ERS SARインターフェログラムにみられる雲による位相遅延
Radar phase delay by cloud on ERS SAR interferograms

米澤千夏((財)リモート・センシング技術センター)・竹内章司(広島工業大学)
Chinatsu YONEZAWA (RESTEC) and Shoji TAKEUCHI (HIT)


Abstract:We analyzed 60 pairs of ERS-1, 2 synthetic aperture radar (SAR) data in order to observe the Kanto Plains, including Tokyo, the capital of Japan. The fringe features independent from actual land deformations are found from obtained interferograms. Significant patterns are detected in the interferograms using August 1999 data. A SPOT HRV image acquired 18 minutes later than the SAR data gives strong evidence for cloud perturbation of SAR data, because it reveals clouds distribution patterns that are similar to the fringe features in the interferograms. GMS-5 visible channel images indicate the cloud movement direction that supports the phase delay by cloud. Its ground resolution, however, is not enough for comparison with SAR data. Some other interferograms indicate the obvious land subsidence patterns that agree with leveling results. Extraction of land subsidence is possible from the area where the atmospheric effect is small. The result of this study suggests that the optical sensor image with spatial resolution equivalent to SAR image is expected for precise evaluation of cloud perturbation.

1. はじめに

近年,干渉SARによる地盤沈下検出には多くの報告例がある[1, 2]。干渉SARでは2つの複素SAR データより生成される初期インターフェログラムから,衛星と観測地点の視線距離の変化による軌道縞および地表面の標高による地形縞を除去することによって,変動に相当する干渉縞(変動縞)を抽出する。変動に由来する干渉縞は衛星の視線方向へのマイクロ波の波長の半分の変位につき1周期の割合で生じる。干渉SARでは大気中の水蒸気によるマイクロ波の伝播の遅延が抽出された位相差に影響することが知られている[3-5]。

筆者らはこれまでに地盤沈下の検出を目的として,関東平野をテストサイトとしたERS SARデータの干渉処理を試みてきた[6-8] 。その結果,複数のデータ組み合わせから,水準測量より報告されている地盤沈下と矛盾しない同心円状の干渉縞パタンが抽出された。しかしながら,軌道縞や地形の影響とは無関係であり,かつ実際の変動以外の要因に起因するとみられる,明瞭な干渉縞パタンを含んだインターフェログラムも複数みられた。ここでは,これらの変動以外のパタンについて考察し,空間的な位相の擾乱について具体的な根拠を示した[9]。


2. 使用データおよび干渉処理

 使用したSARデータはERS-1,2 SAR パスーロウ:64-241であり、22データ・計60組から干渉縞の抽出を試みた。データ組み合わせは基線長垂直成分公表値が200m以下の組み合わせから選択した。データ処理はフルシーンについておこない,レベル0データから複素SARデータへの変換、干渉縞の抽出および軌道縞、地形縞の除去,位相アンラッピング等の一連の処理にはVexcel社の3D SAR Processing System を用いた。軌道情報から推定した軌道縞を除去したのちにみられた残存成分については目視によって得られた軌道縞間隔より,ニアレンジとファーレンジそれぞれにおける基線長を衛星の進行による変化を考慮した上で推定しなおすことによって除去した[10]。軌道縞残存成分および大気中の水蒸気などの影響による位相遅延の線形的な成分はここでほぼ除去された。


3. 干渉画像にみられた雲の影響

 同一のデータを用いた複数の多くのインターフェログラムにおいて共通するパタンが認められた。特定のデータを用いたインターフェログラムに常にあらわれ,形状や場所がデータ毎に異なるパタンについては,そのデータに要因が含まれていたことが考えられる。このような傾向は特に夏期(6?9月)に取得されたデータを用いたインターフェログラムにみられた。

 Figure 1に99年取得データ同士の干渉結果を示す。例えば99年8月2日取得データと,99年2月8日,99年5月24日,99年6月8日データを干渉させた結果,全てのインターフェログラムにおいて共通する変動や地形,および軌道縞とは無関係な明瞭な干渉縞パタンがあらわれた。画像中央部分を北北東から南南西に横断する方向に卓越した位相増加のパタンはFigure 1(c),(e),(f)に共通して認められる。これらのパタンは99年8月2日取得データによらないインターフェログラムにはあらわれなかった (Figure (a),(b),(d))。99年8月2日と99年5月24日取得データによるインターフェログラムには99年5月24日と99年6月28日取得データにみられる,画像全体に波打ったようなパタンも含まれているようにみえる。99年2月8日取得データを, 93年5月21日, 93年6月25日,93年9月3日,99年5月24日データと干渉させたところ,実際の変動が水準測量によって示されている箇所以外には,明らかに共通するパタンは抽出されなかった。このことから特に99年2月8日と99年8月2日取得データによるインターフェログラム(Figure 1(c))においては,99年8月2日取得データに依存するパタンが卓越しているとみることができる。

 Figure 2は99年8月2日取得のSPOT HRVの画像である。観測時刻はSARデータ取得時よりも約18分遅いものの,観測される雲の分布はFigure 1(c) に示される干渉縞のパタンとよく一致する。雲の分布する地域において位相差は増加しており,99年8月2日データに該当地域における位相の遅延があったことと矛盾しない。また,Figure 3に示されるようにGMS-5の可視画像によって示される雲の移動方向は南南西から北北東であり,SPOT HRVにみられる雲とインターフェログラム上の位相遅延パタンの位置のずれを説明できる。このことはSARデータと同時に取得された光学センサ画像が干渉縞のパタンの検証に有効であることを示す。

Fig.1

Figure 1. Interferograms of the Kanto Plains. (a) 8 February 1999 and 15 March 1999. (b) 8 February 1999 and 24 May 1999. (c) 8 February 1999 and 2 August 1999. (d) 24 May 1999 and 28 June 1999. (e) 24 May 1999 and 2 August 1999. (f) 28 June 1999 and 2 August 1999.

