3.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明

(1) ふつうの海洋マントル計画

(1-1) 経緯と計画の概要

海半球観測研究センターでは,センターの立ち上げ当初から固体地球科学分野の基礎的な重要課題を解明することを目的にした,大型科研費によるプロジェクトを実施するとともに,並行して常に一段質の高い観測データを得るための技術開発を行なってきた.海半球計画(1996–2001年)においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004–2009年度の特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」( スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクス,更にその地球史上の意義を明らかにした.一方で,海底機動観測データの質を陸上観測所のレベルにまで向上させることを目標に,自己浮上方式に頼らずに深海無人探査機(ROV)を利用して設置回収するタイプの海底機動観測装置(BBOBS-NXとEFOS)を開発してきた(「(2-1) 次世代の観測システムの開発」参照).こうして,次のプロジェクトを実施する準備が整った.

 我々は,科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」( ふつうの海洋マントル計画)を,2010年度から5カ年計画で実施した.この計画は,自ら開発した世界最先端の海底観測装置と観測技術を駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェア−アセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指した.なお本計画は,海半球観測研究センターのメンバーだけでなく,室内実験や計算機シミュレーションなどの手法で研究課題に取り組む所内の他の部門・センターの教員や,JAMSTECの研究者が参加した.

 具体的な観測実施海域は,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域である(図3.7.1).2010年6月には,海域Aに5観測点からなるパイロット観測を開始し,本格的な大規模長期観測は,2011年11月と2012 年8月の2回の研究船「かいれい」航海で開始した.2013年8月に,民間の作業船「かいゆう」によって自己浮上型装置を回収するとともに,新たな設置を行なった.

 計画の最終年度にあたる 2014年度には2回の航海を実施した.1回目は,5月29日〜6月14日に実施した民間作業船「かいゆう」によるものである.この航海では,リソスフェア−アセノスフェア境界までの構造を詳細にイメージングすることを目的として,爆薬による制御震源探査を行った後,海域Aの自己浮上型機器すべてを回収した.引き続き,研究船「かいれい」と無人探査機「かいこう7000II」による航海(9月9日〜10月2日)を実施し,海域AおよびBに設置してあったほとんどの観測機器を回収した.A海域に残された機器は,再び「かいれい」と「かいこう7000II」による航海(2015年9月11〜19日)を実施して,全て回収することができた.以上により、ふつうの海洋マントルの謎(上記(a)(b))を解明する目的での海底観測は完了した.

 本研究のテーマは,内外の第一線研究者も取り組んでいる所で,同様の観測研究プロジェクトが欧米の研究グループによって計画あるいは実施されている.我々は最先端装置の開発において一歩先を進んでいるので,本研究計画終了後も他の海域・海洋に機動観測網の展開をはかる考えである.2015年3月4–6日には宮城県松島において国際シンポジウムを主催して,科学的成果を発表・議論するとともに,今後の国際連携を視野に置いた観測研究の方向性について方針を定めることができた.その後もデータ解析などは続けられており,以降の3節に述べるような科学的成果がこれまでに得られた.

(1-2) 海底地震観測

2010年度から開始した特別推進研究「ふつうの海洋マントル」計画では,従来型の広帯域海底地震計(BBOBS)による観測に加えて,陸上観測点並の観測能力がある新型の広帯域海底地震計(BBOBS-NX)の導入が鍵となっている.大洋底下の詳細なマントル構造の解明には,BBOBSでは数年以上の長期間のデータ蓄積を要するが,このBBOBS-NXであれば1–2年程度で高精度な解析結果が得られるデータを取得することが期待できる.パイロット観測では2台を1年間,本観測では6台を2年間設置した.BBOBSもそれぞれの観測で3台,および12台を1年毎の設置回収を3年間実施し,データを蓄積させた.

 観測航海は,JAMSTECの研究船・ROV(かいれい・かいこう7000II)および民間傭船を用いて,2010年以降6回実施し,継続した海底地震観測を行った.潜航作業が必須なBBOBS-NX(図3.7.2)については,2010/2012/2014年に設置(BBOBS-NXの設置・展開)および回収を行った.最終的に,全てのBBOBSとBBOBS-NXを回収している.

