来るべき直下地震・海溝型地震と首都圏の強い揺れ

 

纐纈(こうけつ) 一起(かずき)

東京大学教授

東京大学地震研究所(〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1

 

要旨

 

首都圏は太平洋プレート,フィリピン海プレート,陸側プレートの三重会合点に近く,複雑なプレート構成からいろいろな地震が発生します.そのうち,来るべき直下地震として活断層の地震が考えられますが,その発生確率はそれほど大きくありません.フィリピン海プレートでもやや深い部分のプレート境界地震は震源域が首都圏の直下に相当し,その発生確率の切迫性も高いため,強震動予測レシピによる強い揺れの予測が行われています.海溝型地震のうち,相模トラフに関係する地震は1923年に関東地震が起きているため発生確率が高くありません.これに対して南海トラフに関係する地震はどれも発生確率が高く,東海地震などは86%に達します.こうした地震では首都圏に長周期地震動がもたらされる可能性も指摘できます.大大特プロジェクトによりフィリピン海プレートの形状モデル,関東平野の地下構造モデル,250mメッシュ地形地盤分類図などが作成され,強震動予測の高精度化に貢献することが期待されます.

 

 


1.      首都圏の位置付け

プレートテクトニクスと呼ばれる理論によれば,日本列島はユーラシア大陸にもつながる陸側のプレート(地球の表面を厚さ数十kmで覆う十数枚の岩板)に属しており,その下へ太平洋プレートやフィリピン海プレートが日本海溝・千島海溝や南海トラフ・相模トラフなどから沈み込んでいます(図1).沈み込む速度は太平洋プレートなら年間8 cm程度,フィリピン海プレートなら年間4 cm程度とわずかですが,長年継続されることで太平洋プレート・フィリピン海プレートと陸側プレートの間に大きな歪みが蓄積され,それが瞬時に解放されると海溝型地震が発生します.

1. 日本列島周辺のいろいろなプレート(地震調査委員会, 1999).

 

一方,こうしたプレート運動は,海域のプレート境界からやや離れた日本列島の内陸部にも影響を及ぼします.太平洋プレートは西向きに,フィリピン海プレートは北西向きに陸側プレートを押し込み,陸側プレートはそれに抵抗するので,日本列島の地下には東西方向ないし北西−南東方向に圧縮力がかかることになります.この圧縮力による歪みがやはり蓄積され,地殻内の弱面で限界に達して解放されると地震が発生します.こうした活断層の地震が典型的な直下地震です.阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震もこの分類に属します.

首都圏は太平洋プレートとフィリピン海プレートが隣接する領域にあるので(図1),地下では陸側プレートを含めた三つのプレートが複雑に交錯しています.そのため図2に示すように,直下地震,海溝型地震といっても,いろいろなタイプの地震が想定されます.こうした地震群の発生可能性とそれらによる揺れについて,今年3月に発表された「全国を概観した地震動予測地図」(地震調査委員会,2005)などを基に考えていきましょう.

 

2’

 

陸側プレート

 

2. 首都圏のいろいろなプレート(中央防災会議, 2004).

 

2. 来るべき直下地震

首都圏に来るべき直下地震として,まず活断層の地震を検討しましょう.地震調査委員会(2005)が「主要98断層帯」と認定した活断層のうち,首都圏およびその周辺に位置するものを図3に示しました.また,それぞれの活断層が今後30年以内に地震を発生させる確率が表1に示してあります.地震調査委員会(2005)は他の自然災害や事故・病気等の同確率と比較して,3%以上の場合,30年発生確率が「高い」とし,さらにこの「高い」を3%6%6%26%26%以上の3ランクに分けました.表19断層帯では神縄・国府津−松田断層帯がランク1,武山断層帯がランク2に入るだけですので,首都圏周辺の活断層による地震発生確率はそれほど高いわけではないことがわかります.

 

3. 首都圏周辺の主要活断層(図2のグループ1 (地震調査委員会, 2005.

