海面高度計データの利用について

福田洋一(京都大学大学院理学研究科)


1.はじめに

 「海面高度計」という言葉になじみの薄い方もあるかと思うので,まずその あたりの説明から始めよう.ここで言う「海面高度計」とは,マイクロ波レー ダを用い人工衛星から海面までの距離を測る装置のことで(写真),より正確 には「人工衛星搭載型マイクロ波レーダ高度計」ということになろう.ところ で,この名称のどこにも「海面」と言う言葉は現れておらず,実は,レーダ高 度計そのものは,原理的には,海面に限らず陸地や氷床での測定も可能である. また,現にそのような応用研究も為されている.それにも関わらず,ここで, わざわざ「海面高度計」(以下,特に断らないかぎりこの名称を用いる)と呼 ぼうとしているのは ,海面高度計の最も重要でかつ主要な応用分野が,「海 面の高度」(この意味は後述)を測ることにあるからである.


写真1:マイクロ波レーダ高度計送受信アンテナ

 「海面の高度」の測定結果として,まず,海洋の重力異常や海底の地形が明 らかになり,測地学や固体地球物理学の分野がその直接的な恩恵を受けること になった.さらに,海域の重力場の情報は地球全体の重力場モデルの改良に大 きく貢献しており,衛星軌道の精密決定などを通して,宇宙技術を応用した広 範な固体地球科学の分野に間接的な貢献をしている.また,これらの成果のフィー ド・バックとして,現在の海面高度計データは,海洋変動など,海洋学的な研 究の主要なtoolの一つとなっている.
 小論では,その重要な役割にも関わらず,従来,紹介されることが少なかっ た海面高度計について,特に固体地球科学の研究の立場から,その意義や歴史, 今後の研究利用の方向などについて,概観することにする.

2.宇宙から海底を覗く

 先に述べたように,海面高度計によって得られるデータは,人工衛星から海 面までの正確な距離であり,その測定精度は,現在では,数cm程度にも達し ている.それでは海面までの距離を測ることにどのような意味があるのであろ うか.「水平面」という言葉があるように,海面の形はなんとなく平らである というイメージを描く. もう少し正確に,「流れの無い海面は一つの等ポテ ンシャル面になる」ということであり,このような等ポテンシャル面をジオイ ドと呼んでいるが,しかし,等ポテンシャル面はいつも平らと言うわけではな い.例えば,図に示すように海底に海山のような過剰な質量のある場合には, 等ポテンシャル面の形も歪められ,海面が盛り上がった形になる.海底に過剰 な質量があると,その引力により海面が引っ張られ凹むのではないかとよく誤 解されるが,海面は力の向きに直交するはずなのでそれは間違いである.何れ にしろ,海面の形は海底地形(より正確には海底地形および海底下の密度構造) を反映して凸凹しており,衛星の軌道が良くわかっている(少なくとも衛星軌 道は海底地形のようには激しく変化しない)とすると,衛星から海面までの距 離を測ることにより,海底地形までわかると言う理屈である.


写真2:TOPEX/POSEIDON衛星による海面高度測定

 ところで,実際の海面の凸凹はどの程度のスケールであろうか.海面の凸凹 と海底地形の関係は,その空間的な規模やその成因によっても異なるので,一 概には言えないが,例えば,水深が10000m以上にもなる日本海溝のよう な大構造では,その落ち込みは,10〜20m程度にも達する.また,大規模 な海山では,meterオーダーでの海面の盛り上がりが生じることも希ではない. これらの海面の凸凹は,現在の海面高度計の測定精度を考えると楽々と捕らえ ることができる.すなわち,宇宙から海水というベールをとおして海底の地形 まで覗けることになる.