 全観測点でのノイズモデルを計算した結果からは,海域A・Bでのノイズレベルは場所により大きく異なっているのが分かった.そのため,BBOBSでのノイズモデルが場所に依っては,周期100秒付近での水平動ノイズレベルがNHNMより15–20 dB高い場合もあった.一方でBBOBS-NXでは,水平動ノイズレベルが高い場合でも周期100秒付近でNHNMより10 dB高い程度で,この方式での優位性は系統的に認められた.また,両方式のBBOBS共に上下動のノイズレベルはNHNMとNLNMの中間程度と静かである.これらから,P波トモグラフィー・表面波解析・レシーバ関数解析といった波形を用いる解析手法が効果的に適用できることが期待される.更に2014年6月に実施した傭船航海では,4地点で大薬量(200/400 kg)の爆破を計11回行い,観測中のBBOBS群でデータを取得した.海域Aで全観測点直下の速度構造が均一として上部マントル内でのP波速度の方位依存性を求めると,P波速度の速い方向はN136度方向となり,過去の研究結果とほぼ一致した.また,観測期間中に海洋研究開発機構が実施していた大容量エアガンによる人工地震探査のシグナルを記録していた.発振点からの距離は300–900 kmであり,予備的な解析の結果,海底面から深さ約60 kmでの反射波と考えられる.

 (1-3) 海底電磁気機動観測

海底電磁気機動観測は,自由落下・自己浮上方式の海底電磁力計(OBEM)とROVを用いて設置・回収する新規開発の展張型電場測定装置(EFOS)を用いて行っている.2010年より合計36台のOBEMを海域Aの17観測点および海域Bの8観測点に設置した.また5台のEFOSを海域Aの4観測点に設置した.2014年度までに海域Aの15点,海域Bの7点からOBEM30台を,海域Aの3点からEFOS4台を回収した.利用可能な全データを利用して,海域Aおよび海域Bの上部マントル1次元電気伝導度構造モデルを推定した.得られたモデルは,0.01 S/mよりも低電気伝導度な層が約80–100 kmの厚さを持ち,その下に約0.03 S/mの高伝導度領域があることを示している.低電気伝導度層の厚さは,海域Bの方が海域Aよりもやや厚い傾向が見える.この低電気伝導度層は,(2)で述べる先行プロジェクト(スタグナントスラブ計画)で得られたフィリピン海下マントルのそれと比べてやや厚いが,小笠原沖太平洋下マントルのそれと比較すると有意に薄い.それぞれの観測海域の平均的な海洋底年代は,海域Aが約130 Ma,海域Bが約140 Ma,フィリピン海が0–60 Ma,小笠原沖太平洋が 140–155 Maであり,年代差から予測される低温なリソスフェアの厚さと得られた電気伝導度構造は整合的でない.このことは,リソスフェアの厚さと年代との関係が単純な年代に伴う冷却モデルには従わないことを示唆する.太平洋の3海域については,もともと不均質で異なるポテンシャル温度と熱伝導度層の厚さ,水や二酸化炭素など揮発性成分を含むマントルがプレート冷却モデルによって冷却した場合を想定し,データを説明するこれらのパラメータの取り得る範囲とトレードオフ関係が明らかになりつつある.2015年には,海域Aのこれまでデータ取得に失敗していた観測点から良好なOBEMデータの回収に成功した.現在,この新データを含めて上部マントル1次元構造の再推定を進めている.また,海域A・BのOBEMとEFOSの長周期データから,マントル遷移層の電気伝導度構造を推定した.その結果,両海域下の構造は北太平洋の平均1次元構造(Shimizu et al., 2010, Geophys. J. Int.)で説明できることを明らかにした.さらに,同じ電磁気データと,同海域で取得された海底地震計のデータ,マントル遷移層の含水鉱物の電気伝導度値を総合して,海域A下のマントル遷移層の含水量の最大値を0.5 wt.%と制約した.

