2.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明

(1) ふつうの海洋マントル計画

(1-1) 経緯

上記,海半球計画においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004-2009年度に実施した特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」(スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクスおよびその地球史上の意義を明らかにした((2)「スタグナントスラブ計画」参照).一方で,海底機動観測データの質を陸上観測所のレベルにまで向上させることを目標に,自己浮上方式に頼らずに深海無人探査機(ROV)を利用して設置回収するタイプの海底機動観測装置(BBOBS-NXとEFOS)を開発してきた((3-1)「次世代の観測システムの開発」参照).こうして,「ふつうの海洋マントル計画」を実施する準備が整った.

(1-2) 計画の概要

現在我々は,科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」(ふつうの海洋マントル計画)を,2010年度から5カ年計画で実施しつつある.この計画は,新規開発の海底観測装置と従来の海底機動観測装置とを駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェア–アセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指している(図1).なお本計画は,海半球センターのメンバーだけでなく,室内実験や計算機シミュレーションなどの手法で研究課題に取り組む所内の他の部門・センターの教員や,JAMSTECの研究者が参加して実施されている.

具体的な観測実施海域は,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域に設定した(図2).2010年6月には,海域Aに5観測点からなるパイロット観測を開始した.本格的な長期観測は,2011年3月の東日本大震災の影響で予定していたスケジュールが変更になり,2011年11月と2012 年8月の2回の研究船「かいれい」航海で開始した.2013年8月には,民間の作業船「かいゆう」によって自己浮上型装置を回収するとともに,新たな設置を行なった.現在稼働中の数多くの装置は,2014年夏に全て回収し,ふつうの海洋マントルの謎(上記(a)(b))を解明したいと考えている.

本研究のテーマは,内外の第一線研究者も取り組んでいる所で,同様の観測研究プロジェクトが欧米の研究グループによって計画あるいは実施されている.我々は最先端装置の開発において一歩先を進んでいるので,本研究計画終了後は,国際連携によって他の海域・海洋に我々の機動観測網の展開をはかりたい.以降の3節に,これまでに得られた科学的成果について述べる.

(1-3) 海底地震観測

2010年度から開始した特別推進研究「ふつうの海洋マントル計画」では,前述の通り,陸上観測点並の観測能力がある新型の広帯域海底地震計(BBOBS-NX)の導入が鍵となっている.大洋底下の詳細なマントル構造の解明には,従来型の広帯域海底地震計(BBOBS)による観測では数年以上の長期間のデータ蓄積を要するが,このBBOBS-NXであれば1-2年程度で高精度な解析結果が得られるデータを取得することが期待できる.パイロット観測では2台を1年間,本観測では6台を2年間設置する.観測網を補完するため,BBOBSもそれぞれの観測で3台,および12台を1年毎の設置回収を3年間実施し,データを蓄積させる.

本観測の航海は,JAMSTECの研究船・無人潜水艇(かいれい・かいこう7000II)を用いて,BBOBS-NXの設置を2012年8月に実施した.当初はシャツキーライズ南東側にも2台を展開する予定であったが航海日程の都合から北東側でのみ,BBOBSの2台回収と5台設置,およびBBOBS-NXの2台回収[BBOBS-NXの揚収]と6台設置[BBOBS-NXの設置・展開],を行った(図3).BBOBSでのノイズモデルが過去の多数の記録例から比べても静かな部類であったのに加え,2台のBBOBS-NXでは全3成分が所謂NHNM以下のレベルにノイズモデルが収まっていた(図4).これにより,レシーバー関数解析といった水平動成分の波形を用いる手法が効果的に適用できることが期待される.6台のBBOBS-NXは2年間の連続観測後の2014年に回収予定である.また,従来型のBBOBSについてはシャツキーライズ南東側の8台も含めて2013年に全観測点での入れ替えを行い,1年間の観測データが回収された.この際に設置されたBBOBSも2014年に実施する傭船(6月)及び研究船(9月)の航海で回収する.更にこの傭船航海では4地点で大容量の爆破実験を行い,LABの構造を詳細に探るためのデータを取得する予定である.

