1998年度地震研究所公開講義(2)

『地震・火山噴火研究のための測地学の道具箱』

地球計測部門 大久保 修平


1.見えないものを視る,聞こえないものを聴くには?

 地球の内部(固体地球といいます)は岩石でできていて,大気や海洋などとは大きく 異なっています.たとえば,大気の場合を考えると,人工衛星画像から,その流れの 様子(低気圧の雲など)を観察することができます.これはテレビの天気予報でお馴 染みのことと思います.それに対して,固体地球は光をとおさないので中の様子を直 接みることはできません.また大気・海洋なら,飛行機・気球・船等をつかって自由 に,そこにある物質(試料)を直接とってきて研究できるのですが,地球内部では固 い岩石にはばまれているので,そういうわけにもいきません.これまでに一番深く掘 られたロシアのコラ半島の掘削坑でも深さは十数kmですから,地球半径の0.2%ほどを 掘り抜いたにすぎません.

 このようなわけで,地球内部を探る必要のある地震や火山の研究は,最初から非常に 大きなハンディキャップをもっていることがわかります.それでは,私たちはなすす べがないのでしょうか?実はそんなことはありません.光の代わりに,地下の岩石に ブロックされずに地表に伝わってくるものを分析すればよいのです.その代表的なも のは地震波です.地震波は震源を出発して地上に到達するまでの間,途中の岩石を上 下左右に揺さぶりながら進んでいきます.途中の岩石の状態によって地上で観測され る地震動はかわってきます.ですから地上での地震観測を分析すると,地球内部の様 子がわかってきます.ちょうどポンポンとスイカを叩いて音を聞くことにより,熟れ 具合をおしはかるようなものです.このように地震波をつかう正統的な地震学的手法 以外に地球内部を探る方法としては,測地学的手法,電磁気学的手法,物質化学的手 法などなどがあります.そのなかから,私の専門である測地学的な道具のいくつかに ついてお話ししましょう.

2.測地学的手法 − 三角測量の時代から宇宙技術による測量の時代へ

 まず測地学という言葉の意味から,簡単に説明しておきましょう.測地学とはひらた くいえば,「地球の形,大きさ,重力を決定する学問」のことです.道路工事,建設 現場でよく見かける測量の親類ですね.測量というのはある場所の位置(緯度,経度 ,高さ)を決定する技術のことです.これがどうして地震や火山の研究に役にたつの かを説明するために,次のようなことを考えてみましょう.

 まず,地面に固定した目標点を多数,設置しておきます.例えば山の頂上付近によく ある三角点などがそうです.つぎに,それぞれの点について,地震や噴火の前後の2 回,測量を繰り返して,緯度,経度,高さを決定します.2回の測量結果に差がでて くれば,それは地盤の隆起・沈降や水平移動などの地殻変動をとらえたのだと考えて よいでしょう.図2は今から75年前に起きた関東地震によって生じた隆起と水平移動 を三角測量で明らかにした例です.三角測量というのは,望遠鏡をつかっていくつか の目標点の間の角度を順々にはかって位置を決定する測量法のことです.観測に要し た日数は約2年で,70年前では大事業でした.

 今では高度20,000kmの上空を周回する24個ほどの人工衛星から発射される 電波を使ったGPS(全地球測位システム)によって(図3),各地点の緯度・経度 ・高さ,および,それらの時間変化(地殻変動)が数時間で求められています.この GPSは車に取り付けられ,カーナビに使われたりしていて,身近なものになりつつ あります.日本では,国土地理院によって,おおむね20kmおきにGPS受信機が 配置され,連日観測が行われています.地震研究所などの大学では地震・火山活動の 研究のために狭い範囲に多数の受信機を配置して観測するなどの工夫が行われていま す.このGPS観測システムを使いますと地震や火山噴火のときに生じる地殻変動をた ちどころに,しかも毎日毎日の変動をとらえることができます.

