ALOS の軌道間距離保持への要望

島田政信・EORC ・NDX-000290

shimada@eorc.nasda.go.jp


Abstract:PALSAR の繰り返し干渉処理(Repeat pass SAR interferometry)の成功率を実用的な範囲に維持するために必要なALOS の軌道間距離とノミナル軌道からのずれに対する許容範囲を整理した。PALSAR を28MHz で運用した場合には、±1015mの水平軌道範囲、14MHz で運用した場合には±507m の水平軌道範囲に入れることが望ましいとの結論を得た。

1. はじめに
SAR が観測する対象物からの散乱信号には強度と位相が含まれる。強度は主に散乱体の明るさを表し、直感的に理解しやすい(しかし、スペックル雑音の影響を受け、解釈は困難な面もある)。位相はSAR とターゲット間の距離を半波長で除算したときの余り(剰余)であり、距離に比例する。その中には、地形の高度情報、地殻変動情報等を含み重要であるが、1 サンプルの分解能は半波長の数十倍もあり、そこでの距離変化が大きすぎ、位相自身はあまり意味がない。しかし、わずかに異なる(あるいは同じ)軌道から同じ場所を2 回観測した画像の差分(位相差)をとれば、それが干渉条件を満たしていた場合には、1 サンプル内の距離変化をうち消すことができ、目的とする地形情報などが得られる。これが、干渉処理であり、1990 年以降SAR の解析において多く用いられている。干渉の条件として、一ピクセル内の散乱体が観測時期を通して同様な位置関係を保存する必要がある。
通常、地形は植生を含んでおり、表面散乱の支配的なC、X バンド等、高周波では2 時期の観測画像が異なるために干渉しにくい。L バンド、あるいはそれより低い周波数の信号は、ある程度表層を透過して地面に到達し、散乱し、結局、変動の少ない信号成分が干渉する。これまで、JERS-1 SAR は阪神淡路の地震に伴う地殻変動、岩手山の山体変化、等を正確に抽出しており、L バンドの周波数の干渉に対する感度の高さが伺える。後述するように、干渉の可否は軌道の隣接距離に大きく依存しており、PALSAR 軌道間隔を明確にする必要がある。
本資料では、上記目的のために、2 節で干渉条件と軌道間距離の関係を、3 節で計測した位相差から抽出できる物理量を、4 節ではL バンドSARとして好ましいコヒーレンスについて、5 節では望ましい軌道間距離を定めるシミュレーションを、6 節で結論を整理する。

2. 干渉条件と軌道間距離
異なる二時期に観測された二枚の同一場所のSAR 画像を干渉させたとき(同じ処理パラメータでSAR 処理を行い、ピクセル毎の位置あわせを0.数ピクセルの精度で行う)、両シーンの干渉度は相関係数(あるいはコヒーレンス)γで与えられる。


ここに、sm、ss はマスター、スレーブ複素画像、*は複素共約をとることを意味する。相関係数の分子(絶対値をとる前の)の指数部は位相差を表現する((4)参照)。(1)は位置あわせされたピクセルに含まれる多くの散乱点で二回の観測を通して不変のもの(ピクセル内での位置、散乱特性)が全体の何割あるかを表す指標でもあり、大きいほど干渉度は高く、明瞭な位相差が、また、小さいほど干渉度は低く位相差は不明瞭になる(図2、3 参照)。コヒーレンスは、さらに


で表現される。ここに、第一項γthermal はSAR の受信機雑音とターゲットのSN に依存する項、第3 項は観測対象物の時間変化〔例えば、植生量の変化など〕によって大きく変わる項、第2 項は軌道間距離に依存する項である。相関係数γの最大値は1 以下である。従って、与えられたSAR の干渉処理を意図的に変化させることができるの軌道間距離のみである。ちなみに、(2)の理論式は以下で与えられる(1)。


ここに、BP あるいは|B|は垂直軌道間距離であり、図1 で定義される。SNR は信号対雑音比、θは入射角、r は衛星とターゲットとの距離(スラントレンジ長)、λはレーダー波長、ρy はクロストラック方向のレンジ分解能、c は光速、Bw は送信帯域幅である。(3)は1)を多少変形している。本コヒーレンスは観測された位相の品質を表現し、1 に近いほど後段の処理(アンラッピング)が容易になる。(3)より、両画像の相関がゼロになる軌道間距離、クリティカルベースライン(Bcp) は


