2.9.2 戦略分野3「防災・減災に資する地球変動予測」

この研究プロジェクト(平成23年度〜28年度)には5つの課題がある.この内,本センターは,1)地震の予測精度の高度化に関する研究と2)都市全域の地震等自然災害シミュレーションに関する研究に取り組む.

(1)地震の予測精度の高度化に関する研究

強震動予測の高度化に向けて,これまで地球シミュレータを用いて開発した地震波伝播・強震動シミュレーションコード(Seism3D)を京コンピュータに移植するとともに,京コンピュータのスカラー型CPUに適合するように性能チューニングを行った(図. 2.9.2.1参照).本計算コードを用いて東北地方太平洋沖地震の地震波伝播シミュレーションを実施し,24,576CPUを用いた並列計算により,641 TFLOPSの実効性能(CPU性能比20.4%)を得た. 大地震における伝播経路での長周期地震動の成長と平野での強い増幅の物理過程の理解を深めるために、神戸大学の陰山聡教授らのグループと共同で没入型可視化システム(π-CAVE)を用いた地震波伝播・強震動の3次元可視化の研究を進めた. 以上,巨大地震の発生と,これによる強震動・津波の予測,そして防災・減災への活用に向け,地震発生シミュレーションと地震波伝播・津波発生伝播シミュレーションを結合した大規模連成シミュレーションを,京コンピュータを用いて行った(図. 2.9.2.2図. 2.9.2.3参照).南海トラフ地震発生予測シミュレーションにより求められた,地震シナリオ(破壊開始点,破壊伝播特性など)を入力として,これに伴う主要都市での地震動を評価し,地震発生予測の不確定性に伴う強震動予測のバラツキを含めた強震動と津波の評価を行った.

(2)都市全域の地震等自然災害シミュレーションに関する研究

(2-1)構造物地震応答シミュレーション

地震動による構造物の損傷・破壊過程を再現・予測する数値解析手法の開発は,地震工学にとって最重要かつ最難関の課題である.京コンピュータでのみ解析できる1,000,000,000自由度を超える詳細解析モデルの数値計算を使って,このような数値解析手法の開発を進めている.解析解の再現等によるコードそのもの検証(verification)は終了し,物理モデルや解析モデルのパラメータの合理性を検証する妥当性確認(validation)を進めている.

鉄筋コンクリート構造物の損傷・破壊過程の再現を重点的に行っている.具体的には,大型橋脚,大型トンネル構造物,そして原子力発電所建屋である(図. 2.9.2.4参照).鉄筋とコンクリートを厳密にモデル化することで,コンクリートや鉄筋-コンクリートの境界に発生する亀裂を再現することに成功した.実用も考慮し,自由度を下げた解析モデルを使い,現有の大型並列計算機や東京大学情報基盤センターのFX10を利用した計算を行っている.

鉄筋コンクリートの他,鉄骨構造超高層ビル-地盤システムの非線形地震応答解析も進めている.これは1億自由度を超える地盤-構造物の精緻な解析モデルを計算するもので,材料・幾何非線形を陽に取り入れている. このプロジェクトは,防災科学技術研究所兵庫耐震工学研究センター(通称,E-Defense)のプロジェクト「数値震動台開発研究」(通称,E-Simulator)とも連携している.解析の妥当性確認に大型震動台の実験結果が必須となるからである.なお,E-Simulatorでは,構造物内の設備の地震時挙動や地盤構造物を対象とした解析手法の拡張を進めている.大規模数値解析手法へのチューニングは民間企業との密接な協力も進めている.

(2-2)都市地震応答シミュレーション

統合地震シミュレーションとは,断層から都市各地点までの地震波伝播過程,各種構造物の地震応答過程,そして地震被害に対する人・組織の行動という被害対応過程という3つの過程をシームレスに計算するものである.地理情報システムに蓄積された都市データを利用して大規模都市モデルを構築し,地震学・地震工学・人間工学の分野で開発されたさまざまな数値解析手法を利用して,統合した大規模計算を行う.

統合地震シミュレーションの開発は京コンピュータの地震・津波課題の中核として注目されている.地震と津波のシミュレーションを都市のシミュレーションと結びつけることで始めて,防災・減災に資する予測が実現されるからである.統合地震シミュレーションの予測は次世代ハザードマップに使われる(図. 2.9.2.5参照).次世代ハザードマップとは,さまざまな地震シナリオに応じて計算される,都市全域の災害・被害・対応行動のシミュレーションを疎から密までの多様な空間分解能で,静止画・動画化するものである. 高知市・仙台市を対象として都市モデルを構築し,統合地震シミュレーションを行っている.複合災害として重要な課題であることが再確認された津波に対して,新しい解析手法を構築し,都市モデルに適用することを試みている.この解析手法も京コンピュータで利用され,並列化性能の検討が重ねられている.

津波から円滑な避難を進めることは大きな課題である.避難過程のエージェントシミュレーションを高度化し,有効な避難行動の分析や円滑化を検討している(図. 2.9.2.6参照).このエージェントシミュレーションも京コンピュータで高速化・大規模化が進められている.