2000 年度地震研究所公開講義(2 )

“同位体”で地球をみると?―構造と進化

地球ダイナミクス部門 兼岡 一郎


1.はじめに

地震や火山噴火をおこすマグマがつくられる地球の内部は,地震波や重力などの地球物理学的観測から,地殻とマントル,核(外核・内核)に分けられます(図1 ).

図1 地球内部の断面を示した地震研究所のロゴマーク

地殻とマントルは基本的には岩石をつくっている成分,核は鉄とニッケルを主成分としているということも,これまでの岩石学や高温高圧実験,岩石や鉱物などの化学分析などから明らかにされてきました.マグマは数十km 以上の深さのマントルの中でつくられますが,大洋底をつくっている中央海嶺玄武岩(MORB )をつくるマグマと,ハワイ島など海洋島玄武岩(OIB )のマグマでは化学的成分に違いがあります(図2 ).

図2  中央海嶺玄武岩(MORB )と海洋島玄武岩(OIB )の化学組成

さらに日本列島のような島弧とよばれているところの火山をつくるマグマも大洋地域のマグマとは異なりますが,これらはそれぞれの場のマントルが進化して異なった化学的性質を示すようになったためと考えられています.その進化の状態を知るには,“同位体”が非常に役立ちます.ここでは,同位体を用いて地球内部の化学的性質や進化について明らかになったことの一部を紹介しましょう.

 

2. 同位体とは?

元素はその原子核をつくっている陽子の数により原子番号がつけられています.陽子と同じ数の電子をもっていますが,その配置によって各元素の化学的性質がきまります.原子核には,陽子のほかに電荷をもたない中性子も含まれていて,同じ元素で異なった数の中性子をもったものを“同位体”とよびます.英語のアイソトープに相当する言葉です.同位体には,時間の経過と共に一定の割合でアルファ線(ヘリウムの原子核に相当)やベータ線(電子に相当)などの放射線をだして別の核種に変化する放射性同位体と,全く変化しない安定同位体があります.同じ元素の同位体同士では中性子の数だけが違うので,重さ(質量数)は異なりますが化学的性質は同じです.そのため,化学反応などでは同位体同士の比はほとんど変化しません.同位体比が変わるのは,放射性同位体の壊変によりつくられた核種が加わったり,異なった温度や異なった構造に応じたエネルギー的に安定な状態を保つための物理化学的な過程によるものです.この同位体の特徴を活かして地球や惑星の物質的な性質や進化を調べる学問は「同位体地球(惑星)科学」と呼ばれ,精密な同位体比測定が可能になったここ20 〜30 年の間に急速な発展をしてきました.

 

3.どのように地球の内部や進化を調べるのか?

これまでにも地殻やマントルをつくっている岩石や鉱物などを試料として,いろいろな方法で地球内部の情報を得る努力がされてきています.岩石や鉱物の化学組成は,マグマがマントルでつくられてから地表付近に至るまでの多くの過程で変化しているので,マントルの化学組成をそのままの形で示しているわけではありません.しかし同位体比は化学的過程では変化しないので,マグマ源物質の性質などに関してはるかに強い制約条件を与えることができます.

 

3  3 He/ 4 He _4 He/ 20 Ne 図.  R は試料の3 He/ 4 He 比,RA は大気の3 He/ 4 He 比を示す.

例えば図3 を見て下さい.この図では,縦軸にヘリウム3/ヘリウム4 (3 He/ 4 He )比,横軸にヘリウム4/ネオン20 (4 He/ 20 Ne )比をとって,太平洋,大西洋,インド洋などの海嶺から採取された中央海嶺玄武岩と,ハワイ諸島周辺から採取された岩石についてのデータを示しています.用いた試料はいずれも若い年代のものなので,図3 のデータはマグマがつくられたほぼ現在のマントルの状態を見ていると考えてさしつかえありません.中央海嶺玄武岩については,元素比である4 He/ 20 Ne 比が10 から105まで4 桁も値が変動しているにも係わらず,3 He/ 4 He 比の変化は非常に狭い範囲に入っています.He はNe よりも移動速度が非常に速いので,マグマが噴出するまでのさまざまな過程の場所による違いが4 He/ 20 Ne 比を大きく変化させますが,同位体比は変化しません.このことから,中央海嶺玄武岩のマグマ源は3 He/ 4 He 比に関して世界的にみて一様な性質をもっており,それが地球内部の地下数十km から670 km 位までの深さに相当する上部マントルと呼ばれる部分を代表するものと考えられています.一方,ハワイ諸島周辺の岩石は,中央海嶺玄武岩よりも系統的に高く,変動幅のある3 He/ 4 He比を示します.このことはハワイに噴出するマグマは中央海嶺玄武岩とは異なったマントルでつくられ,さらにマグマが上昇する途中で異なった3 He/ 4 He 比をもった物質の影響を受けていることを示しています.

