特定共同研究

北海道東部域の地殻およびマントル上部の比抵抗構造

- MTおよびネットワークMTデータの統合解析 -

北海道大学大学院理学研究科  佐藤秀幸

北海道大学大学院理学研究科  西田泰典


1.はじめに

 北海道の東半分は,千島弧南西端に位置しています.この地域は現在の太平洋プ レートの沈み込み帯であると同時に,かって(新生代第三紀)北米プレートに乗った オホーツク古陸が西進するにつれてユーラシアプレートと衝突した現場でもあります .その様子を模式的に示したものが図1です(松井等,1984).内陸部の弟子屈周辺 に多く発生する浅い地震は,現在の太平洋プレート運動を応力源とし,かって形成さ れた古い構造の不均質性や断層に規定されて発生すると考えられています.図2の重 力異常分布を見ると,北海道東部域の南はわが国最大,227mgal の高重力異常地 帯であり,原因がいまだにはっきりしていせん.このようにテクトニクスの観点から 見て重要な地域であるにもかかわらず,十分な構造研究がなされてきたとは云いがた いのが現状です.例えば Zhao et al. (1992) や Miyamachi et al.(1994) などによ る地震学の研究から,北海道のモホ面分布が求められていますが,東部域は海や国境 に囲まれて十分な地震計の展開がままならず,さらに詳しい研究がはばまれています .また Uyeshima (1990) による地磁気・地電流法(マグネトテルリック法;MT法 )観測から,マントルの比抵抗構造を覗くことが出来ましたが,解析された電磁場の 変動周期が 300 〜 7280 秒と長周期側に偏っているため,むしろ浅い方の,地殻の 比抵抗構造の分解能に乏しいきらいがあります.そこで本研究では,ほぼ 10^-3 〜 1 0^5秒をカバーする超広帯域のMTデータ解析により,地殻浅部からマントル上部ま での比抵抗構造を,詳細に推定することを試みました.このような研究は短期的地震 予知または予測の観点から見れば迂遠に思われるかもしれませんが,まず地震発生の 「場」を知ることから始めるのが正攻法であると,著者等は考えています.


図1 約四千万年前ごろの北海道周辺の古地理と断面を模式的に示したもの.


図2 北海道東部の重力異常図(山本・森谷,1989 を一部修正した).
   単位はミリガル.

2.観測およびデータ解析

  まず我々は, 31 の測点を千島弧にほぼ直交する3本の測線上に配置し(図3) ,周期 0.003〜1820 秒にわたる広帯域 MT 観測を行いました.図4は対象領域の北 部,中央部,南部を代表する観測データ例です.残念ながら計測器の数が十分でなく 同時観測記録ではありませんが,磁場変動の振幅が3点ともほぼ同じなのに対し,中 央部の電場変動の振幅が他と比べて著しく小さいことがわかります.変動電場(E) と変動磁場(H) の比 の2乗 (E/H )2 がみかけ比抵抗に比例しますから,定性的に は,中央部付近に比抵抗の低い層が分布していることを示しています.本研究では定 量的な構造解析のため,観測された磁場,電場のデータをスペクトル解析し,それら の逆解析を行うことにより2次元比 抵抗構造を推定しました.基本的な解析の方法は,例えば Ogawa et al.(1994) と 同じです.   具体的な構造解析の結果,この観測で得られた変動周期範囲では,表皮効果によ る電磁場の減衰のため,下部地殻以深の構造分解能が著しく乏しいことがわかりまし た.そこで我々はより長周期のデータの必要から,上記 Uyeshima (1990) によるネ ットワークMTデータ(300 〜 7280 秒)を解析させていただきました.電場のデー タは図3の測線Bに沿った赤線で囲った三角ネットから得ました.ネットワークMT 法は,森(1985) により開発された NTT 通信網を用いた地電位差観測法を,地震研 究所を中心に拡張発展させたものであり,電話回線をケーブルとして用いて数 〜 数 10 km スケールの平均的電場観測を可能にしています(ネットワークMT法の具体的 解説は,上嶋等(1991) や歌田(1997) を参照して下さい).このように従来の広帯 域MT法にネットワークMT法を加え,ほぼ10^-3 〜 10^5秒という超広帯域の電磁場 データを逆解析すれば,地殻浅部からマントル上部までの比抵抗構造が推定可能とな ります.


