西南日本の海溝寄り地域における中新世マグマ活動について

東京経済大学 新正裕尚

地球ダイナミクス部門 折橋裕二・中井俊一

T. はじめに


 西南日本弧においては第四紀火山フロントより,ずっと海溝寄りに多数の中期中新世火成岩が分布する(図1). これらは従来中央構造線の北側に位置する瀬戸内火山岩類と外帯地域に分布する外帯酸性岩類に区分されることが多い.さらに最も海溝寄りの地域にマントル由来の斑れい岩や玄武岩等を伴う貫入岩体が存在する(潮岬,室戸岬,足摺岬の各岩体).このような分布は九州から中部地方までおよそ島弧の伸長方向にそって800km程度,幅100km程度の範囲に分布している.ただし,上記のような分布が明確に見られるのは紀伊半島から九州東部までであり,それより東方にも西方にもほぼ同時期に活動した火成岩類が分布するが,放射年代や化学組成に関するデータが乏しいこともあってどこまでをこの岩石区に含めるべきかは明らかでない. このマグマ活動で特徴的な事柄をいくつか挙げると,
・日本海の拡大,西南日本弧の時計まわり回転という事件とほぼ同時期に活動した.
・時計まわり回転に伴い,まだ拡大中の四国海盆海嶺が沈み込んだ可能性があり,マグマ発生との関わりが深そうである.
・海溝に極めて近い地域に数百km3の噴出量を持つ珪長質火成岩体が存在する(熊野酸性岩類など).
・初生的なカルクアルカリ安山岩(高マグネシア安山岩)が産出する. などがある.従って西南日本弧の中新世テクトニクスを理解する上で,このマグマ活動は多くの情報をもたらしてくれる事が期待できる.岩石学の面からは,海溝寄りの地域でマントル由来の高マグネシア安山岩が産出することが特に注目を惹き過去に数多の研究が行われた.ところが噴出量の大きい珪長質火成岩の成因論については地域のテクトニクスと結びつけた理解が進んでいない.ここではこの中新世マグマ活動のなかでもとくに珪長質なメンバーについて,我々が行っている地震研究所の共同利用研究により得られた成果を含めて紹介する.
 これらのマグマ活動については短期間に集中して起こったことが以前から指摘されていた.我々が化学分析を行っている試料の一部はカリウム・アルゴン法で年代測定を行っている産総研の角井朝昭氏らと共有している.そしてこれまで放射年代が報告されていない岩体を中心に年代測定を進めている(例えばSumii and Shinjoe, 2002).これまでの結果では外帯酸性岩については従来いわれていた14±1Maに集中するという結論については修正を要さないこと,瀬戸内火山岩類についてもその活動のピークはこの外帯酸性岩類の活動時期と良く一致することが明らかになりつつある.これは西南日本弧の時計廻り回転を挟んで外帯酸性岩類と瀬戸内火山岩類が活動したという1980年代後半からの捉え方とは矛盾し,おそらく両者のマグマ活動は西南日本弧の時計廻り回転後にフィリピン海プレートの沈み込みに関連して起こったと考えられる.上記の潮岬岩体などマントル由来の玄武岩質マグマが海溝近傍の付加体に貫入した岩体について,適切な試料を得ることが難しいこともあって,現在のところ瀬戸内火山岩類や外帯酸性岩類との前後関係をきちんと決めることが出来るほどには精度のよい放射年代がないことが課題として残っている.

図1 西南日本の海溝寄り地域における中新世マグマ活動によって形成された主要な岩の分布.主要分布域(紀伊半島?九州東部)の西方・東方延長に存在し活動年代が近接し岩質が類似するが,対応関係の明らかでない岩体には疑問符(?)を付した.

