東京大学地震研究所に導入された反射法地震探査システム

佐藤 比呂志


はじめに

地殻中部で発生する破壊によって内陸地震が発生し、破壊領域が地表面まで到 達すると表層の活断層となる。こうした地下深部から表層までの活断層の属性 を明らかにする上で、反射法地震探査による地下構造のイメージングは極めて 有効な研究手法である。

兵庫県南部地震後に編成された度補正予算によって、東京大学地震研 究所に活断層研究用の反射法地震探査システムが導入された。本システムは国 内では初めて活断層・活構造研究を目的として導入された反射法地震探査シス テムであり、現在、国内の活断層研究者の協力を得て運用されつつある。

小論では導入された反射法地震探査システムについて簡単に紹介する。


反射法地震探査システム導入の背景

内陸地震は地殻内での断層の活動によって発生する。自然地震の観測のみでは地震 発生後にしか地震断層を認識できないが、同一の活断層が繰り返し地震をともなって 変位するという属性を利用すれば、変動地形や地下構造の探査によって、将来、地震 を発生する可能性のある断層を認識することができる。内陸地震の発生層は地下15〜 20kmより上部に限られることから、断層のジオメトリーとくに傾斜は、将来発生する 内陸地震の規模を推定する上で、不可欠な情報を提供する。しかしながら、日本の内 陸活断層の場合、主要な活断層の浅層部に限ってもその地下構造が判明している断層 は、全体のごく一部にすぎない。また、兵庫県南部地震で明らかになったように、平 野や盆地などの地質学的に新しい地層が厚く堆積している地域では、地表まで活断層 が到達せず地下に伏在している場合がある。こうした伏在する活断層を検出するため には、地下構造の探査は不可欠である。このように活断層の構造探査・イメージング は、内陸地震のポテンシャル評価にとって基本的なデータを提供する。地殻の構造を 地質学でいう断層や褶曲という概念でとらえようとするとき、現時点で充分な分解能 をもった探査方法は反射法地震探査のみである。

活断層研究を目的とした反射法物理探査システムには、2つの異なった条件が要請さ れる。一つの条件は、浅層における高分解能である。活断層としての認定には、新し い地質時代において断層が活動したかどうかが鍵となる。このためには、新しい地層 すなわち極浅層部における高分解能が得られる探査システムが必要となる。二つ目の 条件は、こうした条件とは矛盾するが、内陸地震は地殻中部で発生することから、地 殻スケールの大規模な探査への適応性が要請される。この互いに矛盾する要件を満た すために、レコーディングシステムとしては地殻スケールの探査にも対応できるデジ タルテレメトリー方式とし、震源は大学のスタッフで通常の運用が可能である範囲で 高分解能が得られる震源を選択した。とくに極浅層反射の場合、表面波を抑えること が重要で、このため周波数制御が可能なバイブレーター震源を選択した。


震源

米国Tulsaに本社をもつIVI社(Industrial Viecle International)製の油圧 バイブレーター震源(T15000)を導入した。米国内ではトラックにマウントし た形で販売しているが、車幅が広いことや左ハンドルである点を考慮して、バ イブレーターを国産の4トントラックにマウントした。プラットフォームにな るトラックは、車幅2.2m、長さ5.87m、210馬力のオートマチック車で、普通自 動車免許で運転できる。

震源は大きく油圧系装置と電子制御系装置に大別される。油圧系の装置は、主 として振動発生装置・リフト装置・油圧用のエンジンから構成される。振動発 生装置は車体最後部にとりつけられており、振動部の最大出力荷重は2.7トン で、載荷荷重(hol ddown weight)は約4.5トンである。振動発生装置 (actuator)は、水平位置にとりつけることも可能で、S波震源としても使用 できる。この場合、水平面内では任意の方向に回転でき、イン・ライン、クロ ス・ライン方向での発振が可能である。発振周波数帯域は10Hzから550Hzであ る。リフト装置は、振動発生装置を地面と圧着して振動させるために装備され ている。振動を発生させる際には、ベースプレート上に荷重をかけるために油 圧リフト系で車体後部を引き上げ、車重をかけて発振する。これらの油圧装置 は車体中央部に積載されたデーゼルエンジンにより駆動する。

電子制御装置は、バイブレータの振動を制御するもので、コントロールボック スとM S-DOSベースのパーソナルコンピューターからなる。ユーザーはパソコ ンに必要なパラメーターを入力することによって、振動を制御する。スィープ 信号は線形以外にも、任意の線分で近似させた非線形スィープシグナル (segmented sweep)を発振できる。バイブレーター震源の場合、通常、スィー プ信号を発振し、その発振波形と受振された波形の間の相関をとり、パルス型 の信号に変換して使用する。油圧制御装置に計算波形を与えても、実際に発生 する振動は、地盤の振動特性より、計算波形とは異なったものとなる。大型の バイブロサイスではコントローラーと呼ばれる発振制御装置があり、あらかじ め与えられた計算波形に最も近い振動を発生させるように、バイブロサイスの 振動をコントロールする。IVIのミニバイブレーターには高額となるためコン トローラーは搭載されておらず、地面に圧着されて振動を伝えるベースプレー ト上で測定した振動波形にフィルターをかけたもの(filtered ground force) を、リファレンスシグナルとして使用する。現在、トリガー信号やリファレン スシグナルのレコーディングシステムへの送信は、有線で行っている。


