2.3.1 地球化学的アプローチ

(1) 時間変動現象を元素の挙動から読み解く

(1-1) U-Th 放射非平衡に基づく海洋熱水鉱床の活動時間の推定

海底熱水鉱床は,生物の発生の場所として,また鉱床資源の蓄積する場所として注目されているが,熱水活動の持続時間についての研究は少なく拡大速度が大きな海底の熱水系では百年程度のタイムスケールが想定されていた.比較的拡大速度の大きな南部マリアナトラフの海底熱水系の硫化物マウンドの$\rm {{}^{230}Th-^{234}U}$の放射非平衡年代測定から,一つの熱水系が2千年以上にわたり活動を維持することを明らかにした(図1).南部マリアナトラフのいくつかの熱水系の年代測定は拡大軸から離れた場所に位置する熱水系は一般に長い活動時間を持つことを示した.

(1-2) リチウム同位体に基づくマントル中の海洋地殻のリサイクリングの推定

沈み込み地域での流体の放出やマントル内での海洋地殻の循環を検討するトレーサーとしてリチウム同位体比の研究を続けてきた.リチウムは$\rm {{}^{6}Li}$$\rm {{}^{7}Li}$の二つの同位体を持つが地球表層でおこる風化作用で大きく分別を受け海水の$\rm {{}^{7}Li/{}^{6}Li}$は大きくなる.海水により変質を受けた海洋地殻は通常のマントル物質に比べ$\rm {{}^{7}Li/{}^{6}Li}$が大きくなる.特に海台が沈み込んだ物質の関与が示唆されるサルジニア島のEM1火山岩が示す同位体比の解析から,リチウムは沈み込むスラブから拡散により周囲のマントルへ移動してしまい,沈み込む成分が保持されにくいことを明らかにした(図2).

(1-3) LA-ICPMS法を用いたU-Pb年代測定

地質発達史を理解する上で,ジルコン結晶のU-Pb年代測定は最大の武器となる.私達は,紫外線レーザーアブレーションシステムを搭載したICP質量分析装置(LA-ICPMS)を用いた,ジルコンにおける30ミクロンの局所分析において±2%の高精度U-Pb年代測定法を立ち上げ,2006年以降,同測定法は地震研共同利用プログラムを通じて国内外の研究者に公開してきた.図3 は足摺岬火成岩体の年代測定の例である.

(2) マグマ中の揮発性成分の評価

マグマ中の水の量は噴火の様式に大きな影響を持つ.それゆえ噴火の推移予想のためにはマグマ中の含水量についての知識が欠かせない.しかしながら,これまでマグマの含水量の把握は容易ではなかった.我々は微小ガラスの含水量を定量分析する新しい手法を開発した.この方法は顕微フーリエ赤外反射分光法に基づいており,それゆえ試料の片面研磨しか必要としない. 30ミクロン径の試料を約10分かけて計測した場合の分析誤差は含水量で0.3wt%程度である)(図4).加えて,ガラス包有物分析時に問題となる斑晶のスペクトルのオーバーラップを補正する方法を考案した.本研究で新たに開発した分析方法は,メルト包有物の分析などの微小な天然試料の分析に対して有効であり,マグマの含水量評価にとりくむ準備がととのった.

(3) 惑星探査用K-Ar年代測定装置の開発

惑星表層物質の絶対年代を決定することは惑星進化を理解する上で重要な情報である.我々は新領域創成科学研究科の研究者らと共同で,月・惑星探査機への搭載を目指した「レーザー照射源を用いたその場K-Ar 年代測定システム(小型LIBS-QMSシステム)」の開発に取り組んでいる.従来採用されている方法のようにKとArを別々に測定するのではなく,あるスポットにレーザーを照射してKを分光法で,Arを質量分析法で,同時測定するという新しい手法である(図5).基礎実験用装置を製作して年代標準試料の分析を行っており,装置の評価,今後の開発課題の明確化,実際に探査機へ搭載するための運用形態の議論(JAXA他との共同研究)などを進めている.