(1-4) 海底電磁気機動観測

海底電磁気機動観測は,自由落下・自己浮上方式の海底電位磁力計(OBEM)と無人探査機を用いて設置する新規開発の展張型電場測定装置(EFOS)を用いて行っている.2010年より合計34台のOBEMを海域Aの17観測点および海域Bの8観測点に設置した.また5台のEFOSを海域Aの4観測点に設置した.2013年度までに海域Aの7点,海域Bの7点からOBEM10台を,海域Aの1点からEFOS1台を回収していて,残りのOBEM, EFOSについては2014年度の航海にて回収する予定である.2010年に海域Aで開始したパイロット観測で取得した4点(NM01, 02, 04, 05)のOBEMデータについては,先行して解析が進んでおり,上部マントルの平均的1次元電気伝導度構造モデルが求められている.得られたモデルは,0.01 S/mよりも低電気伝導度な層の厚さが約80 kmで,その下に約0.03 S/mの高伝導度領域があることを示している.この低電気伝導度層は,(2)で述べる先行プロジェクト(スタグナントスラブ計画)で得られたフィリピン海下マントルのそれと比べてわずかに薄いが,小笠原沖太平洋下マントルのそれと比較すると有意に薄い(図5).それぞれの観測海域の平均的な海洋底年代は,海域Aが約130 Ma,フィリピン海が0~60 Ma,小笠原沖太平洋が 140~155 Maであり,年代差から予測される低温なリソスフェアの厚さと得られた電気伝導度構造は整合的でない.このことは,リソスフェアの厚さと年代との関係が単純な年代に伴う冷却モデルには従わないことを示唆する.また,これら3海域の平均的1次元構造について,温度構造とメルト量を鉱物物理学に基づくモデルや地震学的観測結果より仮定して,電気伝導度構造モデルからメルトの電気伝導度値を推定することで,アセノスフェアの部分溶融仮説を検証した.電気伝導度値は,実験室で計測されているケイ酸塩メルトと炭酸塩メルトの電気伝導度値の間に求まった(図6).これはメルト中の二酸化炭素濃度の違いを反映するものと解釈でき,仮定したモデルと電磁気観測と実験との間で矛盾は生じないことを明らかにした.

(1-5) マントルの高分解能イメージング

「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に加え,これまでに行われてきた広帯域海底地震観測で得られたデータ,太平洋に展開している海洋島地震観測網で得られたデータを用いて,北西太平洋地域の上部マントル3次元S波速度構造モデルを求めた.解析には有限波長効果と波線追跡を考慮した表面波3次元インバージョン手法を用いた.解析の結果,海域A, B共に横方向の速度不均質は小さいが,平均1次元構造は異なる事が明らかになった(図7).海域Aは過去の先行研究による速度モデルと調和的だが,海域Bは高速度であった(図8).現在の所,海域Aは普通の海洋マントル構造であり,Bは異なった構造を持っていると考えられる.2014年夏に回収される予定のデータを加える事でより確かな事を明らかにする事が出来ると考えられる.

(2) スタグナントスラブ計画

(2-1) 海底地震観測

特定領域研究「スタグナントスラブ計画」の中でも鍵となる長期海底地震観測を2005-2008年に実施し,そのデータ解析をこれまで進めてきた.2009年以降,本観測での広帯域海底地震計(BBOBS)のデータを用いた複数の論文が国際誌に掲載されている.これらの研究成果の中で,伊豆小笠原マリアナ島弧のマントルウェッジの特徴,フィリピン海での上部マントル異方性分布とマントル遷移層の状態,観測エリア下での全マントルのP波トモグラフィーによる描像,が得られた.特にBBOBSデータを組み込んだトモグラフィーの解析結果(図9)では,マリアナの深発地震発生域の西方でも,これまで見られなかった660km不連続面上でのスラブの滞留が初めて見出されている.