図3   MT観測点分布(黒丸)とNTT 電話回線網(三角).本研究では
   赤で示された三角ネットの電場を用いた.


図4  上から,北部,中部,南部域を代表する磁場(H) と電場(E) の記録例.
   添字 x と y は各々南北および東西成分を示す.

3.比抵抗構造とその解釈

  図5は図3の測線Bの太い実線に沿った2次元比抵抗断面を示しています.それ を簡略化して示したのが図6です.特徴として1)根釧平野の下の地殻浅部5〜6Km 深までの低比抵抗層(約10Ωm;図4の電場振幅の小さい観測データは,この低比 抵抗層の存在を表していた),2)火山前線(VF)より前弧側(太平洋側)の深さ 7〜25kmに分布する高比抵抗層(5000〜10000Ωm),3)VFより背 弧側(オホーツク海側)の下部地殻の低比抵抗層,4)マントル内55〜100km 深のやや高比抵抗層(700〜1000Ωm),の存在が挙げられます.   一般にMT探査による構造分解能は深度とともに悪くなるので,おおむね1)か ら4)にかけて確からしさの程度が悪くなります.1)で示された低比抵抗層の存在 は疑う余地がないし,その比抵抗値も確かであると考えられます.我々はその低比抵 抗層の原因物質を同定するため,重力解析を行ってみました.測線近傍のボーリング コアの密度,堆積年代,深度の関係(松波・秋田,1989)を参考に密度構造解析をし た結果,図5に見られるように新生代第三紀層と白亜紀層の境界が低比抵抗層の下面 に対応づけられました.このことは,低比抵抗層が新生代の堆積物に由来することを 示しています.2)の高比抵抗層の存在も確かなものです.様々に比抵抗値を変えて モデル計算をしたところ(感度テスト),上で示した推定値からはずれると観測デー タを満たさないため,その推定値はほぼ間違いないと考えられます.測線A, C でも 同様な高比抵抗層の存在が確認され,高重力異常域と一致します.従って,高比抵抗 層と高重力異常をもたらす高密度層とは,原因物質を同じくすると推定されます.こ の付近には火山岩片を含む白亜紀の堆積岩が多く露出しています.しかし他の地域の 地下にも白亜紀層が分布するにもかかわらず,ここで見られる程の高重力・高比抵抗 が観測されないことを考えると,特殊な物質または状態を考えなければなりません. 粗粒玄武岩(ドレライト)ではないかという説もありますが,今のところまだ断定し ないほうが良さそうです.モデルの感度テストの結果,3)の低比抵抗層の存在は確 かと思われますが,比抵抗推定値そのものには不確定さが残りま す.多くの大陸や島弧の下部地殻に低比抵抗層が見いだされており,その原因を,水 ,地殻物質の部分融解,特殊導電性鉱物などに求めていますが,現状ではそれをはっ きり特定することはできません.4)のやや高比抵抗の層は,図5に見るごとく深発 地震発生域と位置的に一致しており,プレート上部をあらわしているように思えます .比抵抗値も東北日本弧で得られている500Ωm(Utada et al., 1996) とほぼ一 致しています.しかし感度テストの結果をみると,残念ながらこの深度になると高比 抵抗層の分布形態や比抵抗値を強くは主張できないのが正直なところです.   今後は海域を含めた多点で精度の高いデータを取得し,3次元比抵抗構造を求め る努力が必要な時代になってきています.