レコーディングシステム

レコーディングシステムは、極浅層から地殻スケールの探査までに対応可能な ものとして、デジタルテレメトリー方式を選択した。地震研究所のシステムは 地球科学総合研究所(株)製作のGDAPS 4と呼ばれるレコーディングシステム である。このレコーディングシステムでは、調査測線上に展開されるジオフォ ン(受振器)によって観測された人工地震波を、リモートユニットによって、 デジタル信号に変換する。変換された信号は、中央制御装置に伝送され、ここ でデータ品質等のチェックを行った後、磁気テープ(8mm)に記録される。

中央制御装置はUNIXベースのワークステーションで、2個のモニターを装備し、 キーボード・マウスによって入力される。中央制御装置は、震源の発振、記録 様式(サンプリングレート・記録長など)、テープ・プロッター・プリンター など周辺装置の制御を行う他、ショット記録・ノイズ・測線に展開された受振 器やリモートユニットの状況をモニターできる。この他、各種フィルターやゲ インコントロールなどの基本的な波形処理が可能である。ダイナミックレンジ は24ビット、120dBであり、サンプリングレートは、4、2、1、0.5msが選択で きる。記録長は、4ms時で64秒である。バイブロサイスなどのバイブレーター 震源の他、エンコーダー(encorder)とデコーダー(decorder)が装備されて おり、ダイナマイト、インパクト型の震源にも対応可能できる。また、GPS時 計を装備しているため、オフラインのレコーダーと組み合わせた実験にも対応 可能である。モニター画面の表示は初心者でも扱いやすいよう、工夫がこらさ れている。

リモートユニット(RSU)は24ビットのA/D変換器であり、4チャネ ルの情報を処理する。この他、RSUにはスタッカー/コリレーターの機能があり、 とくにスィープ信号を用いる際にはチャネル数の増加に依存せず、迅速に並列 処理によりインパルス型の波形に変換される。RSUは重量6kgの防水加工が施さ れた金属製のボックスであり、同様に防水型のニッカドタイプのバッテリーに より駆動する。このバッテリーはRSU作動時、約50時間分の電源を供給する。 現在、装備しているチャネル数は96であるが、RSUを接続することにより、 1000チャネル以上の拡張性がある。ジォフォンは浅層反射用に40Hz/6個グルー プのものを装備している。本線ケーブルは、浅層用を考慮してテイクアウト間 隔は14mである。


データ処理システム

今、20世紀も過ぎ去ろうとしているが、概括すれば20世紀は石油の世紀であり、 石油探査のほとんどの費用が反射法地震探査に使われてきたという背景から、 反射法地震探査は地球物理学の中では最も資本主義化した分野である。このた め、良質のデータ処理ソフトが多数販売されている。今回はMercury Internationa Technology社のデータ処理システムソフト・iXLを導入した。会 話型で、3次元データの処理も可能である。


運用状況

本システムは1996年3月に納入され、6月にテストランを行った。実際の調査と しては、7月下旬から8月上旬に秋田県の千屋断層を横切る測線で実験を行った。 極めて良好な記録が得られ(図1)、地表では1.8km以上の距離で初動が受振さ れた。また、地下の反射面も良好で、少なくとも往復走時で1.3秒程度の反射 イベントが識別される。実験には変動地形学を中心として、地質学・地球物理 学の研究者と学生、会わせて30名あまりが参加した。実験期間は2週間に及ん だが、夜は研究者が交代で講演し、さながらバラエティーに富んだ地球科学の 夏の学校となった。10月中旬には糸魚川-静岡活断層系神城断層を横切る測線 で、反射実験を行った。実験には千屋断層の調査と同様、全国から学生・研究 者が参加した。これまで通算して12の大学から学生・研究者が参加したことに なる。参加者にはできるだけシステムの運用方法を理解していただくように心 がけている。日本列島に分布する活断層の中でその地下構造が明らかにされて いる断層系は極一部にすぎない。将来、日本の大学にもいつくかの研究チーム ができ、この反射システムが有効に活用されることを期待している。本システ ムはテストランの時期が遅れたことから、正式に地震研究所の共同利用のリス トに加えるにはいたっていない。しかしながら、反射法地震探査には多人数の 共同作業を必要とするため、実質的にはテストランの時点から共同で運用して いる。本システムについての共同利用に関する問い合わせは、筆者まで連絡い ただければ幸いである
(e-mail; satow@eri.u-tokyo.ac.jp)。


広報の目次 へ戻る
地震研究所ホームページトップ
Last modified: Wed Mar 5 20:40:21 JST 1997