 

番号

名称

30年発生確率

3101

関東平野北西縁断層帯

ほぼ0%

3102

平井−櫛挽断層帯

0.43%

3401

立川断層帯

1.3%

3501

伊勢原断層

ほぼ0%

3601

神縄・国府津−松田断層帯

4.2%

3701

衣笠・北武断層帯

0.0047%

3702

武山断層帯

8.4%

3703

三浦半島断層群南部

1.9%

3801

北伊豆断層帯

ほぼ0%

1. 首都圏周辺の主要活断層の30年発生確率 (地震調査委員会, 2005.

 

フィリピン海プレートは相模トラフから首都圏の下に沈み込んでおり,そのやや深い部分の上面や内部で発生している地震(図2のグループ2’3の地震)は当然,海溝型地震です.しかし,これら地震は首都東京にとって,地下深い場所ではありますが直下で発生する地震と考えることもできます.中央防災会議(2004)は,その首都直下地震対策専門調査会において活断層による地震だけでなく,図4に示すようにフィリピン海プレート上面の地震も検討対象としました.

4に書き込まれた検討結果によれば,設定された19断層面のうち,種々の条件により東京湾北部・多摩地区・茨城県南部の7断層面が地震を発生させる可能性が高いと認定されました.さらに「首都直下地震対策大綱」(中央防災会議, 2005)では,その中でも東京湾北部の2断層によるマグニチュード7.3の地震が,ある程度切迫性が高いなどの理由から,首都直下地震対策の中心となる地震とされました.

 

4. フィリピン海プレート上面の「首都直下地震」(中央防災会議, 2004).

 

5. フィリピン海プレート上面の断層面(図2のグループ2’(地震調査委員会, 2005).

 

6. フィリピン海プレート内部の断層面(図2のグループ3(地震調査委員会, 2005).

 

地震調査委員会(2005)は,これらフィリピン海プレートのやや深いプレート境界地震(図5)に発生確率を与えています.ただし,図4のように断層面ごとに発生確率の差をつけることはしていません.また,フィリピン海プレート内部の地震(図6)や太平洋プレート上面のプレート境界地震(図7)も併せて考慮され,全体の30年発生確率には72%と非常に高い値が算出されました.

 

7. 太平洋プレート上面の断層面(図2のグループ4(地震調査委員会, 2005).

 

3. 来るべき海溝型地震

首都圏近くで発生する海溝型地震のうちもっとも典型的な地震は,関東大震災を引き起こした1923年の関東地震です.この地震の断層面は,相模トラフから沈み込むフィリピン海プレート上面の浅い部分が想定されています(図8).この断層面は東側の隣接部といっしょになって,1703年に元禄地震を起こしています.したがって,地震の発生間隔は約220年ということになりますが,現在は関東地震から82年しか経過していませんので,地震調査委員会(2005)による30年発生確率はわずか0.065%となっています.しかし,海溝型地震は発生間隔が短いですので,20年延ばして50年以内に地震が発生する確率とすると0.85%まで大きくなってきます.

フィリピン海プレートのうち南海トラフから沈み込む部分に関わる浅いプレート境界地震は,距離的には首都圏からやや離れますが,高い発生確率を持っています.過去の地震の研究から,南海トラフ沿いのプレート境界には図9に示す三つの震源域が考えられていて,それぞれが単独で地震を起こすと東から東海地震,東南海地震,南海地震と呼ばれます.

歴史上では,単独だけではなくいろいろな震源域の組み合わせで地震が発生していますので,すべての組み合わせに対して30年発生確率が計算されています(表2).長い間発生していない東海地震は単独でも18%という高い確率を持っていますが,東海地震を含むすべての組み合わせの確率を足し合わせると,86%という非常に高い値になります.一方,これら震源域でまったく地震が発生しない30年確発生率も,2.8%というやや高い値になっています.