図5 B 測線に沿った2次元比抵抗断面.黒の実線は重力異常解析から得られた
   新生代第三紀層と白亜紀層の境界.白丸は北海道大学地震火山研究観測
   センターによる震源分布を示す(丸の大きさはマグニチュードに比例している).
   VF は火山前線の位置をあらわす.


図6 B測線に沿った2次元比抵抗断面を簡略化して示したもの。

4.まとめ

  東北日本弧では Ogawa (1987) や Utada et al.(1996) によって下部地殻に低比 抵抗層の存在が確認されており,本研究対象域である千島弧南西部と共通しています .一方,西南日本弧に属する中国・四国地方では地殻の比抵抗が極めて高く(10 kΩ m),下部地殻に低比抵抗層の存在は認められません(塩崎,1993 ).なぜ場所により 低比抵抗層が存在したりしなかったりするのを確かめるために,地殻熱流量データか ら地殻の温度分布を推定し,下部地殻が部分溶融している可能性があるかどうかを調 べる必要があります.その際,水の存在が岩石の融点を下げる効果も考慮しなければ ならないでしょう.   この研究で始めて見つかった前弧側の高比抵抗層は,かっての大陸どうしの衝突 事件と深くかかわっているように思え,その原因物質を同定することや成り立ちの解 明など,重要な問題を提起しています.今後,この高比抵抗層の存在も含めたテクト ニクスの議論を発展させる必要があります.

 5.謝辞
  この研究を支えて下さり,また本来は共著者となるべき次の方々(敬称略)に深 い感謝の意を表します:笹井洋一,上嶋 誠(地震研究所),小川康雄(工業技術院 地質調査所),長尾年恭(東海大学地震予知研究センター),笠原 稔,高田真秀( 北海道大学地震火山研究観測センター),宇津木 充,谷元健剛,前田宣浩,田村 慎(北海道大学地球惑星科学専攻).

参考文献

松井 愈,吉崎昌一,埴原和郎編,北海道創世記,北海道新聞社,1-197, 1984.

松波武雄,秋田藤夫,根釧地域の深層熱水資源とその評価,地下資源調査所報告,60, 119-156, 1989.

Miyamachi, H., M. Kasahara, S. Suzuki, K. Tanaka and A. Hasegawa,1994, Seismic velocity structure in the crust and upper mantle beneath northern Japan, J. Phys. Earth, 42, 269-301.

森 俊雄,長基線地電位試験観測,気象研究所研究報告,36, 149-155, 1985.

Ogawa, Y., 1987, Two-dimensional resistivity modeling based on regional magnetotelluric survey in the Northern Tohoku district, J. Geomag. Geoelectr., 39, 349-366.

Ogawa, Y., Y. Nishida and M. Makino, 1994, A collision boundary imaged by magnetotellurics, Hidaka Mountains, central Hokkaido, Japan, J. Geophys. Res., 99, 22373-22388.

塩崎一郎,中国・四国地方の電気比抵抗構造に関する研究,神戸大学博士論文, 1993.

Utada, H., Y. Hamano and J. Segawa, 1996, Conductivity anomaly around the Japanese islands, Geology and Geophysics of the Japan Sea (Papan-USSR Monograph Series, Vol. 1), ed. Isezaki N. et al., 103-149.

歌田久司,電気抵抗で見る地下構造,地震ジャーナル,23, 9-16, 1997.

Uyeshima, M., 1990, Application of network MT method to the study of electrical conductivity structure in the eastern part of Hokkaido, PhD thesis, Univ. of Tokyo.

上嶋 誠,歌田久司,西田泰典,Network-MT 法について,Conductivity Anomaly 研究会論文集,39-51, 1991.

山本明彦,森谷武男,北海道の重力異常と地下構造,月刊地球, 11, 377-385,1989.

Zhao, D., A. Hasegawa and S. Horiuchi, 1992, Tomographic imaging of P and S wave velocity structure beneath northeastern Japan, J. Geophys. Res., 97, 19909-19928.


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1999/3/5