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写真1:地震研究所の新しい研究棟(写真右:1号館).
これまでの本館(写真左奥)は2号館,テレメータ棟(写真左手前)は3号館と名称が変わった
目次
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今月の話題 |
地震研究所には教職員約120名に加え研究院や大学院生など総勢200名以上が在籍し,1960年代に建築された本館と1997年に建築されたテレメータ棟でそれぞれ研究活動を行ってきました.しかしながら,教職員の数に比べ占有面積が狭隘であることに加え,本館の老朽化もあいまって,新しい研究棟の建設をかねてから要望してきたところ,関係各方面のご理解を得て,平成18年3月に鉄筋コンクリート造地上7階建て(地下はなし)の新研究棟がPFI事業により完成しました(これに伴い新研究棟を1号館,旧本館を2号館,テレメータ棟を3号館としました). 地震研究所は全国の9つの大学と気象庁ならびに(独)防災科学技術研究所と協力して全国の高感度地震観測データを通信衛星経由で収集し,全国の研究者向けに通信衛星で配信しています.また,関東甲信地方の地方自治体が保有する強震動データを収集してデータベース化し,地盤の強い揺れの影響の調査研究を行う研究者に提供しています.このような定常的なデータの収集といった中枢機能を有しているだけではなく,被害を伴うような地震や火山噴火が起こった場合には国内の研究者と連携して直ちに実態調査やその後の活動の推移の把握のために臨時に観測を実施するなど,緊急時にも地震や火山に関する調査観測研究の中枢機能を果たす役割を持っています.このような地震観測研究の中枢機能が大地震の際にも損なわれることがないよう,新研究棟は免震機構を採用し72時間電力供給可能な非常電源施設および7日間給水可能な貯水設備を備え,たとえ首都直下で地震が発生しても関係機関との連絡,地震活動の実態解明や情報発信が継続して行える危機管理対応が可能な建物として建設されました.
(アウトリーチ推進室) *PFI(Private Finance Initiative)事業:公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法(内閣府ホームページより) 写真2:地震研究所1号館 正面入り口 |
第836回地震研究所談話会 |
話題一覧 |
堆積物に残された過去6000年間の三陸海岸大槌地域の津波と地殻変動の履歴
強震動計算のための動力学破壊伝播シミュレーション
再考—1944年東南海地震—
衛星データによる火山の赤外観測システムの開発
次世代の海底ケーブル地震観測研究のためのシステム開発
地震観測網の高度化および最適化
建物用IT強震計システムの開発と今後の展望
跡津川断層における応力集中過程の解明を めざして
神岡レーザー伸縮計の長期連続観測のための施設整備
防災研究フォーラムの活動
SMAC・DC型強震計記録のフィルム化と画像化
海半球センターの外部評価と将来計画について
☆は以下に内容を掲載 |
地震地殻変動観測センター 佐野修・中谷正生 |
所外協力者 伊藤高敏※2・伊藤久男※3・平田篤夫※4・水田義明※4ほか 1 地震研究所 2 東北大学 3 海洋研究開発機構 4崇城大学 「地殻応力の絶対量を高い信頼性で求めるための応力測定法に関する開発研究」は、所長裁量経費として平成16年度に1910万円、17年度に720万円という高額の予算を頂いております。予知計画で行っている大型プロジェクトへの追加投資という位置付けです。中谷さんには、コメント役ということで入ってもらっています。 所長裁量経費の計画書で掲げた目標は、地殻応力を高い信頼性で求める手法の開発です。具体的には、新たな手法であるボアホールジャッキ式応力測定プローブの高度化と、水圧破砕法の問題点に関する議論に決着をつけたいということで提案しました。さらに、地殻応力の測定法の高度化によって、外部資金導入のための新たなプロジェクトを地震研究所内で将来立ち上げたい。例えば、ひずみ集中帯内外の応力値とその圧力の変化量を高精度で測ることができれば、新たなプロジェクトになり得ると期待しています。 同じ亀裂を対象にした複数手法の比較試験 まず、高い信頼性の応力測定システムの開発が今なぜ必要かという観点から、簡単に整理します。地殻応力は、地震予知研究における重要な測定量の一つです。しかし、深部ボアホールを利用した地殻応力測定法の主力である水圧破砕法には、問題点が指摘されています。水圧破砕法では、ボアホールの一部に水圧をかけて岩盤を破砕し、生じた亀裂を水圧で再開口するときの圧力、閉じるときの圧力、亀裂の方位から応力状態を求めます。