なぜ火山の火道を掘りたいか?

火山噴火予知研究推進センター 中田節也


マグマの通り道

 地表につながるマグマの通路を「火道」という.火山の教科書では,パイプ状の火道がマグマ溜まりから山頂火口に向かって上がってきているように描かれている.途中,所々に小さな枝分かれがあったりする.また,ある教科書には,最初,火道が板状であるが,やがて,マグマの通路が局在してパイプ状になるとも書いてある.火山地域では,幅数mほどの火山岩の脈(岩脈)が海岸の岩場などに密集していることがある.これが火山の火口直下ではないかと思わせる.伊豆大島の筆島や,西ノ島新島が海水で侵食され,最後まで残っていた溶岩の塔も火口直下の火道を表している.パイプ状の火道もあれば岩脈状の火道も実際には存在することを示している.

 火道の形状についてさえも情報が少ない中で,その中で起こる現象についてはあまり理解されていない.特に,地表近くの火道上部では,噴火様式を決定する重要な出来事が起こっていると考えられる.

噴火様式と脱ガス

 噴火が爆発的に起こる原因は,マグマに揮発性成分が含まれるせいである.揮発性成分は主に水である.水はメルト(マグマ中の液体部分)に1気圧ではほとんど溶け込まないが,圧力が上がるほど(深くなるほど)多く溶け込む.そのため,水を含んだマグマが上昇してくると,メルトはかならず水に飽和する.飽和した水はメルトから分離してガスとなって気泡を作ろうとする.爆発の度合いは揮発性成分の多少によるのではなく,気泡となった揮発性成分(火山ガス)がマグマから逃げ出す状態に依存している.暖まったビール瓶でも,少しずつゆっくり栓を開けてやるとビールの泡が噴きこぼれない.これと同じように,マグマからガスがスムーズに逃げることができれば爆発的な噴火は起きない.ケイ酸分の多いメルトは粘性が高いので,泡の形成が遅れる上,一旦できた泡もなかなか成長しない.普賢岳のように溶岩ドームが何年間もゆっくり成長し続ける噴火を起こしたマグマも,ピナツボのように火山灰の柱が成層圏を突き抜けるほどの大爆発を短期間に起こしたマグマも,揮発性成分やメルトの組成はほぼ同じであった.両者で噴火の様式が大きく異なっていたのはマグマからのガスの抜け方(脱ガスの仕方)の違いであった.

脱ガスの仕方

 普賢岳で溶岩ドームが出現する少し前に,丸い泡だらけでスポンジ状の形態をした火山灰(マイクロ軽石)が爆発で飛び出した.泡の周りのガラスには水が約3%含まれていた.ガラスはメルトが急激に冷やされて固まったものである.これは,火道を上昇中のマグマが途中の帯水層で水と接触したために急激に冷やされ,泡を残したまま固結したものだと考えられる.一方,その後,ドームとして地表の現れた溶岩には,変形したいびつの泡がほんのわずかに含まれていただけで,丸い気泡はほとんどなくなっていた.溶岩のガラス部分に含まれる水の量はわずかで最大で0.5%程度であった.また,噴火の後期ほどそれは少なくなった.地下ではメルト中に含まれていた水が,溶岩が地表に現れるまでに,ほとんどの抜けてしまい,スポンジ状の泡もほとんど消えてなくなったことが分かる.

 J. アイケルバーガーは,ケイ酸分の多いメルト中では,気泡が体積で全体の60%を越すようになると,泡と泡が癒着し,泡の壁伝いにガスが自由に行き来して,効果的な脱ガスが起こるというモデルを提案した(50%以下でも効果的な脱ガスが起こりうるという最近の研究結果もある).粘性の大きいマグマでも,時間をかけて,泡が十分に成長することさえできれば脱ガスが効果的に起こりうることになる.普賢岳で最初に飛びだしたスポンジ状の火山灰は,ちょうど脱ガスが起こり始める直前のマグマを表していると思われる.ドームの溶岩は地下で一旦スポンジ状であったものが,その後,気泡がほとんどつぶれて地表に現れたものと考えられる(図1).一般に,溶岩ドームを作る岩石は軽石に比べて,多くの破片状の結晶を含んでいる.これは地下で気泡がつぶれた際に,破壊された溶岩が再びくっついて(焼なまされて)見掛け上均質になった証拠であろう.

火道上部の火山性微動

 普賢岳の溶岩ドームの成長に伴って,火山性微動(低周波の地震)がドームの内部や火道上部で起こり続けた(図2).これらの微動は地下約1kmまでの深さで起き,噴出率が大きい時ほどより深部で発生した.溶岩の結晶度やガラス中の水の量の変化から判断すると,噴出率の大きい溶岩ほど速く上昇したために,脱ガスとメルトの結晶化が不完全であったことが分かっている.このため,上昇速度が速いほど,より深い場所で微動が起きていたことになる.九大の清水 洋さんは,微動が溶岩ドームの内部や火道の上部で溶岩が破壊したために発生したと提案している.また,微動は火山ガスなどの流体が割れ目を通過する時にも起こるという考えもある.

