一般共同研究

中国地方の第四紀火山の深部比抵抗構造に関する研究

-特に,鳥取県西部地震(2000,M7.3)の余震域の東縁に位置する大山火山周辺の無地震域に着目して-

鳥取大学工学部 塩崎一郎 ・ 宇都智史
京都大学防災研究所 大志万直人
火山噴火予知研究推進センター 鍵山 恒臣



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2003/3/1

図3 広帯域MT観測点位置図
本研究の観測点(401-409)および大山火山の主峰・弥山の位置を示す.ここには,2000年鳥取県西部地震の震央と2001年地殻比抵抗研究グループにより実施された電磁気共同観測の測点分布も合わせて示す.
図4 地磁気地電流の測定のひとこま
図1 大山遠景 中国地方の最高峰:大山火山
図2 山陰地方の地震活動  
  京都大学防災研究所により決定された震央分布(1977年1月から2001年1月,深さ30km以浅)大山火山の位置を▲印で示す.鳥取県および周辺の日本海沿岸部では帯状の地震活動の分布がみられる.しかし,その帯の線状にありながら,大山火山周辺や島根県東部には地震活動がほとんどみられないという特徴がある.また,大山の西方には北北西-南南西の方向に鳥取県西部地震の震源域が明瞭にみられる
1. はじめに

 地球内部を構成する岩石の電気的性質を表す物理量として電気比抵抗(電気伝導度の逆数)があります.岩石の電気比抵抗は,水や伝導性鉱物の存在,部分溶融層の存在,等により強く影響を受けます.従って,地球内部の電気比抵抗分布を調べることにより,調査対象地域の地下構造やその状態に関する情報を得ることができます.本研究では,この比抵抗に着目して中国地方の数少ない第四紀火山の一つである大山火山(図1)の深部構造を解明することを目的としました.
 さらに,西南日本弧では,北部に分布する第四紀火山と海洋プレートの沈み込みとの関連がよくわかっていません.中国地方では,疎らな第四紀火山の分布により,火山フロント(火山帯のうち海溝側にみられる火山列の線を表す,東北日本弧など他の島弧では明瞭に存在する)も明瞭ではありません.火山と密接に関連するフィリピン海プレートは,四国地方の中央構造線付近で地震の震源からはその存在が北側へ追跡できなくなります.このような背景のもと,やや長い期間噴火活動を行っていない火山(例えば,大山火山)の深部にはマグマが存在するのだろうか?などの疑問点について,山陰地方に点在する第四紀火山を含む広域の深部構造の探査をもとにした新しい議論の展開が望まれます.
 ここで,山陰地方の地震断層に関する先駆的比抵抗研究の一例を示します.Miyakoshi and Suzuki(1978)は,鳥取地震(M=7.2, 1943)の地震断層である鹿野・吉岡断層下の地殻中に,南側へ傾斜した電気的良導体が貫入する模式図を提出しました.このモデルでは,活断層である吉岡・鹿野断層下では,水の貯蔵庫としての良導体から脆性領域に導入された水が微小地震を発生させる可能性が指摘され,比抵抗研究が活断層研究に重要な役割を果たし得ることが示唆されました.この研究にヒントを得て,鳥取大学工学部および京都大学防災研究所を中心とする研究グループは,1998年秋から鳥取県周辺地域で深部比抵抗構造調査を実施しています.
 その結果,鳥取県東部地域(鳥取地震1943,M7.2),中部地域(鳥取県中部の地震1983,M6.3),鳥取県西部地域(鳥取県西部地震2000,M7.3),兵庫県北部地域(兵庫県北部の地震活動2001,M5.4)などの地震活動が活発な地域では,地殻深部に低比抵抗領域があり,その上側の高比抵抗領域あるいはその境界領域に地震が発生していることが明らかになってきました.研究グループは,山陰地方の地震活動が低比抵抗をもたらすもの,おそらくは深部地殻流体(水),が地震発生に関して重要な役割を果たしているのではないかと考えています.
 ところで,山陰地方の地震活動(図2)を眺めると奇妙なことに気がつきます.鳥取県をほぼ東北東から西南西に存在する帯状の地震活動が大山火山の周辺ではほとんどみられません.これは,偶然,観測開始から今日まで起こっていないだけでしょうか?あるいは,この地下には地震を起こしにくくする特別な原因があるのでしょうか?地震活動のみられる地域と殆どみられない地域の地下構造に何か違いがあるのでしょうか?
 本研究ではここで指摘した諸問題を解決する緒として,山陰地方東部における最近の深部比抵抗研究の観点から「典型的な島弧でないと位置づけられる西南日本弧の内陸部に大地震を発生させる要因や火山の成因」を議論するために,地震活動が殆どみられない大山火山周辺の地下深部構造を解明することにしました.本稿では,大山火山周辺地域で行った地殻比抵抗構造調査の概要を報告します.