 次にその原理を説明しましょう.GPSをつかった測量といっても,いろいろなバリ エーションがあって一口で説明することはむずかしいのですが,その基本となるとこ ろは図4のようになります.まず,多数の衛星の位置をあらかじめ軌道計算で決定し ておきます.観測日時をきめれば,衛星の位置が計算で求められるというわけです. つぎに,観測点で衛星から発射された電波を受信し,衛星までの距離を割り出します .時々刻々,運動をする衛星(位置が計算でもとめられている)に対し,時事刻々変 化していく観測点までの距離をもとに,地上の点の位置を割り出すことができます. この GPS測量を地震の研究に応用した例としては,1994年北海道東方沖地震 のときに生じた,最大で数十cmもの地盤の水平移動をとらえたものが有名です. それではこのGPSによる観測さえあれば,もはや十分なのかというとそうではあり ません.まだ,いくつかの問題点が残っています.主な問題点を2つほど,あげてみ るとつぎのようになります.

(問題点1)
測量の点の間隔がまだまだあらい.たとえば,図5の神戸の地震の際の GPSの結果をみると,この地震のようにマグニチュード7程度で震源域のサイズが 数十kmぐらいの場合には,現在のGPS点配置では,震源域に1,2点しか含まれて いないことがわかります.この場合には,観測点が不足気味で,地震の全体像をとら えるのが困難です.

(問題点2)
海の地殻変動がとらえられない.海溝付近でプレートとよばれる巨大な 岩盤がぶつかっていて,海側のプレートが陸側のプレートの下に沈みこむときに大地 震がおこるといわれています.ですから,マグニチュード8クラスの巨大地震は,深 さ数千メートルをこす深海底でよくおこります.たとえば1944年の東南海地震, 1946年の南海道地震,1968年の十勝沖地震などがそうです.これらの地震に よる地殻変動は陸域にも及びますが,震源域に近い海底の変動の方がより顕著である はずです.もし,この海底地殻変動がとらえられたなら,地震の本質がよりよくわか るに違いありません.

 これら2つの問題点を克服する手段として合成開口レーダと人工衛星海面高度計につ いてお話を進めたいと思います.

3.合成開口レーダで地形と地形変化(地殻変動)をはかる.

 兵庫県南部地震にともなう地殻変動の全貌をとらえるには,現在のGPS測定点の分 布ではまばらすぎて,困難でした.もしも100m間隔くらいで,地盤の動きがわか ったとすればどうでしょう?ちょうど,普通のテレビ画像ではぼやけてみえなかった ものが,高画質のハイビジョンではくっきりとみえるように,地震で生じた地球の表 情の微妙な変化をつかむことができるでしょう.それをてがかりに地震をおこすメカ ニズムの研究がすすむでしょう.でも,100m間隔で細かく地盤の動きをしること が本当にできるのでしょうか?実は,部分的ではありますが,そういう技術が人工衛 星や航空機をつかって開発されてきました.干渉合成開口レーダという技術がそれで す.その原理をごく簡単に説明すると,つぎのようになります.まず,レーダーとい う名前から明らかなように上空を飛ぶ衛星や航空機から,地表に向かって電波を発射 します(図6).そして,その電波が地上にあたって,エコー(反射)が衛星に戻っ てくるまでの時間を計ります.この往復時間x電波の進む速度÷2が衛星から地上の 反射点までの距離をあたえてくれます(図7).この距離のことを視線距離といいま す.ところで,衛星の位置は軌道の計算からわかっていますし,電波を照射した向き もわかっていますから,計算によってエコーを送りかえしてきた地上の点の位置がわ かることになります.これで,地殻変動をはかる準備ができました.図8のように, 地盤が隆起する前後2回人工衛星からの視線距離をはかってやると,その変化が観測 されることになります.日本の衛星ふよう1号の場合,この視線距離の変化は隆起量 の0.8倍と,ほぼ西向きの水平移動量の0.6倍とを加えた量になります.したが って,隆起量や水平移動量そのものを観測することはできませんが,それらを組みあ わせた視線距離が地殻変動として検出できるというわけです.