地球惑星科学で用いられる同位体比は,放射性起源同位体を利用するものと,安定同位体を利用するものとに分けられます(図4 ).前者は放射性核種の壊変により生じた親核種と,それから生じた娘核種の比が時間によって変わることを利用します.その同位体比変化は,対象となる物質が最初にもっていた親核種と娘核種の比と時間によるので,物質の進化を探るのに適しています.岩石や鉱物の年代測定はその利用法の一例です.安定同位体比は,貝殻の酸素同位体比を用いて古繧フ海水温度を推定する例のように,環境変化などを調べるのに多く用いられます.私達は固体地球内部の状態や進化を知ることに主眼をおいていますので,放射性起源同位体を含んだ同位体比によって得られた結果を紹介します.マントルの状態を調べるためには,マントルでつくられたマグマが地表に噴出して生じた火山岩や,上部マントルを構成していたと考えられるマントル捕獲岩などを試料として用います.特に海洋地域では地殻の厚さは5 〜10km で大陸地域に比べて薄いので地殻の影響は少ないと予想され,中央海嶺玄武岩や海洋島玄武岩などはマントルの状態を調べるのに特に適していると考えられています.同位体比を精密に測定するためには,原子の質量数を測定する質量分析計を用います.例えば希ガスであるキセノン(Xe )の同位体比を測定する場合,試料によっては数十から数百個程度の原子数を測定することが必要になります.

 

4  地球惑星科学で用いられる主な同位体比.T1/2は,放射性同位体の半減期.

4.地球最古の岩石は? 日本列島では?

これまで世界各地の岩石について多くの年代測定が行われてきましたが,最も古い年代値として報告されているのはオーストラリア大陸西部のナリア山地のジルコンという鉱物の約43 億年です.これは砂れきの中に残っていた変質に強い一部のジルコンに見いだされたもので,岩石中に含まれているものとしては,カナダの北西部のアカスタ片麻岩中のジルコンの約39 億6 千万年というのが,現在までに得られた最も古い年代値ということになっています.大きな岩体としては,西グリーンランド,イスア地域での約38 億年の年代値が約30 年前から知られております.海底の年代としては約1 億7 千万年が最も古く,それより古い海洋プレートは海溝からしずみこんだためと考えられていることは,多くの方が既にご承知でしょう.地球が誕生したのは約45 億年前と見なされているのは,同じ時期に生成されたと考えられている隕石や月の岩などの年代値から推定されていることで,地球の岩石そのものがそのような年代を示しているわけではありません.日本列島では岐阜県の上麻生れき岩が約20 億年の年代を示し,1970 年代以来この値が最も古い年代と言われてきました.最近,ジルコンなどでは30 億年より古い値を示すものも見いだされたとの話もあります.

5.中央海嶺玄武岩と海洋島玄武岩の同位体比の分布とその意味

5 は,中央海嶺玄武岩と海洋島玄武岩の同位体比の分布を示したものです.海嶺玄武岩では狭い範囲に値がおさまりますが,海洋島玄武岩の同位体比は大きく変動しています.またこれらの図には示されていませんが,大陸地域の岩石はさらに大きな変動を示します.

 

5 島弧火山岩,海洋島玄武岩,中央海嶺玄武岩の同位体比

これらの試料は地質年代的なスケールではほとんど現在のものと見なしてよいので,マントルの進化によってマグマ源自体の同位体比が変化したものか,あるいは異なった物質の混合の結果をみていると考えられます.これらのマグマ源の同位体比は,どうしてこのような分布を示しているのでしょうか?それを理解するための考え方が図6 に示されています.

 

図6  マントルの分化に伴う元素比の変化

まずマントルで,その一部が融ける時を考えます.その際,イオン半径が大きかったり,電荷数が多いイオンを形成しやすい元素はマントルの主要構成鉱物であるカンラン石や輝石にはとどまりにくく,液体中に多くはいります.このような元素は液相濃集元素(I.E.:incompatible element )と呼ばれ,カリウム(K ),ルビジウム(Rb )などのアルカリ元素,ウラン(U ),トリウム(Th ),希土類元素(REE )などがそれに相当します.その結果,融解した部分にはもとのマントル物質に比べて液相濃集元素に富んだ部分が生じます.このような過程をマントル分化と呼びますが,その結果として液相濃集元素に富んだマントルと枯渇したマントルに分かれます.液相濃集元素に富んだマントルはもとのマントルに比べてRb/Sr 比やU/Pb 比が大きくなり,もとの物質よりも大きい傾きをもって,ストロンチウム87/ストロンチウム86 (87 Sr/ 86 Sr )比や鉛206/鉛204 (206 Pb/ 204 Pb )比は,年代と共に成長していきます.逆に,ネオジム143/ネオジム144(143 Nd/ 144 Nd )比は,小さい傾きをもって変化していきます(図7 ).

 

7  87 Sr/ 86 Sr 比,143 Nd/ 144 Nd 比の年代変化.

