「基盤地質構造と活断層の対比による活断層系の力学モデルの構築」(中間報告)

早坂康隆(広島大学理学部)

大友幸子(山形大学教育学部)

嶋本利彦(地震研究所*現在 京都大学大学院理学研究科)


 著者らは,平成9年度・地震研究所一般共同研究において標記課題に取りくんでき た.ここに,その中間報告として研究の現状を紹介したい.

1.研究の趣旨

  地震発生の長期予測のために全国的な活断層調査が続けられ,主要活断層の活動履 歴に関して非常に重要なデータを提供してきている.その一方で,地殻の変形をモデ ル化し,観測データと比較することによって,より短期的な地震発生予測を試みるプ ロジェクトがいくつかの機関で始まっている.このような予測を可能にするためには ,(1) 断層系の幾何学的モデルの確立,(2) 断層系の運動学的モデルの確立(断層系 が地質時代にお互いにどのように動いてきたかを明らかにする),(3) 断層系の力学 的挙動を解析する,(4) 観測データと比較し,断層系の今後の挙動(地震の発生)を 予測することが必要がある.地質関係者が地震の問題にほとんど関わってこなかった ために,(1)と(2)が放置されたまま,つまり解析するべき系の幾何学的形態が決まら ないまま,断層系の挙動の解析法が模索されつつあるのが現状である.

 地震が地下深部で発生することから,地表の活断層のデータが不可欠である一方で ,活動している断層系について調べるためには,地下深部の地質構造に立ち入って検 討する必要がある.このような認識から,本研究では上記の課題(1)の検討を開始し た.日本列島の地質大構造をまとめ,活断層・歴史地震・地震活動・地殻変動などの データと対比することによって,地質構造のどの部分が動いているかを明らかにし, 断層系のモデルの素案を提示することが本研究の目標である.ここでは,西南日本内 帯(中央構造線より内陸側)についての検討結果を中心に述べる.  

2.西南日本内帯の地質構造発達史の概略

  西南日本内帯の白亜紀より前(約1.5億年以前)の地質体は,アジア大陸東縁での プレートの沈み込みによって,海洋プレート上にあった堆積物と陸からの堆積物とが 混ざり合い,陸側プレートの前面に集積して形成された付加体とよばれる地質体から なる(図1).これらの付加体は低角度の逆断層(スラスト)で境された幾つもの板 状の地質体(ナップあるいは,スラストシート)からなり,沈み込み帯深部で形成さ れた高圧変成岩とともに,たくさんのナップが重なったパイルナップ構造をなしてい る(図2a).太線は地層の境界のように見えるが,水平に近い主要な地質境界をな す断層が後の地殻変動によって曲げられたものである.

 このようにして厚く成長した地殻は,白亜紀後期にマグマの貫入・上昇の場(火山 弧)へと転化し,大規模な流紋岩質凝灰岩の噴出や花崗岩が貫入した.それに伴って 領家帯における高温型変成作用がおこり,地殻は成熟した大陸地殻へと進化した.そ の結果,白亜紀より前の地質体のつくるパイルナップの境界断層は“糊づけ”された り“杭打ち”にあったりして固まってしまい(図2b),これ以降再動しなくなる. 一方,白亜紀の火山フロントに相当する領家帯南縁には中央構造線が発生した.この 時代の中央構造線は,おそらくプレートの斜め沈み込みの横ずれ成分を解消する形で (Fitch 型横ずれ断層として),数100 km 以上の左横ずれ運動をした.これと平行 して,中央構造線の内帯側では多数の断層が形成された.この時代の中央構造線の運 動は,現在の左ずれ運動とは逆である.

 新第三紀になると大規模な陥没を伴う海底火山活動が始まり,大陸東縁部が引き裂 かれて拡大し(日本海の形成),また本州弧への伊豆の衝突とともにフォッサマグナ とその西縁を画する糸魚川−静岡構造線が形成された.これらにともなって,とくに 日本列島中央部では地殻の著しい変形がおこった.瀬戸内区では小規模なリフティン グがあり,それに伴う火山 活動があった.第四紀になると東西圧縮応力下における 変形と中央構造線の右横ずれ変位など,活断層系が現在の様式で活動するようになった.

