リアルタイム地震学の展望と予知研究との接点

菊地正幸


1. はじめに

 ここ数年、高性能地震計、通信技術、及び、計算機の技術の著しい進展により、グ ローバルな広帯域地震計観測網の記録が準リアルタイムで研究者の手に入るようにな ってきました。これにより、以前には地震のメカニズムの詳細が明らかになるまでに 数ヶ月もかかっていたものが、今日では数日以内、あるいはその日のうちに得られる ようになりました。
 一方、兵庫県南部地震を契機として地震防災対策特別措置法ができ、国家的な地震 調査観測事業として、各種地震記録(高感度地震計、広帯域地震計、強震計)やGPS などの基盤的観測網の構築と、そのデータの準リアルタイムな流通システム作りが検 討されています。このような研究環境の変化は新たなプロジェクト研究の登場を促し ます。たとえば、不均一断層運動と強震動、早期地震情報の活用、地震活動と地殻変 動のリアルタイム監視といったプロジェクト研究です。
 ここで、筆者らがいま、自治体や国の研究機関との協力のもとに、「リアルタイム 地震学研究」として進めようとしている研究構想について述べます。リアルタイムと いう言葉は、文字通りには”起こっている現象(地震)と同時”という意味ですが、 ここでは“できるだけ早く結果を出すことが意義をもつような研究”といった意味で 使っています。

2. 研究計画の内容

 プロジェクト研究の概念図を図1に示します。準リアルタイムの地震データを収集 し解析するシステム、そこから発信される情報、及び、その理学工学との関連を表し たものです。
1) システム構成
 リアルタイム地震情報システムは、次のような特徴で括ることができます。
(1)地震計・通信網・計算機から成ること
(2)自動処理化をめざしていること
(3)情報は流通ルートを介して他に利用されること
さらに付随的特徴として
(4)発信情報が容易に蓄積できること
があげられます。これらの特徴を備えた地震情報システムは、ほとんどの地震国・都 市に共通の利用価値をもち、その開発は国際的共同プロジェクトにふさわしいものと いえます。
 構成要素の各種地震計には、全国展開の高感度地震計・広帯域地震計・強震計の観 測網のほか、大都市(横浜市など)の高密度強震計ネットや海底地震計(駿河湾や相 模湾など)などが含まれます。また、通信網には、インターネット、専用回線、衛星 回線、公衆回線などが含まれます。
 また、IRIS (米国地震学研究連合) などのグローバル地震観測網も利用します。IR ISの準リアルタイムデータ提供サービスは1989年に開始され、以来、いつでもどこで も誰にでも居ながらにして全世界の地震記録が得られるようになりました(図2)。 このサービスは、無償で誰にも気兼ねせず利用できるので、研究者にとっては大変あ りがたいものです。残念ながら、インターネットの通信事情が急速に悪化しているた め、現状ではリアルタイム地震防災に有効に役立てることができません。数年前まで は数分でデータを転送 (FTP) できたのですが、最近では数時間もかかるようになっ てしまったからです。そこで私たちは、日本周辺で起こった地震(たとえばM6以上 )については、直接観測点に電話をし、波形データを収集するシステムを作成中です 。これによって、地震発生から15分ぐらいで、P波初動1〜2分のグローバルなデー タを収集することができます。
2) 発信情報
 大別して2つの情報を発信します。1つは震源の情報、もう1つは地震動の 情報です。現在、地震波の解析によって得られる震源情報には次のようなもの があります。
   (1)CMT解(メカニズム、地震モーメント、Mw)
(2)震源時間関数(破壊継続時間)
(3)破壊伝播方向、拡がり(断層面積)
(4)破壊様式(ゆっくり地震、多重震源)
(5)不均一断層すべり
これら5つの情報を、関東周辺、国内、及び、グローバルの3つの観測網の広帯域地 震計記録を用いて、順に決めていきます。当面の目標は、(1)〜(4)までを30 分以内、(5)を1日以内で情報発信することです。
 一方、地震動の情報としては、高密度強震計ネットのデータを中心に、震度、最大 加速度、卓越周期、応答スペクトル(周期別振幅)などの空間分布図を発信します。 詳細な震源情報が得られた段階では、基盤入力地震動を算出し、強震計のない場所に ついての地盤応答計算を行います。
3) 地震津波防災への情報提供
 得られた震源情報、地震動情報は国の防災関連機関、地方自治体、公共企業体に送 られます。この場合、迅速性と正確さが最も重要です。必ずしも詳細な情報である必 要はありません。
4) データベース
 発信した地震情報は生データとともにアーカイブに蓄積していきます。地震動記録 と応答スペクトルは地盤特性を明らかにする上で有用です。これを潜在的地震発生の 評価と結びつけることにより、強震動予想分布図(ハザードマップ)の作成に役立て ることができます。
 震源情報は地震発生の物理を理解する上で重要な基礎データとなります。たとえば 、地震の発生する場所の特徴、メカニズムの変化と地殻変動の関係を調べることがで きます。