(2-2) 海底電磁気機動観測

西太平洋域に広がるスタグナントスラブとその周辺のマントルを電気伝導度によって実体視することを目指して,フィリピン海および小笠原沖太平洋においてOBEMを用いた海底電磁気機動観測を実施した(図10).これらのデータより,フィリピン海および小笠原沖太平洋の平均的1次元マントル電気伝導度構造モデルを推定した(図11).その結果,フィリピン海上部マントルは小笠原沖太平洋下のマントルに比べて1)最上部の電気伝導度層が薄いが,2)その下の高電気伝導度層は約0.03 S/mで両者はよく一致すること,3)マントル遷移層は,フィリピン海下が小笠原沖太平洋下に比べて有意に高電気伝導度であること,が明らかになった.1)の結果は海洋プレートの冷却・成長モデルで説明できる.また3)の結果は,スタグナントスラブからフィリピン海下マントルに供給された水の影響と推察できる.また西フィリピン海盆下マントルの電気伝導度異方性についても議論した.

現在はこれらの1次元構造を初期・先験的モデルとした3次元インバージョン解析を行っている.これに先立ち,海陸分布などの広域の特徴と観測点近傍の局所地形変化の影響を同時に組み込むことができる,3次元インバージョン法を開発した.

副次的な研究として,電磁気応答関数の周期$\rm {10^4\sim 10^5}$秒に見られる異常な特徴について議論した.この特徴は静穏時地磁気日変化をソースフィールドとして仮定した際に定性的には良く説明できることを突き止めた.

(2-3) 滞留スラブの高分解能イメージング

日本列島に展開された稠密な地震観測網 Hi-net の波形データを解析することで,沈み込む海洋プレートの底が明瞭にイメージされ,海洋プレートの底はシャープな境界であることがわかった(図12).「ふつうの海洋マントル計画」の研究と合わせて,海洋プレートとは何かというプレートテクトニクスの根元に関わる問題の解明につながる重要な成果である.また西南日本弧下の深さ 350-450 kmに,オリビンの準安定層(Metastable olivine wedge, MOW)に対応する低速度層の上面・下面の直接イメージングに世界で初めて成功した(図13). MOWの存在は,解析領域の沈み込んだ海洋プレートのマントル部分には水が少量しか含まれていないことを示唆し,マントルスケールの水循環に制約を与えると考えられる.

海洋下のリソスフェア・アセノスフェア境界(LAB)について,そのプレート年齢との相関を調べるため,北部太平洋の沿岸地域の広帯域地震波形についてS波レシーバー関数解析をシステマティックに行い(図14),LABの深さ分布をもとめた.結果としてばらつきは大きいが,プレート年齢に依存するLABの深さ分布が求められ,LABの成因について強い制約を与えられることができた(図15).

フィリピン海北部での機動海底広帯域地震観測のデータと陸上観測データの波形記録から,表面波解析により北西太平洋地域における高解像度の3次元上部マントルS波速度構造モデルを得た.このモデルにより,新たに北部伊豆小笠原,南部伊豆小笠原 (硫黄島),北部マリアナの3カ所にピークを持つ低速度異常がマントルウェッジ内に存在することが明らかになった.この低速度異常のピークの位置と伊豆小笠原マリアナ弧の火山フロントで得られた火山岩の同位体比のパターンの特徴を比べたところ非常に良い相関が見られた.同位体比のパターンの違いは火山岩の元となるマントルの違いを示している事から,マントルウエッジの異なる異常源が地表にまで影響を及ぼしている事が初めて示された.

(2-4) 総括班

本センターは特定領域研究「地球深部スラブ」の総括班事務局を担当し,領域全体の研究推進にも貢献した.総括班は,特定領域代表者と8つの計画研究代表者,3名の評価担当者,および事務局の総務・研究集会・広報の担当者で構成され,計画研究間の連携を進めつつ領域全体の研究目標の達成をはかる役割をもつ.事務局は以上の総括班の全活動を推進した.