3.地表地質と活断層系

 地質構造と活断層・地震活動などの比較するために,日本列島の地質図の上に活断 層と地殻内地震の分布を重ねて検討を進めている.それらを重ねた縮尺100万分の1の 図を既に作成し,より細かい図の検討を始めている.これまでの作業によって,以下 のような断層系の特徴が浮かび上がってきた.

 (a) 多くの地質境界は活断層と一致しない.
 いつくかの例外を除いて,主要ナップ境界などの古い地質境界断層は活断層で明ら かに切断されている(図3).このことは,大変重要で,反射法探査結果などから, 単純に活断層の深部への延長方向(物質境界としての断層ではなく,活動的な断層の 深部への延長方向)を推定することは危険である.つまり,構造探査では地質体の物 質境界が水平に近いものが強調されて検出される可能性が高いが,その境界が活動し ている断層だという根拠には全くならない.むしろ,地表における活断層と地質境界 の関係から類推すると,両者は無関係である可能性が高いことになる.反射法探査結 果の解釈には,地質構造発達史・活断層・地震活動などに基づく総合的な判断が必要 である.活動的な断層の深部への延長方向を探るには,微小地震発生ゾーンの地質学 的位置と傾斜,中〜大地震の震源解と余震分布なども貴重な判断材料になる.

 (b) 活断層系はブロック構造を作るほど成長していないのではないか?
 活断層系は,しばしばブロック構造を形成していると言われる(例えば,Kanaori et al., 1992).筆者らは,活断層の延長方向にブロック構造をなす明瞭な地質断層 が存在するかどうかを検討している.これまでの検討結果は,2〜3の例外を除いて, ブロックモデルに否定的である(図3参照).この点は大変重要で,ブロック構造を 作っている時といない時とでは,断層系の挙動のモデル化の方法がまるで違ってくる .ブロック構造を作っていないとすると,断層は地殻の中に散在するクラックとして 扱う必要がある.但し,断層の分布はランダムではない.興味深いのは,断層の連続 がとだえている部分(断層変位によって地殻の変形がまかなわれていない部分)では どのような変形が起こっているのか,という問題である.この問題は,「活断層の変 位速度が地殻変動の歪速度から予想される値より一桁小さいのではないか」という古 くからの議論とも関連している.

4.基盤地質と活断層

 活断層の発達の様式が,地殻を構成する岩石の種類によってどの程度変わるかを明 らかにするために,基盤地質に基づいて西南日本を図4のように区分した.地質帯は ,構成岩石の特徴などから,(1) 付加体およびそれらが変成した高圧変成帯,(2) 主 に花崗岩・流紋岩からなる花崗岩地域,(3) 高温型変成作用をうけた片麻岩と片麻状 花崗岩類からなる地域,(4) 第四紀火山岩類の分布域,(5) 正断層が発達した別府ー 島原地溝帯に便宜上分類した.図4では,小松らの飛騨ナップ説に基づいて,飛騨帯 南半部では美濃帯の付加体が伏在していると仮定して,同地域は付加帯に区分した. マグマが上昇する時に,周囲の岩石がマグマ中に取り込まれている.このような岩石 は捕獲岩と呼ばれており, 地殻深部を構成する岩石を推定する上で貴重な情報源で ある(捕獲岩は天然のボーリング).図4の区分には捕獲岩の情報も含めて,なるべ く深部の構成岩石を推定するようにつとめた.花崗岩類が貫入すると,周囲の岩石は 熱と熱水の影響でホルンフェルスと呼ばれる硬い岩石になる.ホルンフェルスの分布 する地域は,地下に花崗岩類が伏在しているものとして(2)に区分した.中央溝造線 のすぐ北に分布する領家帯(図4のMTLの北の片麻岩地帯)の岩石を見ると,恐竜が 絶頂期にあった白亜紀に,地殻深部( 10〜15 km 以浅)で起こったプロセスをかい ま見ることができる.

