研究集会

「地球内部の数値シミュレーション」

広島大学理学部 本多 了


地球内部で起こっている現象(プレート運動、マグマの発生、マントル対流、核内のダイナモ作用)は、その空間・時間スケールが大きく変化します。例えばマントル対流は1000km程度の空間スケールを持ち、1億年程度の時間で一回りします。また、核の大きさは3000km程度ですが、磁場は年の程度から変化します。このように大きく時間・空間スケールが違うと室内実験で現象を明らかにするには限界があります。これに対し数値実験においては自由に空間・時間を設定出来ますので地球内部の研究を行うのに非常に有効な手段となっています。<\P> しかし、地球内部の数値シミュレーションは、いろいろな理由から一筋縄では行きません。例えば研究を困難にしている一要因として岩石やマントルが力を受けた時に変形する仕方が複雑であると言う点があります。マントルは短い時間で考えると非常に堅いバネのように弾性的な振る舞いをします。地震の揺れは、バネの振動と同じように考えられます。しかし、マントルはもっと長期的には水飴のようなねばねばした流体(粘性流体と呼ばれています)のように振る舞います。プレートの運動や大陸の移動は、その例で非常にゆっくり(年間数cm程度)とした現象です。数値シミュレーションにおいては、この点を考えて問題の時間スケールによって弾性体、粘性流体と”近似”して問題を解きます。ところが場合によっては、両方の要素を考慮しなければならない時もあります(例えば地震の後の地殻変動)。また、これらの扱いは、切れ目の無い物体、つまり”連続体”と仮定していますので、地震の断層運動のように破壊を起こす場合の扱いは困難となります。このように、マントルや岩石の変形法則は複雑で、この事が数値シミュレーションを難しくしています。

地球の中心にある核の問題は、電磁気現象が絡んで来ます。核は内核とその周りを囲んでいる外核とに分かれますが、地震の横波(S波)の伝わり方の研究から内核は固体、外核は流体と考えられています。外核は、いろいろな理由から鉄の組成に近い溶けた金属から構成されていると考えられています。この様な電気を通す金属が運動すると磁場を生成する可能性があります。この現象はダイナモ作用と呼ばれていて地球磁場の原因と考えられています。ダイナモ作用を理解するためには流体の運動を支配する方程式と電磁気現象を支配する方程式を同時に解かなければならなくなり、非常に複雑な問題となります。

地球内部の数値シミュレーションは、このように非常に複雑であり、しかも、シミュレーションを行うための、いろいろな値(例えば変形のしやすさを示す粘性率などの物性値)もよく分かっていません。従って、どの様な変形法則あるいは物性値が現象に適用出来るかはモデルから得られた結果を実際の観測データ等と比較する事により判断されます。つまりモデル自体も得られた結果により変更されていきます。これは、数値シミュレーションがフォワードモデリング(モデルを決めて、それから結果を得る事)ではなく、一種の大規模なインバージョン(観測や実験値が分かっていて、モデルを推測する事)である事を示唆しています。

本研究集会の目的は、地球内部の数値シミュレーションの研究に関わっている専門家を集め、各分野の動向に関しての最近の進展について報告すると共に、各専門家の最新の研究成果について議論を交わす事によって、統一的な地球像を探っていく事にありました。集会は平成9年12月15日・16日の二日間にわたって行われました。第一日目は各分野(プレートの生成・消滅、沈み込み帯におけるマグマの生成、観測によるマントルの変形法則の推定、マントル対流、ダイナモ作用による磁気の生成、数値計算法)のレビューが行われ、第二日目は各研究者による最新の研究成果が発表されました。これらの内容(アブストラクト)についてはホームページを利用して公開予定(平成10年3月予定)ですので、細かい点については、それを参照していただきたいと思います。ここでは、これらの研究の全体の流れについて触れます。

プレートの問題に関して、これまではプレートの速度を決定したり、プレートの境界が、どのように変化して来たかと言うような運動学的な研究がされてきました。しかし、最近では、このような運動学的モデルから徐々に脱却し、マントル対流と一体化したダイナミックなモデルが構築されつつあります。”普通”に考えられている対流とプレート運動の最も大きな違いは、プレート運動に特徴的な”横ずれ”運動の有無にあります。近年の研究では、この運動の原因は断層運動のような非常に狭い範囲に大きな変形が集中する事にある事が分かって来ました。

従来、日本のような沈み込み帯におけるマグマの生成の問題については、沈み込み帯近傍に限られたモデル、定常状態(時間に関して変化しない状態)モデルと言ったモデルによって議論されて来ました。しかし、何故、冷たい物が沈み込むところで物が溶けるか(マグマの発生)と言う基本問題は、まだ十分な理解に至っていないようです。最近では、より広域的な地域、非定常状態およびマグマの移動を考慮したモデルが検討されつつあります。おそらく今後は沈み込み帯をマントル対流の中の一部(流れが下降している部分)として扱われて行くと思われます。