と求まる。コヒーレンスが非ゼロの位相差は(2)


で、また位相計測誤差(標準偏差)は


で与えられる(3)。ここに、φは位相差、z は準拠楕円体からの鉛直高、Bh は水平軌道間距離、N は加算サンプル数、φa は付加的位相誤差(大気遅延誤差、SAR 内部クロックの不安定性)、dz は地殻変動量である。
Fig.1

図1干渉処理における座標系

3. 位相差から抽出できる物理量

3.1 DEM の抽出
(4)より、地殻変動のない場合には、Bp、Bh は軌道から求められ高さz が計算できる。


ここで、Bh、φa は補正可能とした。φuw はアンラップされた位相、zb は基準高度である。その結果、高さのランダム誤差(σz)と、バイアス誤差(Δz)はそれぞれ以下で表現される。


γはBp の関数であり、シミュレーションを通して、誤差を最小にするようなBp を決定でき、これを軌道保持条件としてもよい。しかし、この方法ではBp を実用的に決定できない。というのは、最終成果物に到達するためのアンラップ処理がこのように求まった軌道間隔からでは困難だからである。
一般に、必要な軌道データの決定精度(Bp、Bh) は数ミリメートル程度であり、現状の軌道決定精度からはほど遠い。そのため、地形形状が既知として、その上で位相差が連続であるとして軌道決定を行っている。そのためにも、位相差がアンラッピング可能なことは不可欠であり、ある程度大きなγが要求される。具体的なγの基準は実例を引いて定める。

3.2 地殻変動に必要な軌道間隔
Bp、Bh、z が既知の場合には地殻変動量が計算できる。


本誤差は、ランダム誤差に関わるものもあるが、むしろ軌道誤差や大気電波遅延誤差によるバイアス的なものの方が影響が大きい。つまり


地殻変動抽出の場合には、DEM 抽出同様にγはある程度大きく、位相差が画面全体を通してアンラップできる必要がある。しかし、DEM 抽出との大きな違いは必要な空間分解能である。前例ではN=8 を用いたが、これは16m*10m(PALSAR 24MHz で)に対応する。地殻変動の規模はこんなに小さくないので、N=40 位でも十分であり、そのために処理に用いるγは低く設定できる。
やはり、実例で設定可能なγを求める。

4. L band SAR の干渉処理として好ましいγ
いま、九重山を例にとりγの対象物毎の軌道間隔、時間間隔劣化特性を調べ、軌道間隔を決めるためのシミュレーションに必要となる値を求める。一般にSAR の(処理後の)SNR は高く、γthermal はほぼ1 とできる。評価場所は、1995 年から1996 年にかけて活発な火山活動を行った大分県の九重山の近傍である。星生山、九重山は大分県に位置し、おおむね標高2000m 程度の活火山である。軌道間距離80m の例と、640m の処理例を図2,3 に示す。図2 では干渉が画像全体にわたること、その代表値は0.45 であることが、図3 では干渉が画像全体にわたるものの代表値は0.4 であること、そして山並みの複雑さがわかるがその抽出は困難そうなことがわかる。() 干渉画像から得られたγ/γspatial と軌道間隔の関係を更に多くの実例から求めたのが図4a)である。コヒーレンスは軌道間距離とともに減少すること、0.4 以上のコヒーレンスは軌道間隔600m 以内で生じることがわかる。次に、コヒーレンス(γ/γthermaltemporal)と時間間隔の関係を求めたものが図4b)である。時間間隔1000 日までの例を示した。評価場所によっては、相関係数の大きさは異なるが,一般に、裸地、都市(街)は大きく、草原は小さい。前者は相関係数0.45 から0.55,後者は0.35〜0.41 でばらつく。干渉の周波数成分は前者は非常に低く、アンラップは容易なことがうかがえる。後者は困難を伴う。その結果、DEM 抽出と地殻変動抽出でおのおの異なるγを以下のように設定する。

0)時間劣化と雑音劣化の積は

γSNRγthermal=0.5            (10-1)

1)DEM 抽出には

γ > 0.45                 (10-2)

2)地殻変動抽出には
γ > 0.40                 (10-3)

