有珠山2000年噴火に対する緊急重力観測

地球計測部門 古屋正人・大木裕子・大久保修平

北海道大学理学部 大島利光・前川徳光

九州大学島原観測所 清水 洋


1 .はじめに

2000年3月31日に,有珠山が噴火しました.今回の噴火は事前に「予知」され,噴火による犠牲者を出すことなく避難指示が行われた点で,画期的なことでした.しかし活動が鎮静化しつつあるとはいえ,本稿を執筆している現在(5月29日)でも,3000人を越える住民の方が避難生活を余儀なくされています.火山現象に対峙している研究者には,噴火予知だけでなく,噴火後の推移予測という非常に難しい問題も突き付けられています.噴火を引き起こしたマグマ溜りの位置や規模を知り,マグマの移動をモニターしていくことが重要と思われますが,そのためにはいろいろな観測量や観測手法があります.

我々の観測量は「重力」です.重力は,周辺の質量分布に感度を持つ観測量であり,質量分布の変化を捉えられる唯一の観測手段です.原理的には,変形が全く起きなくても,質量(例えば,マグマや地下水)の移動があれば検知できるわけで,火山の周辺で重力測定を行う最大の動機もここにあります.

2 .重力測定について―絶対重力の重要性―

重力といえば,「9.8メートル毎秒の二乗」という数値をご存知でしょうか.ごく大雑把にいうと地球上の重力は,どこでもおよそこの程度の値で,その意味するところは,ある物体を落下させると1秒後には秒速9.8メートルになるというものです.重力が大きな所ではより速くなるし,小さな所ではすこし遅くなります.

全地球的な空間スケールの重力分布を知るためには,人工衛星を用いた宇宙測地技術が有効ですが,火山や沈み込み帯周辺といったより局所的な重力分布を高精度に知るためには,現在でも地上において点状に観測する方法が最も有効です.

実際の重力測定で,この9.8メートル毎秒の二乗を高精度に測定することを,特に「絶対重力測定」と呼びます.これに対して,ある基点に対する重力の増減を測定することを「相対重力測定」と呼びます.

従来型の重力測定は,基本的に「相対重力測定」だけでした.つまり,基点の絶対重力値は不変である,という仮定の下で,その周辺地域の何点かの測定値を決めていたのです.その当時は,後述する「絶対重力計」に可搬型で簡易なものが無かったので仕方がなかったのですが,考えてみると,起点の絶対重力値が不変という仮定には大きな問題があります.例えば1995年と2000年の相対重力測定の結果,起点に比べたA点の重力値が減少していたとしましょう.しかし,起点の絶対重力値が大きく増加していたら,A点の重力は実は減少ではなく増加ということになり得ます.起点の絶対重力値が本当に不変である保証は測らなければ分からないし,地学的に活動的な地域においては変化しているほうが自然です.火山活動や地震に伴った重力分布の時間変化を見る立場にとって,「絶対重力測定」は本質的に重要です.

わたしたちは,5月10日から16日にかけて,図1に示した有珠山周辺で,「絶対重力測定」を3箇所で行い,各点を基点にして「相対重力測定」を行って来ました.こうすることで,実質的には全観測点の絶対重力値が分かることになります.



図1 観測点配置.絶対重力計は洞爺湖温泉中学校,北大臨湖実験所,
北大有珠火山観測所の三地点で設置.相対重力測定は,これら三地点
に加えて,図で示した国土地理院の水準点,および登山ルートの三点
で行った.

3 .絶対重力計と相対重力計

図2は,有珠火山観測所に設置した絶対重力計で,中央に見える黒い三脚と円筒からなる装置がそれです.左側のPCが上に置いてある装置が,制御部分です.これは組み立てた後の様子ですが,運搬の際にはそれぞれのパーツを分解して,専用の箱7つに分けます.ワゴン車一台あれば運べる大きさです.因みに同型の絶対重力計は日本国内に現在6台しかありません.