(1-4) マントルの高分解能イメージング

「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に加え,これまでに行われてきた広帯域海底地震観測で得られたデータ,太平洋に展開している海洋島地震観測網で得られたデータを用いて,北西太平洋地域の上部マントル3次元S波速度構造モデルを求めた.解析には有限波長効果と波線追跡を考慮した表面波3次元インバージョン手法を用いた.解析の結果,観測海域において空間的不均質が存在し,特に海域A・B間のS波1次元構造が顕著に異なる事が明らかになった.海域Aは過去の先行研究による速度モデルと調和的だが,海域Bは高速度であった.また,水平方向の方位異方性に関しても速度の速い方向が海域Aでは海洋底拡大方向に調和的であるが,海域Bではそれと異なる事が明らかになった.

(2) 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開

(2-1) 次世代の観測システムの開発

(2-1-1) 次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

 広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を開発した.試験観測結果から,自由落下方式でセンサー部を海底面に突入させて埋設することにより,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.これは既に(1-2)で触れたように,実用観測に供している.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律的動作により実施出来る次世代機(NX-2G)の開発研究を,2015年度に科研費(基盤A)の採択を受けて開始した.これを実現させる上での課題である,自由落下後に発生するセンサー部の傾斜の原因調査を2015年9月の設置時に実施した.この結果からは,海底面に突入する直前の傾斜が保存されている様子である.

 また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めている.2013年4月には,房総半島東沖の海域での1年間の長期試験観測を実施した.2014年1月に設置地点のほぼ直下でスロースリップイベントが発生しており,それに伴うと考えられる傾斜変動が記録された.2015年には2年間の試験観測を房総沖・宮城沖の2地点で開始し,より長期間での安定性などを検証する.

(2-1-2) 最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される(表皮効果).OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百キロメートルに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.2004年にプロトタイプ装置を深海曳航体での設置による試験観測を行い,1日以上の長周期のS/Nが向上し,マントル遷移層の深さまでの探査を可能にすることが示された.高性能な新型の装置であるBBOBS-NXとEFOSとが開発されたことから,我々はその組み合わせによって従来は困難とされた地球科学上の問題に取り組む方向を目指した.両者を同一の航海で設置回収するために,EFOSを無人探査機(ROV)で設置するように変更した.ケーブル長が6kmのタイプと2kmのタイプがあり,それぞれEFOS-6およびEFOS-2と呼ぶ.

 設置にあたっては,レコーダとケーブルボビンを鉄製のフレームの上に取付け,フレームを係留ブイにつないで投入する.フレームと係留ブイの間には音響切り離し装置を接続し,全体が着底した後ブイを切り離して回収する.さらに「かいこう7000II」により,ケーブルボビンを吊り上げて曳航し,先端の電極が海底に落ちるまでケーブルを展張する.観測終了後は,「かいこう7000II」の潜航作業によりレコーダのみ回収する.

 実際「ふつうの海洋マントル」計画では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2(図3.7.3)とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.

(2-2) 海洋島地震観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した. 

(2-3) 海洋島電磁気観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(2-4) 海底ケーブルネットワークによる電位差観測

フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.特に,電位差成分の永年変動(時間1階微分)に着目し,短期主磁場変動の地磁気ジャークとの関連を調査した.

(3) 海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(3-1) 海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.すなわち,1–2年のBBOBS 臨時観測から観測網直下の深部構造が解析可能となり,このような機動的観測を太平洋内に展開する「(4-4) 太平洋アレイ(Pacific Array)」を構想し,推進体制の構築を開始した.

(3-2) 海底電磁気観測

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録していた.更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.

(3-3) 陸上地震観測(NECESSArray計画)

2009年から2011年にかけて,日中米の国際共同観測計画(NECESSArray計画)として中国東北部に120点の広帯域地震観測網を展開した.NECESSArrayは横たわるスラブの直上に位置する大規模アレイであり, 島弧及び中国大陸の火成活動に至る沈み込みプロセスの全貌を明らかにすることが期待されている.