全研究期間を通し,年2回総括班会議と年1回の全体研究集会を開催する他,年1回ニュースレターを発行した.開催した国内研究集会は,2005年1月(地震研究所),2005年11月(九大),2007年11月(愛媛大)の3回である.また,日本地球惑星科学連合大会においては,「地球深部スラブ」のセッションを定期的に主催し,2006年5月には国際セッションとして開催した.2007年7月にはイタリアのペルージアで開催された国際測地学・地球物理学連合(IUGG)総会において,セッションを主催した.2009年2月25-27日には,京都において国際シンポジウムを開催し5年間の総括と成果の発表を行なった.このシンポジウムで発表された論文を集め,国際誌Physics of Earth and Planetary Interiorに特集号を出版した.

なお,2007年には文科省による領域の中間評価を,2009年度には事後評価を受けたが,いずれにおいても研究項目間の連携の成果などが特に高い評価を得た.

(3) 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開

(3-1) 次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を開発し,試験観測を2008-2010年にJAMSTECのROVを利用して実施した.この研究は科学研究費基盤研究(B)の補助を2007-2010年に受けた.3回の観測結果から,自由落下方式でセンサー部を海底面に突入させて埋設することにより,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.既に,前述の特別推進研究(1-3)で実用的観測を開始しているBBOBS-NXであるが,最終目標は従来型のBBOBSと同様な自由落下設置・自己浮上回収を可能とすることである.その機能高度化への基礎試験として,2012年に四国海盆(水深4900 m)で開始した試験観測では,センサー部中央にある物体の影響や堆積物中からセンサー部を引き抜くのに要する力を測定し,データを得ている.

このBBOBS-NXの安定した設置状態を利用する,広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXを開発中である.この研究は科学研究費基盤研究(C)の補助を2011-2015年に受けている.水管傾斜計との比較試験で基本的性能を確認した後,2012年には,上記BBOBS-NXをBBOBST-NXの内部構成に設定し,両者を併せた実地試験を行い海底での動作確認を終えた.2013年4月には,房総半島東沖の海域での1年間の長期試験観測を開始し,この海域で予想されるスロースリップイベント(SSE)に伴う傾斜変動を捉えうるかを実地検証中である(図16).2014年1月にSSEが発生しており,重要な観測成果が得られることが期待される.

BBOBSでの測地学的帯域への拡大を目指した広帯域地震・高精度絶対圧観測システム(BBOBS+APG)を開発し,2009年から使用開始した.本観測システムによる実海域での圧力観測は,東北沖・房総沖・ニュージーランド北東沖などで現在進行中である.宮城沖で2011年7月10日に起きたMw=7.0の地震では,震源近傍に設置していた1台のBBOBS+APGで-20 cm以上の静的変位を発震時に記録しており(図17),他の海底圧力観測点での変位などの記録との整合的解釈を,複数研究機関と共に検討している.

ここ30年来で開発・実用化されてきたOBSは,水深6000 mを最大使用深度と想定していた.一方で,日本周辺にはより深い海域が広く存在し,そのような場所での地下構造探査や微小地震活動調査を実現させるべく,これまでにもこのような超深海域で使用するOBSの開発は行われてきたが,従来のOBSを踏襲する方式では課題を解決できずにいた.そこで,現行のOBSで広く使われている錘切り離し機構を使わない構造を持つ水深10000 mまで使用可能な新方式の超深海用OBS(NUDOBS)を考案し(図18),その機能試験を2012年のBBOBS-NXの試験観測と並行して実施し(図19),観測状態への遷移[NUDOBS第1段階の遷移]及び回収時への遷移[NUDOBS第2段階の遷移]を確認した.海底での動作確認を終えたNUDOBSは2013年のBBOBST-NXと同じ航海で房総半島沖の三重会合点(水深9200 m)にて1年間の長期試験観測を実施中である.現在,2014年4月にBBOBST-NXおよびNUDOBSの回収航海が予定されている.

