研究集会「新世代地震計の開発のための基礎研究」を開催して

東京大学地震研究所 森田裕一


 1995年1月の神戸・淡路大震災では多くの人命が失われ,地震研究に従事する者 にあらためて社会的責任を大きさを認識させたと同時に,これを契機に地震予知研 究体制や地震観測についての改革や見直しが行われはじめた.この震災をもたらし た兵庫県南部地震の断層運動はいくつかの研究グループによって解明されたが,そ の解析に用いられたデータは主として広帯域強震計の記録であった.この様な地震 の断層運動を解明するには,従来の地震波初動の到達時刻を精度良く観測する目的 の短周期地震計では不十分で,波形で全体の特徴を精度良く観測でき,ダイナミッ クレンジも広い広帯域地震計が不可欠であることが今更ながら認識された.地震の 基盤観測網でも,広帯域地震計が拡充整備される方向にあり,この種の地震計の需 要はますます高まると思われる.

 また,地球内部構造の研究に目を向けると,地震波速度の3次元構造研究でもP 波,S波の初動到達時刻のみを用いていた従来の手法から,PP,SS等の後続波や回 折波の波形を用いて精度を高める試みがなされており,初動の時刻から波形全体の 解析に重点が移ってきた.

 この様に,地震学の進歩と共に地震波の初動のみを用いた研究から,地震波形全 体を用いる研究に移行するにつれて,地震観測もそれにあわせて広帯域化する必要 が生じてきた.逆にSTS-1をはじめとする広帯域地震計の出現が,地震学を従来の 「初動地震学」から「波形地震学」に進歩させたとも言える.それでは一体どれく らいの種類の広帯域地震計が我が国にあるのであろうか,また国産で良い広帯域地 震計があるか,とあらためて周りを見回したところ,それ程多くの国産品がないこ とに気付いた.また,多方面から新しい地震計が欲しいとの声も聞いた.そこで東 京大学地震研究所の特定共同研究(B)の費用で研究集会を開き,全国の研究者に集ま ってもらい,その中から地震計に対するニーズをすくい上げ,地震計製造業者との 連携をはかって新しい地震計を開発する契機を造り出そうと言うことになった.  研究集会は5月13日(火)に地震研究所でワークショップ形式で開かれた.ここで は現状の地震計が必ずしも満足のゆくものではないとの認識に立ち,新しい地震計 の開発を目指して,観測をしている研究者(ユーザー),計測に興味を持つ研究者 (デザイナー),製造業者(メーカー)を集め,

(1)観測の最前線に立つ研究者が既存の地震計に対する不満や新しい地震計に対
   する要望を出す.
(2)地震計開発に意欲を持つ研究者が新しい動作原理や測定法のアイデアを提案
   する.
(3)地震計の製造業者が自社の地震計の特徴や性能を発表し,利点,問題点,改
   良の余地を探る.

という構成で行った.我々研究者が自前で地震計を設計するための環境,即ち機械 設計に関する基礎知識や製造したりする道具(工場)がない現状では,残念ながら 研究者は地震計開発の段階でそのニーズをまとめたり,原理やその他のアイデアを 出したり,試作品を現場で使ってみてその性能や使い勝手を評価する等のことしか できず,実際の製造は地震計業者にお願いするのが最も現実的な方策であろう.こ のような考えから多方面に声を掛け,可能な限り多くの地震計製造業者の方々に参 加して頂いた.先に挙げた項目のうち(1)と(2)は大学や国立の各研究機関の研究者 から9件,(3)は国内の地震計製造業者から9件の発表があった.出席者は研究者側 が29名,地震計製造業者他が16社28名であった.

 ワークショップでは,新しい地震計に対するニーズとして,臨時観測を簡便に実 施するために現状の据え置き型の広帯域地震計程度の性能で小型軽量で可搬性能の 高く操作性が良いもの,微弱な地球自由振動をを観測するために低周波領域で現状 のものよりノイズレベルの低いもの,人工震源からの信号を精度良く捉えるために 位相特性の良いもの,ボアホール埋設に適した形状と性能を持つもの等が出された. また,研究者側からの新しい地震計の提案として,地面の回転成分を観測する回転 地震計の開発や,振り子の変位を従来の差動トランスや容量変位計からレーザー干 渉計に換え,分解能を上げることが出された.

 一方,参加した各社から自社製品の特徴や性能について,新製品の開発予定など について話された.おもりを支えるバネに熱膨張率の小さい溶融水晶を用いて測定 ノイズの低周波成分を軽減した製品や,フィードバックを工夫した製品,振り子の 位置をレーザー計測の技術で分解能を上げた製品,光ファイバーでおもりを支える バネの歪みを検出して加速度を測定する新しい原理の加速度計等についての発表が あった.同業各社が参加していることもあり,各社も細かな精度向上の工夫などに ついては発表が控えられ,正直言って物足りないところもあった.そのような側面 を補うために研究集会の後に懇親会を開催し,発表では聞けなかった情報や地震計 開発に関わる苦労をざっくばらんに聞ける機会を設けた.

 そもそも帰還型地震計は,地面の振動をバネで支えたおもりで検知し,そのおも りの位置を変位センサーで測定し,おもりを元の場所に戻す力を与え,その力から 地面に加わった加速度を測定するものである.つまり,おもりとそれを支えるバネ からなる機械系,おもりの位置を測定する変位(速度)測定系,おもりの位置を元 に戻すフィードバック系の3つの要素に分けられる.各社の発表を聞いてみると各 社それぞれに得意な分野があり,それぞれの利点を生かすことによってそれなりの 性能を持った製品ができる可能性はあることが分かった.しかし,フィードバック 系に関しては,日本の各社が製造しているものは振り子の中心位置からのずれに比 例した量をフィードバックする変位帰還型である.これは制御工学の用語を用いれ ばP制御と呼ばれるものであり,今では既に時代遅れの制御方式になっている.こ のP制御方式に対して長周期変動や短周期変動の応答を改善したものにPID制御方式 がある.つまり,単に振り子の中心位置からのずれだけでなく,その積分量と微分 量も加えてフィードバックする方式であり,現在の制御方式の主流になっている. 実はSTS-1,STS-2やCMG-3T等の外国製の優れた広帯域地震計は全てPID制御方式を 採用し,この原理によって広い周波数帯域を確保している.国産の広帯域地震計も 従来のP制御方式にとらわれることなく,PID制御方式を採用すべきである.また, 現在の機械制御はアナログ制御からディジタル制御に変わりつつあり,近い将来に は地震計もディジタル制御方式を取り入れる必要もあろう.このように制御工学の 最新の知識を積極的に取り入れて,地震計開発に臨むことが必須であると思う.  主催者の不手際もあり,この研究集会では充実した議論があまりなかった.しか しながら,主催者の予想を大きく上回る参加者があったことは,この分野に対する 関心が潜在的に極めて高く,多くの研究者がそれぞれの研究分野に合致した新しい 地震計を熱望していることを窺わせた.この特定共同研究によって,多くの研究者 が地震計測の基本的な測定装置である地震計を見直し,新しい地震計の開発の契機 になればと思う.


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Last modified: Wed Nov 5 19:52:26 JST 1997