 研究チームでは特に,プレートテクトニクスでは説明できない(海溝から遠く離れた)中国大陸の火山の成因について制約することに重点を置いて解析を進めた一方で,深部マントル構造や地殻・最上部マントル構造の解析も進めてきた.本年度は深部及び浅部の微細構造推定を行い,論文を発表した.

 NECESSArray内部で西太平洋下の最下部マントルをサンプルするPやPcPの走時に急激な変化が観測され,これを説明するモデルを構築した.最下部マントルに顕著な低速度異常がある領域(厚さ20–50 km, 2–5 %の低速度異常)と,高速度異常がある領域(厚さ80 km, 2 %の高速度異常)が隣接しているモデルが得られ,この地域に化学的不均質があることが示唆された.

NECESSArrayデータを用いた定常雑音及びレシーバ関数の同時解析を実施し,中国東北部の地殻・最上部マントル構造を推定した.長白山の下に低速度異常が検出されるとともに,興安-蒙古造山帯の下に顕著な低速度異常が検出され,この地域の地殻がより花崗岩質であることを示唆した.

 NECESSArray計画により購入された地震観測システムは,新たなフロンティア地球観測のために,タイの臨時観測網(2015年度-, 2016年度より本格稼働予定)として活用される.

(3-4) 陸上電磁気観測

1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,マントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.2007年より,この異常域の空間的な広がりを調べるために,中国東部を中心とした既存磁場データの解析を始めた.また,その観測点を埋めるように新たに中露,中蒙国境付近の2地点に3成分磁力計を設置し,観測を実施した (地震予知研究センターと協働).

(4) その他の地域での観測的研究

(4-1) 仏領ポリネシアでの海底地震・電磁気観測

JAMSTEC及びフランスと共同で,仏領ポリネシアのソサエティホットスポット周辺で海底広帯域地震・電磁気観測を2009–2010年に実施した.回収された地震波形記録を解析することによって,フレンチポリネシア地域において従来よりも高解像度な上部マントルS波3次元速度構造モデルを得る事ができた.また遠地地震のアレイ解析(周期30–50秒)および地震波干渉法(周期14–37秒)を用いて表面波アレイ解析を行い,深さ20–100 kmに約2.5 %のS波速度方位異方性が存在すること,速度の速い方向N50°Wは海洋底拡大直後(約43 Ma前)のプレート運動方向とほぼ一致していることが明らかになった.

 表面波トモグラフィー解析手法を用いて,フレンチポリネシア地域の上部マントル3次元S波速度構造を求めた.従来よりも高解像度な構造が得られ,S波速度の鉛直速度変化から推定されたリソスフェア–アセノスフェア境界はホットスポットの下では周囲よりも約20 km浅くなっていることが明らかになった.

 電磁気観測では最長22ヶ月間の電磁場変動記録を取得することができた.マントル電気伝導度構造解析については,本観測で取得したデータに加え,ブレスト大(フランス)による2観測点のデータ,および公開済みの9観測点のデータを再解析し,電磁気応答関数を推定した.現在3次元電気伝導度構造解析を進めているところであるが,解析の結果,ソサエティホットスポットの下にマントル遷移層から立ち上がる高電気伝導度がイメージングされ, 温度と揮発性成分の定量的な推定を行っている.

 一方副次的な成果として,本観測期間中に起こったチリ地震津波によって海水中に誘導された電磁場変動を9観測点全てで検出したが,津波による電磁場変動を海底のアレイ観測で検出したのは,これが世界で初めての例である.これらの電磁場変動データより,津波の高さ,伝搬方向,および伝搬速度を推定することができた.