(3-2) 最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期(表皮効果)によって制御される.OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百キロメートルに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.2004年にプロトタイプ装置の試験観測を深海曳航体での設置により行い,1日以上の長周期のS/Nが向上し,マントル遷移層の深さまでの探査を可能にすることが示された.高性能の新型の装置であるBBOBS-NXとEFOSとが開発されたことから,我々はその組み合わせによって従来は困難とされた地球科学上の問題に取り組む方向を目指した.両者を同一の航海で設置回収するために,EFOSを無人探査機(ROV) で設置するように変更した.その場合のROVの巡航速度を考慮した結果,ケーブルの長さは2 kmとなった.しかし,測定電極をOBEMと同じ銀—塩化銀電極を用いるようにしたため,総合的なノイズはプロトタイプよりも低減されることになった.この形式をEFOS-2と呼ぶことにした.

図20にJAMSTECのROV 「かいこう 7000II」によるケーブル展張の模式図を示す.設置にあたっては,レコーダとケーブルボビンを鉄製のフレームの上に取付ける(図21).この状態でフレームを係留ブイにつないで投入する.フレームと係留ブイの間には音響切り離し装置を接続し,全体が着底した後ブイを切り離して回収する. 「ふつうの海洋マントル計画」では,2012年8月の研究船「かいれい」航海で,海域Aに合計4台のEFOS-2を設置し,2014年夏にすべてを回収する予定である.

(3-3) 海洋島地震観測網

JAMSTECと共同で9ヵ国14定常観測点における定常観測を継続した.観測点はジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)である (図22) . このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(3-4) 海洋島電磁気観測網

現在の海半球電磁気観測網は,ポナペ(ミクロネシア連邦),ワンカイヨ(ペルー) ,長春(中国) ,アテーレ(トンガ王国) ,モンテンルパ(フィリピン) ,南鳥島,マジュロ(マーシャル諸島),カンチャナブリ(タイ) におけるフラックスゲート磁力計とプロトン磁力計,もしくはオーバーハウザー磁力計からなる長期地球磁場観測点により構成される.[海半球磁場観測網] 観測データは取得から2年後に公開されている.各観測点において,年に1度地磁気絶対観測を行い,観測結果を用いて地磁気確定値時系列を生成している.

本観測網で得られた磁場データ,地磁気世界資料センターにより提供される観測所磁場データ,および,海底ケーブルネットワーク観測により得られた電位差データを用いて,北太平洋域のマントル3次元電気伝導度構造モデルを求めた.

太平洋域の地磁気永年変化と外核内部の運動の関係を理解するため,地球外核を模した,傾いた底面を持つ自転する円筒内部における流体力学的安定性と生じ得る磁気流体波について解析的な研究を行った.これから,観測された地球磁場変動の伝播速度や空間スケールを元に,地球内部のトロイダル磁場の強さや拡散係数等の物性量が制約できる可能性があることが示唆された.

(3-5) 海底ケーブルネットワークによる電位差観測

本ネットワークは,フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1) ,グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北間(上海ケーブル) の,かつて通信線として用いられていた海底ケーブルによる電位差観測ネットワークである(電位差観測海底ケーブルネットワーク) .

2011年3月の東北地方太平洋沖地震に伴う津波によって誘導されると期待される電場の検出を,本ネットワーク海底ケーブル電位差データと柿岡(気象庁)およびポナペ(海半球)の磁場を同時に用いて試みた.しかし,顕著なシグナルはみられず,長基線海底ケーブルでは津波検出は困難であるとの結論に至った.

海底ケーブル電位差データとケーブルMT レスポンスの再解析を行い,海洋島電磁気観測網および世界地磁気資料解析センター磁場データから求められたGDSレスポンスと共に,北太平洋域のマントル3次元標準構造の解析を行った.

