3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a) ミューオンによる火山体内部のイメージング

観測中もしくは観測データの解析を行った火山としては,桜島火山,浅間山,ストロンボリ火山,カナリア諸島,及び昭和新山がある.

2015年1月〜6月の期間で1000回以上の噴火を繰り返している桜島火山については,本年報前章1(a) 「超低雑音ミュオグラフィ検出器」の項で述べた方法により,コンポジット画像(噴火のタイミングにあわせて,複数の画像を重ね合わせて実効的に感度を高める方法)を作成した.個々の噴火に対するデータ収集時間が短くても特定の事象について,ミュオグラムをスタッキング(積算)することで,実効的な統計精度の向上を目指した.具体的には,まず,53の噴火イベントをとりだし,各々の噴火前後3時間を30分間の時間幅(12のスライス)に分割する.次に観測されたミューオン数を,12のスライス毎に積算する.その結果,噴火前後の30分という短い時間内で,昭和火口内部および,直下の密度が大きく変化することが分かった(図2).

浅間山北側斜面では,火山噴火予知観測研究センターの支援を受けて,2010年度に開発したソーラーパネルで駆動可能なMu-CAT(Muographic Computational Axial Tomography)システムによる観測を継続している.浅間山東側に設置されている従来型システムと組み合わせることにより,浅間山山頂付近の密度構造を2方向からモニターすることができる.これにより火山活動の推移予測に貴重な3次元データをオンライン・リアルタイムで取得している.

 国外における火山の研究では,ナポリ大学との共同研究として,伊ストロンボリ火山の火道観測計画を進めてきた.同火山の観測インフラは十分には整備されておらず,また,火道の直径が10m程度と小さいことが予想されたため,ミューオン検出器として,電源不要かつ空間分解能の高い原子核乾板を用いた結果を図3に示す.北東火口付近において,期待値よりも30%高いミューオン数を観測した.これは山体の密度を2.2g/cm3と仮定すると,北東火口付近約1.8g/cm3という低密度物質が存在することを意味し,そこには空隙率の高い火山灰が積もっているという予測と整合する.一方で,バックグラウンド・ノイズの主成分である低エネルギー粒子の混入が確認されたため,火口から深さ40m以下の密度を定量的に求めることは今回の観測では困難であると判断した.より深い火道の構造をイメージングするためには, Nishiyama et al. (2014)で実証されているように,低エネルギー成分を排除できる多層型乾板検出器(Emulsion Cloud Chamber ,ECC)を2016年10月頃,有効面積2m2のECC検出器を設置する準備をすすめた.

 ハワイ諸島と同様のホットスポット型の火山群島である,カナリア諸島・ラパルマ島でミューオン観測を実施した.同島では,1949年の火山活動により長さ数キロにわたる断層が生じた.地質学的調査及び考察から,この断層は大規模な山体崩壊の予兆であるとされ,崩壊が起きた場合,アメリカ東海岸まで高さ10mもの津波が届くという予測もされている.様々な物理探査技術を駆使し,この断層を調べることが重要である.ミューオグラフィを用いれば,深さの下限値,破砕帯の幅・空隙率などの重要なパラメータが得られることは,2011年の田中らによる糸魚川断層観測で実証されている.ラパルマ島の場合,予想される破砕帯の幅が数mと糸魚川に比べ非常に狭く,また現地での電源確保が難しい.そのため,電源が不要で空間分解能の高い原子核乾板検出器による観測を2014年1月から行った.有効面積0.2m2のECCを106日間に渡って設置し,その後,回収・現像を行った.現在イタリア・ナポリ大学,サレルノ大学と共に乾板画像の解析中である.これら観測の概要や期待される観測器の性能について論文にとりまとめ,投稿した.

ラパルマ島での前回の観測では15年前に製造された原子核乾板を用いたため,製造後15年間に乾板上に蓄積した多くの宇宙線や放射性同位体からのβ・γ線の飛跡が,ミューオン飛跡読み取り時の大きなノイズとなっていた.幸い2015年からは,従来よりも高感度で新しい原子核乾板を10m2のオーダーで製造する体制が,共同研究者のいる名古屋大学で実現された.これにより高感度ECCによる大面積観測が可能になった.2016年1月末,有効面積0.25m2の高感度ECCをラパルマ島に設置した.2016年3月にはさらに0.5m2の高感度ECCを設置予定である.これにより,より多くのミューオン統計数による高解像度観測が可能になると期待される.

 昭和新山の内部構造の解析についても進展があった.ECCによる昭和新山ミューオン観測によって,より系統誤差の小さいデータが取得できたため,2次元密度プロファイルおよび重力観測データとのジョイント・インバージョン(統合逆解析)による3次元密度プロファイルを更新した(図4).今回得られた密度プロファイルは更新前の結果と比べ,現場でサンプリングされた岩石の密度とより整合する.また,屋根山にマグマの貫入があるとするNakamura & Mori (1947)や Nemoto et al. (1957)のモデルを否定し,屋根山は噴火前から存在していた堆積物の隆起によって生じたとするGoto et al. (2014)の比抵抗探査による結果を支持する結果となった.

