断層近傍の強震動の研究

宮武 隆 


 日本は活断層が多く分布し,都市直下に活断層が存在することも珍しくない.兵庫県南部地震はまさにそのような活断層で起こった地震であった.この地震の発生以来,既存の活断層から生じる地震動の研究,特に断層直上の地震動の研究が注目されている.本稿では,このような問題に対する我々のこれまでの研究について述べる.我々の研究は主に,下記の2つの柱からなる.

  (1)モデル断層・モデル構造による研究:
     断層破壊形態や地下構造と断層近傍の強震動の関係をできるだけ単純なモ
     デル断層・モデル構造を使って明らかにすること,
  (2)過去の地震への応用:
     過去の地震の断層運動から断層近傍での強震動を生成しデータと比較し,
     強震動の物理を明らかにすること.

 方法
 従来の方法と我々の方法は,以下の2点で異なっている.
1) 計算領域に断層を含むこと.
2) 震源のモデル化に際し震源物理を考慮したこと.
 従来の強震動予測の研究では,断層が点と見なせるくらい比較的遠くの地震断層からの地震波を対象地点の地下構造に平面波として入力するというアプローチが取られていて,主に地盤応答に注意が払われていた(図1).しかし断層近傍では,このような近似はもはや成立しない.我々のアプローチは計算領域に断層と観測点を含め,断層面上の破壊伝播とそれによる地震波の伝播問題を同時に解くものである(図2).

図1 ハッチを付けた断層からの地震波を基盤直下に対し計算し地盤に入力する

図2 計算領域
   断層(ハッチをつけた矩形)が波動を計算する領域内にある.

 2番目の特徴は震源物理を考慮したことである.通常震源から生成する地震波の計算には地震の滑り方を適当に仮定して用いている.断層直上を含む断層近傍では,断層の滑りの詳細な時間変化や不均質が,あまりにも近いために影響してしまう.その結果,遠くの観測点では問題にならなかった仮定した滑り時間関数の精度の悪い部分が効いてしまうのである.そこで震源の運動を少なくとも震源物理を考慮することによる推定して使う(Miyatake, 1992).現実の地震の不均質な破壊過程に対しても,そのような不均質を生じるための力学条件を考慮して解き直すことで正しい震源の動きを導入することにする.

(1)モデル断層から生じる強震動

 断層形態や断層破壊様式が断層近傍の強震動に及ぼす影響について述べる.この問題は,主に,今年3月まで地震研究所の大学院生であった井上智広氏(現NHK勤務)により内陸の垂直横ずれ断層に対して応用され,「動力学モデルによる断層近傍の強震動分布予測」という題での大学院修士論文にまとめられた.以下簡単に一部を紹介しよう(井上,1995, Inoue and Miyatake, 1997a, b).これによると,断層パラメータの中で最も強震動に影響を与えるのは,断層深さと破壊伝播(開始点,方向)である.例えば図3に示した6枚の図のそれぞれは地表を上から見た所で,断層は中央のx=-10kmから+10kmにある.破壊開始点がx=-10kmで破壊は図の左から右に伝播している.上の2枚は断層が地表に到達した場合,中央は断層の上端深さが1kmの場合,下の図は断層上端深さが3kmの場合である.図のコンターと濃淡は,この場合の地動速度の最大値を表している.図3の右側は断層に直交する水平成分の最大値を,左側は断層に平行な成分の最大値を示している.各図の右側(破壊の進む方向)の強震動が大きいことがわかる.破壊が右から左に進むとこの分布がちょうど左右逆になり,分布はかなり違ってしまう.さらに断層上端の深さもかなり影響が大きい.残念ながら断層の中で破壊がどこから開始するのかを推定することは現状では難しい.この場合被害を軽減するための予測のために現実的なのは,断層中央,両端など幾通りかの破壊出発点の場合での強震動分布をそれぞれ推定し,その最大値を採用することであろう.このように予測の観点からは未知のパラメータが多く,予想される内の最大のものの予測になる.
 従ってある長さの活断層からの発生する強震動の空間分布はを想定した断層パラメー タ,特に断層上端深さや破壊開始点・方向に大きく依存することがわかる.