この手法の問題点は20年前からしばしば指摘されてきましたが、いまだ決着していないのです。 本研究は予知研究を目的としていますので、500m以上の深いボーリングが必要であると計画書に書きました。しかし、それだけで1億円ほどかかります。今回は測定法の開発のみに絞り、地下空間からの浅いボーリングのみとすることで、予算を圧縮しました。 新たな手法の開発と同時に、水圧破砕法の比較試験を行いました。まず、従来型の水圧破砕法で岩盤内に亀裂を作ります。その亀裂をほかの手法で再開口します。また、水圧破砕法ではコンプライアンスが重要という指摘が、東北大学の伊藤高敏さんからなされています。そこで、CompliantなシステムとStiffなシステムの二つも比較しました。 Stiffシステムは、ステンレスチューブのみの配管で構成されています(図1右)。一方、Compliantシステムは200mの油圧ホースをつないで水圧破砕を行います(図1左)。普通の水圧破砕法では500mから1kmの油圧ホースを地下に伸ばしますが、そのシミュレーションを行ったわけです。 複数手法による相対比較はこれまでに何度もやられてきたはずなのに、今なお決着していない問題になぜ答えることができるのか。その質問に答えておかなければいけないでしょう。一般論として、測定原理が異なると観測方程式レベルの比較がまったくできない。それが普通です。しかも、まったく同じ地点で複数の手法を実施することは、極めて困難です。したがって、複数手法で得られる結果の違いが岩盤の不均質性の影響ではないかと言われると、そこで話が止まってしまいがちです。それに対して今回は、まったく同じ亀裂を複数の手法で再開口し、観測方程式レベルの比較をするという提案です。 再開口圧(Pr)については、式(1)が成り立つと考えられています。 Pr=3Sh-SH-Pp ……(1) SHは水平面内最大主応力値、Shは最小主応力値で、Ppは空隙圧の項です。これに対して、亀裂の開口部に作用する水圧は、ボアホールに水圧を加えている最中から連動して増加しているという説があります。その場合、式(2)になります。 2Pr=3Sh-SH ……(2) さらにまた、従来型の水圧破砕法はコンプライアンスが大き過ぎて、水圧変化の非線形開始点により定義される再開口圧は真の再開口圧ではなく、むしろ亀裂閉口圧に等しいという指摘があり、その場合には式(3)が成り立ちます。 Pr=Sh ……(3) 式(3)が成り立つ場合は、原理的に未知数が解けないという問題になります。一方、水を使わず金属で押すボアホールジャッキ式では、式(4)が成り立ちます。 kPj=3Sh-SH-Po ……(4) ただし、kは後で述べる感度係数、Pjはジャッキ圧、 Poは空隙圧です。
試験を実施するに先立ち、所外の協力者も全員集まって想定リスクをいろいろ考えました。おそらく最悪のケースは、式(4)が仮に成り立つとして、水平面内最大主応力値SHと最小主応力値Shが1対2、つまり2Sh=SHの場合です。式(2)と式(3)のどちらが正しいのか判定できなくなるからです。また3Sh<SHの場合、水圧破砕亀裂が閉じないので、そもそも水圧破砕法そのものが評価不能になります。過去の測定例と想定リスクを検討し、おそらく大丈夫と判断しました。 ボアホールジャッキ式による応力測定
水を使わないボアホールジャッキ式で得られた結果を示したものが、図4です。この結果は昨年までに得られたものです。横軸がボアホールジャッキ式で決めた再開口圧で、縦軸は複数の手法で得られた再開口圧です。青い丸がStiffシステムの再開口圧、水色の丸が従来型水圧破砕法の再開口圧です。式(2)が成り立つ場合は2倍したものと比較する必要があるので、再開口圧を2倍したものをそれぞれ四角でプロットしました。見てお分かりのように、ボアホールジャッキ式で決められた圧力と、青い四角が比較的よく合っています。つまり、高剛性のStiffシステムで得られた再開口圧の2倍とボアホールジャッキ式の再開口圧がコンシステントである。去年の所長裁量経費で、ここまでの結果が得られました。 これで20年来の論争が決着するかと言いますと、実は、残念ながらまだです。従来型の再開口圧とStiffシステム再開口圧の2倍の差が小さ過ぎるため、ボアホールジャッキ式の結果に20%の誤差があると判別が不能です。実は、想定リスク(2Sh=SH)の条件に近かったためです。 誤差を1桁減らそう!— 弾性率・COD精度・カップリング