絶対重力計の仕組みは若干複雑なので,詳細は述べませんが,行われていることは,10億分の1気圧にまで高めた真空の黒い円筒に,反射鏡の付いた物体が入っていて,それをエレベータで持ち上げて,円筒内で自由落下させています.自由落下中の物体の位置と時刻を,レーザー干渉法とルビジウム原子時計で高精度に測定して,重力を決めています.

図3は,相対重力測定の風景です.相対重力計は原理的にはバネはかりそのものです.相対重力測定の観測点としては,通常,国土地理院の水準点を使わせて頂いています.これによって長期的に安定した観測点が確保されます.今回の相対測定の点には,ほかに北大で独自に設置していた南外輪山へ至る登山ルート沿いの3点も用いています.ここで用いた相対重力計は,わずか数メートル離れたところの重力値でも有意な変化として検出しますので,時間をおいたときにも同じ点で測定することが重要になります.さらに,高さの測定点である水準点と繋げておくことで,重力変化をもたらす高さ変化の寄与と密度変化の寄与が分離できるというメリットもあります.

なお絶対重力でも相対重力でも,地球潮汐補正や気圧補正など各種の補正を施して,真に固体地球内部に起因するシグナルを見出す努力がなされています.



図2 絶対重力計の本体(中央の黒い円筒と三脚)と制御部分.



図3 相対重力の観測風景.

4 .これまでの結果

4 .1 絶対重力観測網の構築

表1に今回の観測で決まった3点の絶対重力値(暫定値)を載せておきます.重力値の単位として用いるGal (ガル)という単位は,Galileoに因んだものです. 有珠火山観測所においては,5月14日以降,連続運転中です.このような長期にわたる連続運転は当グループでも初の試みです.火山活動は鎮静化しつつあると聞きますが,絶対重力値に今後どのような変化が見えてくるのか,推移を見守りたいと思います.なお,図4は有珠火山観測所へ向かう途中にあった道路の横ずれ断層で,火口から2kmほど離れています. 参考のために,地震研究所での値も載せておきました.



図4 有珠火山観測所へ向かう途中の道路上に現れた断層.
金比羅山火口まで2kmほどの地点.

4 .2 噴火前後の重力変化の検出

今回の観測では,合計4台の相対重力計で図1の各点で観測しました.これらの観測点では,1993年に北大によって相対重力測定がなされていました.今回の4台のうちの1台は,この時に用いた重力計です.1993 年のデータと今回の測定値を比較すれば,噴火前後の重力変化が検出できるわけです.派手な(?)噴火現象の起きていない平穏な時のデータを,地道に収集しておくことの重要性を痛感しました.

なお,1993年には絶対重力測定はなされておらず,臨湖実験所の前の水準点(BM 6601)を起点とした従来型の相対測定データですが,BM 6601の点自体は火口から離れており,国土地理院による水準測量の結果からも上下変位は小さいことから起点の絶対重力値はほぼ一定とみなしてよいでしょう.図5に数値で示したのが,1993年と比較して得られた重力変化の値です.単位はμgal (マイクロガル=地表重力の10億分の1)で示しました.登山ルートへ至る3点で,非常に顕著な重力値の減少が見られました.この重力データは,小有珠の南西の深さ1000m程度のところに圧力源があると考えると説明できそうですが,他のデータも利用した詳細な検討を現在すすめているところです.



図5 1993年以来の重力変化(単位はμgal ).ここでは,BM 6601
(臨湖実験所の前)を不動点としている.登山ルートの三点で顕著な
減少が見られる.


表1 有珠山周辺3観測点と地震研究所の重力計室での絶対重力値.
単位はGal (ガル)=cm/s^2

洞爺湖温泉中学 980.436492
臨湖実験所 980.442895
有珠火山観測所 980.423013
地震研究所 979.788274

5 .謝辞

洞爺湖温泉中学校,北大臨湖実験所,北大有珠火山観測所において絶対重力計を設置させて頂きました.相対重力測定では,国土地理院の水準点を使わせて頂きました.関係者の皆様方の御理解と御協力に深く感謝致します.


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2000/07/21