Fig.2


Figure 2. SPOT HRV image obtained 2 August 1999 at 1:40 UT.


Fig.3


Figure 3. GMS-5 visible channel images on August 2, 1999 at (a) 0:30 UT and (b) 1:30 UT. White square give location of figure 1.


4. さいたま新都心周辺地域の地盤沈下

 Figure 4 (a) - (c)はいずれも95年7月23日取得データによるインターフェログラムである。Figure 4 (d)は93年9月3日と99年3月15日取得データによるインターフェログラムであり,後者のデータはFigure 4 (a)と共通しかつデータ取得期間はFigure 4 (a) - (c)の取得期間を含んでいる。Figure 4(a) - (c)の中央部楕円A内にみられる横長のパタンは,Figure 4 (d)との取得間隔の関係から95年7月23日データに起因することが推定される。但し,Figure 4(a) - (d) いずれにおいてもさいたま新都心周辺に相当し,図中Bで示される領域内には同心円状の沈降に相当するパタンがみられた。このパタンは特定のデータに依存せず,ここで解析した取得間隔が2.5年以上のすべてのインターフェログラムにみられたことから実際の変動に起因することが考えられる。

図中Bで示された領域内には埼玉県による水準測量観測点が200点以上分布しており,毎年1回測量結果が報告されている[11-16]。うち位相アンラッピングが可能だった領域にある約130点の水準測量観測点において(Figure 5(a)),インターフェログラムにみられる衛星の視線方向の変位をすべて鉛直方向への変位によるものとし,データ取得期間にほぼ相当する期間の水準測量結果と比較した。Figure 5(b)に95年7月23日と99年3月15日取得データによるインターフェログラムによる変位と水準測量結果を比較した結果を示す。両者はよく一致しており,相関係数は0.752であった。干渉SARによって得られた鉛直方向への最大変位は約3cmであり,水準測量による観測結果と矛盾しない。また,干渉SARによって得られた鉛直方向の変位と水準測量観測結果のずれの平均は1cm以下であった。このことから雲や水蒸気による位相遅延パタンを含むインターフェログラムでも,その影響のない箇所では変位の抽出は可能と考えられる。

Fig.4


Figure 4. ERS-1 SAR interferograms. (a) 23 July 1995 and 15 March 1999. (b) 23 July 1995 and 26 October 1998. (c) 23 July 1995 and 4 May 1998. (d) 3 September 1993 and 15 March 1999. Ellipse A shows a feature that is estimated for atmospheric contributions. Rectangle B outlines the area where the common circular concentric fringe patterns appearance.


Fig.5

Figure 5. (a) Displacement map (unwrapped interferogram) of 23 July 1995 and 15 March 1999. Black circles depict leveling observation station locations by Saitama-prefecture. (b) Comparison between displacement derived from the interferograms and annual leveling results. InSAR data represent displacements within rectangle area B on figure 4(a) that corresponds to the leveling station locations. Observation periods are 23 July 1995 and 15 March 1999 (interferogram) and 1 January 1995 and 1 January 1999 (leveling).


5. 議論とまとめ

 インターフェログラムに雲の分布と一致する位相遅延のパタンがあらわれることが確認できた。マイクロ波の伝播の過程に雲が与える影響については今後より詳細な議論が必要である。

 これまでにもNOAA GOES7取得画像によって雲に伴う水蒸気の発生によってインターフェログラムに位相遅延のパタンがあらわれる可能性は指摘されている[17]。しかし,気象衛星搭載センサ取得画像の空間分解能はGMS-5可視チャンネルで1.1km,NOAA AVHRRで1.25kmであり,Figure 3にみられるようにSAR取得データによるインターフェログラムと細部において比較して議論するには不十分である。インターフェログラムにみられる位相遅延の補正方法としては複数のインターフェログラムの平均化が提案されている[18, 19]。但し,例えば雲の発生しやすい場所があったとすると,平均化のみで除去することは難しい。また,GPSデータから求められる大気湿潤遅延量によって水蒸気による位相遅延を補正することも提案されている[20]。しかしながら,日本ではGPS観測点は20km四方に1点の配置であり,ここで明示されたような局所的な位相遅延パタンを面的に推定することはGPSデータのみからでは難しい。

 日本のような湿潤地域におけるインターフェログラムでは雲や湿潤大気の影響による位相遅延の影響を評価する必要がある。その面的かつ局所的な分布を評価する上で,同時に取得された光学センサデータによる雲の分布は重要な情報になりうる。将来的にはSARと同等な分解能を持った光学センサとの同時観測が期待される。


謝辞

本研究で用いたERS SARデータは宇宙開発事業団から研究目的で提供をうけ,版権はESAが保有する。SPOT HRVデータは宇宙開発事業団およびSPOT IMAGEから研究目的で提供をうけ,版権はCNESが保有する。GMS-5可視画像は高知大学気象情報頁(http://weather.is.kochi-u.ac.jp/)による。ここに記して謝意を表する。


参考文献

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