誤差の原因と考えられるのは、まず、測定結果に及ぼす岩盤の弾性率の影響です。弾性率が変わると感度係数が変わります。二つ目は、COD(crack opening displacement;開口変形率)の測定精度です。再開口圧はCODの測定結果から決めていますから、その測定精度が悪ければ、再開口圧の精度も当然落ちます。そして、これが一番大きいのですが、測定プローブと岩盤壁面のカップリングの影響です。これらの改善について徹底的に検討しました。 図5は、ボアホールジャッキ式応力測定プローブの概念図です。ジャッキが上下に動くと鉄の塊が岩を押して、図中のボアホール壁面の左右の中央部付近に引張応力が発生します。数値解析によると、岩盤弾性率が2倍違うとプローブの感度係数が15%ほど変化するので、補正しなければなりません。私たちが開発しているボアホールジャッキ式応力測定プローブは、Goodmanが考案した変形率計測システムを図6に示したようにDe la Curz[1977]が応力測定に転用したものをベースにしています。ルーツにさかのぼり、再開口圧測定に伴うボアホールの変形を測って岩盤の弾性率を決め、補正すれば精度が上がるでしょう。弾性率に対しては、これで解決と考えています。
次の問題が、カップリングです。これが、一番重要です。チタン鋼とクロムモリブデン鋼でできたプローブと岩盤ボアホール壁面のコンタクト条件をいかに制御するか、という問題です。図8左は、設計よりも直径が1mm大きいボアホールに入れた例です。完全に密着しているように見えますが、隙間に1万円札が入っています。縁の方は20ミクロンほどすき間が開いているということです。すなわち、応力測定プローブと岩盤壁面の密着範囲は見た目より小さく、応力分布もすべて密着している状態とは異なるはずです。 密着範囲をどこまでコントロールできるかを明らかにすることを目的として、図9右に示すような配置で歪ゲージをはったステンレスの薄板を用意し、加圧シェルと加圧プレートの間に薄板を挿入してカップリングをさまざまに変化させた加圧試験を実施し、計測量と数値解析結果の比較しました(図9)。 図10の実線は計算結果で、丸で示したものが実験結果です。ただし対称問題なので90度の範囲だけ示しています。赤の実線は80度、青は70度、緑は60度、黄色は40度密着した場合の数値解析結果です。左図はカップリングが密着範囲40度以下、右図はカップリングが70度の場合です。重要なのは亀裂開口部なので、0度付近に着目して下さい。丸で示された計測結果と実線で示された結果は0度付近に着目すれば、左図で40度以下、右図で70度という設定とそれぞれよく合っています。
まとめと今後の展望 平成16年度には、高剛性水圧破砕試験結果とボアホールジャッキ式応力測定プローブの結果に良い一致が認められました。また、論争の決着にはボアホールジャッキ式応力測定プローブの精度向上が必要であることが明らかになりました。 平成17年度の実験が終わったばかりなので、ここに示した結果はまだプレリミナリーなものが多いのですが、応力測定プローブ内に不動点を作ったことにより、COD計測の精度および再現性が格段によくなりました。また、岩盤の弾性率の問題は同時に計測するボアホール変形量に基づいて補正できること、カップリングの問題は破砕時のみハイリスク高出力で、再開口時には一定の出力条件で実施すればよいことが明らかになりました。 この2年で、応力測定プローブの信頼性が格段に高まったと考えています。今後の展望としては、応力測定プローブを深部に持って行くための技術開発が必要ですが、ボアホール内の回転機構を除けば、既存の技術の中から探すことができます。ピストン形状を工夫することによりハイパワーにすることもできます。計測機構や加圧装置は、東北大学伊藤高敏グループの高剛性水圧破砕法のダウンホール化と共通です。 質疑応答 — 最終的な実用化、決定版はどういうもので、いつごろになりますか。 佐野:決定版を作る前に、原理がうまくいくかどうかを今まで徹底的にやってきました。同時に本当に新しい応力測定システムを作る必要があるのかという疑問に答えることも必要と考え、水圧破砕法の問題を明らかにするための研究、この2点を実施してきました。 深部対応のための技術のほとんどは、すでにあります。計測機構や加圧装置については、伊藤高敏さんのグループも活発に動いています。工場試験までできていると聞いています。あとは、ボアホール内回転機構だけ。これも、そんなに難しくないと思います。あとは、予算があれば。 — 地震予知研究計画への追加投資として所長裁量経費を配分したので、現在の研究計画はあと数年で終わります。それまでには、一通りの結果が出ますか。 佐野:深いボアホールを掘らないと測れないのは事実ですから、なんとかしたいと考えています。跡津川断層近辺で他機関などが掘削したボアホールを調べて、対応可能なものを探しているところです。 |
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