神奈川県油壺における弾性波速度変化と比抵抗の比較観測研究(U

 

地震地殻変動観測センター 佐野 修

海半球観測研究センター 山村恵子,歌田久司,深尾良夫

 

1. はじめに

弾性波振動が伝わる現象は振動を伝達する媒体の性質によって決まりますから,伝わってきた弾性波を精密に測れば媒体の微細な変化がわかります.そこで1998 年10 月から地震研究所の油壷観測壕内で弾性波の連続観測を実施してきました.また,現在,同じ観測壕で比抵抗連続観測も始まりました.100 m ほど離れた観測壕では伸縮計等によるひずみ測定や比抵抗測定も実施されていますので,複数の測定量をたがいに比較検討することにより,地震活動と関係する岩盤内部の状態変化とそれをもたらした要因を詳しく調べることができるとかんがえています.

2. 弾性波連続測定からなにがわかるか?

弾性波が伝わる速度は媒体の弾性率と密度,すなわち

弾性波速度=(弾性率/密度)1/2

であらわされます.例えば,外部から押す力が大きくなると,岩石内部の微小なきれつが閉じるため,密度と弾性率が増加しますが,弾性率の効果が大きいため速度が速くなります.きれつに含まれる水も関係しています.含水量がふえると密度が高くなるため速度が低下します.ところが完全に水で充填されたきれつが増えるようになると弾性率の影響が密度の影響にうちかって速度が速くなります.したがって比較的かわいた岩では水の増加は速度低下をもたらし,湿潤状態で水が増加すると速度は速くなります.このため速度計測だけではきれつが閉じたのか水が増えたのか判別できないこともあります.

弾性振動エネルギ−吸収の程度をあらわすQ 1もきれつの状態によって変ります.きれつが多いとエネルギ−吸収が増え,振幅が低下します.水が増えてもエネルギ−吸収が増え,振幅が低下します(厳密には,きれつが[完全]に水で飽和するとふたたびエネルギ−吸収の低下がおこります).ここで不飽和状態ですが比較的水が豊富にある条件下でおこる速度変化と振幅変化を同時にかんがえてみますと,きれつの増加は速度低下と振幅減少をもたらしますが,水の増加は速度増加と振幅減少をもたらしますので,これらを組み合わせて検討することにより,弾性波のみの観測でも要因を特定できることがわかります.

3 .測定方法

弾性波速度の計測原理は,人為的に振動を発生させ,離れた地点に到達した波を受信し,その間の伝播時間をはかる方法です.ただし連続観測では,長期間の打撃が岩石に疲労損傷をあたえない程度に小さな振動をもちいなければなりません.そこで振動レベルは小さいけれども,振動の再現性にすぐれている圧電素子を発振源として,繰り返し振動をくわえて(連続波ではありません),受信された波形を重ねあわせる方式を採用しました.

油壷の観測壕に弾性波測定システムを導入するさいに,Q 値とVp がともに低いことが懸念されました.そこで実験室でQ 値およびVp を計測しましたところ,それぞれ約20 および約1 km/s がえられましたので,設計にあたり1.5 kHz 程度の波動なら10〜20 m 程度の距離を伝播した波形が検出可能と判断し,システムを設計しました[佐野,歌田,1998 ].1998 年10 月に実際に計測システムを観測壕に設置し,測定を開始しましたが,観測された波動の卓越周波数は1.1 kHz でした.図1 に測定システムの概略を示します.また圧電素子を積層してつくった発振子を観測壕の岩はだにとりつけた状態が表紙の図2 に示されています. コンピュ−タからだされた発振命令に対応してパルスジェネレ−タが正確な幅の矩形パルス(油壷では10 kHz )をだします.このパルスと相似形の高電圧パルスが発振子を振動させます.岩のなかを伝わった振動が加速度計で検出され,波形記録装置に記録されます.ここで求められる弾性波速度の精度は,振動を記録するディジタル波形記録装置のクロックの精度,および打撃の瞬間と記録系が打撃を認識した瞬間のタイミング誤差によりきまります.ここでは変動が年に0.02 ppm 以下のクロックを使って精度を確保すると同時に,打撃と波形記録の一連の作業を何度も繰り返して平均処理することによりタイミング誤差をへらしています.

 

 

 

1  弾性波測定システムの概念図

 

 

2  油壷観測壕の岩はだにとりつけられた圧電素子を用いた発振子.

 

4 .弾性波連続観測でえられた結果

1998 年10 月の連続測定開始当初は30 分おき,現在は5 分おきに記録されている波形の初動部分と任意の基準波形との相互相関処理により,初動の到達時間変化の経時変化を求めました.弾性波初動の到達時間の経時変化の一例として,2001 年3 月25 日から3 週間でえられた解析結果を図3 に示します.図中N は新月,F は満月を示しています.図中,最大0.2 %にたっする半日周期の変動は潮汐にともなう速度変化(初動到達時間と逆位相)です.

