平成14年度地震研究所公開講義(2)

”活火山”富士の素顔

地球ダイナミクス部門 藤井 敏嗣


T. 富士は日本一の山

 端正な姿をした富士山は日本にある数多くの火山の中でもとりわけ神聖な山として,古代からあがめられてきました.しかし,富士山は信仰の対象としてだけでなく,地学的にも特別な山です.富士山の高さは日本一ですが,富士山を作ったマグマの総量も日本一で,また単位時間に噴出したマグマの量も日本一という記録尽くめの火山なのです.富士山を作ったマグマの量は約400立方キロメートルであると考えられています.これ以外に約8万年の間に周辺に運ばれて関東ロームなどになった火山灰の量だけで200立方キロメートルという試算もありますから トータルでは600立方キロメートルにまでなるかもしれません.これは殆ど年中噴火をしているハワイ火山には及びませんが,日本の火山としては,ずば抜けて活発な火山であることは確かです.
 このような富士山の下で,2000年秋と2001年初夏に深部低周波地震の群発がありました.富士山の下ではマグマの活動が続いているようです.次の噴火に備えるためにも活火山富士の素顔に迫ってみましょう.
U.富士山の活動史

 富士山は均整のとれた一つの火山のように見えますが,その実体は小御岳火山,古富士火山,新富士火山の3つの山体が重なったものです(図1).



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図1 富士山の内部構造.小御岳火山,古富士火山をおおうようにして現在の新富士火山が成長した.山腹噴火の火口(側火口)の分布はフィリピン海プレートの押し込む方向にのびた,山頂を通る帯状の地域に集中している.
V.歴史時代の富士山噴火

 日本の歴史に富士山の噴火が登場するのは8世紀のことです.以来,古文書に多くの噴火が記録されていますが,その中で確実な噴火と考えられるものは10回です(図3).
図3 歴史時代の富士山噴火(小山,1998を一部改変).丸印は信頼のおける古記録から判定された確実な噴火.三角は記録はあるものの,噴火かどうか疑わしいもの.参考のために,近隣での巨大地震の年代も示したが,宝永の噴火が宝永地震の49日後に発生したことを除くと,地震が噴火の引き金となったと考えられる明確なケースはない.しかし,富士山がいつ噴火をしてもおかしくないほどの臨界状態にあるとき,近くで大きな地震が起こるとそれが引き金になるということは十分考えられる
図4 宝永噴火による火山灰の堆積厚さ(宮地,1988のデータに基づく).西風によって,火山灰は遠くまで運ばれ,当時の江戸市中でも数センチメートルの堆積があった.新井白石の「折りたく柴の記」によれば,降灰のため昼間でも行灯が必要なほど暗くなったらしい.
図5はこのような火砕流に飲み込まれた樹木がその熱のため蒸し焼きになって炭化した例です.このように富士山は噴火のデパートといってもよいくらいさまざまなタイプの噴火をしてきた経緯があるので,噴火の兆候も見られない時期に次に起こりそうな噴火のタイプを絞り込むことが難しいのです.
 噴火の規模についてもあらかじめ予想することは容易ではありません.富士山に限らず,火山噴火は規模の小さいものは回数が圧倒的に多いが,規模の大きい噴火はめったに起こらないという性質があります.この観点からすると,次に起こる噴火は比較的小規模の噴火である確率が高いと言えます.しかし,確率が低いとはいえ,次の噴火が規模の大きな激しい噴火になることもありうるわけです.
 このように前もって何でも予想するということは難しいのですが,適切な観測が行われていれば,噴火が近づいていることを理解し,噴火が始まってからでも,その後どのような展開をするかなどある程度の予測が可能です.ただし,富士山の場合,300年間も噴火をしていませんから,私たちが近代的な観測機器を使って噴火を観測したことがありません.この点は有珠火山や桜島火山,三宅島火山などと大きく異なる点です.富士山では噴火の前にどのようなことが起こるのか.観測例がないのです.それに,富士山は巨大な火山であるにもかかわらず,観測点の数は決して多くはありません.もっとも,急斜面で冬季には積雪もあるという厳しい条件からすると,そう簡単に観測点を増やせるわけではありません.そのような状況ですので,宝永噴火のような規模の噴火はともかく,それよりも小さな噴火となると,現在のような観測点の配置で,確実に前兆を捉えることができるのかどうかわかりません.富士山の噴火がどのようなメカニズムで起こってきたのかということが分かれば,手の打ちようはあるのですが,この点の解読はまだできていません.富士山はまだその素顔を見せてくれません.
 今,地震研究所では富士山の北東斜面での1000mの掘削をはじめとして,富士山の謎を解き明かすための研究をすすめています.火山の研究は完成した学問ではありません.まだまだわからないことがたくさんあります.火山噴火予知の確度をあげるためにも,基礎的な研究が必要なのです
図5 富士山の北東斜面で発見された火砕流中の炭化した樹木.
引用した文献