海底ケーブル電位差および地磁気の短期永年変動を用いれば,マントル最下部の電気伝導度不均質の情報が得られることを数値モデリングにより示した.電気伝導度不均質の広がりとコントラストを求めるための,地球電磁場解析を継続して行っている.

(4) 海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(4-1) 海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を行った.周期3-30秒においては地震波干渉法を,周期30-100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10-150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.

これまで本センターが行ってきた4海域での臨時広帯域海底地震観測にこの手法を適用した.多くの結果の中から主要なものをリストアップすると,(1)LID(蓋状の高速度層)での速度勾配は0または正で,温度構造だけから予想される負の勾配とは合わない,(2)LIDと低速度層(LVZ)の間の遷移領域の速度勾配は,単純なプレートの熱モデルから予想されるものより大きく,低速度層の成因として温度以外の因子が必要となる,(3)鉛直対象異方性は平均的3-6%($\rm {V_{SH}}$>$\rm {V_{SV}}$)と大きい,(4)方位異方性は深さ10-50 kmで2-6%,深さ50-100 kmで0-3%と深くなるについて弱くなる(図23).本研究により初めて方位異方性と鉛直対称異方性の強さの直接比較が可能となり,鉛直対称異方性の方が強いことが明らかとなった.この結果は,これまで地震波速度異方性の主な成因として考えられてきたAタイプのオリビンだけでは説明ができないことを示している.

今後,この手法を他の海域の観測記録に適用することで,海洋リソスフェア・アセノスフェアシステムの理解が飛躍的に向上すると期待される.

(4-2) 海底電磁気観測

中部マリアナ海域において,神戸大学,JAMSTEC,米国ウッズホール海洋研究所,オーストラリア・フリンダース大学と合同で40観測点におよぶ高密度アレイ観測を行い,2次元上部マントル電気伝導度構造モデルを得ることができた(図24).その主な特徴より,1) 古い太平洋プレートでは温度構造に,若いマリアナトラフでは海底拡大に伴う部分溶融と水の再分配によって電気伝導度が支配されていること,2) スラブから供給された水や溶融体は60 kmより浅部では連結度合いが低いか,小さく3次元的に分布していること,3) 背弧拡大軸下は部分溶融帯の連結度合いが拡大軸方向に不連続に分布していること,が示唆される.

北西太平洋の新種火山プチスポットに関連した研究が,2003-2004年,2005年,2007-2008年に当センターとJAMSTECのOBEMを設置して取得したデータに基づいて行われている(図25).3次元インバージョン解析により推定された電気伝導度構造モデルについて,信頼性の詳細な検証と,マントルの温度や組成,部分溶融による定量的に解釈が進められている.

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めている.この海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画[地殻流体HP]の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し、2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録していた.このデータより観測点上での津波の高さと到達時刻,および津波の伝搬方向を見積もり,パルス状津波発生源を日本海溝に沿った北緯約39度周辺と特定した.この位置は主要な地震の破壊領域からは約100 km北東にあたる.OBEMデータと沿岸の海面変動データを併せて解析した結果,パルス状の津波が生じた時刻は,地震発生の時刻よりも約1分遅れていたことも分かった (図26).

(4-3) 陸上地震観測(NECESSArray計画)

2009年から2011年にかけて,日中米の国際共同観測計画(NECESSArray計画)として中国東北部に120点の広帯域地震観測網を展開した. NECESSArray は横たわるスラブの直上に位置する大規模アレイであり, 島弧及び中国大陸の火成活動に至る沈み込みプロセスの全貌を明らかにすることが期待されている (図27).