 

 

 

図3  2001 年3 月25 日から3 週間でえられた弾性波速度の経時変化.図中N は新月,F は満月.最大0.2 %にたっする半日周期の変動は潮汐にともなう速度変化.

伸縮計等によるひずみ測定は,弾性波を計測している観測壕(A )では現在おこなわれていません.そこで100 m ほどはなれた観測壕(B )で実施されているひずみ測定結果と比較することをまず考えましたが,観測壕(B )のひずみと観測壕(A )の弾性波を直接比較することの妥当性には疑問がなげかけられました.そこでYamamura [2000 ]は昔の潮位記録と当時の観測壕(A )でえられたひずみ計測結果を比較すると同時に,現在の潮位記録と現在の観測壕(B )でえられたひずみ計測結果を比較し,現在の観測壕(A )のひずみを推定しました.実験開始当初の2 週間でえられた弾性波初動到達時間の経時変化と観測壕(A )のひずみ(推定量)を図4に示します.図中上から順に,気圧および潮位の実測値,推定されたひずみ(四種類)が示されており,下から順に初動のピ−ク値および初動到達時間が示されています.

 

 

 

図4  弾性波初動到達時間および振幅の経時変化とさまざまなパラメ−タの比較.上から順に,気圧,潮位,面積ひずみ,N36W 方向のひずみ,N54E 方向のひずみ,せんだんひずみ,一段おいて,初動の到達時間,初動のピ−ク値.7 段目は面積ひずみと初動の到達時間を同時に示す[Yamamura,2000 ].

まず潮位記録とひずみを比較しますと,よく似ていることがわかります.これは観測壕(A )のひずみを推定するためにもちいた実測値にも認められます.すなわち海水面が上昇し,海底を押す力が増加すると観測壕の岩盤が伸び,逆に,海水面が低下すると岩盤が縮むことを意味しています.言いかえれば海水が押す力により半島部に曲げ応力が発生していることがわかります.

4 の下から3 番目には,初動到達時間変化と最も相関が高かった面積ひずみに適当な係数をかけ,上下に移動し小潮時の弾性波速度変化とフィットするよう処理した結果が示されています.おおむねよく似ています.面積ひずみの増減と初動到達時間の増減がよく似ていることは,弾性波速度変化が岩盤内部のすきまの水の増減ではなく,岩のなかの小さなきれつ(すきま)が開いたり閉じたりするためにおこっていることを示しています.すなわち観測壕の岩盤内でおこる小さな応力変化が検出されています.最下段に示された振幅は,初動到達時間よりばらつきが大きいのですが,逆位相で変動していますので,この観測事実もまた岩のなかの小さなきれつ(すきま)の開閉をうらづけます.ひずみ変化と弾性波速度から推定した弾性波速度の応力感度係数は約10 6 /Pa です.

初動到達時間と面積ひずみをフィットさせた段をよくみると,速度が速くなる(初動到達時間が減少する)領域で面積ひずみからのずれが大きくなる傾向が認められています.これは初動到達時間の日平均がほぼ14 日周期で変動していることを意味しており,初動到達時間の経時変化のみを拡大して示した図3 にも認められます.この現象は事前に予想できなかったもので,実験室で多くの岩石の封圧試験でえられている弾性波速度の圧力依存性[例えばBirch,1960 ]の非線形性では説明できません.

これまでに数回コサイスミックな速度変化が認められています.表紙の図5 には検出されたコサイスミックな速度変化とその原因となった震源を示しています.ここでそのうちの一例として2000 年6 月3日17 :54 の千葉沖の地震(M 5.8 )にともなう変化を図6 に示します.初動到達時間は潮汐による変化と同じ程度ジャンプしていますが,初動の振幅値には明瞭な変化が認められません.これは残念ながら,振幅測定結果に含まれるばらつきが大きかったためです.岩手県釜石でも油壷とおなじような弾性波連続測定システムが動いていますが[Sano et al.,1997 ],そこで観測されたコサイスミックな速度変動の一例(福島県沖M 6.2 )を図7 に示します.釜石の測定では振幅測定のばらつきが比較的小さく抑えられており,速度低下にともなう振幅低下が認められています.いずれもステップ的変動ではなく,ほぼ数日かけて回復していきます.

 

 

 

5 油壷で観測されたコサイスミックな速度変化と対応する震源.

 

 

 

6  2000 年6 月3 日17 :54 の千葉沖の地震(M 5.8 )にともなう速度変化.