その結果,液相濃集元素に最も枯渇したマントルは,87 Sr/ 86 Sr 比,206 Pb/ 204 Pb 比などは最も低く,143 Nd/ 144 Nd 比は最も大きくなるはずです.中央海嶺玄武岩のマグマ源がまさにそのような状態に相当しています.一方,液相濃集元素に最も富んだ部分は大陸地殻に相当しており,海洋島玄武岩はそれらの中間に相当します.現在では,沈み込んだプレートがマントル内に存在するらしいことは地震波トモグラフィーからも推定されており,同位体比の分布からも要請されることです.海洋島玄武岩の値は,中央海嶺玄武岩のマグマ源物質が,沈み込んだプレートと共にマントル内に運び込まれた大陸地殻の破片の集合体としての堆積物などの影響を受けたものと考えることも可能です.図8に示したようなネオジムとストロンチウムの同位体比を組み合わせた図では,分化する以前のマントル物質の中央海嶺玄武岩のマグマ源物質との混合でも説明でき,海洋島玄武岩のマグマ源物質の性格については特定できません.

ところが3 He/ 4 He 比を含んだ組合せで比べると,海洋島玄武岩の方が中央海嶺玄武岩より高いものが多く見いだされます(図9 ).

 

8  143 Nd/ 144 Nd _87 Sr/ 86 Sr 図.

 

 

9  3 He/ 4 He _87 Sr/ 86 Sr 図.

4 He はウランやトリウムの壊変でつくられますが,中央海嶺玄武岩のマグマ源物質は,それらに最も枯渇した部分であることが図6 や図8 から予想されます.3 He は地球がつくられた際にとりこまれたものです.これらの結果を組み合わせると,中央海嶺玄武岩のマグマ源物質よりも海洋島玄武岩のマグマ源物質の方が,相対的に多くの3 He を含んでいなければならないことになります.He は希ガスの一種で化学反応はせずまた軽いので,非常に移動しやすい元素です.そのような元素が海洋島玄武岩のマグマ源物質中に含まれていることは,その部分は相対的に分化の程度が少なく,脱ガスをあまり受けていない部分であるということが予想されます.これらの海洋島は,いわゆるホット・スポットとよばれる,地球の深部からプルームが上昇してつくられた部分と見なされているところです.これらの観察事実から,海洋島玄武岩のマグマ源物質は,上部マントルを代表している海嶺玄武岩のマグマ源物質より深い部分からもたらされたことが予想され,しかもHe のような移動しやすい元素が相対的に残されている可能性があります.すなわちHe などより移動しにくい水やほかの揮発性元素などが,まだ地球深部には残されている可能性があるわけです.一方,大陸地殻ができた際には多くの脱ガスがおこることが予想されますが,実際大陸地殻をつくっている岩石などの3 He/ 4 He 比は大気の値よりもかなり低く,ほとんどがウランやトリウムからつくられた4 He であることが示されます.図10 は上述したことを考慮してつくられた地球内部の化学的構造モデルです.

 

10  地球内部の物質循環の概念図. MおよびPは,それぞれ中央海嶺玄武岩,海洋島玄武岩のマグマ源物質を示す.

深さ約670 km までの上部マントルでは,ほとんどの揮発性元素が脱ガスして大気や地表を構成している物質をつくりましたが,下部マントルでは必ずしもそれだけ多くの脱ガスはおこらなかったということを示しています.また一部の海洋島玄武岩の同位体比の変化や地震波トモグラフィーの結果から,プレートがマントル内まで沈み込んで地殻物質が循環物質としてマントル内に供給されているらしいということも分かってきました.

6.島弧の同位体比とプレートの沈み込みの影響

6 や図8 で示されるように,島弧の火山岩の示す同位体比は3 He/ 4 He 比を除くと海洋島玄武岩の示す値とあまり変わりません.そのため,海洋島玄武岩と島弧の火山岩は同じようなマグマ源物質からつくられていると考える研究者もいます.しかし島弧の火山岩の3 He/ 4 He 比は,中央海嶺玄武岩の値と同じかやや低い値を示します.また87 Sr/ 86 Sr 比は,同じ143 Nd/ 144 Nd 比に対してはやや高目の傾向がみられます.これらはいずれも島弧下へのプレートの沈み込みに伴い,海洋底堆積物や海水の影響で変質した海洋底玄武岩がマグマができる際に影響していると考えることでうまく説明できます.実際,海洋底堆積物に濃集している宇宙線起源のベリリウム10 (10 Be )が日本列島を含めた島弧の火山岩中に見いだされたことは,前述した予想を強く支持しています.

7 .おわりに

ここで紹介したように,同位体比を用いると他の方法では判断しにくいことがらに対して,その区別をはっきりできる場合が少なくありません.一方,同位体比だけからでは地球内部で生じてきた様々な過程を区別することが困難な場合もあります.岩石や鉱物・化学組成などのデータや地球内部に関する観測の情報などをとりいれながら,広い視点に立って研究していくことにより,地震や火山噴火を起こすマントルなどの状態を明らかにしていくことができるはずです.私達は多くの人々と協力しながら,地球についての理解を深めようと日夜努力しているわけです.

 


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2001/09/10