弾性波と岩石比抵抗の比較観測研究

山口大学  佐野 修

東大地震研 歌田久司


1.はじめに
 弾性波速度は地殻の不均質構造や異方性構造など地殻の内部構造推定にもちいられて きました.弾性波速度は内部構造変化によっても変るので,きれつの状態変化(消長, 開閉)やきれつ内部の包有物の変化をふくむ,内部構造の経時変化,さらに構造変化を もたらした要因の推定にもちいることができます.本研究の主眼は微細な経時変化の 検出とその要因の分析です.
 岩盤や地殻を定期的にモニタリングするためには人為的に振動を発生させ,離れた 地点に到達した波を受信し,その間の伝播時間をはかる方法が簡単です.ただし定期的 モニタリングは長期間の連続打撃が不可欠なので,岩盤に疲労損傷をあたえない程度に 小さな振動をもちいなければなりません.そのため極めて小さな振動をあつかうことに なりますが,受信した振動の実用的な増幅率には上限があります.計測される弾性波 速度の精度は,弾性波伝播時間と時間測定最小単位,および打撃の瞬間と計測系に打撃 を告知した瞬間のタイミング誤差,さらに波動が到達した時刻評価の誤差により決まり ます.測線長が長ければ測定分解能が向上しますが,弾性波の振幅は伝播距離にともな い指数関数的に減少するため実用的な測線長に限界があります.また振動周波数が高い ほど初動の立ち上がりがするどく,速度測定分解能をあげることができますが,受信 振幅は周波数の増加にともない指数関数的に減少するので,振動の基本周波数によって も測線長が制限されます.
 Reasenberg and Aki [1974]はChelmsford花崗岩採石場の地表を利用して,エア− ガンを震源とし,数百メ−トルはなれた位置で9〜30Hzの帯域の受信波形をとりつづ け,多数の弾性波伝播時間デ−タの平均処理によりタイミング誤差を減らした結果, 100ppm程度の分解能で最大0.3%オ−ダ−の経時変化を検出し,地球潮汐にともなう 小さな応力変化により既存きれつが開閉するためと述べています.Yukutake et al. [1988]は,出力は小さいが再現性の高い圧電素子を発振子に採用し,繰り返し同じ振動 を岩盤にくわえ,受信された波形を繰り返し加算処理することにより,ノイズに埋もれ た波形をとらえると同時にタイミングエラ−を減らしました.測定条件は卓越周波数 16kHzの高周波振動で,測定長は約10mです.彼らの結果にも最大0.1%オ−ダ−の速度 変化が検出されており,地球潮汐との関連が述べられていますが,実験室でおこなった サンプルの静水圧試験でえられた弾性波速度の圧力依存性では説明できないので,検出 された弾性波速度変化は地球潮汐による応力変化にともなう微小なきれつの開閉その ものというよりむしろきれつの開閉にともなう水の移動によると論じています.

2.釜石鉱山で行なわれている連続観測
 Yukutake et al. [1988]と類似のシステムをもちいて,佐野は西松建設技術研究所と 共同で1994年11月から岩手県釜石鉱山内地下430mの花崗閃緑岩岩盤で弾性波速度の精密 測定をおこなっています.測定位置は図1にしめすような坑道で,測定方向は約N60E, 測定長は約16m,卓越周波数は26kHzです.圧電素子には1kVの矩形パルスをくわえま した.測定系の概念図は図2のとおりです.岩盤坑道壁面近傍の微小破壊域の影響を さけるため,壁面から1mボ−リングし,発振子と受信子(加速度計)を固定しました. 1994年11月からしばらくは4000回,現在は6000回,加算処理した波形を,当初は1時間 ごとに,現在は30分ごとに記録しています.
 記録された加速度波形を積分し,速度波形をもとめ,その初動の立ち上がり点と初動 のピ−ク位置により弾性波伝播時間を求めました.前者は本来の意味で位相速度をあた える弾性波伝播時間ですが,低周波ノイズによるゼロ点変動の影響をうけます.後者の 初動のピ−ク位置は直接弾性波速度をあたえるものではありませんが,低周波ノイズの 影響を受けにくいので,ppm程度の変動まで検出することができます.また波動の周波 数成分に変化がない限り,位相速度変化の尺度としてもちいることができるでしょう. 事実,初動の立ち上がりからもとめた結果とほぼ同じ結果がえられています.
 遠地地震にともなう速度変化の例として観測地点から震源が270kmはなれた三陸はる か沖地震とその余震にともなう変化を図3に示します.横軸は1994年1月1日0時を基点と した通算日です.また図中の星印は弾性波伝播時間の経時変化と余震が対応づけられた ものを示します.比較のために国土地理院のGPS連続観測システムがとらえた久慈観測 点の東西成分を示します[Heki et al. 1997].なお地震学会ニュ−スレタ−にもっと詳 しい図が掲載されています[辻他,1996].どちらも本震にともない急激にジャンプしま すが,その後の変化に大きな違いがあります.変位は地震後も同じ方向にゆっくり変化 し続けましたが,弾性波伝播時間はジャンプの直後からゆっくりと回復しました.
 地震直後の岩盤内の圧縮応力低下により,既存のきれつが開口すると弾性波速度が 低下し,弾性波伝播時間は増加します.応力変化にともなう水の移動により,きれつ 内部の水が減少したり,きれつ空間の体積変化により含水飽和きれつ数が減少しても 弾性波速度は低下します.また地震直後のひずみ変化により測定長が伸びても弾性波 伝播時間は増加します.三陸はるか沖地震にともなう測定位置近傍のN45E方向のひずみ 変化量はHeki et al. [1997]の作業過程で日置[1996]が求めた結果によれば+0.12ppm です.図3に示された三陸はるか沖地震にともなう弾性波伝播時間のジャンプ量は120 ppmですから,測定長の変化ではありません.