図3 断層上端の深さと最大地動速度
上段:深さ0kmの場合
中段:深さ1kmの場合
下段:深さ3kmの場合

(2)過去の地震への適用

1984年長野県西部地震
 この研究は1994年に地震研究所の一般共同研究として行なったものである.埼玉大学工学部建設工学科の谷山尚氏と彼の研究室で卒業研究をおこなっていた学生の島田篤君との共同研究であった(島田・宮武・谷山,1996).この地震は,地震後の綿密な飛び石の調査により,断層近傍の強震動域の分布が推定されていて数値シミュレーションとの比較のできる地震であった.まず元になる解析データとして,地震研究所の吉田真吾・纐纈一起の震源モデルを参考にして,応力降下量分布を推定し,これらを参考にして破壊を伝播させると図4のようになる.図で縦の矩形は断層でその上の横たわる平面は地表を表している.図中,波動の強さを濃淡で表している.図の左側の震動が強いことがわかる.この位置は飛び石により推定された位置に相当する.


図4 1984年長野県西部地震の断層運動と地動

1995年兵庫県南部地震
 この地震では,断層近傍の神戸市内(神戸海洋気象台,神戸大学)での強震動波形が割と単純な2つのパルスからなること,震度7の震災の帯が神戸市内に生じており,これが余震域などから推定された断層地震断層に平行ではあるが南東にずれていることが,話題になっている.まず第1の特徴は震源過程の不均質によって説明される.兵庫県南部地震は長さ約50kmの断層全体が一様に滑ったのではなく,主に滑ったのは3カ所である.1つ目は地震の破壊開始点である明石海峡下約15km付近にあるアスペリティ,2つ目は淡路島の野島断層浅部,3つ目は神戸市直下の比較的小さなアスペリティである.この内,野島断層の断層運動は神戸での強震動にほとんど寄与しない.それは(1)の図3に示したように神戸市にとって野島断層の破壊は遠ざかっていく方向であるからである.明石海峡下のアスペリティと神戸直下のアスペリティは近づいて来るし直下であるために,それらが2つのパルスを生じさせる.第2の特徴は,堆積層と基盤との境界が断層に沿っており断層は基盤側に存在していることから説明できる.図5は地震後5秒ー16秒までのスナップショットである.図は淡路島北部と神戸市を上空からみた平面図で断層を横軸に平行になるように回転してある.黒細線は海岸線及び都道府県境であり,図中で左側に淡路島北端がある.また赤色は地動速度が大,青色は地動速度が小を示し単位はcm/sである.中央部に横に引かれた黒実線は神戸側の断層,また白線は堆積層と基盤層との境界を示しており,図で白線より下側に堆積層がある.この図をみると赤色の強震動域が白線のほぼ下側(堆積層側)を左から右に伝わっていく様子がわかる.なお一様構造ではこのようなことは起きない.つまり一様な構造に対しては,帯状の強震域は発生しないが,ここで述べたような地下構造では堆積層の縁に沿って強震域が発生するのである.なおこの地震に関する以上の研究は前記井上氏との共同研究であった.


図5 兵庫県南部地震の神戸市付近の地動速度
(断層直交方向の水平成分)の時間変化.

文献

井上智広,1995,動力学モデルによる断層近傍の強震動分布予測,東京大学大学院理学研究科
  地球惑星物理学専攻修士論文文献
Inoue, T., and T. Miyatake, 1996, 3-D simulation of near-field strong ground motion:
  Basin edge effect derived from rupture directivity, Geophys. Res. Lett.,24, 905-908.
Inoue, T., and T. Miyatake, 1997a, 3-D simulation of near-field strong ground motion:
  Basin edge effect derived from rupture directivity, Geophys. Res. Lett.,24, 905-908.
Inoue, T., and T. Miyatake, 1997b, 3D simulation of Near-Field Strong Ground Motion
  Based on Dynamic Modelling, BSSA,(投稿中).
Miyatake, 1992, Reconstruction of dynamic rupture process of an earthquake with
  constraints of kinematic parameters, Geophys. Res. Lett., 19, 349-352.
島田篤・宮武隆・谷山尚,1996, 動力学モデルによる断層近傍の強震動,地震,49巻,
  179-191.

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Last modified: Sat Dec 13 23:33:45 JST 1997