研究チームでは特に,プレートテクトニクスでは説明できない(海溝から遠く離れた)中国大陸の火山の成因について制約することに重点を置いて解析を進めた.日中米の各グループで分担して,P波速度・S波速度・異方性構造推定,不連続面のトポグラフィー推定などが実施された.日本のグループは実体波によるP波速度構造推定,表面波によるS波速度・異方性構造推定を主導した.2012年6月に地震研,2012年9月に北京大に主要メンバーが一同に会し, お互いの解析結果を持ち寄った.P波速度及びS波速度構造推定の両方の結果において,長白山の下の遷移層で横たわるスラブが欠如していることが描出された.またS波速度構造推定の結果,欠如している領域から長白山に向かって,比較的低速度の異常が筒状に存在することが描出された.また不連続面のトポグラフィー推定から当該地域の660km不連続面は浅くなっていること,異方性構造推定から低速度の筒の近傍では上昇流の存在と整合的な異方性があることを検出した.これらの結果は,下部マントルから長白山にマグマを供給する経路が存在することを示唆する.2013年5月の地球惑星関連学会連合大会において特別セッションを企画し,より広範な視点からこれらの観測事実が持つ意義について議論した.

この他にも,P波速度構造推定の結果から横たわるスラブが欠如している領域の近傍(南側)において,横たわるスラブが激しく変形している描像を得た.また,横たわるスラブの存在する領域の410km不連続面直上に顕著な低速度異常が存在することを検出した.これらの結果はスラブの粘性や沈み込み帯における物質循環に関し,新たな制約を与えると考えられる.下部マントル及び核の構造に関しても,最下部マントルに構造の急激な変化が存在することや,従来の半球構造では説明できない内核の不均質構造を検出する(図28)など,新たな知見が得られた.

(4-4) 陸上電磁気観測

1998 年~2005年までの間,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省および遼寧省中部においてネットワーク MT 観測を実施し,このデータおよび長春における地磁気データを解析して求めたマントル深部構造と他の地域で得られた構造モデルを比較したところ,両領域共にマントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が見られた.高電気伝導度領域の空間的な広がりの調査のためには観測網の拡張が必要であるが,メタル回線の存在状況から観測域を東北部中軸部以外の領域に広げるのが困難であるという問題があった.このため,主として中国地震局によって中国東部において展開されている広域的な磁場データを収集し,地磁気変換関数を推定した.また,その観測点の空白域をうめるように,2007年に新たに中露、中蒙国境付近の2地点に3成分磁力計を設置して観測を開始し,現在も観測を継続している(図29).これらのデータをあわせて,中国東北部における広域深部3次元構造を推定すべくデータ解析を進めている(地震予知研究センターと協同).

(5) その他の地域での観測的研究

(5-1) 仏領ポリネシアでの海底地震・電磁気観測

JAMSTEC及びフランスと共同で,仏領ポリネシア・ソサエティホットスポット周辺で海底広帯域地震・電磁気観測を2009-2010年に実施した.

回収された地震波形記録を解析することによって,フレンチポリネシア地域において従来よりも高解像度な上部マントルS波3次元速度構造モデルを得る事ができた(図30).また遠地地震のアレイ解析(周期30-50秒)および地震波干渉法(周期14-37秒)を用いて表面波アレイ解析を行い,深さ20-100 kmに約2.5 %のS波速度方位異方性が存在すること,速度の速い方向N50Wは海洋底拡大直後(約43 Ma前)のプレート運動方向とほぼ一致していることが明らかになった(図31).

電磁気観測では最長22ヶ月間の電磁場変動記録を取得することができた.マントル電気伝導度構造解析については,本観測で取得したデータに加え,フランス・ブレスト大による2観測点のデータ,および公開済みの9観測点のデータを再解析し,電磁気応答関数を推定した.又,現在3次元電気伝導度構造解析を進めている.

一方副次的な成果として,本観測期間中に起こったチリ地震津波によって海水中に誘導された電磁場変動を9観測点全てで検出したが,津波による電磁場変動を海底のアレイ観測で検出したのは,これが世界で初めての例である.これらの電磁場変動データより,津波の高さ,伝搬方向,および伝搬速度を推定することができた(図32).