3.海面高度計と海域重力場の研究の歴史

 海面高度計で海底地形が見えると言う話をしたが,海面高度計による直接的 な測定値は海面の形であり,海流などの運動がないと仮定した場合のジオイド の形である.ジオイドと重力異常は,ある数学的な関係により互いに変換でき るのに対して,ジオイド(あるいは重力異常)から海底地形を決めるためには, ある種の仮定が必要である.この意味で,海面高度計による直接得られるのは 海域のq重力異常であり(もっともその原因の9割は海底地形による),海底 地形は重力異常からの推定値として間接的に決まるものであるということに注 意しておく.
 海面高度計が出現する以前は,海洋の重力場あるいは海底地形の何れにしろ, それを知るためには観測船からの測定に頼らざるを得なかった.しかし,これ らの測定は決して能率的とは言えず,特に,船上での重力測定には技術的にも 様々な困難が伴うため,海洋での重力分布は,一部の海域を除き,長い間,ほ とんど明らかにされていないのが実状であった. このような状況のもと, 1975年に打ち上げられたGEOS-3 (Geodynamics Experimental Ocean Satellite)は, 海域での重力場の研究を主要な目的として,3年以上の長期 にわたり,海面高度計による初の実用的なデータを得ることに成功した.重力 測定データの不十分であった当時としては, 海域のジオイド分布を知ること 自体,一つの重要な研究テーマであり,GEOS-3により,数10cm〜1m程度の精度 であれ,ほぼ全世界の海域のジオイド分布が明らかにされたことは全くの驚き である.
 GEOS-3以降の高度計搭載衛星については,表にその概要をまとめるが,これ らの内,海域重力場の研究にとっては,GEOSAT衛星,特にそのGM (Geodetic Mission)は極めて重要である.GEOSAT(GEOdetic SATellite)は,1980年代にお ける唯一の高度計搭載衛星であり,1985年3月に米海軍によって打ち上げられ た.GEOSATの観測計画は,最初の18カ月間のGeodetic Mission (GM)と呼ばれ る海域の重力場の改良を主目的とした測定フェイズと,それに続くExact Repeat Mission (ERM)と呼ばれる海洋観測を主目的とした測定フェイズとの2 つからなっている.GEOSAT ERMのデータは,観測直後から順次公表されていた が,GEOSAT GMのデータは,当初,その軍事的な価値から全面的に機密扱いと されていた.しかし,1991年に,まず,南緯30度以南の海域のデータが公 開され,その後,1995年にはすべてのデータが公開されるに至った.
 海域重力場の研究にとってのGEOSAT GMの重要性は,まさにその空間分解能 の高さにある.詳細は省略するが,海面高度計データ,すなわち海域のジオイ ドから重力異常を求める際に重要なことは,その測定精度もさることながら, 如何に高分解能でかつ均質なデータが得られるかということにある. GEOSAT GMでは,その軌道は,すべての海域を出来る限る均質に覆うように設定されて おり,軌道間の間隔は,最も荒い赤道に於いてさえ数kmに達している.
 海域での重力異常が海底地形と密接に関連していることは先に述べたとおり であり,これらの成果を利用して,一つには海域テクトニクスの研究が大いに 進展した.一方,グローバルな海域での重力異常が明らかになるにつれ,これ らの成果を含めることにより,1980年代後半から,地球重力場の球関数モ デルの改良が急ピッチで進んだ.重力場の球関数モデルというのは,地球の重 力の分布を数学的に表現できる関数(球関数)の組み合わせであらわしたもの である.このようなモデルが得られると,地球上の任意の場所の重力でもジオ イド高でも容易に計算できるばかりでなく,様々な応用範囲が一気に広がるこ とになる.
 通常,重力場の球関数係数のうち,次数が30〜70以下程度の係数は, 地表 での重力データを用いなくとも,衛星の軌道追跡データだけから求めることが できるが,それより高次の係数については,地表(海上)でのデータの使用が 不可欠となる.さらに,これらの係数を精度良く決める為には,何よりもデー タの均質な分布が重要であり,高度計データによる海域の重力異常データが大 きな役割を果たしている.
 現在,最も信頼できる地球重力場モデルは,EGM-96と呼ばれる次数,位数と も360次までの球関数展開係数モデルであるが,このモデルの開発にGEOSAT GMデータの果たした役割は極めて大きい.このような球関数モデルの改良によ り,例えば,人工衛星の軌道予測がより精密になるなど,海面高度計データの 間接的な寄与は,地球科学研究の広い分野に及んでいる.