を用いることとする。

Fig.2
Fig.3
図2 九重山近傍干渉処理例(Bp=80m)の例、1995 年11 月5 日と1995 年6 月14 日の組み合わせ。左は振幅画像、真ん中はフリンジ画像、右はコヒーレンス(代表値は0.45)。
図3 九重山近傍干渉処理例(Bp=640m)の例、1996 年3 月16 日と1995 年6 月14 日の組み合わせ。左は振幅画像、真ん中はフリンジ画像、右はコヒーレンス(代表値は0.4)。
Fig.4

図4 コヒーレンスの軌道間隔、時間間隔依存性(九重山のJERS-1 干渉画像)。a)コヒーレンスと軌道間隔の関係(SNR について補正済み):軌道間隔400m〜800m 位までで良好な干渉が得られる。b)コヒーレンスと時間間隔の関係(SNR と軌道間隔は補正):星生山と街のコヒーレンスは平均して0.5 以上であり、時間間隔800 日隔てても干渉が持続することを表す。


5. シミュレーション
いま、JERS-1 SAR、PALSAR(28MHz 帯域幅)、PALSAR(14MHz 帯域幅)の3 ケースについてシミュレーションを行う。それぞれのパラメー タを表に示す。

表1 シミュレーションのパラメータ
JERS-1 PALSAR1 PALSAR2
高度 568km 691km 691km
帯域幅 15MHz 28MHz 14MHz
入射角 38度 45度 45度
γtemporal 0.5 0.5 0.5
Ν 8 8 8
λ 23.5cm 23.5cm 23.5cm
r 703km 933km 933km


図5 に結果を示す。これらの図より、いかが読みとれる。

表2 衛星毎の軌道間距離

項目 JERS-1 PALSAR28 PALSAR14
臨界軌道間距離 4km 15km 7.5km
DEMに必要な軌道間距離(γ=0.45)として 400m 1440m 720m
564m 2030m 1015m
282m 1015m 507m
10m 4m 8m
地殻変動抽出に必要な軌道間距離( γ=0.4 として) 820m 2890m 1440m
1156m 4075m 2030m
578m 2038m 1015m
注1)各カラムにある3 種類の数値の内訳は以下の通り。第一番目:2 軌道のBp、第二番目:2 軌道のBx、第三番目:Bx のノミナル軌道からのずれ量、第4 番目:高度誤差の標準偏差。
Fig.5

図5 Bp と垂直高度誤差、コヒーレンスの関係を衛星毎に表示したもの。a)JERS-1 SAR の例、b)PALSAR の28MHz 運用の例、c)PALSAR の14MHz 運用の例。いずれも、γtemporal は0.5 とした。

注2)垂直軌道間距離(Bp)と軌道間距離(Bx、By)の関係は


であり、Bx とBy は任意の値をとるが、計算の簡便さのため、By=0、オフナディア角θを45 度とすると、


よって、ALOS 軌道保持への要求として以下を得る。

表3 軌道保持要求
帯域幅 DEM 地殻変動
28MHz ±1015m ±2038m
14MHz ±507m ±1015m

Fig.6

図6 軌道保持範囲図。両矢印で示された範囲が表3 で示された軌道保持希望範囲。

6. 結論
本資料において、PALSAR の干渉処理を有効に実現するための軌道間距離要求を整理した。その結果、PALSAR28 では、DEM 作成用の軌道保持として±1015m が、地殻変動抽出用として± 2038m、またPALSAR14 ではDEM 作成用に± 507m が、地殻変動用に±1015m が、軌道保持精度として得られた。干渉処理には項帯域運用が望ましいので、ここではPALSAR28 運用で、± 1015m の軌道保持精度を要求する。

参考文献
1 )H. A. Zebker, J. Villasenor, "Decorrelation in Interferometric Radar Echoes, "IEEE Geoscience and Remote Sensing, Vol. 30, No. 5, 1992, pp.950-959.
2)M. Shimada and H. Hirosawa,"Slope Correction to Normalized RCS Using SAR Interferometry," IEEE Geoscience and Remote Sensing, Vol. 38, No. 3, 2000, pp.1479-1484.
3)E. Rodorigues, J.M. Martin, "Theory and design of interferometric synthetic aperture radars," IEE proceedings-F, Vol. 139, No.2, April 1992, pp.147- 159.