小山真人(1998)歴史時代の富士山噴火史の再検討.火山,vol.43, 323-347.
宮地直道(1988)新富士火山の活動史.地質学雑誌,vol.94,433-452.
富士山が火山としての活動を始めたのは今からおよそ8万年前です.当時,富士山の南側では愛鷹火山がその寿命を終えたばかりでしたが,南東の箱根火山はまだしきりに噴火を繰り返していました.富士山が活動を始めたのは当時あった小御岳火山の南の裾野からだったと考えられています.小御岳火山はスバルライン終点の小御岳神社の周辺に,ごく一部ですが,当時の火山の名残を残しています.あとから成長をはじめた富士山が小御岳火山をほとんど飲み込んでしまうほど,大きく成長したのです.この時期の富士山は一度は現在の富士山とほとんど同じ高さまで成長したと考えられていますが,その後,山体崩壊とよばれる大規模な山崩れが起こって崩れ去ってしまいました.ここまでの富士山を古富士火山とよんで,現在の富士山の形を作った活動と区別します.古富士火山の活動時期,富士山からの大量の火山灰は西風に乗って東に運ばれ,関東ロームとなり,東京の山の手の台地を作りました.もし富士山がなかったとしたら,東京の山の手の高さは少なくとも5から7メートルほど低くなるはずです.東京にはずいぶん坂が多いのですが,場所によっては坂もなくなっていたことになります.
 やがて,新しい富士山の活動が始まりますが,この時期が今から約1万1千年前です.これからの富士山を新富士火山と呼びます.
 新富士火山になってはじめの頃はそれまでの活動とかなり違う噴火を行いました.大量の,しかも遠くまで流れる溶岩流を噴出し続けたのです.たとえば,新幹線の三島駅のあたりでも観察できる三島溶岩や大月付近まで流れた猿橋溶岩はこの時期のものです.その後,富士山の噴火様式は変化します.火口が作られる場所や,溶岩が主体となった噴火か,あるいは火山灰を主体とした噴火かなどに着目して,新富士火山の活動を5つの時期に区分したものが図2です.
図2 新富士火山の5つの活動期.最後のステージでは山頂からの噴火は起こっていない.しかし,最後の噴火である宝永の噴火はそれまでの噴火と違い,非常に爆発的であったので,300年前に第6ステージに入ったという考え方もある.
最近2200年間は山頂の火口からの噴火がありません.最後の噴火である1707年の宝永噴火を除くと,ほとんどが山腹で溶岩噴泉を吹き上げ,降り積もった火山弾やスコリアとよばれる火山レキ,火山灰などで小山を作ったり,溶岩流を流したりする噴火でした.
歴史に登場するとは言ってもほんの一行くらいしか記録がない噴火が大部分ですが,最後の噴火である宝永の噴火については非常に多くの観察記録が残っています.このため,古文書の調査から,300年前の噴火の様子を手に取るように復元することができます.噴火はおよそ2週間続きました.最初は白い軽石を放出する爆発的噴火でしたが,やや活動が下火になる期間をおいて,再び激しく爆発的な噴火が起こりました.最初を除くと,放出された噴出物は真っ黒い玄武岩でした.宝永噴火はその激しさでも歴史時代の噴火の中ではずば抜けて爆発的で,成層圏まで届くような噴煙を上げたのですが,化学組成の上でも,玄武岩ばかりではなく富士山としてはきわめて稀なデイサイトの軽石を放出したという点でも,特異なものでした.
 宝永の噴火は歴史時代の噴火のうちでは最大で,その噴火の様子についても詳しい記述が残っているので,噴火やそれによる被害の様子を再現することが可能です.そのため富士山の噴火防災マップを検討している政府の委員会では先ごろハザードマップに関する中間報告の中で,宝永噴火と同じような噴火が現代に起こったらどうなるかという被害想定も行いました.その結果,場合によっては2兆5千億円の被害が起こりうることがわかりました.宝永噴火では多量の火山灰が東方に運ばれ,堆積しました.(図4).
このため農作物が被害をうけ,さらに多量の火山灰の堆積があったことによる泥流や洪水の被害が何十年にもわたって続き,長年にわたって農業生産が大打撃を受けたのですが,現代に同じようなことが起こると,農業被害に加えて工業や運輸システムにも大きな被害が予想され,首都圏の経済システムが麻痺してしまうでしょう.このため,先にあげたような巨大な被害額の算定につながったのです.この被害想定にはまだ未確定な部分が残っていますが,火山噴火の場合,たとえ人命の損失がなくても経済的損失が大きくなることもあることを示しています.


W.富士山の次の噴火は?

 富士山では図3にみるように,1200年間に10回の噴火が確認されています.平均的には100年に1回ほど噴火があってもよさそうですが,最近300年間は噴火がありません.火山の噴火はかならずしも規則正しく起こるわけではありませんから,噴火がない時期が少しくらい長いこともありうるのですが,300年間という休止期間はちょっと長すぎる気がします.次の噴火のことを考えてもおかしくない時期です.
 しかし,どのような噴火が起こるのかをあらかじめ予想することは困難です.富士山はこれまでにさまざまなタイプの噴火をしてきました.粘性の低い玄武岩マグマの活動が主体の火山でありながら,数十キロメートルの高さにまで噴煙をふきあげる激しい噴火をしたこともあります.数十キロメートルも流れるような溶岩を噴出したこともあります.あるときは,真っ赤な溶岩の破片を噴水のように吹き上げて小高い丘を作ったこともあります.それほど大規模ではないものの,高温の火砕流が谷を流れ下ったこともあります.