ジオイドは地球内部に存在する密度の変化(地震波速度の三次元構造:トモグラフィーから推定されます)と対流によって生じる地表面や核とマントル境界の変化から計算されます。境界の変化はマントルを粘性流体とみなした時の粘性率と関係していますのでジオイドとモグラフィーの結果を使えば粘性率が推定されます。最近のこのような研究の進展は全地球的観測の進展に伴って飛躍的でありますが、その反面、非常に多くのモデルが提案されています。これはデータの解像度の問題および粘性率の地域変化の存在が、モデルの多様性を生む原因であると思われます。今後は、このような点に着目した研究が進むでしょう。

マントル対流の研究は現実に近いモデルを構築する方向に向かっています。それは、これまでの二次元粘性率一定のモデルから、三次元球殻内の対流の問題、マグマの生成と対流の相互作用の問題、プレート運動の実現、大陸移動のモデル化の問題へと進展しています(図1、2)。一方、過去のマントル対流についての研究も行われ始めています。


図1:マントルを円筒形で近似した時の対流計算の例。赤い部分が温度が高く青い部分は温度が低い。(東大大学院:中川貴司氏提供)


図2:マントル対流と大陸の相互作用をモデル化した計算例。黄色い部分は、大陸をモデル化して、周りより固くしている。青い部分は核の位置を示す。だいだい色と赤い色は、周りより比較して温度が高い事を示す(水平方向に平均した温度からのずれ)。(広島大学理学部:吉田晶樹氏提供)

ダイナモ作用に関しては、これまでは速度を仮定して(つまり運動方程式を解かない)、磁場が生成されるかどうかを調べたり、適当な近似(例えば粘性率を無視する)を使って半解析的に研究されて来ました。しかし、計算機の発展により、これらの仮定や近 似なしに問題が解けるようになって来ました(図3、図4)。最近では磁場の逆転を示すモデルも提出されていますが、使用されている物性値等は、まだ現実の地球の核の値とは、かなり違っているようです。

図3:ダイナモ作用によって内核がマントルより速く回転するようになることを示すシミュレーション。(東大大学院:河野 長、桜庭 中氏提供)


(a) 速度場と磁場の軸対称成分の様子。(左)回転方向成分を示す。赤い部分は東向き、青い部分は西向きの平均速度を示す。コンターはヘリシティの分布を示す。(右)色で示すのはトロイダル磁場、赤い部分は東向き、青い部分は西向き、破線は南から北へ向かうポロイダル磁場で双極子的な磁場ができている。


(b) (a)の状態から時間がたった時の速度場と磁場、表し方は(a)と同じ。磁場の構造やヘリシティの分布は(a)と大局的には変わらないが、速度場の回転方向成分の分布が逆転している。すなわち、ダイナモ作用で磁場が十分大きく成長すると核の内部(内核も含む)はマントルより速く回転するようになる。


(c)  更に時間がたった時の 赤道面内での(上)渦度と(下)磁場の回転軸方向成分の分布。磁束の集まった部分(下図のコンターの多い所)は高気圧性の渦(時計まわり上図で青い部分)の内部に集中している。磁束を中に集めた高気圧性の渦が磁気圧でふくらむために、差動回転はこの渦の回転方向(外側で西向き、内側で東向き)に支配される。結果として内核付近はマントルより速く回転するようになる。


図4: 3次元MHDダイナモのシミュレーションの結果、自発的に生成された磁場の構造を磁力線で表示したもの。図の球面は外核半径の2倍の位置を表し、磁場の強さが磁力線の密度に比例するように磁力線の出発点を選んでいます。各磁力線上で青 --> 緑 --> 黄色の方向に磁場のベクトルが向いています。この図から強い双極子成分が生成されたことが分かります。各磁力線を外核の表面まで追跡すると、磁力線は外核の表面に一様に分布しているのではなく、いくつかの離散的なスポットから出ており、それらスポットは外核内部の対流胞の位置に対応していることが分かっています。(核融合研:陰山 聡氏提供)

これまで述べて来た数値シミュレーションの発展は計算機の発展に多くを負っています。現在の計算機の発展は1つのCPUの処理を速くする方向から多数のCPUを使って並列的に処理する方向(いわゆる並列計算機)に向かっているようです。つまり、従来は一人の頭の回転が速い人が順番に多量の仕事をしていた訳ですが、今後は多人数の人に仕事を効率的に分けて共同で仕事をする事により能率をあげる事を目指す訳です。従って並列計算機に適したプログラミングは非常に大切で、この方面の研究の重要性が高まって来ています。

今後は、これらの関連各分野が有機的に繋がって行き地球全体の振る舞いが解明されるでしょう。

本紙面をお借りして研究会で発表なされた以下の方々(敬称略)に感謝いたします。瀬野徹三(東大地震研)岩森 光(名大理)木戸元之(東大海洋研)小河正基(東大教養) 河野 長(東大理)桜庭 中(東大理)田端正久(九大理)鈴木 厚(九大理)岩垣伴(広大理)Wei DongPing(中国科学院大学院)北村健彦(東大地震研)中田正夫(九大理)木戸元之(東大海洋研)亀山真典(東大海洋研)中久喜伴益(広大理)江口孝雄(防災科研)中川 貴司(東大理)柳沢 隆寿(東大理)浜野 洋三(東大理)竹広真一(九大理)陰山 聡(核融合研)佐藤哲也(核融合研)吉田晶樹(広大理)岩瀬康行(広大理)


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Last modified: Sun Apr 19 1998