 1997年3月26日の鹿児島県北西部の地震(マグニチュード6.3)がひきおこ した地殻変動を,ふよう1号の合成開口レーダにより視線距離の変化としてとらえた 例を図9に示します.このとき,衛星の位置は薩摩半島の東側約400km,高度5 70kmにありました.この衛星から見たときの視線距離変化が同じななる場所を, 等高線のように結んでいます.地震のメカニズムの研究からは,震源(図中のx印) の北東では西向きの水平変動が卓越すると予想されます.これを視線距離の変化に換 算すると+5cm程度の変化が予想され,図9の+6cm程度の変化とよく一致していること がわかります.逆に震源の南東では東向きの水平変動が卓越すると予想され,これは 衛星画像では視線距離の減少として現れていることがわかります.合成開口レーダで は,地殻変動3成分(上下変動1成分+水平変動2成分)そのものはわからないにし ても,それらの一種の平均値が,地表面上くまなくわかるという特長があるわけです .一言でいえば,癖のある飛び道具という事ができます.また地上に特別の受信機を 置く必要がないことも利点にあげられます.

4.海面の凸凹をはかる−海底地形・海底地殻変動をはかる

 ここでお話する海面というのは,正確には平均海面とよばれるものです.波浪や満潮 ・干潮などにより海面はつねに揺れ動いていますから,地球の中心から計った高さと いったときには,それは長い時間にわたって平均したときに得られる面の高さという 意味です.海面を揺り動かす現象は,時間平均をとることによって,除去されてしま い,「平均海面」という概念が得られます.平均海面は水平面ですから,なめらかな 曲面で凸凹のない面だと想像されるでしょう.実際に計ってみた結果,海面の盛り上 がりやへこみの程度は全世界でみて,100mぐらいに達していることがわかってい ます.たとえば日本海溝のあたりでは,周囲に比べて20mぐらいくぼんでいます. これは深くえぐれた地形の為に,まわりに比べて万有引力が小さくなっているためで す.海面の凸凹(海面形状)がわかったとして,それが何の役にたつのでしょうか? 図13を見て,頭の体操をしてみましょう.まず海面=水平面と重力のはたらく向き に注意しましょう.物体が地球の重力に引っ張られていく向き,すなわち静かに物体 を落下させたときの落下方向が,重力の向きになります.この向きは常に水平面に直 交します.もしそうでないと水平面においたボールが,力を加えなくても自然に転が り出してしまう事になります(図10a).これは矛盾ですから水平面と重力の向き は直交しなければなりません(図10b).つまり海面は重力のはたらく向きを教え てくれるのです. 図10cをみてみましょう.この図では海底の下に重い物質があ って強い万有引力を周囲に及ぼし,重力が強くなっている状況を考えています.重力 のはたらく向きは物体の重心の向きで,図では矢印で示されています.先ほど述べた ように,重力のはたらく向きと水平面=平均海面は直交しますから,平均海面は図に 示すように,重い物体の直上で盛りあがることになります.逆に,海底が深くえぐれ た海溝など,万有引力を及ぼす物質が不足して重力の弱い場所では海面がへこむこと になります.

 ところで一体,陸から遠く離れた広い海のなかでどうやって海面の高さをはかったの でしょう?海の中は電波が伝わりませんから,これまでお話してきたGPSや合成開 口レーダも力を発揮することができません.そこで海面からの電波の反射を使います .詳しく言うと,図11のように人工衛星からマイクロ波という電波を海面にむかっ て照射し,電波が海面で反射して衛星に戻ってくるまでの往復時間を計ります.この 往復時間に電波の伝わる速さをかけると,衛星と海面の間の往復距離がわかるという わけです.その半分が衛星と海面の間の距離になります.衛星からビームとして発射 された電波は海面に達するときには直径数km程度の広がりをもってしまうので,こ の範囲の海面まで距離を平均した値が実際には測定されることになります.この平均 化のおかげで,衛星の直下点の海面が波浪などのためにゆらゆらと揺れ動く効果は取 り除くことができます.一方,地上の衛星追跡観測と軌道計算で,地球中心(重心) から衛星までの距離をあらかじめ求めておくことができます.こうして計算で求めた 距離から,さきほど測定した衛星から海面までの距離を差し引くと,地球中心から海 面までの距離がわかるという仕掛です(図11).

 ここで海面の凸凹は,重力の強弱と対応していて,地下の物質の軽重を教えてくれる ということを思い出してください.ということは,衛星を使って得られた海面形状か ら重力の強弱がわかり,それから海の底の物質の分布が推定できることになります. 陸上地形にくらべると,広い海の海底地形図はまだまだ不完全で,あちこちに海山の 見落としがありました.未知の海山があると,そこでは海面が盛りあがります.逆に 海面が盛りあがっている所がみつかれば,そこの海底には海山が隠れている可能性が あるので詳しく音響測深で調査をすればよいことになります.図12は,このような 調査を開始する前と後との,ある海域の海底地形図の比較です.衛星をつかった海面 高度計測で,数多くの海山が発見されたことがわかりますね.