3.応力変化の推定
 観測地点近傍で採取されたサンプルをもちいて室内で弾性波速度を計測すると5.9 km/sですが,原位置で計測された結果は5.6km/sです.430m地下にはそれより上の岩盤 の重さに相当する圧縮応力が作用していますから,本来,原位置で計測された結果の方 が高い結果を示すはずですが,原位置にはサンプルにふくまれない割れ目が存在する ため低い値がえられたと考えられます.そこで430m地下に相当する圧力が作用した時 の弾性波速度の値が釜石の原位置の値とほぼ等しい大島花崗岩とBarre花崗岩の弾性波 速度の静水圧依存曲線[Sano et al. 1992]を採用し,三陸はるか沖地震時の速度ジャン プ量から応力変化を推定すると,15〜17kPaとなります.
 気象庁の地震記録からM3以上の地震をとりだし,1994年11月〜1995年11月,東経138 〜146度,北緯35〜44度の範囲の地震に対応する弾性波伝播時間のジャンプをすべて選 びだすと,86回あります.Kanamori and Anderson [1975]によるスケ−リング法則を もちいてマグニチュ−ドから地震断層の変位量,長さ等を推定し,Chinnery [1961]の 式をもちいて観測豪近傍のひずみを推定した結果と速度ジャンプ量の関係を示すと図4 のとおりです.図中には日置[1996]がOkada [1992]の式をもちいて計算した三陸はるか 沖地震によるひずみ(図中A)と最大余震によるひずみ(図中B)も示されています.日置の 計算ではモ−メント中心と震源位置のずれや方向性も評価されていますので,はるかに 信頼性の高い結果がえられていますが,どちらの結果にも遠地地震にともなう速度ジャ ンプと地震にともなうひずみに対応関係が認められます.ここで通常の花崗岩のヤング 率80GPaとポアソン比0.28をもちいて,第一次近似として,平面ひずみ仮定で三陸はる か沖地震にともなう応力低下量をひずみに換算すると0.15〜0.17ppmとなります.この 値は日置[1996]の計算結果0.12ppmとよく一致しています.
 1994年11月から1998年8月までの弾性波伝播時間の経時変化を図5に示します.なお この図は初動の到達時間を5ないし10時間ごとに平均処理した結果を示したものです. 図中520日から670日の間に大きな変動がみられますが,この期間のみ高電圧パルス発生 器内蔵のパルスを採用したためで,その他の領域ではパルス幅は高精度のシンセサイ ザ−により厳密に固定されています.この例外期間をのぞくと,ほぼ一定の割合で弾性 波速度が速くなり続けていることが明らかです.約4年間にわたる弾性波速度の増加率は 1年あたり約900ppmです.弾性波速度の圧力依存性をもちいて,この値を換算すると, 1年あたり約1.2barずつ圧縮応力が増加していることになります.この値は非常に興味 深い結果と考えています.
 これまでに遠地地震にともない検出された明瞭な速度ジャンプ量の最低値は3ppm程度 ですが,この分解能では地震に先立つ明瞭な現象は見出されていません.しかし釜石の テストサイトでは126mまで測定長を延長することが可能になっています.そこでもう1 桁分解能を上げる計画が動いています.同時に地震研究所の石井研究室グル−プの協力 をえて,ボアホ−ル内ひずみ計も設置し,比較検討する計画です.