 

 

 

7  岩手県釜石で観測されたコサイスミックな速度変化と振幅変化の一例.1996 年2 月17 日福島県沖の地震(M6.2 )

地震直後の瞬間的な速度低下は先に述べましたように,含水比が変化したか,きれつが開いたかの二とおりありえます.室内実験で含水比と弾性波速度の関係をもとめた結果によりますと,釜石で認められたコサイスミックな速度低下は0.1 %以下程度のわずかな含水比低下がおこればよいことが分かりました.しかし釜石の岩盤の含水比の条件下では,含水比低下は振幅低下が説明できません.さらに岩石の浸透性を考慮すると,測線上の水量を減らすためには,非常に大きな圧力差が必要になります.したがってコサイスミックな速度変化も潮汐にともなう速度変化と同様にきれつによるものと考えています.しかしそのプロセスに違いがありえます.すなわち地震直後の応力低下により不飽和きれつが生成したというプロセスと,地震動により,もともと水で飽和していた薄いきれつの水がきれつ近傍の例えば空隙に移動することにより不飽和きれつが発生するというプロセスです.前者のプロセスは潮汐にともなう速度変化と類似しており,後者は異なるプロセスです.どちらも測線上の水の総量の変化は考える必要がありません.回復現象はほぼ間違いなく水の影響でしょう.

Yamamura [2000 ]は地震直後の油壷観測壕岩盤の体積ひずみ変化とコサイスミックな弾性波速度変化を調査し,速度変化が体積ひずみ変化と相関がなく,また潮汐から求められた弾性波速度と体積ひずみの関係とも一致しないことを見出しました(図8 ).Yamamura [2000 ]はさらに油壷観測壕で計測された最大水平加速度とコサイスミックな速度変化を調査し,水平加速度がある臨界値をこえてはじめて速度変化が認められること,および速度変化量が水平加速度の大きさと関係なく,ほぼ一定値となっていると指摘しています.これらの事実は油壷で計測されたコサイスミックな速度変化が,前節で分類した後者のプロセス,すなわち振動にともない不飽和きれつが生じたことを示唆しています.

 

 

 

8  油壷観測壕(B )内の伸縮計によるひずみ計測結果を用いて求められたコサイスミックな体積ひずみ変化,震源情報から推定された体積ひずみ変化,および速度変化.コサイスミックな速度変化は潮汐にともなう弾性波速度変化から推定される速度変化よりはるかに大きく,しかも極性がなく,大きさも一定です[Yamamura,2000 ].

コサイスミックな速度変化がほぼ一定値(数1000 ppm )となっている油壷の測定結果と異なり,釜石では現在の最小分解能の数ppm から三陸はるか沖地震にともなう120 ppm の変動まで,さまざまな大きさの速度変動が認められています.さらに計算されたひずみ変化と弾性波速度変化量の関係にはよい相関が認められていますので,不飽和きれつの生成メカニズムが異なる可能性があります.

 

5 .おわりに

媒体を伝わってきた弾性波は経路の媒体の弾性率とQ 値の情報をもっており,精密に計測することによって,媒体内の構造変化と構造変化をもたらした要因を詳しく知ることができます.計測された弾性波速度の信頼性は基本的に計測系のクロックにより決まるので,安定かつ良好な再現性をもっているクロックの特徴は長期間の計測に好都合であり,精密な弾性波のモニタリングは岩盤内部の微細な状態変化をもたらす要因の分析に役立つと考えています.

油壷の岩石と釜石の岩石の性質はまったく異なります.にもかかわらずいずれの実験場でも潮汐にともなう速度変化やコサイスミックな変動が観測された事実は,これらの現象がある特定の岩石の特殊な性質ではなく,岩石の不偏的な性質であることを示唆しています.すなわちもっと多くの観測所(点)で類似の観測を行えば,もっと多くの情報がえられると期待しています.

 

参考文献

Birch,F.[ 1960] ,The velocity of compressional wavesin rocks to 10 kilobars, 1, J.Geophys.Res.65,1083 _1102.

Sano,O.,Y.Mizuta,T.Murakami and Y.Tanaka,[ 1997] ,Sound velocity as a measure of small stresschange,Rock Stress,Balkema Publ.,241 _246.

Yamamura,K.[ 2000] ,In situ measurements of seismic velocity and attenuation at Aburatsubo, central Japan,東京大学学位請求論文,2000.

佐野,歌田[1998 ],弾性波と岩石比抵抗の比較観測研究,地震研究所広報,No.22,18 _23.

 

謝辞 東京大学地震研究所地震地殻変動観測セン

タ−が油壷観測壕(B )で計測した気圧およびひず

みを使用した.


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2001/09/12