平成9年度一般公開
テーマ「ふれてみよう地球科学の最前線」

平成9年度一般公開実行委員長 小屋口剛博


7月25日に公開講義,また25日,26日の二日間にわたって,一般公開が開催された. 公開講義には約700名の出席者,一般公開には受付をした人数だけでも約900名の見学 者が訪れた.開催時期は,昨年に引き続いて夏休み最初の金曜日土曜日にした.この ような開催時期にしたのには,中学生高校生という若い世代に,我々が日頃取り組ん でいる地震や火山噴火について,その科学としての興味深い側面や社会との関わりあ いを肌で感じてもらいたいという意図もある.その意味で,今年度,一般公開と公開 講義ともに10代の参加者が多かったことは,主催者にとって大変喜ばしく,また,今 後の励みともなる結果であった.また,都の消防庁の協力により起震車による地震体 験コーナーが設けられ,我々の日頃の研究と防災の関連についても,まさに体で感じ る機会を得ることもできた.

地震研究所が一般公開を開催するのは今年で4回目であるが,公開される個々の研究 の展示内容も,回数を重ねるごとにより充実し,また洗練されたものとなってきたよ うである.特に,コンピューターをつかったアニメーションによる展示は,見た目に も楽しい.見学者にとって,日頃目にすることのできない実験装置や観測機器を見る ことができるという新鮮さに加えて,これらの動く展示によって地震波や津波の伝播 に関する「最前線」の成果について直感的にイメージをつかむことができたのではな いかと思う.また,今年は大学院生の企画の1つとして,所内に展示された研究発表 全体の中から答えを探すクイズラリーも催され,それが見学者にとって,楽しみなが ら所内を見学するためのよい道案内になっていたと思う.

例年,特に人気の高いのが,学生企画による「手作り実験」の展示である.今年も, 地震の発生,波動の伝播,地盤の液状化,地震計の原理,地磁気の検知などについて ,身近なものを使った実験装置によってわかりやすく説明がなされた.このようにア ナログ物質や単純な模型をつかった実験の目的は,映画の特撮のように「ただ見た目 に似た現象が再現されればよい」というのとは違う.実際の地球で起こっている様々 な現象について,それらを支配する物理の本質を失わずに抽出することがポイントと なる.つまり,目の前の実験で起こっている現象の物理について理解しそれを説明す ることが,そのまま地球で起こっている現象の説明になっているというのが理想であ る.電動あんま機で湿った砂に振動を加えるだけでその砂と水の混合物がどろどろと 融ける「液状化現象」や一定速度で移動するテーブルにのったおもりがピョコピョコ と間欠的にすべってゆく「スティックスリップ」など,テーブルの上で様々な不思議 な現象が繰り広げれ,それらが地震の発生や地震に伴う現象とどのように結びつくか が説明されていた.地球とはスケールの全く異なる現象の中に,地震や火山噴火現象 と共通した物理があるところが意外でもあり,また興味深いところである.私自身, この学生企画による「手作り実験」展示のファンで,毎年,主催者側の一人であるこ とを忘れて手作り実験装置で遊ぶのを楽しみにしている.

この学生企画の「手作り実験」はここ数年続いてきたものであるが,企画に参加した 学生の何人かに話を聞いてみたところ,新しいタイプの実験装置のアイデアがそろそ ろ種切れ状態になってきたらしい.つまり,誰の目からみても地震や火山噴火現象を 再現していることが歴然としていて,なおかつ,物理の本質をついた実験を創り出す の大変難しいのだという.その困難を承知の上で個人的な希望を言わせてもらうと, 学生諸君には,来年からもなんとか知恵を絞って新しいアイデアの実験を創り出し続 けてほしい.極端な話,私は,面白くて不思議でさえあれば,地震や火山現象を再現 することに特にこだわらなくてもよいのではないかと思っている.誰の目からみても 地震や火山に関係あるとわかる実験は,ある意味でそのメカニズムが既に理解されて しまった現象である.科学というものはそもそも未知の領域を明らかにするものなの だから,地震や火山噴火現象と一見無関係な物理現象を含めて様々な未知の現象を研 究した結果,たまたまその中から地震や火山噴火現象に問題に対するヒント得た,と いう順番で学問の領域が定まってゆくことがあっても全然不思議ではない.むしろ, そのような自由な発想を重んずることこそが健全な「地球科学の最前線」の在り方で はないだろうかと思う.一般公開とは,そういった我々の科学に対する姿勢も含めて 一般の方々に理解してもらうための場であるはずである.真の意味で地球科学の最前 線の担い手であることを自負すべき研究所の看板企画として,今後とも,自由な発想 に基づいた面白い企画の手作り実験がみられることを期待する.

さて,一般公開や公開講義は,我々の普段の研究成果を一般の方々に知っていただく ,という目的で開催されているものではあるが,ここでは,一般の方々と触れ合うこ とによるもう一つのメリットについて最後に簡単に述べたい.我々が学会などで行う いわゆる専門家同士の議論というものは,多くの場合共通の認識や常識の上になりた っている.そのため,しばしばその「常識」の起源がどこにあるのか忘れてしまって いる場合がある.さらにその常識の起源をたどってみると,実は未解決かつ本質的な 問題を前提としてはらんでいたなどということがある.あるいは解決済みの問題であ っても,学生時代に授業で当たり前の事として習って以来自分では真面目に考えて来 なかったために十分理解していない問題というのは山のようにある.というわけで, いわゆる専門家以外の素朴な疑問にどう答えるか考えることは,問題の本質まで遡っ てものを考える絶好機会でもある.特に,学生企画の「手作り実験」でみられるよう な基本的な現象を理解するためには,地震や火山噴火に関する予備知識を特別に必要 としないものもある.これらの問題に対して地震や火山噴火の専門家である我々が, 洞察力のある見学者に比べてよりよく理解しているという保証は必ずしもないのであ る.主催者である我々は,研究成果を専門家の立場から一般の方々に理解してもらう という一方通行のコミュニケーションではなく,むしろ,見学者との対話の中からど のようなヒントを得ることができるのかという点にもっと強く期待してよいのではな いだろうかと思う.主催者と見学者の対話という点については,まだまだ,今後の課 題を残しているが,参考までに,今年の学生企画で聞かれた質問の中から,2,3興 味深いやりとりを選んでみた(「震」「見」はそれぞれ,「説明者」と「見学者」を あらわす.)

スティックスリップの実験装置において

(震) 「(前略)このように静止摩擦と動摩擦のちがいによって,不安定なすべり現 象が起こります.」
(見) 「止っている時の摩擦,動いている時の摩擦に「静止摩擦」「動摩擦」 という名前をつけて区別していることはわかりました.それで,その実 体は何ですか?」
(震) 「うっ,深い質問...」
(その後,話は接触面のヒーリングの話へと発展し,納得してもらえた らしい.)
おもりとバネによる波の伝播模型において
(震) 「(前略)というように,縦波が横波よりも先にくることがわかります.」
(見) 「どうして縦波の方が横波よりも速いのですか?」
(震) 「.....」
(このあと,みかけの復元力の強さの観点から,実例をあげつつ,しば らく説明を試 みるが,納得してもらえず,次回までの宿題となる.)


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Last modified: Mon Nov 17 23:27:26 JST 1997