(5-2) 大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポット

2011年度より,科学研究費補助金を得て,大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポットの電気伝導度構造研究を開始した.これは,ドイツ・IFM-GEOMARとの共同研究である.本研究の目的は,ドイツ側と併せて26台のOBEMをホットスポット周辺海域に展開して(図33),マントルの電気伝導度構造を解明し,ホットスポットの起源がマントル深部にあるか否か,またアフリカ・南米大陸の分裂にどのように寄与したかを議論することである. OBEMの設置は2012年1月~2月に,回収は2012年12月~2013年1月に実施した.本センターからは,8台のOBEMを持出した.ナイチンゲール島にも電磁場観測点を1点展開し,データを取得した.現在,時系列データ解析をそれぞれの研究機関で分担して行っている.当センターのOBEMデータは極めて良好で,精度の良い電磁場応答関数を求めることができた.今後は,ドイツ側と一次処理したデータを交換し,共同で観測海域下のマントル電気伝導度構造を明らかにしていく予定である.またドイツ側は地震観測グループも参加しており,同時に観測した地震データの解析結果とも統合的に解釈が可能になると期待できる.

(6) 海半球ネットワークデータの編集・公開

海半球ネットワークデータの定常観測網(広帯域地震,電磁気,GPS,超伝導重力計)のデータ公開を継続した[OHP DMC].Boulder Real Time Technologies 社の Antelope というソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及び IRIS とリアルタイムデータ交換を継続した.また2010年度より, インドネシアの地震観測網(ADPC)のデータ取得を開始した.

(7) データ解析に基づく地球の内部構造と内部過程の解明

地震学的な内部構造推定手法の改良を通じ,深部マントル及びコアの不均質構造に関し,新たな知見が得られた.(1)波形トモグラフィーを実施し,海洋地域に高い解像度を持つ全マントルS波速度構造モデルを求めた.マントル対流上昇流に関連づけられる低速度異常が特別な形状(細く,長く,高い)をしていることが検出された(図34).また日本列島に展開する稠密アレイデータを用い,この低速度異常の境界部にD"不連続面の急激な凹凸があることを検出した.これらの結果は,マントル対流が温度・組成対流であることを示唆する.(2)コアフェーズに対し波形フィッティング解析を実施し,特に西半球の解像度を改善した.従来の半球モデルでは説明できないような,西半球内部の顕著な不均質性を検出した.この結果は,内核の半球的成長モデルを書き換えなくてはならないことを示唆する.(3)ambient noise を用いたトモグラフィーにより,上部マントルの全球的構造推定に成功した.地震の発生に頼らないグローバル地震学の誕生を意味し,将来の惑星探査等への応用が期待される.

超長基線海底ケーブル電位差データなど,我々の独創的な観測データを用い,(地震学におけるPREMに対応するような)標準電気伝導度モデルの構築を行っている.(1)準備的な理論研究として,従来のGDSレスポンスによる1次元構造推定が,3次元不均質が存在する系では破綻することを示した.一方で多数の観測点のGDSレスポンスやMTレスポンスを同時に解析することにより,この地域の平均的な1次元構造が推定可能であることを示した.(2)これらのデータ及び手法を活用し,北太平洋域下マントル遷移層の標準1次元電気伝導度モデルを求め,遷移層内部に0.5 wt% 程度の水が存在することを示唆した.

3次元電気伝導度構造モデルと地震波トモグラフィーモデルとの比較を通じ,地球内部の化学不均質に関する新たな情報を得た.我々が以前開発した3次元モデリング手法を活用し,ヨーロッパおよび北太平洋域の3次元電気伝導度構造を求めた.フィリピン海下のマントル遷移層には豊富な(1 wt% 程度の)水が存在する一方,ヨーロッパ下では高々その十分の一程度しか存在しないと推定され,海洋プレートの年代(つまり温度構造)が沈み込みによるマントル深部への水輸送を制御していることを示唆した. 高エネルギー素粒子地球物理学研究センターと共同で,新たな内部構造研究分野の創出を始めた.地震波トモグラフィーの知見を活用しながら,地球内部の密度分布を解明する可能性を検討した.また,効果的に地球内部の放射性熱源分布を制約する手法を検討し始めている.