 普賢岳では,溶岩ドームが出た直後に,軽石を火口から数kmの遠方まで噴き飛ばすやや爆発的な噴火があった.これは,マグマからの脱ガスが不十分であったために,噴火の初期に限って起こった現象と考えられる.九大や合同観測班の解析によると,この爆発に伴った地殻変動から計算した圧力源と爆発地震の震源はほぼ一致しており,地下500-800mの深さの火道中であった.

 ところで,地下約4kmでメルトは最大約3%の水を含みうる.このメルトから気泡ができ,メルト中に閉じ込められ続けたとすると,マグマが地下約500mの深さまで上昇してきた時,メルトは泡で満たされてスポンジ状になる.アイケルバーガーのモデルによると,ここで脱ガスが起こり始める.この深さは,火山性微動の起こっている深さや爆発の深さとよく合っている.

マグマの粘性と破壊

 マグマは火道を上昇中に揮発性成分を失うことによって,しだいに粘性を増す.また,同時に,減圧効果によってメルトの結晶化が進行する.この結果,もともと高い粘性を持つケイ酸分に富むマグマのそれはさらに高くなる.普賢岳溶岩のメルトの粘性を北大の後藤 章さんが1気圧で測定した.それによると,粘性は850℃で10^11.5 Pa Sであった.850℃は鉱物の組成から計算されたマグマの温度である.800℃を下回ると粘性が急増し,メルトからガラスへの相転移がおこることも分かった.このため,後藤さんは,火道の壁にそって冷やされた溶岩がガラスのように脆くなって破壊したために,普賢岳の火山性微動が起きたと提案した.地下にあったメルトは水をある程度溶し込んでいる.水を含むとメルトの粘性は小さくなる.一方,実際の溶岩(マグマ)は細かい結晶を体積の半分近くも含んでいるため,溶岩の見かけの粘性は逆に高くなる.これら2つの効果がほぼ相殺しあうために,火道上部においても,溶岩の見かけの粘性は極めて高かったと思われる.

 溶岩の850℃という温度は,静かな条件でさえ,メルト―ガラス転移温度のわずか50度しか高くなく,少しの歪みや温度低下があれば,メルトはガラスのように振る舞い,いとも簡単に破壊してしまう.より高温状態か水を含んで粘性が小さくなったメルトでも,急激に歪みを加えるとガラスのように振る舞って破壊する.マグマの上昇に伴う減圧とそれによる気泡の膨張効果にこれが当てはまる.一方,発泡しながら火道を上昇してくるメルトに溶け込める水の量は,浅くなるほど小さくなる.したがって,減圧速度が大きいマグマ(例えば,噴火初期のマグマ)にあっては,より深い場所でメルトの破壊が起こりえたことになる.

 メルトの破壊が起こると同時にスポンジ状の溶岩はつぶれてしまう.気泡中に閉じ込められていた高圧のガスは溶岩から搾り出され,火道の壁沿いに上昇する(図1).東工大などの観測によると,溶岩の噴出率と噴煙の二酸化イオウの量とには良い相関があった.このため,マグマから脱出した火山ガスのほとんどは火口から大気中に逃げたものと考えられる.一方,破壊された溶岩は焼なまされて均質となり,脱ガスによる体積減少や地表での火道径の拡大によってその上昇速度が低下したために,再び流動的になり地上に現れた.

 このように,火道上部での溶岩の破壊とそれに続く脱ガス過程で火山性微動が発生したとすると,図2で示すように,噴出率(すなわち,上昇速度)と微動の発生深度の関係がうまく説明できる.

火道を掘る

 火道の上部,地表から1km足らずの深さでは,このような脱ガスに伴う様々な現象が起こっている.また,溶岩ドーム出現前に見られた水蒸気爆発は,鍵山恒臣さんらの電気探査研究によって,上昇してきた溶岩と帯水層とが地下500m付近で反応したために生じたと提案されている.噴火災害を軽減するためにも,噴火様式の違いを生む火道上部の現象をきちんと理解することが重要である.そのためには,火道やその周辺を直接のぞき込み,そこに残されている試料を手にすることが,最も早道で挑戦的な研究である.温度を除けば現在の掘削技術で十分に達成可能な目標であろう.今年から,地質調査所が中心となって,地震研,九大島原などの研究者が普賢岳の火道掘削の具体的検討を開始した.

 


図1 溶岩ドーム噴火をおこすマグマの上昇様式.火道の上部では,一旦,スポンジ状になった溶岩がつぶれて焼なまされた(溶結)と考えられる.その深さは火山性微動や爆発の圧力源の発生するレベルに当たると考えられる.


図2 雲仙普賢岳で見られた溶岩の噴出率と火山性微動の発生深度の関係.火山性微動の深度は九大島原地震火山観測所による.白丸は1991年5月から1993年1月まで,黒丸は1993年2月から1995年2月まで.地表標高は約1,300m.縦軸のエラーバーは火山性微動の起きた深度の上下限を示している.微動震源の絶対深度は500m程度の誤差を含むが,相対深度の誤差は極めて小さい.


広報の目次 へ戻る

地震研究所ホームページトップ

Last modified: 1998/10/13