(4-2) 大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポット

2011年度より,科学研究費補助金を得て,大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポットの電気伝導度構造研究を開始した.これは,ドイツ(GEOMAR)との共同研究である.本研究の目的は,ドイツ側と併せて26台のOBEMをホットスポット周辺海域に展開して,マントルの電気伝導度構造を解明し,ホットスポットの起源がマントル深部にあるか否か,またアフリカ・南米大陸の分裂にどのように寄与したかを議論することである.OBEMの設置は2012年1月~2月に,回収は2012年12月~2013年1月に実施した.本センターからは,8台のOBEMを持出した.ナイチンゲール島にも電磁場観測点を1点展開し,データを取得した.2015年7月〜2016年1月に当センターの担当研究者がGEOMARに滞在し,現地研究者と共に集中的にデータ解析を進めて,マントルの3次元電気伝導度構造を推定した.ドイツ側は地震観測グループも参加しており,今後,同時期に観測した地震データの解析結果との統合的な解釈を進める予定である.

(4-3) 太平洋オントンジャワ海台

オントンジャワ海台においてJAMSTEC等との共同観測を2014年から科研費(基盤B)の採択を受け開始した.このプロジェクトは,これまで充分な海底観測がなされていなかったこの巨大海台下の深部構造とその成り立ちを明らかにすることを目的としている.通常の海底広帯域地震・電磁気観測に加え,周辺島嶼での陸上臨時広帯域地震観測・反射法地震探査・船上磁力調査・精密海底地形調査・ドレッジによる岩石採取を実施する.2014年11月から2015年1月にかけての航海でBBOBS23台・OBEM20台を設置した.回収航海は2017年初頭に予定されている.陸上臨時地震観測は一部が国際共同観測研究として実施され,観測完了後にデータ共有される予定である.

(4-4) 太平洋アレイ(Pacific Array

「広帯域海底地震探査」の確立により,十数点のBBOBS/BBOBS-NXを1−2年展開することで,観測網直下の海洋リソスフェア−アセノスフェアシステムの1次元構造(方位異方性を含む)が,海洋底からアセノスフェアの深さ(100-150 km)まで計測できることとなった.このような機動観測・解析を国際協力のもと太平洋内の十数カ所に展開するという「太平洋アレイ(Pacific Array)」の構想を提唱し,推進体制の構築を目指している.

 2014年のIRIS workshop(5月),IRIS Amphibious Array Facility Workshop(10月),AGU(12月)での講演に続き,2015年は,NOMan symposium(3月),JpGU(5月),IUGG(6月),IPGP-ERI workshop(9月),ソウル大学(11月),International OBS Special Interest Group meeting(12月@AGU)で関係の講演を行い国際的な協力を模索した.AGU(12月)に於けるION(International Ocean Network;IUGG下の組織) のbusiness meetingにおいてPacific Array initiativeを紹介し,IONによる後援(support)が得られることとなった.2015年4月から科研費(挑戦的萌芽的研究)の支援を受け上記の国際研究協力体制作りを進めると共に,地震研究所共同利用特定研究Bを提案し国内の研究協力体制作りを行った.

 (5) 海半球ネットワークデータの編集・公開

Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した. インドネシアの国内観測点, ADPCの観測点のデータの取得を継続した.

 超伝導重力計データの公開を継続した. 海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.

(6) データ解析に基づく地球の内部構造と内部過程の解明

Hi-net傾斜計の記録を解析し,メキシコのやや深発地震に対して最下部マントルの超低速度異常層(ULVZ)の存在を示唆するデータが観測されていることを見つけた.SKKS-SKS 走時に顕著な異常が見られ,かつアレイ内で急激に変化していた.またSKKS/SKS振幅比も対応するように急激に変化している.これらのデータは未だ明確になっていないULVZの水平分布を強く制約できる可能性があり,今後も解析を続ける.

 地震波異方性を記述する新しいパラメータを導入した.具体的には鉛直異方性(Radial Anisotropy, Transverse Isotropy)を記述する新たな第5のパラメータ(P波,S波それぞれの異方性の強さに加えて)を導入した.このパラメータは,入射角に依存する実体波の位相速度を,楕円条件(elliptic condition)からのずれとして適切に評価するだけでなく,表面波の位相速度や地球の固有周期の偏微分係数の評価からも,長周期の波動場も適切に記述することがわかる.今後の鉛直異方性の研究において使われるべきものであり,PREMなどの標準地球構造モデルを改訂・構築する際にも有用となる.