襟裳岬周辺での絶対重力・精密重力・GPS連続観測

北海道大学大学院理学研究科 小山 順二

T. はじめに


我々は北海道襟裳岬周辺で高速サンプリングGPS連続観測を1998年頃から実施してきた.GPS観測を超長周期地震観測のように役立てようと考えてのことである.襟裳地域は,千島弧が東北日本弧に衝突している島弧―島弧衝突帯として位置づけられ,さらに太平洋プレートの沈み込みの上に位置しているので,島弧地殻の変形や大陸地殻の成長を考える上で極めて重要である.また,衝突帯周辺の構造は複雑であり,巨大地震を含む複雑な地震活動が多岐にわたり発生している.その動的な構造を明らかにするためには多面的な観測が必要不可欠である.GPS観測を行うことにより地殻変動の上下動・水平動成分を計測し,同一地点での重力観測と併合すれば,地殻変動と地下の物質移動の詳細な検出が期待できる.時間分解能を上げ,リアルタイムでデータ転送すれば,ダイナミックな3次元的な実時間の地殻変動やプレート運動を検出できるだろう.そう考え我々は襟裳岬周辺に絶対重力観測,精密重力,GPS観測網を構築し,繰り返し観測を計画した.1999年のことである.
 観測計画を実施し移し始めたのが,2000年3月のことである.丁度,有珠山周辺に有感地震が頻発し始めたときであった.その後,有珠山が噴火し,さらに,三宅島噴火が引き続き,我々の観測計画は当初の予定とは全然違う方向へ向かってしまった.幸い,2000年秋,2001年に精密重力観測,2001年秋に絶対重力観測と計画当初の観測を実施することができた.観測は今年度も引き続き計画され,観測データの処理・解析は現在も進められているが,ここでは新しく構築した絶対重力・精密重力・GPS連続観測の概要についてまとめ簡単に紹介する.

この絶対重力計は新しく開発された測器で可搬型である.写真に見られる程度の空間と商用電源があれば,どこでも計測可能である.計測原理は重りを真空槽内で自由落下させ,レーザー干渉計で重りの自由落下運動の追跡を追いかけるものである.時計にはルビジウム原子時計を用いている.内在する加速度地震計で地面,測器の振動を補正している.この絶対重力計の測定精度は〜10μgalと言われている.上位機種であるFG5型絶対重力計では測定精度が1〜2μgalとされているから,FG5-L型絶対重力計でも充分高精度である.
 測定は1セッションで100回重力値を計測しその平均値を各セッションの重力値とする.この作業を1日20回繰り返した.Fig.1に1セッション分の測定例を示す.

1. 絶対重力測定
 従来の重力測定では相対重力計のみが用いられ,絶対重力値不動と仮定されたある基準点での値からのずれの量だけが測定されていた.特異なテクトニクスで形成されている襟裳岬周辺では基準点をどこにとるか,またその絶対重力値が時間的に一定である保証はなく,基準点の絶対重力も精密に測定する必要がある.そこで我々は,襟裳岬周辺のプレート運動に伴って生じている重力場の時空変動を高精度かつ絶対値で追跡し,重力変化を定量的に評価するためにMicro-g solutions社の「絶対重力計」FG5-Lを用いた絶対重力測定を2001年9月に行った.測定は北海道大学襟裳地殻変動観測所壕内(ERM1)に設置した(写真参照).


写真 北海道大学襟裳地殻変動観測所での絶対重力観測

襟裳観測所壕内は人工的なノイズが小さく,測定値のほとんどすべてが±200μgalに収まり,多くの測定値が±100μgalの範囲にある.したがってセッション100回の測定からERM1の測定精度は 10μgal程度であることが見てとれる.20回全セッションの平均値をERM1の絶対重力値とした.それにより精度はさらに向上し,数μgalである.ERM1は海に近いため精密な海洋潮汐補正が必要である.今回はMicro-g solutionsの固体潮汐,海洋潮汐補正ソフトを用いて補正している.このようにして測定の平均値980327788.77μgal±3.50を襟裳地殻変動観測所での絶対重力値とした.今後の課題として海洋潮汐補正のプログラムをチューニングすること,より長い連続観測をすることなどにより,より精度の高い絶対重力観測を目指している.

U.観測
Fig.1 Absolute gravity measurement of a session(#17) at ERM on September 19, 2001. Difference in absolute gravity values is plotted with respect to the average on the top.

2.精密重力測定
 測定にはLaCoste Romberg G31およびG375重力計を使用し,2000年10月,2001年5月と9月の3回行った.測定点は,国土地理院の水準点,三角点およびGPS電子基準点から空間的な配置を考慮して襟裳岬周辺に13点選んだ.測定はすべて往復測定である.補正計算は地球潮汐補正,器高補正,ドリフト補正を行った.基準点を襟裳地殻変動観測所壕内に作った.絶対重力測定点と同じ点である.
 Fig.2に(a)2000年10月-2001年5月,(b)2001年5月-2001年9月,(c)2000年10月-2001年9月の各測定点の重力変化を示した.Fig.3(a)では全体的に重力変化量は小さく,30μgal を超えたのはUTAT,KAZE,SHO1 である.この3 点を除いた重力変化のパターンは測定精度を考慮すると有意な変化とは言い難いが,重力変化の全体的な傾向は日高西部に重力の増加域が広く分布し,襟裳岬を境にして東側では減少域となる様相を示している(Fig.3).現段階では重力が強く支配される比高変化の補正を行っていないため量的な議論は今後の課題としたい.Fig.2(b),(c)の重力変化量はほとんどの観測点で100μgalを超えている.これは,地球内部の変動によるものではなく,2001年9月の測定時の強い風による精度の悪さによるものと考えられる.