2. 大山火山周辺の地殻比抵抗構造調査

 本研究では,地震活動が殆どみられない第四紀火山・大山周辺の地殻電気比抵抗構造の探査法としてマグネト・テルリック法(MT法:地磁気の変動成分とそれに対応する地電流の強さや位相差を測定することにより地下構造を推定する手法)を用いました.この手法では探査深度は,大地に入射する電場・磁場の周波数および構成する岩石の電気比抵抗に依存し,一般に,変動場の周波数が低くなるほど,あるいは,大地の比抵抗が高くなるほど,探査深度は深くなるという特徴があります.
 観測点の分布を図3に示します.
観測は, 大山火山をほぼ南北方向に横切る測線を設定して行いました(北から401二本松(鳥取県西伯郡中山町),403香取(名和町),402草谷原,404元谷(大山町),405鍵掛峠,406大河原,407栗尾,408下蚊屋(日野郡江府町),409田波(岡山県真庭郡新庄村),計9地点).測定には,地震研究所・東京工業大学・京都大学防災研究所の所有する広帯域MT観測装置(Phoenix社MTU)を用い,384-0.00055Hzの周波数帯域の電磁場変動を測定しました(図4).
この研究対象地域の西方には,直流電気鉄道である伯備線があり,人工ノイズの混入が避けられないため,MT法の信号処理に必要な地磁気の擾乱データを記録できるように,各観測点では平均して1週間に及ぶ期間,深夜から早朝にかけて観測を行いました.また,ノイズ除去のために,できる限り,大山火山周辺に入るノイズの影響がみられないような遠方の地域に,磁場の参照点(鳥取県東伯郡三朝町波関峠,気高郡青谷町俵原)を設置して同時観測を行いました.しかしながら,大山火山の南方の観測点の中にはノイズの混入が著しい地点(408や409)もあります.このような地域ではノイズにうち勝つ新たな戦略を考える必要があります.
 観測結果の概要を以下に述べます.はじめに観測データの代表例として,観測点401,404,405,407で得られた見かけ比抵抗値と位相差をそれぞれ図5に示します.
緑○印は,南北方向の電場と東西方向の磁場の組み合わせから求めた見かけ比抵抗値ρaxyと位相差Φxyを示し,橙□印は,南北方向の磁場と東西方向の電場の組み合わせから求めた見かけ比抵抗値ρayxと位相差Φyxを示します.海に近い観測点401のデータは,1Hz付近から低周波側では,ρaxyとρayx成分が互いに離れていきます.これは,この観測点で測定された電磁場が日本海(陸と比べてはるかに良導体)の存在による「海岸線効果」の影響を受けたためと考えることができます.
 このようなタイプの探査曲線が北の401から404地点までみられますが,大山火山を北から南へ横切った途端様相が変わり,大山火山の南麓の観測点404,407の観測点では,上のタイプの探査曲線はみられません.この南麓の観測点では共通して,1Hz付近に見かけ比抵抗のピークを持ち,それ以降,低周波数側(1Hzから0.01Hz)にかけて見かけ比抵抗の両成分ρaxy・ρayxが減少傾向を示します.このことは, 南麓の観測点下に低比抵抗領域が存在することを示唆します.
 さて,これらの観測データは大山火山地下の構造のどのような特徴を反映しているのでしょうか.次節では東西方向に走向を持つと仮定して行った2次元構造解析について述べます.


3. 2次元構造解析

 本研究で得られた観測データを用いて構造解析を行う前に,この地域の比抵抗構造が2次元構造とみなせるかどうか妥当性を調べました.ここでその詳細には触れませんが,各観測点で得られるインダクション・ベクトルの方向(このベクトルは良導体の存在方向を指し示す),局所的な構造に由来する影響を考慮した上で得られる広域的な比抵抗構造の走向情報から,北から大山南麓をすぎた地域までは,深部比抵抗構造がほぼ東西走向を持つ2次元構造と考えてもよいことが分かりました.そこで,東西方向に走向を持つ2次元構造を仮定し,構造解析を進めることにしました.日本海の海水の比抵抗値を0.25Ωmとおき,その下の堆積物の比抵抗値を10Ωmとおき,局所的な浅部の異常構造の影響を補正した観測データを用いて計算を行いました.構造解析には,Ogawa&Uchida(1996)によるプログラムコードを使用しました.
 2次元構造解析の結果得られた比抵抗モデルを図6に示します.また,TMモードとTEモードに関する観測値と計算値のフィッティングを図7(a), (b)にそれぞれ示します.(2次元構造を仮定すると,電磁場に関する方程式を「走向方向の磁場とそれに直交方向の電場が存在するモード」と「走向方向の電場とそれに直交方向の磁場が存在するモード」の二つに分離することができます.それぞれをTEモード,TMモードと呼びます.)この比抵抗モデルの特徴として,(1)大山火山を取り囲む地域では表層近くから地下約20kmまで比較的高比抵抗ブロック(10kΩm程度)がみられます.しかし,(2)大山火山直下では,深さ約5kmから15kmにかけての上部地殻にある程度の規模を持つ低比抵抗領域(10Ωm以下)が存在しています.これら2点が本研究で明らかにされた重要な結果といえます.

