JERS-1/SARによる上海の地盤沈下マッピング
Land Subsidence Mapping in Shanghai, China, using JERS-1/SAR data

佐藤 功
産業技術総合研究所 地球科学情報研究部門
Isao SATO
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology/Institute of Geoscience

isao.sato@aist.go.jp


Abstract:Land subsidence mapping is one of well-known applications of SAR Interferometry. The paper shows successfully mapped subsided areas around the Shanghai city in China using L-band JERS-1/SAR data, which were acquired during 1992 ? 1998 time frame. In the processing, it was assumed that topographic fringe could be neglected because of flat and very low height of the coastal zones, where the Shanghai city is located. The results show the outline of subsided regions resembles to the accumulated subsidence map during 1965 - 1985, which was published, however, the details seemed to be delineated by the SAR interferometry and also previously unknown subsided region in the western suburb is revealed. The subsidence mapping by the interferometric SAR gives an information for planning the details of leveling survey.

1.はじめに
干渉 SARデータの応用分野の1つとして地盤沈下の監視がある。地盤沈下は我が国をはじめ世界中において,工業化が進み,都市人口が急速に増大して,かつ沿岸地域に位置している大都市などで顕著にみられる現象である。その地盤沈下の原因は過剰な地下水利用であることが多い。また,このような地盤沈下は一般には水準点測量や地下水位のモニタリングによって監視されているのが通例である。ここでは,1992年から1998年の約6年間にJERS-1衛星によって観測された合成開口レーダ(SAR)のデータを有効利用するというだけでなく,広域にわたる水準測量などによる地盤沈下の定期的な監視が必ずしも十分に実施されていないと考えられる東アジアの都市域における地盤沈下について,1990年代の地盤沈下の実態を干渉SAR技術の活用によりマッピングすることを目標に,一例として中国の大都市である上海とその近郊をマッピング対象地域とした結果を報告する。

2.上海市と地盤沈下
上海市は東シナ海の沿岸にあり,揚子江(長江)の三角州の南端に位置する大都市である。上海は海抜が3〜4mであり,地形的には非常に平坦な都市でもある。また、その近郊地域も同様である。黄浦江( Huangpu Jiang)が上海市の東側をほぼ南北に蛇行しながら流れている。市の行政面積は6,340平方kmであり、人口は1995年には1,304万人と報告されている。なお、市中心部の黄浦区、南市区などの人口密度は6万人/平方kmを越えるほどで、超密集市街地を形成している。上海の気候は亜熱帯性で、四季の区別が明確である。統計によれば、上海では5〜8月に降雨が比較的多く、11〜2月には降雨量が少ない。さて、上海での地盤沈下が最初に報告されたのは1921年のことである。これは,上海の急速な発展に伴い,地下水開発が増えたのが原因とされている。特に,1956年から1959年には,最大の地盤沈下が生じたと言われている。1965年までに最大の累積沈下量が都市部の水準点で2.63mに達したとも報告されている。1963年以降は地盤沈下対策が行われ,1965年には都市部の沈下速度は23mmに減じたと言われている。このように、上海およびその周辺地域は少なくとも過去には地盤沈下に悩まされていた地域であり,1990年代にはどのようになっているかを調べてみることとした。

3.干渉SAR処理

3.1 使用データと方法
使用した JERS-1/SARデータのpath-rowは95-248である。宇宙開発事業団の地球観測センター(EOC)が提供しているJERS-1/SAR画像データの検索結果では1992年10月2日から1998年10月11日までの観測データが存在していたが、ベースライン距離を考慮して10シーンを解析対象にした。いずれも下降軌道の観測データである。
通常,干渉 SARによる地盤沈下マッピングでは,2つの観測時期の違うデータペアを干渉させて,その干渉縞から軌道縞と数値地形データ(DEM)からシミュレートした地形縞を除去することにより,2つの観測の間で生じた変動量(地盤の沈下量や隆起量)に相当する変動縞を抽出し,変動領域やその変動量を明らかにする。ここでは,上海市およびその周辺地域が地形的に極めて平坦であることを考慮すると,初期干渉縞には地形縞が含まれていない(すなわち、干渉縞上に認識できるほどの地形縞が認められない)と考えることができるので,2時期のSARデータの干渉処理で得られた初期干渉縞から軌道縞(これも本来は軌道が事前に正確に推定できれば無視できるのであるが,通常は試行錯誤的に軌道推定を行い除去する)を除去することにより,変動縞から地盤沈下領域のマッピングができると考えた。すなわち、DEMデータを用いずに、2枚の画像ペアによる干渉縞に基づく方法を使用した。地震による地殻の変動は一般には発生時に生じる急激な変動であるが、地盤沈下は非常にゆっくりと継続した地殻の変動現象である。このことから,地盤沈下が存在していれば、時期の異なる画像組み合わせによる結果でも大きくは変化しないと考えられるので、複数の異なる観測期間での変動縞で類似の地域で継続して生じているかどうかを調べることで地盤沈下域のマッピングが可能であると考えた。