4.水の影響
 地震研究所の油壺地殻変動観測所の観測壕では,山崎により比抵抗の経時変化観測が 開始され,遠方の地震発生時のステップ状の変化,地震発生数時間前の比抵抗変化が 報告されています.1970年代まではこのステップ状の変化と地震の際のひずみ変化の 対応関係が議論されてきましたが,1983年以降,この観測を引き継いだ歌田,吉野他 の研究により,ステップ状変化の極性が地震から推定される押し引きと無関係で,季節 によりほぼ決まっていること,ステップ状の変化が顕著にあらわれるのは横波の到着時 であることがわかってきました[歌田他, 1998].
 遠地地震にともなう弾性波速度ジャンプは比抵抗と同様に水の移動で説明できる可能 性があります.すなわち三陸はるか沖地震にともなう速度ジャンプと3年半におよぶ定 向的速度増加を応力変化にともなう既存きれつの開閉の観点から考えましたが,少なく とも地震直後のゆっくりした回復現象は説明困難です.おそらく応力低下にともない生 じた既存きれつの開口の後,拡大したきれつ空間に周辺から水が移動する過程で説明 できるものと考えています.
 岩石内のきれつの含水飽和率が変化すると弾性波速度が変化しますが,その変化は 含水比により大きく二つの領域にわかれます.含水比が小さい領域では水が増えると 密度増加等により弾性波速度が低下します.含水比が大きな領域では,含水飽和きれつ の増加にともなう弾性率の増加により弾性波速度は増加します.したがって岩盤のきれ つの含水飽和率がわからないと評価できません.釜石の観測豪壁面を観察しますと,壁 面の一部は乾いていますが,多くの割れ目から水がしみでています.そこで仮に岩盤の 含水比を80%と仮定し,弾性波速度と同様に大島花崗岩の実験室サンプルからえられた 弾性波速度の含水比依存性[佐野他, 1992]にもとづいて三陸はるか沖地震にともなう 速度ジャンプをもたらした含水比低下量を推定すると0.02%となります.瞬間的な応力 低下によりきれつが開口すれば含水飽和きれつ数が低下するので,必ず水の影響もある はずです.
 水の影響が大きいか,応力変化の影響が大きいか,現時点で結論をだすことは困難 ですが,水の移動仮説にとって有利な点は図4に示すように,遠地地震にともなう弾性 波速度の明瞭なジャンプとその後のゆっくりとした回復現象は速度低下のみで,大きな 増加ジャンプが検出されていないことです.図3の374日前後に2回,速度の増加ジャン プがありますが,ジャンプ後の挙動に違いがあるようです.応力変化仮説の有利な点 は,含水比80%程度の花崗岩では含水飽和きれつの減少は弾性波速度の低下をもたらす と同時に,エネルギ−吸収と関係するQ値の増加をもたらすので受信振幅の増加が期待 されるのにもかかわらず,三陸はるか沖地震およびその最大余震では受信振幅が減少 していることです.したがって現時点では応力仮説が有利と考えております

5.油壷で計画している弾性波速度と比抵抗の比較研究
 釜石で観測されている遠地地震にともなう弾性波速度の変化と油壷で観測されている 比抵抗変化は類似しており,おおむね瞬間的なジャンプとその後のゆっくりした回復 現象とみることができますが,これまでまったく別の現象で説明してきました.本研究 の目的は弾性波速度と比抵抗という異なる物性の精密連続観測を実施し,その結果を たがいに比較検討し,整合性の高いモデルを検討することにより,震源から遠くはな れた岩盤内の地震に先立つ微小な応力変化をモニタ−するシステムを検討することで す.
 弾性波速度測定系を導入するにあたって危惧された問題点は,油壷観測所の安山岩 質凝灰岩のQ値および弾性波速度が低いと思われることです.ここで平面波を仮定する と距離Xの位置の振幅A(x)は
   A(x)=A0exp(-fπX/Q/Vp)
で与えられます.ただしA0は発振源近傍の振幅,fは基本周波数,QおよびVpはQ値およ び縦波速度です.そこで直径7cmの円板状供試体をもちいて油壷観測所の岩盤のQ値お よび弾性波速度を評価した結果,Q値が約20,Vpが約0.8km/sという結果がえられまし た.釜石花崗岩の物性と比較すると,16m伝播した26kHzの波動の振幅は釜石の場合よ り30桁以上小さくなることがわかります.これは簡単に克服できる量ではありません が,同時に,釜石岩盤で受信している振幅と同じ受信振幅をえるためには1.5kHzまで 測定周波数を下げればよいこともわかります.
 発振源としてもちいる円板形状の圧電素子の厚み方向の共振周波数は素材の周波数 定数と円板の厚さにより決まります.ここで単純に厚み方向の共振周波数が1.5kHzの チタン酸鉛ジルコン酸鉛圧電振動子の厚さを求めますと130cmとなり,直径8cmの円柱 の重さは50kgになります.また出力は圧電素子の両端にかかる電圧勾配に依存するた め,円板が厚いほど共振周波数は低くなりますが出力は低下します.したがって薄い 圧電振動子を積層し,電気的に並列接続する方法を採用します.ところが圧電素子は ほぼ容量負荷で,パルス電圧を負荷するさいのサ−ジ電流の制限のため並列接続数に も制限があります.このような観点から総容量68nFの積層型圧電振動子を作成し,釜 石花崗閃緑岩岩盤で予備実験を行なった結果,8kHzの波動を126mの距離でとらえるこ とができました.この結果から油壷観測壕の岩盤の精密弾性波計測のめどが立った状 態で,平成11年度の研究継続を申請し認められました.そこで平成10年中旬には連続 観測を開始する予定です.

