東北地方のアスペリティマップ

地震予知情報センター 山中佳子・菊地正幸


はじめに

 

近年多くの研究者によって大地震の詳細な震源過程が求められ,大地震の多様性,断層面の不均質性などが見えてきた.この不均質性を表す1つの概念モデルとしてアスペリティモデルが提唱された(Lay et al.,1982 )が,その意味するところは研究者によって違いがある.ここでいう「アスペリティ」とは,通常は強く固着していて,あるとき急激にずれて地震波を出す領域を指す.地震波解析からこれらアスペリティの場所や大きさが同定できるようになってきた.

東北地方の太平洋側では30 年程度の周期でM7 クラスの地震が起きている.そこで我々は日本に設置されている強震計の記録を集め,ここ100 年間に繰り返し起こっている大地震のアスペリティ分布を調べた.

データと解析手法

日本では1900 年代初頭頃から大学や気象庁によって強震計が設置されてきた.(ちなみに地震研究所の最古の記録は1887 年1 月15 日の記録である.)1980 年代までこれらの記録は煤書きあるいはインク書きのアナログ記録(図1 (a ))である.近年の高性能デジタル地震計記録に比べて質は悪いが,詳細な震源過程を調べるために必要最小限の解像度を持っている.これらをスキャナーでパソコンに取り込みデジタイズを行い,円弧補正を施してデジタルデータに変換した(図1 (b )).このデータを用いて,断層面上のすべり量分布を未知数とし地震計の特性や地下構造を考慮して波形解析を行った.

 

 

1 気象庁強震計記録例(1968 年十勝沖地震盛岡観測点での記録).(a )煤書きのアナログ原記録,(b)デジタイズされた記録.

 

1968 年十勝沖地震と1994 年三陸はるか沖地震

2に永井・他(2001 )によって得られた1968 年十勝沖地震(Mj7.9 )と1994 年三陸はるか沖地震(Mj7.6 )のすべり量分布と本震後6ヶ月以内に起きた余震分布を示す.青色が1968 年十勝沖地震,赤色が1994 年三陸はるか沖地震の結果である.☆印が震源で,コンター間隔は0.5 m である.2つの地震とも破壊は海溝近くの浅いところ(☆印)から始まり,西側の深い領域に進んだことがわかる.図中のコンター内で色を塗ったところは我々がアスペリティと呼んでいる領域である.1968 年十勝沖地震では複数の,少なくとも3つのアスペリティを次々に破壊したことがわかる.これらのうち最も東側のアスペリティは1994 年三陸はるか沖地震で再び破壊している.

また余震分布を見ると,余震はアスペリティの周辺に多くアスペリティの中心では少ないこと,2つの地震の余震分布のパターンもよく似ていることが見て取れる.

ここでこの1968年と1994年に破壊された最も東側のアスペリティの地震カップリング率(プレートの相対運動で蓄積されたエネルギーのうち地震によって解放される割合)を計算してみると,プレートの相対運動から推定されるモーメント蓄積量と1994 年三陸はるか沖地震での地震モーメント解放量がほぼ同程度であることがわかった.このことは,このアスペリティではつねに境界面がぴったり固着していて,地震のときだけずれることを意味する.

 

 

2 1968 年6 月16 日十勝沖地震(MJ7.9 :青色)と1994 年12 月28 日三陸はるか沖地震(MJ7.6 :赤色)のアスペリティ分布と余震分布.

 

東北地方太平洋側のアスペリティ分布

同様の手法を用いて東北地方で起きたM6.9 以上のプレート間地震12 個を解析した(表1 ).図3aに得られたすべり量分布を示す.それぞれの地震を色別に表示している.★印が震源の位置を,コンターがすべり量分布を示している.我々がアスペリティと考えている大きくすべった領域が塗りつぶされている.この図を見るとどの地震も破壊開始点(★印)とアスペリティが離れていることに気が付く.また破壊の伝播方向も北部地域では海溝側の浅いところから深い方(西)へ伝播しているのに対し,南部では海溝に沿った方向(南)に伝播している.このように伝播方向にも地域性があるようだ.

