2.2.5 高度な観測機器を開発するための研究

(1) 精密機械工作技術を用いた小型傾斜計の開発

海底ボアホールや陸域の深部ボアホール,あるいは海底面など,観測例の乏しい「観測フロンティア」での傾斜観測を目的とした小型傾斜計の研究開発を行っている.この傾斜計の核として,数cm 程度の高さでありながら実効的に1 m 以上の長さの振り子に相当する長い固有周期を実現できる折りたたみ振り子を開発した.また,周辺温度の変化によって振子特性が変化するために生じる測定誤差を低減するため,振り子はベリリウム銅の単一部材から一体切り出し加工することによって形成した.その際,電界溶融法・電界研磨法といった超精密機械工作技術を用いて,厚さ30ミクロン以下のヒンジ厚を実現することによって上記の長周期を実現することが可能となった.

開発した傾斜計の試作機を実際にボアホールに設置して,試験観測を行ない,近傍にある従来型の水管傾斜計とほぼ同等の分解能を有していることを実証した(図13).

(2) 光ファイバー変位計の研究開発

新開発の小型傾斜計の振り子の位置読み取り用に,光ファイバーバンドルと高輝度・低コヒーレント長光源を用いた光ファイバー変位計の研究開発を行なった.この変位計は,分解能についてはレーザー干渉計より1-2 桁低い性能にとどまるが,絶対的な振子変位が測定できるため,観測の中断・再開が可能であるほか,広い動作レンジや長い寿命,低コストといった,長期・多点観測に適した特徴があり,レーザー干渉計とは相補的な役割を果たすことが期待できる.そのため,例えばネットワーク観測において,拠点となる観測点にはより高分解能のレーザー干渉計を組み込んだ傾斜計を配置して,その周辺の多数の観測点には光ファイバー変位計を用いた傾斜計を展開することにより,コストを押さえつつ,精度の高い観測を行うことが可能となる.また,光ファイバ変位計は取り回しが容易で設置の自由度が高いため,傾斜計の他にも様々な応用に適している.

実際に開発した変位計では,高輝度super luminescent diode (SLD)光源を用いることによって短周期において0.1 nm オーダーの分解能が得られることを実証した.SLD光源を小型傾斜計に組み込んで長期の試験観測を行ない,長期にわたって10 nm程度の安定性を持つことを明らかにした.また,より簡易・安価な光源として,LED や通信用LD の採用についても研究を行った.これらについても短周期において同程度の分解能が達成できることが明らかとなった(図14).

(3) 超伝導体を用いた新型回転地震計の開発

近年,地震動に伴う地面の回転運動が新しい観測量として注目されつつある.我々は回転振動を直接観測するために,超伝導技術を応用した回転地震計の開発を行っている.新型回転地震計では,第2 種高温超伝導体のピン止め効果を利用することにより,受動的・安定に浮上させた永久磁石を参照振子として用いることを最大の特徴とする.永久磁石と超伝導体の形状や配置を工夫することによって,浮上支持された磁石は対称軸を除く5 自由度については強い拘束を受ける一方,対称軸周りには自由回転させることが可能になる.このような浮上磁石を基準として地面の相対角度を測定することは,通常の地震計で無定位の振り子を基準として地面振動を観測することに相当し,精度の高い広帯域回転観測を実現する.上記の動作原理に基づく参照回転体の回転角度を測定・制御するため,非接触静電容量型センサーやアクチュエータなどを組み合わせた回転地震計を試作して,実際に試験的観測を試みた.その結果,回転地震振幅の上限値を実測することに成功した.それと同時に,装置をさらに改良するための指針を得た.

この研究は東京大学理学部物理学科と連携して行なった(図15).

(4) 光アクチュエータによる物体制御技術の研究開発

回転地震計や人工衛星搭載型加速度計では,浮上体の運動を計測・制御することによって目的の観測量を取得する.浮上体に接触することなく制御を行うアクチュエータを用いることができれば,非接触支持という参照浮上体の最大の特長を損なわず,機械的振動による雑音の導入を抑制することもできる.このようなアクチュエータとして,従来はコイル−磁石型や静電型のものが用いられてきたが,これらは外部磁場変動や帯電による雑音に弱いという問題があった.これを解決するため,極めてクリーンなアクチュエータとして,光の輻射圧を利用した光アクチュエータの研究開発を行なっている.具体的には,回転地震計内部の浮上体に強力なレーザー光を照射して,その回転角を制御する試みに取り組んだ.光の輻射圧は小さいため,このような制御をするためには非常に強いレーザー光が必要であり,現状のサイズの参照浮上体を用いた観測を実現する困難であるが,MEMS(microelectromechanical system)センサーなどの超小型,軽量な物体であれば比較的弱い光でも制御可能であることが判明した(図16).

(5) 多点観測用微気圧計の研究開発

多くの地球科学的現象は気圧変動を伴う.局所的な気圧変動はそれ自体が固体地球物理学,気象学的に意義深い観測量である一方,他の観測において深刻な「雑音」となることもある.このため,重力やひずみの観測地点の周辺で稠密に精度の高い気圧観測網を展開してより詳細な気圧データを得ることによって補正の精度を格段に向上させることが重要である.このような多点観測のための新型微気圧計の開発に取り組んでいる.開発中の微気圧計では必要な感度(分解能)を達成しつつ,多点展開に適した高い信頼性と低コストを両立する手法として,大気圧変動によるベローズなどのリファレンスの変形を光ファイバ変位計で読み取る方式を採用している.微気圧計を試作し,市販の高精度気圧計との比較観測を計画している.