4.現在の高度計衛星

 表に示すように,現在,ERS-1/2, T/Pの3つの海面高度計搭載衛星が稼働中 である.このうち,ERS (European Remote Sensing satellite)-1/2は,ESA (European Space Agency)の多目的の衛星であり,良く知られているところで はSAR(Synthetic Aperture Radar)なども搭載されており,1991年7月に1号 機,また,1996年には2号機の打ち上げに成功している.
 ERS-1/2の海面高度計は,測定システムとしてはGEOSATの延長上にあるもの の,その特徴として,従来からの海域の観測に加え,Ice Modeと呼ばれる測定 フェーズを用意することで,氷床や陸域など,広い分野での応用を目指してい ること,また, 軌道傾斜角を98.5度と極軌道に近づけることで極域の観測エ リアを広げたこと,軌道の繰り返し周期を適宜変更することで時間分解能と空 間分解能という相反する要求に答えたこと,などがあげられる.当初機密扱い であったGEOSAT GMデータが公表されるにいたった理由の一つには,ERS-1/2の データの出現で,もはや,GEOSAT GMデータを機密にする意味が無くなってき たこともあるように思われる.


図:衛星による海面高測定.
  海山のように海底に過剰な質量のあるところでは海面が盛り上がる.

 多目的なERS-1/2とは対照的に, TOPEX/Poseidon (T/P)は,アメリカのNASA (National Aeronautics and Space Admini-stration)とフランスの CNES(Centre National d'Etudes Spatiales)が1992年8月に共同で打ち上げた, もっぱら海洋観測専用に計画された衛星である.従って,衛星高度計としては 初の2周波マイクロ波レーダー高度計の搭載,周期約10日の固定され回帰軌道 の採用,さらに,軌道決定精度向上のために高い軌道高度設定など,海面高度 の測定精度を向上するためのあらゆる努力が払われた.この結果, T/Pの海面 高度計データは,打ち上げ前の予想を上回る高い精度を得ることに成功した. T/Pのデータは,しかしながら,海域の重力場の研究の立場からは,設定され ている軌道間隔の粗さや比較的低角の軌道傾斜角設定など,空間的なデータの カバレージの点で,必ずしも満足のいくものではない.従って,固体地球科学 でのT/Pデータの利用としては,重力場そのものの直接的な研究よりは,むし ろ,その高い測定精度を生かし,他衛星の高度計データのキャリブレーション や,海洋潮汐や海面変動の固体地球におよぼす影響の研究など,間接的な利用 に重点が置かれている.このことは,必ずしも否定的な面ばかりではなく,固 体地球科学における高度計データ利用方法として,新たな道を開く可能性も秘 めており,T/Pのデータは,そのためのテストデータとしての重要な意義を持 つと考えている.

衛星 Mission 軌道高度(KM) 軌道傾斜角(度) 繰り返し周期(日) 測定精度(CM)
GEOS-3 1975-1978 843 115 - 50
SEASAT 1978 785 108 3,17 10
GEOSAT 1985-1989 800 108 17, 18 month 10
ERS-1 1991- 745-725 98.5 3, 35, 176 10
TOPEX/Poseidon 1992- 1336 66 10 2
ERS-2 1996- 745-725 98.5 3, 35, 176 10
表:海面高度計搭載衛星一覧

5.おわりに

 T/Pミッションは,1995年の秋に当初の3年間の観測計画を終了し,そ の後は,T/P Extended Mission (EM)として,衛星の寿命が続く限り,観測を 継続することが決められている.現在の予想では2000年の中頃までは何と か運用できるのではないかと言われている.一方,今後の衛星の打ち上げ計画 については,GEOSATの後続機としてのGEOSAT Follow On,また,T/P EMの後続 機としてのJason-1の打ち上げが既に決まっている.ここで言う後続機の意味 は,衛星の軌道要素がほぼ同じと言うこと,すなわち,海洋観測が継続的に可 能ということであり,GEOSATについては,GMではなく,ERMの軌道要素が採用 される.
 これらのことからも推察できるように,現在の海面高度計データの利用につ いては,海洋学的な研究にその主流が移っていることは事実である.しかしな がら, 固体地球科学の立場からも海洋観測の重要性は高まっており,例えば, 依然重要な研究課題の一つである海域重力場の改良のような問題においても, 測定精度の向上した現在では,海洋潮汐の影響はもちろんとして,海洋の変動 等を考慮しない限り,さらなる精度の向上が望めなくなっている.また,海洋 学からは,海面の力学的な形状を決定するために,その基準としての高精度の 海洋ジオイドが常に要求されている.その他,長期的な海水準変動など,今後, 固体地球と流体地球のインターラクションに関連する問題が益々重要になるこ とは確実である.このような状況を考えると,海面高度計データは,今後,固 体,海洋を問わず,地球観測の一つのデータとして重要な役割を果たすことは 間違いないであろう.


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Last modified: Tue Jul 1 22:53:25 JST 1997