3. 予知研究との接点

 最近、とくに阪神淡路大震災以降、リアルタイム地震防災が注目されています。こ れは、地震発生と同時に強震動の分布を把握し、被害の程度をいち早く推測して、初 動体制・緊急対応を行うというものです。これがマスコミで取り上げられるときはた いてい「地震予知」と対立的に扱われます。地震学者の中にも両者を対立的に捉えて いる人が少なくないようです。
 確かに対立する面はあります。リアルタイム地震防災は基本的に発災後対応 であるのに対し、予知防災は事前対応だからです。しかしたとえば、リアルタ イム地震防災は工学的技術的、予知研究は理学的科学的という種分けもよく耳 にしますが、これはかなり一面的な捉え方です。実用性を全く無視した地震予 知ならいざ知らず、将来何らかの形で社会に還元しようとすれば、リアルタイ ム地震情報は必ず必要となります。
 私たちの進めようとしている「リアルタイム地震学」は、もちろん地震災害の軽減 を念頭においたものですが、あくまで「リアルタイムの地震観測・監視と地震発生の 物理」を基礎とするものです。これは、最近若手や中堅の地震学者が中心となってま とめた「地震予知研究への提言」(地震学研究連絡委員会地震予知小委員会:委員長 平原和郎)の内容とかなり共通点があるように思われます。
 今年3月20日春分の日に、地震研究所の研究集会『地震の始まり』(代表者:建 築研究所 芝崎文一郎)が開かれました。そこでは「準静的破壊核形成」「初期破壊 」「動的破壊の始まり」がとりあげられ、実験・理論・観測の観点から突っ込んだ議 論が展開されました。「地震は起こり始めに最終的な大きさを知っているか」という のが基本モチーフです。これはもちろん地震の予測可能性を考える上で重要なテーマ です。
 一方、この「始まり問題」はリアルタイム地震学にとっても最も重要な研究テーマ の1つです。初期破壊も破壊の始まりも、まさに地震時の現象であり、それを追いか けるのがリアルタイム地震監視です。私たちは、データを早期に手に入れ解析するこ とにより、現実に進行している過程を監視し、かつ、その現象の根底にある地震発生 の物理を追求しようとしています。物理がわかってくれば、たとえば一歩先を推測し ながら震源過程を追跡することが可能になります。
 これに関連した事例を次節に示します。

4.初期破壊過程

 深発地震(深さ300km 以深)の場合,震源から直接くるP波と後続の反射波との間 には数分間の到達時間の差があり,直接波は後続波に邪魔されることなく,震源の破 壊過程をほぼ忠実に表します。
 1994年6月9日のボリビア深部の深さ637kmで起った巨大地震(Mw8.2)はこの意味 で格好の地震記録を提供しました。図3の上段に,SJG(プエルトリコ,震央距離 32°)で観測された上下動のP波記録(変位波形)を示します。この記録から,震源 について次のようなことが推測されます。
  (1) 明瞭な初期破壊(時間〜10秒)を伴う。
  (2) その初期破壊は3個ほどの小破壊から成る。
  (3) 主破壊もまた,3,4個ほどの一回り大きなスケールの小破壊から成る。
 この地震のちょうど5ケ月前,94年1月10日に,本震とほぼ同じ位置でMw6.9の地震 が起こりました。このときのSJGでのP波記録(変位)を図3の下側に示します。 注目すべきは次の点です。
  (1) Mwは本震のそれより1余り小さい。
  (2) 3,4個ほどのサブイベントから成る。
  (3) 時間長,モーメント,複雑さの点で,本震の初期破壊とよく似ている。
 破壊の規模は前もって決まっているのか,あるいは,破壊過程のどこかの段階で決 まるのかを見る上で,これら2つの地震の記録は大変興味深いものです。
 ごく素直に記録を比較すると,始めの5秒間では明瞭な差はありません。しかし, 本震において,10秒以降の変位(モーメント速度)の急激な増加は,明らかに初期破 壊や前震の時間変化とは異なります。したがって、少なくともこの段階では,M7ク ラスより大きい地震に発展することが確定されていたと見てよいでしょう。ただし、 最終的にどこまで破壊が進むかは未定ですが。
 次に,前震と本震の初期破壊に空間的な拡がりの違いがあるかどうか調べてみまし た。図4に結果を示します。本震の初期の段階において,小破壊が速いスピードで東 の方向に飛火して行ったことがわかります。一方,1月10日の地震ではそのような 破壊の急速な広がりはありませんでした。したがって、小破壊の空間的な拡がり方が ,その後の大きい破壊のトリガーに関連があったと推測されます。

5.おわりに

 防災面でのリアルタイム地震情報の重要性はいろいろなところで指摘されています 。これに対し、地震発生の物理のような理学的テーマにとっては、それがリアルタイ ムである必要はないと考えられがちです。しかし、たとえば動的破壊に先立つ準静的 変形過程が大地震発生の鍵であるとするならば、その変形過程をリアルタイムに把握 することは、発生予測モデルの検証や実用化にとって不可欠なはずです。リアルタイ ム解析が可能なものはどんどんリアルタイム処理に回していくこと。これにより新た な課題設定が可能となります。このことは地震現象のような不可逆的地学現象の研究 ではとくに重要であると思われます。

謝辞

図の作成にあたっては地震予知情報センターの瀬川真佐子さんに手伝ってもらいまし た。ここに感謝します。


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Last modified: Tue Jul 1 22:53:49 JST 1997