 

8. 相模トラフ沿いの震源域(図2のグループ2)と関東地震の断層面 (地震調査委員会, 2005).

 

9. 南海トラフ沿いの震源域 (地震調査委員会, 2005).

 

2. 南海トラフ沿いの海溝型地震の30年発生確率 (地震調査委員会, 2005.

 

4. 首都圏の強い揺れ

来るべき地震が発生したとき首都圏がどのように揺れるかを予測する最適な手法は,地震のタイプごとに異なります.海溝型地震のうちでも前節で解説した浅いプレート境界地震(関東地震,東南海地震,南海地震など)は,比較的短い間隔(100200年程度)で繰り返し発生しているので,一回前の地震時の揺れの様子がわかっている場合が多くなっています.しかも,このようなプレート境界地震はいつも同じ様式で揺れを生成すると考えられているので(「繰り返すアスペリティの仮説」),次回の地震時にも前回の揺れが繰り返すと想定することが可能です.したがって,前回の地震の揺れを詳しく調べることが来るべき地震による揺れの予測につながります.

101923年関東地震に対するこうした詳しい揺れの調査の一例を示しています.震源域の直上に震度76強の領域が広がっているのは当然ですが,現在の東京都東部から埼玉県東部にかけて,震源域から離れているにもかかわらず震度6強(一部で震度7)の領域が存在するのは,来るべき関東地震の揺れを予測する上で重要なポイントとなります.

 

10. 1923年関東地震(関東大震災)の震度分布 (諸井・武村, 2002).

 

プレート境界地震でも発生間隔が長かったり,前回の地震が古い時代に起ったことにより,前回の地震による揺れの様子がよくわかっていない場合があります.東海地震はそうした例のひとつですし,中央防災会議(2005)の「首都直下地震」もこれに当たります.1855年に発生した安政の江戸地震が後者の一回前の地震だとする説がありますが,今のところ確実というわけではありません.また,発生間隔が千年単位である活断層の地震では当然,前回の地震の揺れの様子はまったくわかりませんし,「繰り返すアスペリティの仮説」も確立しているとはいえません.

これら地震の揺れの予測に対しては,前のセミナー(入倉, 2005)で入倉孝次郎先生がお話しされた「強震動予測のレシピ」(入倉・三宅, 2001)を適用することになります.図11は「首都直下地震」(東京湾北部地震)にレシピを適用して得られた断層モデルと,予測の結果となる予想震度分布を示しています.断層モデルの直上の東京湾北部の湾岸で震度6強が予想されていますが,これは震源に近い効果に湾岸の地盤の影響が加味されたものと解釈できます.

 

11. 首都直下地震(東京湾北部地震)の予想震度分布 (中央防災会議, 2004).

 

2003926日の十勝沖地震では,長周期地震動と呼ばれるゆっくりした揺れが,震源から250km離れた勇払平野で発達し,平野の中の苫小牧にあった石油タンクに被害を及ぼしました.この状況は南海トラフ沿いのプレート境界地震と関東平野の関係に類似しており,たとえば東南海地震が起れば関東平野の中の首都圏が長周期地震動に襲われ,高層ビルや東京湾岸の石油タンク,長大橋などに影響を及ぼす可能性が高いと言わざるを得ません.

 

12. 2004年紀伊半島南東沖地震による周期7秒の長周期地震動の強さ (Miyake and Koketsu, 2005).

 

200495日に起きた紀伊半島南東沖地震は,来たるべき東南海地震の震源域に発生したマグニチュード7.4の地震です.図12に示すように,この地震により首都圏で周期710秒の長周期地震動が発達しました.この事実は上記の予測を裏付けていると考えられます.