6.まとめ
 現時点でもっとも精度が高い測定量の一つが[クロック]です.その意味で弾性波伝 播時間の測定精度をこれまでより上げることが可能になりました.これまでに釜石花 崗閃緑岩岩盤で観測を続けてきた弾性波速度の分解能は3ppm程度であり,さらに上げ る見通しもたっています.しかし分解能をむやみに上げても一つの物性のみの計測で は一意的な解をえることが困難です.幸い油壷にはこれまでにも極めて高感度の比抵 抗測定の実績がありますので,同時に弾性波速度やQ値の経時変化がppmあるいはppm 以下の分解能でえられるならば,その結果をたがいに比較検討し,どちらの物性値に も適用可能なモデルを検討することにより,震源から遠くはなれた岩盤内の地震に先 立つ微小な応力変化をモニタ−するシステムの検討が可能になるものと考えています.

参考文献
Chinnery, M.A., 1961. Deformation of the ground around surface faults. Bull. Seismol. Soc. Amer. 51; 355-372.
日置幸介, 1996. personal communications.
Heki., K., S. Miyazaki and H. Tsuji., 1997. Silent fault  slip following an interplate thrust earthquake at the Japan trench. Nature. 386; 595-598.
Kanamori, H. and D.L. Anderson, 1975. Theoretical basis of  some empirical relations in seismology. Bull. Seismol. Soc.  Amer. 65; 1073- 1095.
Okada, Y., 1992. Internal deformation due to shear and  tensile faults in a half-space. Bull. Seismol. Soc. Amer. 82; 1018-1040.
Reasenberg P., and K. Aki, 1974. A precise, continuous measurement of seismic velocity for monitoring in situ stress. J. Geophys. Res. 79; 399-406.
佐野 修,工藤洋三,溝田忠人,水田義明,花崗岩の脆性破壊挙動  におよぼす 間隙水の影響,水曜会誌,21; pp. 390-396, 1992
Sano, O., Y. Kudo, Y. Mizuta, 1992. Experimental determination of elastic constants of Oshima granite, Barre granite and Chelmsford granite. J. Geophys. Res. 97; 3367-3379.
辻,畑中,宮崎,Webb, 日本地震学会ニュ−スレタ−表紙,7;1996
歌田久司,吉野登志男,行武毅,油壷のいわゆる「なまず石」の比 抵抗変化について(再考),第19回西日本岩盤工学シンポジウム 論文集,pp. 11-22, 1998.
Yukutake, H., T. Nakajima, and K. Doi, 1988. In situ measurements of elastic wave velocity in a mine, and the effects of water and stress on their variation. Tectonophysics. 149; 165-175.


図1.釜石花崗閃緑岩岩盤の弾性波速度測定位置.


図2.精密弾性波測定システム


図3.三陸はるか沖地震前後の20日間の弾性波伝播時間(初動のピ−ク位置)の経時
 変化.図中,四角印は国土地理院によるGPS計測結果でつくばとの相対的変位の
 東西成分[Heki et al. 1997より].


図4.1994年11月から1年間に発生した地震と対応づけが可能な弾性波伝播時間の
 ジャンプ量と弾性波速度計測地点近傍のひずみ変化量の関係.ひずみ変化は震源
 位置とマグニチュ−ドから推定されたもので,図中AおよびBで示された結果は
 日置[1996]による,より精度の高い計算結果.


図5.1994年8月末から1998年8月初旬までの弾性波初動到達時間の経時変化(10サン
プルごとの平均処理結果).横軸は1994年1月1日0時を基点とした通算日.図1に示さ
れたCh.1およびCh.2(10度ほど向きが異なる)でえられた結果をそれぞれOpen Circle
およびOpen Squareで示す.240日〜256日および520日〜670日の間のみシステム構成が
異なっており,パルス幅の変動が大きいのでこの期間を省くと,ほぼ単調に弾性波
速度が速くなっていることがわかる.


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Last modified: 1998/10/9