2.3.2 地球構成物質の物性に焦点を当てたアプローチ

マントルダイナミクスや沈み込み帯の理解は過去20年以上にわたる膨大な観測量の蓄積により大きく進展した.これらの観測量を地球科学の文脈のなかで正しく読み取るためには個々の観測量の物性としての理解が必要である.例えば地球内部に於いてもっとも信頼性の高い観測量である地震波速度は温度,圧力,化学組成,鉱物組成,融解,内部構造,結晶方位分布など様々な要因によって変化する.トモグラフィーデータからこれらの要因を特定し,地球科学的な意味を考察するためには物性の基礎的な辞書が必要である.物性に主点を当てたアプローチでは先ずはこのような辞書作りを目指している.

(1) 力学物性

(1-1) 弾性的,非弾性的性質

弾性的性質については,特に,固液複合体の弾性に焦点を当て理論・実験の両面から研究を行っている.固液複合体の弾性波速度は沈み込み帯や火山深部における部分溶融体の検出に重要な基礎的な情報である.$\rm {V_{p}}$$\rm {V_{s}}$を決定している3つの物性因子(液相分率,ポア形状,液体の圧縮率)を明らかにし,逆に$\rm {V_ p}$$\rm {V_ s}$の観測からこれらの因子の決定するための具体的な方法を提案した.その際,様々なポアの形状を等価アスペクト比によって系統的に扱う方法を提案した.

また岩石の非弾性特性は,地震波減衰を引き起こすのみならず,地震波速度にも大きな影響を及ぼす可能性のある重要な物性であるが,マントル岩を用いた高温高圧下での実験が難しく,データが不十分であるため,未知の部分が多い.我々は有機多結晶体を岩石のアナログ物質として用いることで,広い範囲の温度,周波数,粒径,化学組成における非弾性データを系統的に取得し,多結晶体に普遍的なメカニズムやスケーリング則の解明に貢献している.図6は幅広い周波数帯域での弾性的・非弾性的性質を測定する実験装置である.

(1-2) レオロジー

地球内部物質のレオロジーを調べるのに最適な高緻密極細粒鉱物多結晶体を独自に開発し,その試料を高温・大気圧下でのクリープ試験に用いることで,地球内部物質のレオロジー研究,特に,地球内部応力条件に近い低応力下での変形,高精度の変形特性,および地球内部での超塑性変形を調べてきた.特に多相系での相分率がレオロジーに及ぼす影響に焦点を当てて実験を進めた.上部マントルを代表するカンラン石−輝石系では,二相目鉱物の量比が多くなるにつれて,岩石の多結晶体のクリープ強度は一桁以上下がることを示した(図7).この低下は,岩石が粒径依存型の拡散クリープで変形すること,岩石中の二相目鉱物の増加と共に平均粒子径が小さくなること,第一相と第二相のそれぞれの強度でよく説明され,カンラン石−輝石系にとどまらない様々な岩石に適用可能な第二相分率の効果を入れた多相系流動則を提案した.多結晶体が融解せずに大きく変形できる特異な性質を,材料科学では「超塑性」と呼ぶ.このような現象は地球内部でも起きることは30年以上前から予想されていたが,我々は,マントルを模擬した合成岩石試料を高温下で引っ張ることで,500%を越える試料の伸びを示し(図8),マントル「超塑性」を世界で初めて実証した. また部分溶融状態は地球内部の変形場の理解にとり極めて重要である.そのレオロジーは,変形に伴ってメルトの形状や分布が変化するため,複雑である.この問題に,実験・理論・シュミレーションを用いたアプローチを行っている.固体粒子同士のつながり具合い(コンティギュイティ)を内部状態変数として含む粘性構成則を理論的に導出し,これを用いて部分溶融体の流動をシミュレーションすることで,変形実験から求めた粒子スケールでのメルトの形状変化がマクロな流動に与える影響を具体的に調べることが出来るようになった(図9).

(2) 熱物性

熱伝導度に代表される熱物性は地球の熱的状態を理解する基礎的な物性である.我々は主として粒状体の熱伝導度の物性の解明に取り組んで来た.熱慣性値(熱伝導度,比熱,密度により決まる)は熱赤外リモートセンシングにより与えられる直接的観測量であり,この値から火山噴火生成物の特定を目指している.様々な発泡度(Vesicularity)を持つ降下火砕物,火砕流堆積物,溶岩流の熱伝導度の推定法を室内実験によりあきらかにした.図10は均質粒径の火砕物の熱伝導度が粒子の発泡度によって決まっていることを示し,火砕流堆積物のような混合粒径を持つ系では熱伝導度が均質粒径混合物の値からから大きく増加する(図11)ことを示した.このことは直接調査に入ることができない遠隔地の火山においても噴火直後の熱赤外探査により噴火スタイルの特定が可能であることを示している.

(3) 微組織

(3-1) 微組織が制御するマントルのレオロジー

岩石レオロジーを決める重要な微細構造因子:鉱物粒径や変形に伴う鉱物の再分布,鉱物の結晶軸再配列および粒子形の解析を通してレオロジーの理解に取り組んで来た.第二相鉱物分率を変えた試料の粒成長実験により,カンラン石-輝石系ではそれぞれの鉱物粒径の比が,第二相分率でよく表される(ゼナー則に従う)ことを明らかにし,その関係が,天然のペリドタイトマイロナイトで成り立っていることを示した (図12).また「超塑性」変形においては試料の微細構造解析により,超塑性変形に特有の圧縮方向への同相粒子集合化構造と変形誘起粒成長を見出した(図13).同相粒子集合化は粒界すべりの結果生じること,また集合化が変形誘起粒成長の原因であることを示した.集合化構造を天然のウルトラマイロナイト中に見出し,自然界における粒界すべり変形を初めて実証した.さらに,粒界すべりが卓越する拡散クリープ下で,鉱物粒子形が結晶学的に決定されている場合,強い結晶軸選択配向(CPO)が形成されることを実験的に示した(図14).これは,CPOの成因は鉱物の転位クリープという従来の常識を覆すもので,天然で見られるCPOおよび地球内部で観測される異方性の成因の再解釈が必要になった.

(3-2) アイスレンズの形成

水と粒子の均質な集合体を氷点下に冷却をすると,アイスレンズという特異な純氷析出構造が形成される.興味深い点は均質な構造から出発しても水の固化という相変化を経験することで自発的に不均質な構造が形成される点である(図15).この現象をガラスビーズ・水系で実験を行い,アイスレンズの厚さ,位置が粒径により系統的に制御されること(図16),その物理的背景を既存のモデルを改良した数値シミュレーションにより解明した.このような相変化に伴う構造形成はコア・マントル境界や上部マントルにおける部分溶融層の構造にも関係しているかも知れない.