図5 大山火山周辺の探査曲線
上から順に,観測点401,404,405,407で得られた見かけ比抵抗値(ohm-m)(左側)と位相差(deg.)(右側)を示す.横軸は周波数(Hz)を示す.スケールは縦軸,横軸いずれも対数目盛である.
 緑◯印は,南北方向の電場と東西方向の磁場の組み合わせから求めた見かけ比抵抗値と位相差を示し,橙□印は,南北方向の磁場と東西方向の電場の組み合わせから求めた見かけ比抵抗値と位相差を示す.
図6 大山火山周辺の2次元比抵抗構造南北断面 (深さ25km)
濃色は低比抵抗を表し,淡色は高比抵抗を表す.比抵抗の単位は,対数目盛で示す.大山火山周辺の地殻は高比抵抗値(10kΩm程度)を示すが,大山火山直下には,深さ5kmに始まる低比抵抗領域(10Ωm以下)がみられる.
図7(a) TMモードのデータに関する観測値と計算値のフィッティング
図7(b) TEモードのデータに関する観測値と計算値のフィッティング
4. まとめにかえて

 本研究を通して,大山火山を取り囲む地域では表層近くから高比抵抗ブロックがみられること,大山火山直下では,上部地殻にある程度の規模を持つ低比抵抗領域が存在することが示されました.比抵抗と地震活動との関連をみれば,大山火山近傍はその帯状の地震活動が通る場所に位置しながら,ほとんど地震活動がみられず,しかもそこでは,上部地殻にある程度の規模を持つ低比抵抗領域の存在が示されました.一方,鳥取県東部・中部・西部地域,兵庫県北部地域などの地震活動が活発な地域では,地殻深部に低比抵抗領域があり,その上側の高比抵抗領域あるいはその境界領域に地震が発生していることが明らかになってきたことを既に述べました.つまり,大山火山近傍でみられる比抵抗と地震活動の関係は,これまでに隣接する地域で明らかにされたものとは異なります.
 それでは,大山火山直下の低比抵抗領域の正体は何でしょうか?大山火山との位置関係や深さからみて,大山火山を形成したマグマ活動に関連するものであることは確かです.マグマあるいはその名残と考えることが妥当でしょうか?それとも,地殻内流体を示すものでしょうか?それらの両者でしょうか?今後,この上部地殻内の低比抵抗領域とこの周辺域で指摘されている深部低比抵抗領域との関連を明らかにすること,温度構造や地震波速度構造他の地球物理学的な情報を合わせること等を考慮した解析を進め,山陰地方の地震活動や第四紀火山の分布に関する解答を得たいと願っています.

5. 謝辞

 本研究の一部は,平成13年度から平成14年度にかけて地震研究所共同利用研究(一般共同研究2001-G-13,2002-G-10)を担う機会を得て行われました.本研究の中で使用した観測データは,2000年鳥取県西部地震発生直後から3年間にわたり,京都大学防災研究所ならびに理学部,鳥取大学工学部の合同観測班により測定されたものです.また,鳥取県西伯郡,日野郡,岡山県真庭郡の各町村の方々にはこれらのデータを測定することにご協力頂きました.環境省山陰地区自然保護事務所,鳥取森林管理署,大山町役場の方々には,便宜を図って頂きました.(図1)で用いた大山の風景写真は「大山の頂上を保護する会」の許可のもと使用させて頂きました.紙面をお借りして厚く御礼申し上げます.
 日本列島は弧状の形を成すことから弧状列島と呼ばれます.弧状列島は東北日本弧を代表とするいくつかの島弧に分けられますが,大山火山を含む西南日本弧に関して,杉村(1978)は,海溝・深発地震・火山活動・熱構造の観点から,典型的な島弧でないとしました.現在でも,西南日本弧の内陸の地震活動をもたらす応力場の原動力や中国地方の不活発な火山の成因に関して沈み込みの果たす役割について,解決すべき問題が残されています.
 例えば,地震活動に関しては,中国地方の日本海側周辺では,明治以降,マグニチュード7(以降M7と記す)前後の浜田,鳥取,但馬,北丹後の大地震が発生しています.2000年10月6日には,沈黙を破るかのようにM7.3の鳥取県西部地震が発生しました.この地域では,顕著な活断層を伴わない場所でも内陸の大地震が発生することが指摘されており(松田,1989),現在も,地震震源域を内包するような活発な地震活動が日本海沿岸部に帯状にみられます(図2).これらの大地震の原因については,いくつかの考え方が提出されているものの,何故,日本海沿岸部に線状配列の内陸地震が発生するかという問いに対して,まだ明確な答えが用意されていません.