濃尾平野における地盤沈下研究への InSAR 適用の検討
A consideration on InSAR application to land subsidence over the Nobi Plain

福山 薫 (三重大学)・大村 誠 (高知女子大学)
FUKUYAMA Kaoru (Mie Univ.) and OMURA Makoto (Kochi Women's Univ.)


Abstract:With GIS techniques, we have analyzed land subsidence over the Nobi Plain, Central Japan, using level data observed since 1970's. In addition, a consideration on InSAR application shows new possibilities of land subsidence study in the Nobi Plain, where the topography is rather flat with relatively wide subsiding areas (> 1 km2) and significant rates of subsidence (a few cm/year).

1. はじめに
1959 (昭和 34) 年の伊勢湾台風の被災で注目されるようになった濃尾平野の地盤沈下は,その後地域を漸次拡大し,1973〜74 年にピークを迎えたが,地下水揚水の規制強化等により現在では沈静化傾向にある ([1])。しかし,T.P. 0 m 以下の地域 (いわゆるゼロメートル地帯) では,量は少ないが,なお沈下は進んでいる。
2000 (平成 12) 年 9 月に起きた東海豪雨災害で明らかなように,この地域では低地部における浸水や湛水のほか,道路や建造物等の施設破損などさまざまな被害が生じている。
濃尾平野の地盤沈下調査は,1971 (昭和 46) 年に「東海三県地盤沈下調査会」の発足により広域的に行われるようになった。同調査会の報告 ([2]) によると,本地域の地盤沈下地域は約 740 km2 で,濃尾平野のほぼ全域に及ぶ。1973 (昭和 48) 年に,名古屋市港区の水準点で 23 cm/年の沈下が記録されている。その後沈静化してきたが,1961〜1999 年の累積沈下量は,名古屋市南部や一宮市以南の地域で沈下等量線は約 20〜140 cmに達している。最低地盤域は海部郡佐屋町・十四山村で T.P. -2.9 m 程度に達している所もあり,約 300 km2の面積を占めるゼロメートル地帯 (居住人口は 100 万人を超える) での災害が懸念される。
本研究では,まず,濃尾平野で実施されてきた水準測量の成果資料をもとに,GIS 解析により同地域における地盤沈下の空間変動とその経年変化を評価する。さらに,濃尾平野の地盤沈下研究への InSAR の適用の可能性について検討を加える。

2. 水準測量の GIS 解析
東海三県地盤調査会により,濃尾平野で 1971 年以来ほぼ毎年実施されている水準測量資料 (水準観測点数は延べ約 1500) を用いて,当地域の地盤沈下の様子を,できれば空間三次元とその経年変化を含めて,GIS の手法により詳細な解析を進めている。
この統合的解析に有用な他のデータとして,土地被覆・利用,地質,地形,地下水分布,揚水井戸,ボーリングコア資料のほか,各種人工構造物 (大型建物・橋梁,鉄道,道路等) の分布なども重要であろう。例えば,土地被覆・利用に関しては,1977 年以来ほぼ 5 年に一度更新された土地利用データが国土地理院から出版されており,その有効な活用が考えられる。
今回の水準測量の解析には,濃尾平野のほぼ全域で測量成果がある 1970 年代の半ばから 1999 年までのデータを用いた。1960 年代のデータを含めたより詳細な GIS 解析は今後の課題とする。
約 1000 カ所の水準測量点をまず地理符号化し (Fig. 1),GIS ソフトウェア GRASS に含まれる二次元の張力付きスプライン補間法を用いて,各点での水準値から,各年の地盤高の二次元の面データ (ラスタ) を作成する。なお,水準点の空間分布や,それに付随して生じるラスタデータへの変換時の補間の精度等を考慮して,水準測量のある全域ではなく,西は木曽三川から東は名古屋市東部,北は北緯 35 度 20 分南は伊勢湾岸までを 解析地域とした。今後は補間精度等を詳細に検討して,全測量点を含む領域を解析地域とする予定である。こうした方法で得た各年の地盤高ラスタデータを高度別に再分類すれば,等地盤高分布等が簡単に求められる。
Fig. 2 は,これらの計算結果を基に評価した 1974〜1999 年の 25 年間で 10cm 以上沈下した地域の分布である。

Fig.1

Fig. 1. Level measurement points over the Nobi Plain

Fig.1

Fig. 2. Heavily (> 25 cm during 1974 and 1999) subsiding areas over the Nobi Plain.