 図4は,このように,地表付近の基盤地質図に他の情報を加えて推定した地殻のや や深い部分の推定図である.内陸地震の多くは,図4のような地質状況において発生 していることになる.これらの区分において,力学的特徴が顕著に違うのは,均一で 緻密な花崗岩質地域とすべりやすい弱面(地層面,劈開面など)をもつ岩石から構成 された付加帯である.片麻岩地域はそれらの両方の性格をもつ岩石から構成されてお り,両者の中間的な地帯である.

 図4をどう見るかは読者におまかせしよう.基盤地質の違いによって活断層の発達 様式が際だって違うわけではない.ここでは以下傾向を指摘しておく.

 (a)中部地方−近畿地方東部
 花崗岩類と付加体がほぼ同程度分布し,付加体分布域では花崗岩地域よりも活断層 の活動度が低く,発達の密度も低いように見える.これは,付加体では弱面に沿う分 散した変形が起こっていることを示すのかもしれない.活断層は極めてよく発達して おり,近畿三角地帯では断層系がブロック構造を形成している可能性がある.中部地 方では,地質断層を考慮しても,ブロック構造は形成されていないようである.

 (b) 近畿西部,中国地方,九州北部
 大部分が花崗岩地域で占められ,その中に小規模な付加体が閉じこめられている. 近畿西部では,花崗岩質地殻と付加体が西北西−東南東方向に伸びて帯状配列してい る.中国地方西部では,白亜紀に形成された北東−南西方向の基盤断層のいくつかが 活断層と一致している.岩国断層や山崎断層などでは,応力場の転換にともなう変位 センスのインバージョンが認められる.

 (c) 瀬戸内火山区
 中央構造線のすぐ北側に沿う中新世(約 15 Ma)の瀬戸内火山区では,活断層の分 布密度が極端に少ない.佃(1992)は,この地域では地殻内地震の下限が10km と浅 くなっていることを指摘し,北東ー南西方向に雁行配列した活褶曲帯(瀬戸内剪断帯 )が存在することを提唱している.しかし,この点に関しては,地下温度と最近のGPSのデータなどを含めて再検討が必要である.

 図4の断層系をモデル化するとすれば,不均一に分布したダメージ(活断層)を含 む媒体の挙動を解析することになるのではなかろうか.評価が大変難しいが,おそら く媒質も弾性限界を越えて不均一な塑性変形をしている.今後は,活断層の変位速度 と第四紀における総変位量を考慮して,これらの断層系がどのように運動したかを検 討するべきである.

参考文献
Kanaori, Y., S. Kawakami and K. Yairi, 1992, The block structure and Quarter nary strike-slip block rotation of central Japan, Tectonics, 11, 47-56.
活断層研究会編,「新編日本の活断層」,東京大学出版会,1995.
佃 栄吉,1992,西南日本弧のアクティブテクトニクス−前弧スリバーの西進運動に ともなう変形像−,地質学論集,no. 40, 235-250.


図1 西南日本内帯の白亜紀より前(約1.5億年以前)の付加体群.白亜紀以降の地
質体を取り除いた形で復元した図.


図2 西南日本内帯の模式断面図.
a :白亜紀より前のパイルナップ構造(凡例は図1に同じ).b :白亜紀に花崗岩類
が貫入し,ナップ境界の断層を固定.太線は地質体の境界断層.


図3 丹波帯−舞鶴帯のナップ境界と活断層の関係.活断層の分布は「新編日本の活
断層」(活断層研究会編,東京大学出版会,1995)による.活断層は主要地質境界と
ほとんど一致していない.反射法探査で検出される可能性が高いのは主要地質境界で
あり,反射面を活断層の深部への延長方向と単純に解釈することはできない.


図4 西南日本の基盤地質と活断層の関係.活断層の分布は「新編日本の活断層」(
活断層研究会編,東京大学出版会,1995)による.白抜きは,被覆層が厚く,基盤の
推定が困難な所.


広報の目次 へ戻る

地震研究所ホームページトップ