東北地方の太平洋側では,「個々のアスペリティが単独で動けばM7 クラスの地震で,複数のアスペリティが連動するとM8 クラスの地震になる」という発生パターンも見えてきた.またこの図から,アスペリティのうちのいくつかはこの100 年の間に繰り返しすべっていたことがわかった.たとえば1989 年のアスペリティは1960 年,1968 年(図では隠れている)にも破壊している.また,1978 年の宮城沖地震のアスペリティも1937 年の地震で同じアスペリティが破壊していたことがわかった.

 

 

3a(左) 東北地方太平洋側の地震(1930 年以降)のアスペリティ分布.図のかっこ内の数字はMwを示す.

3b (右) 東北地方太平洋側のアスペリティの時空間分布.

 

1 図3a,b で解析された東北地方で起きたM6.9 以上のプレート間地震

アスペリティの時空間占有率

つぎに,アスペリティごとのカップリング率の空間分布を調べてみた.図3b (表紙)の長方形1つ1つは個々の地震のすべり量に相当する.長方形の縦の長さはそれぞれのアスペリティのサイズ(緯度方向)を,横の長さは地震時のすべり量をプレートの沈み込み速度で割ったものである.つまり1 回の地震でそれまでの蓄積されたエネルギーの何年分を解放したかを示している.長方形の右辺はその地震の発生年になっている.それぞれの色は表紙図のアスペリティマップと対応している.もしプレート境界面がぴったりと固着していて地震時にしかすべらない状態(つまり地震カップリング率が100 %)であれば,この時空間分布図は長方形で埋め尽くされることになる.我々は東北地方の太平洋側を3つの地域に分けた.北側の領域S1では,長方形がこの時空間分布をほぼ埋め尽くしている.このことからこの領域のアスペリティはつねにぴったりと固着していて,地震時にのみすべるという特徴があることがわかった.また,アスペリティのサイズも南側の地域に比べると大きい.最も北側のアスペリティは,エネルギー蓄積過程の途中で,部分的に1931 年,1945 年の地震を経験してしまっているように見える.ただし,これらの地震の記録数が少ないことからアスペリティの位置の決定精度は他に比べて悪いと考えられる.これらを考慮すれば,ここでの地震カップリング率もほぼ100 %と言ってよいであろう.現時点で特に注目すべきことは,一番北側のアスペリティで1968 年以降大きな地震が起こっておらず,すでにM7.7 程度の地震を起こす程度のエネルギーを蓄えている可能性があることである.

これに対し,中央の領域S2 では,蓄積されているモーメントを地震としてはほとんど解放していないということがわかる.この地域は川崎ら(川崎・他,1998 )によって1989 年,1992 年の地震の後に1日程度の時定数をもつ非地震性すべりが起こったと指摘されている領域である.従って,この地域は蓄積されたモーメントの多くを時定数の長い地殻変動によって解放しているものと考えられる.南の領域S3 では,地震時でのモーメント解放量は蓄積されたモーメント量の約半分程度と考えられる.非地震性地殻変動が観測できるようになったのはごく最近のことであり,1978 年宮城沖地震の後にこのような変動が起こっていたかどうかはわからないが,蓄積されているモーメントの半分程度を時定数の長い断層すべりによって解放している可能性があると考えている.

 

今後我々は全国的なアスペリティマップを作成しようと考えている.これまでに起きた大地震のアスペリティ分布が明らかになれば,大地震発生に見られる固有地震的な側面と非固有地震的な側面が,アスペリティの組み合わせによって統一的に理解される可能性もあろう.

 

<<参考文献>>

川崎一朗,浅井康広,田村良明,三陸沖におけるプレート間モーメント解放の時空間分布とサイスモ・ジオデティック・カップリング,地震,50,293 _307,1998.

Lay,T.,H.Kanamori,and L.Ruff,The asperity model and the nature of large subduction zone earthquakes, Earthquake Prediction Res.,1,3 _71,1982.

永井理子,菊地正幸,山中佳子,三陸沖における再来大地震の震源過程の比較研究―1968 年十勝沖地震と1994 年三陸はるか沖地震の比較―,地震,2001 (印刷中)

 


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2001/11/2