火口の変遷と噴火規模の変遷
1973年以前の噴火の特徴 1982年−83年噴火の特徴 火口の変遷と噴火規模の変遷

 

火口底の深さは20世紀初頭にもっとも浅く,しだいに深くなっていった

20世紀初頭の火口底.驚くほど浅い.火口の縁までマグマがせり上がっていた時期もあったと言われている.

1973年噴火後の火口底.20世紀初頭に比べると深い.

1983年噴火後の火口底.1973年噴火後の火口底よりもさらに深くなった.Lava Cakeは見られない.

噴火の規模が20世紀初頭からしだいに小さくなっていった

20世紀初頭の噴火では3000tあまりの重量の岩塊を噴出したり,爆発に伴う空気振動で周辺地域の窓ガラスが割れるなどの被害が出たが,1960年代の噴火>1973年の噴火>1982-83年の噴火と規模が小さくなっていった.

こうした事実の地学的意味

浅間山の活動度は20世紀初頭にもっとも高く,およそ100年をかけてしだいに低くなっていった.このことは,火口底の深さがしだいに深くなっていったこと,噴火の規模がしだいに小さくなっていったことに現れている.

1973年以前の浅間山は地震を伴いながらマグマが上昇し,爆発的噴火を行っていたが,1982年の噴火以後はマグマが火口の浅い部分まで上昇できなくなり,途中で止まってしまう.その後,マグマから分離した火山ガスが上昇し,火口直下の岩石片や地下水を加熱し,噴火するようになった.このため,地震の群発と噴火との対応関係が崩れてしまっている.

こうした傾向が続く限り,浅間山は山頂付近で小規模な噴火を起こすことはあっても,大規模な噴火を起こすことはないと考えられる.

100年程度をかけてしだいに活動度を低くしてきた浅間山も,いずれは次の大きな活動期に入るであろう.その際には,浅間山周辺において有感地震の群発や山体の膨張などが観測されると思われる.次の大きな活動期が,天明の噴火のように一度に大規模な噴火を起こすパターンで訪れるか,20世紀の活動のように中規模の噴火を断続的に起こすパターンで訪れるかは,浅間山の重要な研究課題である.

 

上記ページは,1983年秋の火山学会,および1984年の論文で公表した内容を示している.その後,浅間山は,1990年代に,ごく小さな活動期を迎え,山麓の車のボンネットにうっすらと火山灰が確認される程度の微噴火を行っている.2000年代の活動期がこのような傾向の延長上にあるとすれば,大量の火山ガスを噴出するだけで終わるかもしれない.ただし,次の大きな活動期の前段階であるかもしれないことは想定しておくべきであり,規模の大きな地震活動や地殻変動に特に注意する必要がある.