 

Fig.2 Gravity changes during the period of 8 (a) Oct.2000 to May 2001, (b) May 2001 to Sep. 2001 and (c) Oct. 2000 to Sep. 2001.

Fig.3 Spatial distribution of the gravity changes during the period of Oct. 2000 to May 2001.

3. GPS 連続観測
 襟裳岬周辺において,我々は独自に1998 年から高速サンプリングGPS 連続観測を行っている. 本観測ではそれら定常観測に加えて重力の各測定点でGPS 臨時観測を行った. 受信機はAstech Z-XII である. サンプリング間隔は30 秒間とした. また観測時間は各点で12-24時間とした.解析には,Bernese GPS Software Version 4.0とIGS(International GPS Service for Geodynamics)精密暦を使用した.観測点座標は,我々が1998年に設置した苫小牧に設置してある高速GPS連続観測点(以下TOMA)を選択した.この観測点の座標を,IGSのTsukuba観測点からITRF96 (International Terrestrial Reference Frame)で結合し,3日間の平均値をTOMAの座標値とした.キャンペーンごとに各観測点の座標を求め,その座標値変化を地殻変動量とした.各キャンペーンで求められた座標値は,水平成分ではrmsが8mm以内にあるが,上下成分については2cmとなっており注意が必要である.すべての観測点において北西向きの変動を捉えることができた.キャンペーン間の地殻変動量は観測期間で水平成分では3cm以下,垂直成分でも5cm程度である.

4. 高速サンプリングGPS観測
 GPS観測データは,従来の地震計のように振り子による地動計測ではないので変位量の制限がなく,長周期での特性は無限に伸びている.このような1秒サンプリングの高速GPS観測では他の変動観測器機にはない超広帯域の地殻変動・地震動観測が原理的には可能である.我々はこのような高速サンプリングGPS観測を襟裳周辺の2点の他帯広畜産大学内(OBHR)と北海道大学苫小牧演習林(TOMA)で実施している.襟裳岬周辺に展開した高速GPS観測網では,浦河沖でマグニチュードが5.9以上の地震がおきれば地震動を検出することが期待される.我々が1998年からの高速サンプリングGPS観測期間中に最大震度の地震(Mw6.4)が2001年8月14日に青森県沖で発生した.そこで,この地震動を高速GPS観測で検出できたかを確認することを試みた.観測データは放送暦を使用したGPS測位解析では安定した解がえられなかったので,測位結果をすぐに知ることは出来ず,速報としての機能ははたさなかった.GPS衛星の精密な軌道を計算し直した精密暦とBernese GPS Software Version 4.2のキネマティックオプションを用いた解析から,OBHRを固定点としたKAZEの1秒毎の変位をFig.4に示す.
 またKAZEでの合成波形を,静的変位を含めた変位波形を計算することができる離散波数法を用いて計算した.この地震の震源メカニズム,パラメータは気象庁による震源情報を用い,震源の深さは35 km,モーメントマグニチュードから断層の大きさは8 km×4 kmとし,滑べり量は2.8mで一定と仮定した.rake,傾斜角,走行はそれぞれ55°,22°,174°とし,破壊の伝播速度は3 km/sとした.今回は媒質を1層半無限とし,地殻は30 kmと仮定した.上記の速度構造と震央距離が約90kmであることから3587秒付近に直達P波が,3603秒付近に直達S波が到達すると考えられる.観測波形を見るとP波到達時付近に数ミリの変動がみられるがノイズレベルを考えると必ずしもP波が検出されたとは言いがたい.変位振幅にして0.5〜1cmが現在のGPS観測の精度から計測できる下限であるから,今回の地震が,我々の観測期間で最大震度ではあったが,充分に大きくなかったようだ.

Fig.4 Synthetic waveform (broken) for the Aug. 14, 2001
(JST) earthquake in the Aomori Toho-oki and kinematic displacement(solid) by GPS at KAZE with respect to OBHR. Sampling interval is 1 sec. Origin time of the earthquake is indicated at the top.

 襟裳周辺でプレート運動によるダイナミック地殻変動を検出するため,新たに精密重力,GPS観測網を構築し繰り返し観測を2000年10月から2001年9月にかけて行った. これにあわせて絶対重力の観測を襟裳地殻変動観測所で実施した.絶対重力に関しては,一日の繰り返し観測から1cm程度の変動にたする重力変化を見出せることが確かめられた. 今後は繰り返し観測・連続観測をすることで,局所的な海洋荷重の影響を見積もり,より測定制度を向上させるよう計画している.精密重力の重力変化については,変化量が小さく測定精度を考慮すると有意なものとは言えないが日高西部に重力増加の傾向がみられる重力変化パターンが見られた.また,我々が行った精密重力測定精度が±10μgal程度であると見積もることになった.これ地面の上下変動にして数cmの変化である.GPS観測の結果としては北西向きに1.5-2.0cm/yrの変位量が得られた.この千島外弧の西進は,国土地理院の三角測量の結果と一致している.リアルタイムにプレート運動の検出を行うために,今後ERM1において絶対重力の連続観測を行うこと,より稠密な観測網を構築し重力分布の空間分解能を向上させること,それにより重力変動の面的な変化を検出することを計画している.

 この報告は,北海道大学理学研究科地震火山観測研究センター大島弘光助教授,同大学院学生平貴昭さんと共同で進めた研究(北海道大学地球物理研究報告,65巻,311-323,2002)を抜粋し,書き改めたものです.この研究は地震研究所一般共同研究2000-G-07,2001-G‐01によります.辛抱強くご協力いただいた大久保修平教授に深く感謝いたします.

III. まとめ

目次へ戻る

地震研究所ホームページトップ

2002/06/1