3. 濃尾平野における地盤沈下解析への InSAR データ適用の検討
国内では (例えば関東平野や佐賀平野),JERS-1 や ERS-1 のデータを用いた InSAR 解析の手法を利用した地盤沈下検出や監視の試みが報告され ([3], [4], [5]),その有用性について議論されてきた。それらによると,「地形が平坦」「沈下地域が空間的にあるパターン (等変動曲線が大きさ 1km 以上くらいの楕円形等)」「沈下速度がある程度大きい (年間数 cm 程度以上)」等の条件を満たす場合,InSAR により地盤沈下が十分に観測できることがわかってきた。本調査地域はこれらの条件をすべて満たしており,地盤の変動分布や変動量を把握することができ,従来の水準測量等による地盤沈下監視の補完的な手法として期待できる。したがって濃尾平野は,人工衛星干渉 SAR データを用いた地盤沈下の新たな研究調査手法のフィールドとしてきわめて有効な地域の一つと考えられる。
また,従来の水準測量による地盤沈下推定量と,InSAR データ解析から求められる地盤沈下量とを比較検討することができれば,InSAR による推定精度の評価だけでなく,水準測量の精度や分解能についても言及できる。さらに,InSAR 解析による推定の有効性が確立すれば,水準測量等ができない地域でのリモートセンシングによる地盤沈下量の推定も可能となる。
しかし,衛星データからの地盤沈下量推定には,大気中の水蒸気によるマイクロ波の位相変化補正等の技術的に解決されなければならない課題も数多く残されている。こうした技術的課題や解析上の問題点にさらに検討を加えて解決を図るとともに,当地域における SAR 衛星資料を用いた地盤沈下推定を実施する予定である。これにより,従来の水準測量成果に加えて,より有機的で総合的な地盤沈下監視が実現できよう。

4. InSAR データ利用の準備
Fig. 3 に濃尾平野の木曽三川河口付近における SAR 画像の例を示す。Fig. 4 は,JERS-1 のデータが存在する 1992 年から 1998 年の間に 5 cm 以上沈下した地域の分布を示しており,これは上記の水準測量成果の GIS解析により得られたものである。
濃尾平野における地盤沈下研究への InSAR を適用するための試みの第一歩として,interferogram の計算例を Fig. 5 に示す。今後は各種の精度を考慮した InSAR 解析を,主として JERS-1 のデータを利用して同衛星のデータ有効期間である 1992〜1998 年の期間内の地盤沈下変動に対して実施する予定である。

Fig.3

Fig. 3. A JERS-1 SAR image around the mouth of the Kiso Rivers over the Nobi Plain (Dec. 3, 1992).

Fig.4

Fig. 4. Susidence areas (> 5 cm during 1982 and 1998) over the Nobi Plain.


Fig.5

Fig. 5. An interferogram image from JERS-1 SAR data over the Nobi Plain.

5. 参考文献

[1] 環境省 (1998), http://www.env.go.jp/water/jiban/98/mokuji.htm
[2] 東海三県地盤沈下調査会 (2000), 平成 11 年における濃尾平野の地盤沈下の状況, 70pp.
[3] 中川弘之・飛田幹男・村上亮・大滝修・藤原智, JERS-1 による干渉 SAR で検出した関東平野北部の地盤沈下, ワークショップ「InSAR とその応用」, 地球観測データ解析研究センター
[4] 佐藤功, 佐賀平野の地盤沈下監視への JERS-1 INSAR の適用, ワークショップ「InSAR とその応用」, 地球観測データ解析研究センター
[5] 米澤千夏・竹内章司, 取得間隔の長い ERS/SAR 干渉ペアによる関東平野における地盤沈下検出の試み, ワークショップ「InSAR とその応用」,地球観測データ解析研究センター