U.年代論

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2002/10/1

図2 紀伊半島の中期中新世火成岩類の分布.
V.地震研での全岩化学分析とその結果
 上述したようなテクトニクスと絡めた議論を行うためには広域的に質の揃った地球化学的データの蓄積が重要であると考えて,紀伊半島から九州に到る広域的な試料採取を行い,地震研究所の蛍光X線分析装置およびICP質量分析計を用いて全岩化学分析を進めている.低希釈率のガラスビード(粉末試料と融剤を1:2で混合し高周波炉で溶融,均質なガラスとしたもの)を作成し,蛍光X線分析装置で分析後,同じガラスビードをレーザーアブレーションによるICP質量分析装置により分析を行う.この組み合わせで主成分から希土類元素を含む微量元素まで45元素を迅速かつ精度良く分析することが出来る(谷ほか,2002;Orihashiand Hirata, 2002).ICP質量分析についてガラスビードを用いたレーザーアブレーションによる試料導入は,分析対象物の多くを占める,ざくろ石やジルコン等の難溶性鉱物を含む珪長質火成岩の希土類元素組成等を正確に求める上で特に有利な方法である.
 全岩化学分析の結果の例として紀伊半島の珪長質火成岩について紹介する.紀伊半島の中新世火成岩は,北は奈良県北部や大阪府地方に分布する瀬戸内火山岩類から,南は潮岬周辺に分布するソレアイト質玄武岩・はんれい岩を主とする複合火成岩体にいたる幅100kmあまりの分布域を持つ(図2).そのため島弧横断方向の化学組成変化を見るのに適したフィールドである.まず本地域の外帯酸性岩類の大部分を占めるSタイプ花こう岩の希土類元素パターンを図3_1に示す.これらの試料はSiO2量ではおよそ65_75%の範囲に入るもので花こう閃緑岩から花こう岩である.やや軽希土に富み,重希土はコンドライトの10_20倍程度の濃度でフラットなパターンを示す.またすべてEu負異常を持ち,よりSiO2に富むものほど負異常は大きい.ちなみに四国や九州地方のSタイプ花こう岩についてもその希土類元素パターンをはじめとする全岩化学組成はよく似ており外帯酸性岩類のSタイプ花こう岩は非常に乱暴な言い方をすれば「おおよそどこも同じ」ようである.紀伊半島において瀬戸内火山岩類に分類されていた岩体の中で珪長質火成岩がまとまって分布するのは大阪・奈良府県境の二上層群および奈良・三重県境の室生火砕流堆積物である(ちなみに規模の小さいものとして,万葉の古歌にも詠まれる大和三山のうち耳成山・畝傍山は領家帯の基盤岩を瀬戸内火山岩類と類似した流紋岩溶岩が覆っている).これらの希土類元素パターンを図3_2に示す.二上層群に産するデイサイトの一部は島弧デイサイトや流紋岩に比べ,MgやNi,Crに富み,高マグネシア安山岩からの分化で導かれたものであると見られる(図3_2の寺山デイサイト).注目すべき事として二上層群に産する流紋岩には重希土類に極めて枯渇した右下がりのパターンを示し,Euの負異常が無いかあっても小さい(図3_2の流紋岩)ものが相当含まれる事がある.このような瀬戸内区の流紋岩の化学組成の特徴は少なくとも四国東部,高松周辺地域までは確認している.このような流紋岩は重希土類に枯渇するのみならず,Yに乏しくSrに比較的富むなどの点で,アダカイトと呼ばれるスラブ融解より発生したとしばしば解釈されている岩石群と共通する微量元素組成上の特徴(部分融解によるマグマ発生から分化の過程を通して斜長石を分別せずざくろ石を分別したことを示唆する)をもつ.このようなマグマについてはスラブ上面の堆積物の融解にその起源を求める考えがある(Shimodaand Tatsumi, 1999)が,深部で発生した珪長質部分融解液がマントルウェッジと反応せず上昇してくることができるか疑問である(この疑問は瀬戸内火山岩だけではなくスラブ融解による発生が唱えられる珪長質火成岩一般に共通する).この点を考察するためにも斑晶鉱物の微少領域分析によりマグマの進化過程の記録を読むことを試みようとしている(後述).また室生火砕流堆積物は層厚は最大400mにおよび体積は現存するだけで100km3を越える大規模な分布を持つがこれまでその給源は明らかでない.室生火砕流堆積物の希土類元素パターン(図3_2)は外帯Sタイプ花こう岩のそれと極めて類似する.希土類元素を含めた全岩化学組成の類似および記載岩石的特徴から,この火砕流堆積物の給源が外帯のSタイプ珪長質火成岩体にあることを提案している(新正ほか,2002).このように「瀬戸内火山岩類」として一括されていた岩石群の珪長質火成岩には成因の異なる多様なものが含まれることが明らかになった.しかしながらそれらの放射年代はよく一致する,言い換えると化学組成,成因の異なるマグマが時間・空間分布としては極めて近接して活動したことになる.
図3 紀伊半島の珪長質火成岩の希土類元素パターンの例.
図3-1(左)は外帯酸性岩類の中のSイプ花こう岩類,
図3-2(右)は瀬戸内火山岩類の中の珪長質なメンバー
W.ジルコンの微量元素組成分析
 全岩の化学組成はマグマ発生以降の様々な進化過程を積分したものであるが,マグマの進化過程の記録を読み解くことを期待して,ジルコンなどの希土類キャリアを中心とした造岩鉱物の微量元素組成の微少領域分析(Orihashi et al., 2002)に着手している.ICP質量分析装置への試料導入は全岩組成同様にレーザーアブレーションによる.ジルコンを用いると同じ分析点について希土類元素パターンとともに,ウラン・鉛年代も同時に分析することができる.分析の際,数十粒程度のジルコンを予めテフロンシートにマウントして径20_40μm径のNd_YAGレーザーでアブレーションを行う.ここで希土類元素の分析例を示す.図4は先に述べた二上山周辺に分布する二上層群の重希土類元素に枯渇する特徴をもつ流紋岩のジルコン分析結果である.通常ジルコンには重希土類元素が濃集し急勾配の右上がりのパターンを示すことが多いが,この試料については重希土類元素の含有量が比較的低い.これは全岩組成の特徴を反映するものである.ところが,複数の粒子の分析を行うと,重希土類元素のパターンの勾配には相当ばらつきがある(コンドライトで規格化したYb/Gd比で1_10程度).これは全てのジルコンが最終的なマグマと平衡に晶出したのではなく,マグマの進化過程において,希土類元素組成も変化して行く中で晶出を続けたことを示すものであるかもしれない.この重希土類元素の挙動を検討するために同じく重希土類元素を濃集する共存鉱物であるざくろ石の微量元素組成の局所分析を行おうとしている.ジルコンの希土類元素組成分析は,イオンプローブやICP質量分析装置の普及に伴い,様々なラボでデータが量産され始めつつあるのが現状である.しかしその結果をマグマの進化のモデリングに用いた例はまだ少なく,その有効性を今後示してゆかねばならない.
