2.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

宇宙線を用いた巨大物体の透視(=宇宙線ラジオグラフィー)の対象は,数十mから数千㎞までさまざまなサイズをもつ(図15).これは,ミューオン,電子・ガンマ線等の宇宙線電磁成分,およびニュートリノなど粒子によって,物質を透過する能力が異なるからである.本節では,当センターで行われたラジオグラフィー応用研究として,(1) 火山体内部のイメージング,(2) 地震断層・破砕帯のイメージング及び地下水のモニタリング,(3) 表層土壌水分の測定,(4) 巨大人工構造物のイメージング,及び(5) 地球深部の構造及び組成研究について述べる.一覧にしたものを表6表7に示すので、参照されたい。

(1)火山体内部のイメージング

ミューオン観測の対象とした火山には,有珠山,昭和新山,明治新山,浅間山,桜島火山,雲仙普賢岳,薩摩硫黄島火山,ストロンボリ火山及びカナリア諸島などがある(表6).

有珠山の溶岩ドーム成因を論ずることを目的として,2012年10月,有珠山北麓に,7層低ノイズカロリメータ検出器を設置し,有珠山を観測した(北海道大学と共同研究).その結果,1977-78年の噴火時に,有珠新山の隆起にともなって生じた断層の東側に,貫入マグマを示唆する大規模な高密度岩体がイメージングされた(図16).貫入マグマの位置は,従来の地球物理学的モデルから導かれたものと調和的である.

薩摩硫黄島では,超低雑音6層光電方式検出器を用いて,2013年6月に観測を実施した.その結果,火山活動(噴煙,火映の発生)のリズムに対応して,火道内部の密度がダイナミックに変化している様子がとらえられた(図17).

浅間山火山では,2008年10月以降,光電方式のミューオン透視システムを山頂からおよそ1.2 km東にはなれた点に設置し,リアルタイムでデータを取得している.観測開始後の2009年2月2日に発生した浅間山小規模噴火の際には,このシステムにより,噴火前と噴火後のミュオン透視画像とを比較することができた(図18).火口底より下では統計的に有意な明らかなミューオン強度の変化は見られず,火口付近から吹き飛ばされて欠損した体積は,2,500~303,000$\rm {m^3}$(最確値65,250 $\rm {m^3}$)と推定され,大噴火につながるような大規模の物質移動は無かったことが迅速に把握された.この結果は,火山噴火予知連絡会にも報告され,噴火推移予測にも大きく貢献した.2010年度にはMu-CAT(Muon Computational Axial Tomography)システムによる観測を開始し,2008年設置の従来型システムと組み合わせることにより,浅間山山頂付近の密度構造を2方向から観測している.これにより,火山活動の推移予測にとって貴重な3次元密度構造を,オンライン・リアルタイムで取得している(図19).

年間に数百~一千回の爆発を続ける桜島火山のイメージングに,京都大学防災研究所との共同研究を継続している.山頂近傍への接近が危険であることから,山頂から3.3km離れた海岸線付近にセンサーを設置せざるをえないため,十分な解像度を得るにはさらに時間が必要と見込まれている.暫定的に得られた昭和火口・南岳A,B火口に続く火道サイズ情報(図20)と,絶対重力の連続観測データとを組み合わせて,火道内のマグマ頭位を推定する試みが行われ,火山活動の盛衰との一致が認められている.

宇宙線ミューオンラジオグラフィーで得られる1枚の画像は,ミューオンの飛来方向の経路にそって平均した密度を表わすものであり,密度の3次元情報が直接得られるわけではない.そこで,火山体の3次元構造を推定するために,同じ密度に敏感な重力異常データを組み合わせて,インバージョン解析することを昭和新山溶岩ドームについて試みた(図21).原子核乾板による観測データとしてはTanaka et al(2007)で得られたものを用い,重力値には2011年4月に高精度干渉GPSで位置決めした約30か所について得た測定データを用いた.ジョイント・インバージョンの結果,極めて高密度で細い柱状の密度異常が推定された(図22).