(b)  ラドン変換を用いた地球惑星物体の3次元イメージング

ミュオグラフィを用いた3次元イメージングを試みた例としては,これまでに,2 方向からの観測Tanaka et al.(2010)があるが,これらの手法はいずれも各再構成点の値を仮定して観測結果をもっともよく説明する構造を決定するという手法が取られている.しかし,X 線CT として既に実用化されている,ラドン変換を用いた方法は従来の方法よりも再現性の高さや,計算速度において有利であり,さらに外形に関する先見情報も不要であるため,きわめて応用範囲が広い技術であるにもかかわらず,ミュオグラフィでは,これまで扱われて来なかった.そのため,仮定された観測装置,観測期間に対し,最も有効な観測結果が得られる条件を調べるため,数値シミュレーションを行なった.その結果,一辺が100m,密度3.0g/cm3の正四面体を対象物体とした1 年間の観測をシミュレーションした結果,観測点の配置を工夫すれば一定の分解能でイメージングが可能であることがわかった(図5).また,従来のX線CT と異なり,観測の分解能やノイズ分布に非一様性が表れることがわかった.本手法は,火山の空中ミュオグラフィや周回衛星によるSSB (small solar system bodies)観測など今後,周回観測によるMu-CAT (Muographic Computational Axial Tomography)に応用が広がるものと考えられる.

(c) 大気ニュートリノを用いた,地球深部の化学組成推定

地球中心核の主成分は,内核外核共に鉄,ニッケル,軽元素の合金であると考えられており,その化学組成を知ることは,核形成のメカニズムや核のダイナミクスを知る上で重要である.近年高圧実験の進歩により,地球中心部における圧力での合金の物性を測定することが可能となったが,軽元素の種類の特定には至っていない.また,地球深部の試料の採取によって核の化学組成を知ることは,現状では不可能である.そこでわれわれは大気ニュートリノを用いて,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングする手法の開発を行い,次世代の大型ニュートリノ検出器を用いてそれが可能であることを示すことに成功した.

大気ニュートリノは106eVを下回るものから1014eVを上回るものまでと,幅広いエネルギーを持っている.ニュートリノの断面積は概ねエネルギーに比例するため,特にエネルギーの高いニュートリノ(VHEニュートリノ)は,地球内部で吸収される.この吸収を用いて,地球内部の質量密度を測定することができる.この研究は既に南極点における,アイスキューブ実験ですすめられている.

一方,低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,質量密度の測定には適さない.しかし,大気中で生成されたニュートリノの観測などにより,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).なお,この現象はスーパーカミオカンデによって発見され,その功績によって本学宇宙線研究所の梶田教授は2015年にノーベル賞を受賞したことで広く知られるようになった.

ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,媒質中の電子数密度で決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる(図6).

今年度はこれまでの研究成果を論文として公表し,複数の国際会議にて報告した.加えて,本研究を主題とする国際ワークショップを2016年1月に開催し,ニュートリノ物理学者と地球化学者との相互理解の深化に努めた.

2016年度以降は,以下の項目について研究を行う.

  • ニュートリノ振動は,地球中心核のみならず,下部マントルの化学組成も測定可能である.下部マントル中に含まれる水の量は,これまで考えられていたよりも多い可能性があることが近年報告された.ニュートリノ振動によって下部マントルの水分含有量が測定可能かどうか,見積もりを行う.
  • ハイパーカミオカンデ計画や南極に建設が計画されているPINGU計画,ロシア国内に建設が計画されているBAIKAL-NERPA計画に積極的に参加し,ニュートリノ振動を用いた地球深部の化学組成の測定感度の向上に貢献していく.
  • 既存の観測データ(Super-KamiokandeやDeepCore)を複数組み合わせて,地球中心核の電子数密度ないし平均化学組成に制限を加える.この制限は地球科学的には有用ではないと予想されるが,ニュートリノ振動を用いた化学組成測定のデモンストレーションという観点で重要である.

(d) 地球ニュートリノグラフィの開発

東京大学地震研究所と東北大学ニュートリノ科学研究センターは,火山のミュオグラフィ技術を,地球ニュートリノ観測技術に融合させることで,地球内部を透視する地球ニュートリノグラフィに使える可能性のある反電子ニュートリノ方向検知技術を見出した.液体シンチレーターにリチウムを添加することで方向感度が大きく向上することを提案してきた(http://www.nature.com/srep/2014/140424/srep04708/full/srep04708.html).

このアイディアの実証に向けて,2015年,独自の方法で開発したリチウム含有液体シンチレーターと高位置分解能を有するイメージング検出器1台を組み合わせ,30Lサイズのプロトタイプ検出器を作成した.中性子線源を用いた反ニュートリノ観測の疑似信号の撮像に成功したことにより,イメージで発光点を捉えるという新しい技術のデモンストレーションを行った.今後は,イメージング検出器を複数台設置することによって発光位置の三次元構成を行い,シミュレーションで示された角度分解能を有することを実測によって示すことを次の目標とする.

 さらに,KamLANDで得られる世界最高精度の地球ニュートリノデータを用いて,核-マントル中に含まれる放射性元素の量を世界最高精度で決定することを目標として,地震波速度構造を用いた島弧地殻の岩相モデリングに着手した.数か月に一回のペースで研究集会「KLWS」を開催し,より現実性の高い岩相モデリングを目指した議論を行ってきた.その結果メルトの効果を無視することができないことが分かった.今後,メルトの効果を加味した島弧地殻の岩相モデリングを目指していく.