 U-Pb年代測定の例として紀伊半島外帯地域からの花こう岩質岩のジルコン分析結果を掲げる(新正・和田・折橋,未公表データ).この花こう岩質岩からは晶癖や色調の異なる三種のジルコンが含まれる.図5に238U/206Pb年代のヒストグラムを掲げる.中期中新世に年代のピークがあるが,より古い年代を示す粒子が多数混入していることがわかる.図6は摩耗した形状を示す一つのジルコン粒子について3点の分析を行った結果をコンコーディア図にプロットしたものである[コンコーディア図の作成にはIsoplot/Ex(Ludwing,1998)を使用した]. ディスコーディアの古い方の切片からおよそ20億年前の年代が得られている.20億年前程度の砕屑性ジルコンが西南日本弧の堆積物に混入していることはSHRIMPを用いた年代測定でも知られている(Sanoet al., 2000).外帯の中新世花こう岩の起源物質として付加帯深部の堆積物が関与していることがその同位体組成などから議論されているが(例えば,Shinjoe,1997),先カンブリア紀の年代を示すジルコンの存在はそれを直接証明するものといえる.
図4 ジルコンの希土類元素パターンの例.試料は二上山産の流紋岩.
X.まとめと結語
 これまで述べたように,この一連の火成活動を,日本海拡大にともなう西南日本弧の回転と四国海盆(海嶺)の強制沈み込みというテクトニックな環境の中で捉えるためには四国海盆の拡大軸あるいはオフリッジでの火成活動に関連する可能性のある岩体(潮岬岩体など)の精密な時空分布および熱い四国海盆の沈み込みに伴うスラブ融解が役割を果たしたという二点を明確にしてゆく必要がある.これまで得られた珪長質火成岩に関するデータから後者の問題に幾分は迫りつつあると考える.造岩鉱物の微量元素組成の局所分析がより良い情報をもたらしてくれることを期待して今後研究を展開してゆくつもりである.
引用文献
図5 外帯酸性岩から分離したジルコンの238U/206Pb年代のヒストグラム.1億年以内の年代の頻度分布を右上に拡大した.形態および色により三種のジルコンを区別している.とりわけ古い年代は摩耗したジルコン粒子から得られる.
図6 外帯酸性岩類の中の摩耗したジルコンのウラン・鉛同位体分析の結果を示したコンコーディア図.
Ludwig, K.R., (1998) Using Isoplot/Ex : A Goechronological Toolkit for Microsoft Excel.
BerkeleyGeochronologyCenter Spec. Pub., 1, BerkeleyCaliforniaUSA 42p.
Orihashi,Y., Hirata, T., Tani, K., and Yoshida, H. (2002) Rapid multi-element and U-Pb age determinations of zircon crystal using UV laser ablation IC-MS. Geochem. J., submitted.
Orihashi, Y. and Hirata, T. (2002) Rapid Y and REE determinations in XRF fused glass bead for selected GSJ reference rock standards using UV laser ablation ICP-MS. Geochem. J., submitted.
Sano, Y., Hidaka, H., Terada, K.,Shimizu, H., and Suzuki, M. (2000) Ion microprobe U-Pb zircon geochronology of the Hida gneiss: Finding of the oldest minerals inJapan. Geochem. J., 34, 135_153. Shimoda, G., and Tatsumi, Y (1999) Generation of rhyolite magmas by melting of subducting sediments in Shodo-Shima island,Southwest Japan, and its bearing on the origin of high_Mg andesites. Island Arc, 8, 383-392.
Shinjoe, H. (1997): Origin of the granodiorite in the forearc region of southwestJapan: Melting of the Shimanto accretionary prism. Chem. Geol., 134, 237-255.
新正裕尚・折橋裕二・角井朝昭・中井俊一 (2002)室生火砕流堆積物の全岩化学組成:その給源への手掛り.岩石鉱物科学,投稿中.
Sumii T, and Shinjoe, H. (2002) Multiple acidic igneous activities in the southKiiPeninsula
Reexamination of the K_Ar ages on Ohmine Acidic Rocks,Southwest Japan. Island Arc, submitted.
谷 健一郎・折橋裕二・中田節也(2002)ガラスビードを用いた蛍光X線分析装置による珪酸塩岩石の主・微量成分分析:3倍・6倍・11倍希釈ガラスビード法の分析精度の評価,地震研究所技術報告,投稿中.