(2) 地震断層・破砕帯のイメージング及び地下水のモニタリング

2010年に,糸魚川静岡構造線北端部に位置するUNESCOジオパーク・フォッサマグナパーク内で発見された地震断層露頭のミューオン透視観測を行った.ミューオン透視の連日観測により,降水に伴って断層破砕帯の密度が変化していることがとらえられた(図23).密度変化は上層部から下層部へと徐々に進行していることから,雨水が破砕帯に浸透することで,破砕帯が可視化されていると解釈された.

(3) 表層土壌水分のモニター

地表に降り注ぐ宇宙線には,ミューオン以外にも電子,陽電子,ガンマ線から成る電磁成分が含まれており,これらは厚さ数十m程度の比較的薄い構造物の透視に適している(図15).この電磁成分を用いた試験観測を,2011年から桜島有村観測坑で継続している.これまでに,降雨開始2時間後に地下水面が20cm上昇し,その後6時間程度かけて下降することが,3σ以上の有意度で確認された(図24).電磁成分を用いた土壌水分推定を用いると,降雨に伴う擾乱を受けやすい地殻変動データ(重力・傾斜・歪等)の物理的な補正が可能になる.また,地滑り面周辺の土壌水分量の時空間変動の測定等,土砂災害防止のための基礎データが提供できるようになる.同手法は構造物中の水分量の時空間変動を測定する新たな手法であるのみならず,数mから数十mまでの,X線でもミューオンでも透視できない構造物の透視を行う手法であるため,巨大樹の空洞測定等,幅広い応用が期待される.

(4) ミューオンによる,巨大人工構造物の透視

ミューオン検出器を巨大産業プラントの極めて近くに設置することが可能となり,水換算で直径100m程度の大きさの対象を,1時間程度の時間分解能でのイメージングが可能になった.これにより,溶鉱炉や電炉の中の混相流を動的に視覚化することが可能となった.また,超高温環境下で徐々に損耗する溶鉱炉の炉壁モニタリングも可能となり,産業的にも有用な結果を得た.

2011年度に行ったテスト実験では水換算で直径100 mを超える円筒容器内での液面変動を1時間の時間分解能でとらえることに成功した.普段は多孔質物体内部にとらえられている粘性流体(ホールドアップと呼ばれる)が,2011年3月の東北太平洋沖地震による振動でふるい落とされる現象がミューオンで測定されている.また,電炉内部の流体分布の特性とダイナミクスについて,明瞭な変化をとらえることに成功した(図25).

一方,ミューオンはピラミッド等の歴史的建造物の内部透視に使われたことがある.当センターでも,2013年9月に,世界遺産であるインドネシアのプランバナン寺院群シヴァ祠堂のミューオン透視データを取得した(図9).この建物は2006 年 5 月のジャワ島中部地震に被災しているが,どの部分にどのような被害が生じたのかを,震動シミュレーションを通じて推定するための内部構造決定が目的である.

(5) ニュートリノを用いた,地球深部の構造研究

当センターの設立準備段階の2008年から,Ice Cube計画という国際共同ニュートリノ観測に参画している.Ice Cube計画とは,南極点の氷床に86本の縦坑を掘り,そこに45~60個の検出器を設置して,宇宙ニュートリノを観測するものである(図26).当センターの目的は,宇宙ニュートリノ観測にとっては邪魔者となる大気ニュートリノを用いて,地震学とは完全に独立な手法による地球内部密度を推定することである.2010年12月に86本の観測がフル稼働を開始し,その後,約10年間データを蓄積すれば,地球中心核がイメージングできる見通しである.2013年までの限定的なデータを用いた解析によっても,地球内部に大きな密度の存在を仮定した方が,データをよく説明できることがすでにわかっている.