 それでは平均海面の形状は常に一定で変化しないのでしょうか?実は陸上の地形が地 殻変動でかわるように,海面の形状も地震や火山活動によって変化することが理論的 に予想されます.

 図13は1964年のアラスカ地震の前後で海面形状がどう変わったはずかを理論計 算で求めたものです.地震の震源域付近では大きな海底地殻変動が生じますから,先 ほどの海山の例と同じ原理で海面に凸凹が生じます.その程度は1cmぐらいのわず かな変化にすぎませんが,衛星を使った測定では2mmの測定精度がありますから, 地震による変動をとらえることができると期待されています.この技術を実際に地震 の研究に使うためには,いくつかの問題を解決しなければなりません.しかし,いず れ海溝沿いの巨大地震の発生メカニズムの研究に大きく貢献するものと期待されてい ます.

5.まとめ

 今回のお話では,人工衛星をつかった地形や地殻変動の観測の話をしてきました.G PS,合成開口レーダー,衛星海面高度計などです.これらの測定手段はいずれも宇 宙技術を用いたものでした.そのほかにも,今回,お話できなかったレーザーを用い た地球計測など,先端技術を応用した地震や火山の研究が地震研究所では進められて います.

参考文献

(1) 土屋 淳,辻 宏道,「GPS測量の基礎」,日本測量協会,1995.
(2) 海津 優,地殻変動アニメマップは可能か?,測量,45巻,8号,pp17-24, 1995.
(3) 大久保修平,宇宙から覗く断層面上のアスペリティー  ─人工衛星海面高 度計データのシュミレーション─,月刊地球,184巻, 622-625, 1994.


図1. 地球をさぐる.


図2.1923年関東地震で生じた水平地殻変動.相模湾を境に逆向きに数mの食い違い
が生じた様子を,古典的な三角測量でとらえた例.


図3.地球を周回するGPS衛星.これにより測量が迅速かつ正確にできるようになった.


図4.GPS測量の基礎.(電波の到達に要する時間)x(電波の速度)で算出した半径
の球面上に,地上の受信点があるはず.いろいろな衛星について球面を描き,その交
差するところが正しい位置である.


図5.1995年兵庫県南部地震(阪神大震災)にともなう水平変動とGPS観測点の
分布.観測点が不足気味である


図6.合成開口レーダを搭載した,「ふよう1号」(宇宙開発事業団).高度約50
0km.


図7.地上にむかって電波(マイクロ波)を発射し,地上からのエコーを受信する合
成開口レーダ(SARともよぶ).


図8.地震の前後2回のレーダー観測で,地殻変動が視線距離の変化としてとらえら
れる.


図9.1997年3月から4月にかけての,ふよう1号の合成開口レーダ画像解析.
データ解析:東大地震研究所・宇宙開発事業団
衛星データ所有:通産省・宇宙開発事業団
衛星データ提供:宇宙開発事業団


図10.もし(a)の図のように重力のはたらく向きと平均海面=水平面が斜交して
いると,水平面をボールが転がり出してしまう.これは矛盾なので,(b)の図のよ
うに重力と水平面は常に直交するはず.(c)の図のように海山などがあれば,それ
が及ぼす重力(引力)の向きは矢印のようになる.水平面を矢印に直交するようにえ
がくと,海面が盛り上がっていなければならないことがわかる.



図11.地球中心からはかった「海面の高度(破線)」は,「衛星の高さ(細い実線
)」マイナス 
「衛星と海面の距離(太い実線)」に等しい.


図12.上は海面高度計を使う前につくられていた海底地形図.下は同じ海域で,海
面高度計により発見されたファウンデーション海山.



図13.1964年アラスカ地震(M9)に相当する地震がおこると,海面高度は約1c
m変化する.震源域の上を飛行する衛星から,この変化ははっきりととらえられるは
ずである.


広報の目次 へ戻る

地震研究所ホームページトップ

Last modified: Sat Dec 13 23:33:45 JST 1997