3.2 干渉処理結果
Fig.1は干渉SAR処理の結果で,位置的には正確性を欠くが,ほぼ同じ領域を切り取ったものである。Fig.1の(a)と(b)はそれぞれ1992年10月2日と1995年3月1日観測のSARデータによるコヒーレンス画像と干渉位相画像である。Fig.1の(c)は1995年3月1日と1998年1月20日観測のSARデータによる干渉位相画像である。1992年と1995年の画像ペアのタイムスパンは2年5ヶ月であり,1995年と1998年のペアは2年11ヶ月である。タイムスパンはほぼ同等と考えられる。この期間間の差はJERS-1衛星の4回帰に相当する。

Fig.1(a) Fig.1(b) Fig.1(c)
(a) (b) (c)
Fig.1 InSAR results; (a) the coherence image of 1992/10/02 and 1995/03/01, (b) the phase image of 1992/10/02 and 1995/03/01, which the perpendicular baseline is approximately 580 meters. (c) the phase image of 1995/03/01 and 1998/01/20, and its perpendicular baseline is approximately 570 meters. The above images are map-projected, but their size of areas are slightly different.

上海市は Fig.1(a)のほぼ中央に位置し,都市域であるためにコヒーレンスが高く,画像上では白っぽく見える。また,画像のほぼ中央を南北方向に蛇行して流れている黄浦江と呼ばれる河川ではコヒーレンスが低く,黒っぽく見え,位置の確認には都合がよい。上海市は黄浦江の西側に広がり,画像の中心付近の黄浦江が西に湾曲している部分付近が市街地の中心である。また,画像の右上(北西)の幅が広く、黒っぽい領域も河川であり,これは長江の支流であり、東シナ海へすぐに達している。Fig.1(b)および(c)とを比較すると,いずれも黄浦江の河口付近から南部に点々と連なった沈下地域(Fig.1では緑⇒青⇒赤⇒緑・・と位相差が増える順に変化している)が存在していることが分かる。そして,Fig.1(b)よりもFig.1(c)の方が明らかに沈下地域が拡大しているとともに,沈下量も若干増えていて,かつ,画像の西端部に地盤沈下の進んでいる比較的広い領域が1995年以降に顕著になっているのが良く分かる。なお、1992年10月2日と1998年1月20日とのペアによる結果は、干渉が十分ではなく、地盤沈下領域を明確に捉えることはできなかった。また,1995年3月1日と1995年4月14日の画像ペアによる干渉位相画像をFig.2に示す。このペアのタイムスパンはJERS-1衛星の1回帰の44日である。垂直基線長距離は約950mであり,高さ抽出の感度は高いものであるが,Fig.2から明らかなようにほぼ同位相であり,平坦な地形の領域であることが認識できる。なお,画像下部はデータエラーによる干渉の低い領域である。

Fig.2

Fig.2 The phase image of 1995/03/01 and 1995/04/14. The lower part of the image is decorrelated because of data error.

4.考察とまとめ
公表されている1965年〜1985年の20年間における上海市および近郊の累積地盤沈下図(Fig.3)によれば、黄浦江に沿って複数の沈下地区があるが、その下流附近の2ヶ所で沈下量がー120mmおよびー200mmと大きく、上海市街部でもー40mm以上に及んでいる。Fig.1の結果と比較すると,両者の沈下の目玉はずれているが,類似の地域で1990年代も地盤沈下が進んでいることは明らかである。。これはFig.1での結果がFig.3よりも新しいものであることや,期間が短いことが影響していると考えられる。ここに示したように沿岸部に発達した都市では地形が平坦であれば,DEMデータを用いずに、簡単な干渉SAR処理によって地盤沈下をマッピングすることができ,比較的長期の観測データさえあればその推移を把握することができると言える。既述したように干渉SARによる変動抽出では地形縞を除去するために数値地形データ(DEM)を必要とするが、対象地域が十分に平坦であるという条件が満たされればDEM作成をすることなく行えるので、概要を把握するのが容易となるメリットがある。また,新たな沈下領域も概査できるので,水準測量による詳細な調査計画を策定する場合に役立てることが可能である。

Fig.3

Fig.3 Subsidence map of Shanghai and its suburbs (1965-1985) (Xizhe, 1991)

参考文献
1) Xizhe, G. (Ed); Geological Hazards in China and their Prevention and Control, Geological Publishing House, p.259,1991
2) 上海市水文地質大隊;上海における地面沈降と制御,地質学報,No.2, pp.243-254,1973