研究集会

「地殻活動予測のための数値シミュレーション」報告

東京工業大学理学部 岡元太郎
東京大学地震研究所 島崎邦彦


地震研究所の平成9年度共同研究による研究集会「地殻活動予測のための数値シミュレーション」は、平成10年1月19、20両日に、地震研究所第1会議室において開催されました。

これまでに、地殻変動・重力異常や地震活動のような地殻内部での活動の巨視的な物理を研究するために、プレートテクトニクスにもとづいたプレート間の相互作用運動、すなわちプレート内部での歪み・応力の蓄積過程のシミュレーションが盛んに行なわれてきています。また、地震活動をより詳細に理解するために、断層面上での応力の蓄積と緩和・再配分過程をシンプルなモデルで置き換えた非線形力学系による研究や、破壊力学と摩擦の構成則にもとづいた物理的な断層運動・断層間相互作用のシミュレーション方法なども急速に進展しつつあります。

一方、最近では高性能地震計やGPSによる連続定常観測網が整備されてきました。その結果、地震活動や地殻変動などに関する広範囲にわたる非常に精度のよい連続データが蓄積され始めており、時定数が極めて長いプレート境界での断層運動など、従来の観測ではとらえられていなかった現象も明らかになりつつあります。

そこで、各研究者の構想にもとづく様々なシミュレータの現状を発表して共通する問題点を探り、また新しいデータから得られる情報や制約についても議論して、地殻活動予測のためのシミュレータの将来を考えることを目的とした場を設けるために本研究集会を企画し開催しました。

講演は、「インターサイスミック&プレート内部」「地震活動のモデル化」「プレ&ポストサイスミック、スローアースクェイク」「今後の展望と総合討論」という4つのセッションに分けて行なわれました。2日間で合計29件の講演があり、また参加者も90名に達してこの分野への関心の高さを感じさせられました。

19日午前のセッション(「インターサイスミック&プレート内部」)では、プレート境界の応力蓄積の素過程に関する発表や、実際の地域を対象にしたプレート境界変形モデル、層構造やブロック構造を導入した地殻変動・地震活動シミュレーションの発表、さらに材料大変形を扱う工学的な手法を地殻活動シミュレーションに応用していくための問題点に関する議論が行なわれました。例として図には近畿地方の地震活動をシミュレートした発表(橋本氏)を紹介します。この発表では、断層間の力学的な相互作用によって、各断層での繰り返し間隔がばらつくという結果などが報告されました。

20日午前のセッション(「地震活動のモデル化」)では、バネ・ブロックモデルや地殻をブロックではなく骨組みとしてとらえるモデルなどが紹介され、地震活動の統計的性質や地震相互の力学的な関係を考察する研究発表が行なわれました。また、地震活動に対する流体の効果に関する発表もなされました。地震活動様式に対する流体の効果は著しいために、どのようにそれを考慮していくべきかが問題となるかもしれません。

20日午後のセッション(「プレ&ポストサイスミック、スローアースクェイク」)では、シミュレーションだけではなく、実験・観測方面からの話題やデータ解析結果に関する発表も多く行なわれました。シミュレーションでは、非地震的な変動をマントルの粘弾性で説明する試みや、摩擦法則の違いによる地殻変動の違いを検討した発表などが行なわれました。観測方面からは、東北日本沖の地震活動の特徴、GPS で捉えた非地震的なすべりの観測例、GPS ・地震活動のデータなどから推定したプレート境界の固着の様子の発表などが行なわれました。実験方面では、動的破壊前のすべりを検出する試みも発表されました。

20日最後のセッション(「今後の展望と総合討論」)では、地殻活動シミュレータを含む、「地球シミュレータ計画」の展望や、地震研究所でのシミュレーション計画に関する提言に関する発表のあと、総合的な討論が行なわれました。これらの発表や議論では、地殻・マントルでの応力蓄積過程や地震に至る破壊物理の過程などの各段階の技術を構築して階層的なシミュレータをつくること、検証・観測可能な量を予測すること、予測精度を評価することなどの重要性が指摘されました。また、これらをつくるにあたっては、ソフトウェア・ハードウェア・データなどの基礎的な資源を研究者間で共有できるようにするための取り組みが必要であるとの議論も行なわれました。

2 日間のシンポジウムの全体をふりかえると、シミュレーションにとってはGPS のような画期的で強力な観測方法の出現が非常に刺激的であることを感じさせるものでした。プレート間のすべり状態や固着域の状態はある程度推定できるようになってきたので、これらの情報を採用したシミュレータが動き出すのもそう遠くはないと思えます。しかし、海洋部にGPS 観測点がないのでまだ精度や解像度の点で問題があることや、したがって、現段階ではシミュレーションを行なうときにはそのようなデータの性質をよく理解しておく必要がある、ということなども議論されました。また、現時点ではモデルとして採用することが困難な現象(流体の効果など)や、シミュレーション結果の定量的な評価の問題などが課題として残されているようです。

最後に、本研究集会の準備・開催には地震研究所の渡辺トキエさんには大変お世話になりました。また、小田切聡子さん、趙燕来さん、ワーユートゥリヨーソさんらが開催準備に協力して下さいました。


西南日本の各モデル断層におけるフォーワード・スリップ(地震)の10000年間の時系列:縦軸は時間(年単位)。横線が各断層におけるイベントを示す。横軸の長さは各断層に比例。


Hashimoto&Jackson(1993)によるブロック・断層のモデルとバック・スリップ。

近畿地方の断層モデルとシミュレートされた地震活動(京都大学 橋本学氏による)


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Last modified: Sun Apr 19 16:17:15 JST 1998