InSARによる変位場と無変位場の観測
−無変位場の無変位を正しく観測できるか?
Observation of displacement and immovable fields by radar interferometry
(Can it detect no displacement of immovable fields?)

木村 宏, 岐阜大学
Hiroshi Kimura, Gifu University

hkimura@cc.gifu-u.ac.jp


Abstract: Our goal is to detect un-displacement of un-displacement fields correctly by SAR interferometry. We think the most significant error source is a range delay due to water vapor in the atmosphere. Two methods to correct water vapor delay are studied. One method is to use GPS data, and another one is to use meteorological data. Two methods are applied to correct JERS-1 SAR interferograms. Some improvements are observed in the interferogram of summer and winter pair. However, in interferograms of winter and winter pair, some parts are corrected, but other parts are over-corrected by both two methods.

1.はじめに

 差分InSARは地表変位場のマッピングに有効な技術として注目され,現在まで多数の事例が公表されている.しかし,その事例のすべては,変位の存在があらかじめ確認あるいは予想される場合に限られており,InSARによって初めて変位を検出した例は皆無ではないだろうか.それでも,InSARが地表変動の観測に有用なことは明らかであろう.しかし,著者は無変位場の観測精度(正しくは処理精度?),誤差の補正法,誤差要因の検討に関心がある.


2.水蒸気遅延の影響

 InSARによる地表変動検出の誤差要因として,大気水蒸気の影響がFujiwaraら(1998)によって詳しく報告されている.干渉図の平均化は,突発的な変動場の検出において,水蒸気に起因する誤差を軽減する方法の1つである.しかし,平均化法不等速度で持続的に変動する場の詳細検出には不適である.例えば,著者らがInSARで検出した地滑りの例では,時期によって異なった変動位相パターンが得られている(Kimura and Yamaguchi, 2000).このような場合,平均化は真の変動位相を破壊する.

 一方,水蒸気遅延を直接補正する方法の研究も注目されている.例えばShimadaはGANAL (Global objective analysis data)を用いた方法を提案して残余位相偏差を大幅に改善した(2000).しかし,GANALを一般ユーザが扱うことは難しく,また水平方向の空間分解能が大きく局所的な精度に問題が残る.


3.気象データとGPSを利用した補正法

 一般ユーザが比較的利用しやすいデータを用い,さらに局所的な水蒸気の影響をも含む補正法として,著者らは地上気象データやGPSデータ,さらに数値地形データを利用する方法を検討中である.例えばFig. 1が示すように,JERS-1 SARの岐阜のシーンには,その内部および周辺に約5点の気象庁地上気象台と約50の国土地理院GPS局が存在し,共に観測データが一般公開されている.GPS観測データから,JERS−1 SAR干渉図にほぼ対応する時刻間での水蒸気遅延量差を得て,その標高依存性を示したのがFig. 2である.地形標高に相関した一次の関係は認められるが,局所的な変動要因は60%から90%に達することが分かる.

(1)大気水蒸気遅延モデル

大気水蒸気によるマイクロ波遅延はGPSにおいても重要な問題であり,Altshuler (1989)はCRPL標準大気における片道遅延量を次のように定式化した.

1)遅延量と地表大気屈折度の関係

              (1)

ここで,Nsは地表屈折度(屈折率n に対して,屈折度はN=(n-1)x10^6),gは衛星仰角(単位:度).

2)大気屈折度の高度分布

 CRPL標準大気では,大気屈折度の高度分布が次式で表せる.

for hs > h > hs+1 km
for hs+1 > h > 9 km         (2)

ここで,hs は地表面の海抜高度(km),N1 は地表高1kmにおける屈折度である.


(2) GPSデータを利用した水蒸気遅延推定

国土地理院はGPSの受信データから3時時間毎の天頂湿潤遅延量を計算し,標準大気からの差分量を一般に公開している.ここではこのデータに着目し,JERS-1 SARの観測時刻に最も近い午前9時〜12時帯のデータを入手して解析に用いた.利用手順は,1)各GPS局について,補正量とGPS局毎の高度を考慮した標準大気の遅延量を加え,総遅延量を求める.2)全GPS局の遅延量を内挿して対象領域の遅延量分布を求める.

(3) 気象データを利用した水蒸気遅延推定

気象庁地方気象台による1時間毎の気温,気圧,水蒸気圧の観測データを利用する.これらと大気屈折度との間の関係として次式がよく知られている.
             (3)


ここで,P(h),T(h),e(h)はそれぞれ高度hにおける気圧(単位:hp),気温(単位:K),水蒸気圧(単位:hp)である.また,高度hにおける気圧,気温,水蒸気圧は次式で表せる.
             (4)

             (5)

             (6)


ここで,P0,T0,e0はそれぞれ海面高度における気圧,気温,水蒸気圧である.

 気象データの利用手順は,1)各気象台の観測値と式(3),式(1)より遅延量を求める.2)全気象台遅延量を内挿して対象領域の遅延量分布を求める.


4.補正例

 無補正およびGPSデータ,気象データのそれぞれを用いた水蒸気遅延補正後のJERS-1SAR干渉例をfig. 3に示す.干渉データの時間間隔は半年以下と短く,基本的に対象地域には変動が存在しないかあるいは極めて小さい.GPSデータあるいは気象データを用いた方法の双方で,一部の地域では補正効果が認められる一方,他の地域には過補正が現れ,無変位を検出できたとはいい難い.ただし,98年5月と97年12月の干渉図については,無補正の場合に山地部の残った残余位相が,気象データによる補正でかなり軽減された(GPSデータは利用不可).これは,夏と冬という大気水蒸気の状態が大きく異なる2時期の干渉図である.一方,その他の顕著な補正効果が認められなかったものは,98年2月と97年11月の干渉図,あるいは98年3月と97年11 月の干渉図で,どちらも大気が乾燥した冬どうしの干渉図である.使用した大気モデルと補正方法は,大気の状態が大きく異なる場合の干渉図については大局的に有効に働いたと考えられる.しかし,大気の状態が近い場合の干渉図については,局所的な成分を補正するには十分ではないと考えられる.使用したGPSデータと気象データを比較すると,時間分解能は気象データの方が高く,空間分解能はGPSデータの方が高くて,互いに一長一短がある.



5.むすび

 無変位場の無変位を正しく検出することを目標にて水蒸気遅延補正法の検討を継続している.今回用いたGPSデータは,国土地理院から提供を受けた天頂湿潤遅延の補正量データだった.この他,国土地理院は生データ(RINEX)の一般提供行っている.今後は,この生データの利用を検討したい.

謝辞:GPSデータを提供して下さった国土地理院に感謝の意を表します.


参考文献

Fujiwara, S., P. Rosen, M. Tobita ans M. Murakami, Crustal deformation measurements using repeat-pass JERS1 synthetic aperture radar interferometry near the Izu Peninsula, Japan, Journal of Geophysical Research, vol. 103, no. b2, pp.2411-2426, 1998.

Kimura, H. and Y. Yamaguchi, Detection of landslide areas using satellite radar interfetrometry, Photogrammetric Engineering & Remote Sensing, vol. 6, no. 3, pp.337-344, 2000.

Shimada, M., Correction of the satellite’s state vector and the atmospheric excess path delay in SAR interferometry ? Application to surface deformation detection, Proc. of the IEEE 2000 International Geoscience and Remote Sensing Symposium, pp. 2236-2238, 2000.

Altshuler,E. E., Tropospheric range-error corrections for the Global Positioning System, IEEE Trans. on Antenna and Propagation, vol. 46, no. 5, pp.643-649, 1989.