 

5. 最新の研究成果

2002年に始まった大都市大震災軽減化特別(大大特)プロジェクトのテーマI「地震動(強い揺れ)の予測」では,図13に示す4本の測線で大規模な反射法探査を実施し,首都圏下に沈み込むフィリピン海プレート上面の形状を直接的にイメージングすることに成功しました.その結果(図13)によれば,フィリピン海プレート上面は従来のモデルより全体的に浅くあるべきで,たとえば東京都下では従来のモデルがほぼ深さ40kmであるのに対して,探査結果は深さ約25kmであることを示しています.

もしこれが事実であるとすると,首都圏直下地震の震源域である東京湾北部ではプレート上面が約10km浅くなるので,この地震の断層面もそれだけ浅くしなければならなりません.そうなると首都圏で予想される揺れは図11に比べ,かなり強くならざるを得ないと想像されます.

 

13. フィリピン海プレート上面の従来のモデルと大大特プロジェクトによる最新モデル (Sato et al., 2005).

14. 関東平野下の堆積層厚さ分布の最新モデル (田中・他, 2005).

 

上記の反射法探査ではプレート上面だけではなく,堆積平野と地殻最上部を区切る地震基盤もイメージングされています.こうした情報や,既存の各種探査やボーリングなどのデータも併せて解析して,関東平野の新しい高精度の構造モデルが構築されました(図14).強震動予測レシピ(入倉・三宅, 2001)ではこうした構造モデルが長周期の揺れの計算に利用されるので,予測精度の向上に役立つでしょう.

また,地面近くのごく浅い地盤の影響は地形地盤分類図を利用して評価されます.従来は1kmメッシュの分類図が用いられていましたが,同じく大大特プロジェクトで250mメッシュの分類図が作成されました(図15).これも構造モデルとともに強震動の予測精度向上に役立つことが期待されます.

 

15. 首都圏の最新地形地盤分類図 (若松・松岡, 2003).

 

謝辞

本公開セミナーは大都市大震災軽減化特別プロジェクト・テーマIのサポートで開催されました.小林励司・呉長江・三宅弘恵・田中康久(東大地震研)の各氏には援助いただきました.

 

参考文献

 

中央防災会議 (2004). 12回首都直下地震対策専門調査会資料, 2-2, 98.

 

中央防災会議 (2005). 首都直下地震対策大綱, 32.

 

入倉孝次郎・三宅弘恵 (2001). シナリオ地震の強震動予測, 地学雑誌,特集号「地震災害を考える−予測と対策」,110No.6849-875.

 

入倉孝次郎 (2005). 「レシピ」による大地震の揺れの予測, 2nd International Workshop on Strong Ground Motion Predicition and Earthquake Tectonics in Urban Areas, 159-162.

 

地震調査委員会 (1999). 日本の地震活動, 追補版, 地震調査研究推進本部, 395.

 

地震調査委員会 (2005). 「全国を概観した地震動予測地図」報告書, 本編・分冊1, 地震調査研究推進本部, 121 / 213.

 

Miyake, H. and K. Koketsu (2005). Long-period ground motions from a large offshore earthquake: The case of the 2004 off the Kii peninsula earthquake, Japan, Earth Planets Space, 57, 203-207.

 

諸井孝文武村雅之 (2002). 関東地震(1923 9 1 日)による木造住家被害データの整理と震度分布の推定, 日本地震工学会論文集, 2, No.3, 35-71.

 

Sato, H., N. Hirata, K. Koketsu, D. Okaya, S. Abe, R. Kobayashi, M. Matsubara, T. Iwasaki, T. Ito, T. Ikawa, T. Kawanaka, K. Kasahara and S. Harder, Earthquage source fault beneath Tokyo, Science, 309, No.5733, 462-464, 2005.

 

田中康久・池上泰史・小林励司・三宅弘恵・纐纈一起 (2005). 首都圏の強震動評価:1923年関東地震の地震動シミュレーション, 日本地震学会講演予稿集, P207.

 

若松加寿江・松岡昌志 (2003). 大都市圏を対象とした地形・地盤分類250mメッシュマップの構築, 土木学会地震工学論文集, CD-ROM.