと考 えられます.そう考えると,1980年以降に三原火 口周辺で地下の温度上昇を示す地磁気や電気抵抗の 異常な減少が観測されたことも自然に説明できす.

1986年噴火の前兆過程についてのこのような仮 説が正しいとすると,噴火後は再び地下深部からの マグマの供給により大島の膨張が始まっていること が予想されます.そのことを確かめるために,噴火 後も大島全島の距離測量を繰り返しましたが,結果 はまさに予想通りでした.図8に,GPS観測によっ て明らかにされた,1988〜1994年の期間の伊豆大 島の変形を示します.カルデラ北部を中心として, 大島全体が膨張しているのが分かります.また,こ れらの膨張変動源の位置は,構造探査によって推定 したマグマだまりの位置にほぼ対応しています. これらの観測研究によって,近い将来には,大島 火山では噴火の短期予知にとどまらず長期的な予測 も可能になると思っています.さらに,大島火山の マグマ供給システムについてのこのような理解をふ まえて,同じような玄武岩マグマを噴出し,21 世 紀初頭には次の噴火が起こるかもしれないと予想さ れている三宅島火山で,噴火の長期予測の実験をす るべく観測を開始しております.



図5 1994年度霧島火山群人工地震探査の概要.S1から
S6の6点で爆破を行い,構造探査のために新しく
開発されたデータロガーを用いて,約200ヶ所で
振動波形を収録した.



図6 伊豆大島火山地下の散乱体分布(カルデラ中央部を通る東西断面図).
深さ10km付近の強い散乱は,マグマの存在を示している(三ケ田・渡辺・坂下).



図7 伊豆大島火山1986年噴火の前兆過程模式図.



図8 伊豆大島火山の1986年噴火後の山体膨張
(1988-1994)(国土地理院).


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2000/10/18